稲泉連のレビュー一覧
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廃炉の「炉」は、原子炉。福島第一原発の4基の原子炉の、主に解体(と単純には言えないが)プロジェクトに関わる数千人の中から数人にインタビューした物がベース。
恥ずかしながら、未だに廃炉作業中であると言う、言われてみれば当然の事実を改めて認識。巨大震災と原子炉事故の組み合わせは世界に例がない。資源も土地も少ない日本では、チェルノブイリのようには行かない…
最新の技術と知恵でトライ&エラーを繰り返す。加害者企業の人間となる事を分かった上で入社を希望する学生や中途採用者。大災害ではあるが、それに尽力する事で自己の存在価値を見いだせるようになる者……
興味深く読みました。 -
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ネタバレ宇宙から帰ってきた日本人
日本人宇宙飛行士全12人の証言
著者:稲泉 連
発行:2019.11.15
文芸春秋
年の締めくくりにとても面白い本が読めた。
宇宙へ行った日本人12人のうち、何人思い浮かぶか?
TBSの秋山さんと最初に選ばれた3人(毛利、向井(内藤)、土井)は別として、あとは、若田光一、山崎直子、野口聡一の各氏あたりだろうか。古川聡さんも思い出せるが、僕の場合、他は顔も名前も記憶にあるかないかだった。この中では、日本人初の国際宇宙ステーション(ISS)コマンダーを務めた若田光一氏が最も実績があるけど、実は2020年、野口氏と星出彰彦氏がISSに長期滞在する。両者とも3度目で、しかも星出は日本人2人目のコマンダーとなるらしい。
最年長は秋山氏で1942年生まれ、毛利氏は1948年生まれの団塊の世代。一方、一番若いのが1976年生まれの金井宣茂氏。海上自衛隊所属の外科医で潜水医官上がりだ。34年の年齢幅、とても興味深かったのが、地球を見た時の感想だ。
秋山氏や毛利氏は、地球の姿に圧倒され、毛利氏に至っては、地球は一つの生命体だと感じ、全ては連続した全体の一部であるという「ユニバソロジ」なる概念も生み出した。
一方、金井宣茂氏や1975年生まれの大西卓哉(ANA副操縦士出身)氏という「新世代宇宙飛行士」は、そこまでの深い感動はなく、「宇宙体験は、自分にとってはあくまでもキャリアの中での一つのイベントに過ぎない(金井)」、「仕事であって、自分の興味を満たすために宇宙に来たわけではない(大西)」という気持ちだったとのこと。最近の大学生は、自分を試したいという感覚より、早く社会に貢献したい、と考える人が多いと聞くが、どこか通じるものを感じる。
もちろん、みんな共通して感じることも多い。初めて船外活動した時の独特の恐怖感もその一つ。落ちてしまうのではないか、宇宙に漂ってしまうのではないか、など、頼るところのない不安感を訴えている。
なお、日本人宇宙飛行士が必ず読んでいると言っていい本は、80年代初頭に書かれた立花隆著「宇宙からの帰還」だそうで、若田氏や野口氏はISSにも持ち込んだそうである。
******(メモ)******
船内の無重力環境に慣れて地球に帰ると、下に何もないところに行っても自分が浮いていられる感覚になる。とても危険で、崖のような場所にはなるべく近づかないようにした。(古川聡)
宇宙に行くときはJAXAに「出張届」を出す。普段の出張時と同じフォーマットの書類に、「地球周回 低軌道」と書く。ただし、あご足がついているので、出張手当はつかない。(山崎、金井、古川)
スペースシャトルとISSのドッキング時、本来はスペースシャトルのレーダーで距離とスピードを測りながら近づくが、レーダーが故障したため星の位置を頼りにドッキングした。(山崎)
ソユーズで行く飛行士たちは、ホテルからバスで発車台へと向かう途中、ゲン担ぎで立小便をする。そこはガガーリンが人類初の宇宙飛行前にしたところ。(大西)
航空自衛隊のパイロット(防衛大卒)だった油井亀美也氏(1970年生まれ)は、「自分の仕事にとって大事なのはアメリカとの関係で、これがすべてだった。だから、ソユーズに乗るための訓練にロシアへ行くたびにかなりの警戒感を抱いていた。敵だと思っていた国だから。しかし、ロシア人を含む様々な国の人たちと働いていると、知らないことがたくさんあることに気づいた。彼は戦争の専門家として歴史を勉強してきたが、自分がいかに片方の目で見た歴史しか知らなかったか、それに気づかされた。
重力のない宇宙では、ひしゃげた状態の眼球が丸くなり近視が治る。だから、2度目の船外活動では眼鏡を外した。(土井)
船外に出る宇宙服は100パーセントの酸素と3分の1気圧が維持される。気圧を3分の1にすると、血液中の窒素が気泡となって潜水病になるため、前日からスペースシャトルの気圧を下げておき、飛行士は純粋酸素を吸って体内から窒素を抜いていく。宇宙服を着てからも2時間ほど酸素を吸い続け、気圧を3分の1に下げて、外に出る。 -
購入済み
面白いが・・・
日本人宇宙飛行士がもう既に12人もいることをこれを読んで知りました。日本人宇宙飛行士に会って話を聞きたくなりました。ただ、若い時に読んだ立花隆著『宇宙からの帰還』のインパクトがあまりにも大きく、星4つです。
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『タネの未来』を読んだとき、著者の小林さんが次の氷河期を考えて行動していることがすごいと思ったが、若田さんは地球がなくなった後のことを考えている。凄すぎる。50億年後だよ!?私は、私の孫(まだいないが)くらいの先までの地球しか考えたことがないよ。
正直言って宇宙開発なんて、科学技術を試したいだけじゃないの?月とかに資源が眠っているかもしれないから、それを早い者勝ちで押さえようとアメリカとロシアが鎬を削ってるんでしょ?イーロン・マスクとかベゾスが出てくるところからして金が絡んでない訳が無い、くらいのことしか考えていなかったのだが、宇宙飛行士は皆さん子どもの頃から宇宙に憧れ、健康な身体と落ち着いた精神と優れた頭脳を持っているから、そういう下衆な考えはないんだなあ。
この本は立花隆の『宇宙からの帰還』に触発されて、日本人飛行士にインタビューして書かれている。『宇宙からの帰還』を読んでいないので推測で申し訳ないが、脂の乗っていた頃の立花隆にはものすごい力があったので、(この本で立花隆のインタビューを受けた唯一の飛行士秋山豊寛が温泉宿に三日間缶詰めにされ、立花から「最後の一滴まで絞り尽くされた」というんだから凄まじい。)それと比べると見劣りするかもしれない。しかし、日本人飛行士全員にインタビューした本はないので、価値あるものだと思う。
宇宙から地球を見た感想は意外に違うが、全員地球を大切にしなければいけないと感じている。戦争したり環境を破壊してはいけないというのを深いところで実感したというのだから、金持ちが大金払って宇宙に行くのも、それなりに意味のあることかもしれないな、と思った。広い宇宙に地球と似た星はあるかもしれないが、そこに人類が行くのはかなり難しいだろうから、地球が50億年後には無くなるとしても、その前に人間が地球を死の星にしてはいけない。
宇宙に行かなくても改めてそんな気持ちになったのだから読んで良かった。
追記
『人類が生まれるための12の偶然』(眞淳平著、岩波ジュニア新書)を読んだら、地球がなくなるのは50億年後だけど、10億年後には住めなくなるらしい。それでも長いけど。
あとベゾスやイーロン・マスクは宇宙から地球を観察して様々な変化を先に知って、誰よりも速やかに商売に繋げるために宇宙開発に関わってるそうです。これは新聞で読んだ。そこまでして商売をデカくしようという野望もまた凄まじい。 -
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2018064
戦前の大金持ちと現代の大金持ち。その差は何と言った時に才能よりも使命感が何より大きいと思いました。ひとの成功を妬んだり、富を独占しようとする虚栄心を越えた生き方。貧富の差が大きな時代だから、自分がやらなければという思いが強かったのかもしれません。
美術館や庭園で名を馳せた山崎種二や足立全康。芸術を通してひとを育てる。美術館を訪れることで創設に関わったひとたちの哲学に触れることも出来るような気もします。
もちろん吉野山の桜を守り抜いた土倉庄三郎の戦争ではなく、林業で国を守り立てようとうとしたり、真珠のミキモトの創始者の御木本幸吉の諦めない生き方も凄い。
みんな地方から日本を変えていこうとしてきた。地方からこのようなひとたちが出てきて地方から元気になることを願いたいです。 -
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ネタバレ3.11、壊滅的な打撃を受けた国道。救助物資を運ぶには、救援の人員を送り込むには、道路の復旧は不可欠… だということを、この本を読むまでは全く思い当たらず。
道路工事というと、公共事業などで無駄に税金が投入されているネガティブなイメージしかありませんでした。しかし被災後、普段道路を保守している人たちが自らの責任のもと、自ずと道路の補修工事を行っていたという話には胸を打たれました。
そして少なからずあの土地に関わったことがある身としては、彼らのそうした行為があったからこそ、ボランティアとしてあの地で活動できたんだと思うと、感謝の念に堪えません。
一国民としては、当たり前のように使用している数々のインフラを失ったときの苦しさと状況を本書で初めて気づかされ、またそのありがたみを改めて思い知らされました。そして、周囲の情報に踊らされず、正しく正否判断できるようにありたいとも思いました。 -
Posted by ブクログ
以前読んだ「紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている──再生・日本製紙石巻工場」(以下「紙つなげ」)と、比べながらの感想。
「紙つなげ」が、紙を中心とした、本にさまざまな立場で携わる人々の物語をつなげた「ストーリー」を構成しているのに対して、本書(「復興の書店」)は、末端の「書店」にフォーカスしており、独立したエピソードはほとんどリンクしていない。「復興の書店」は雑誌連載という背景もあるのだけれど、どちらか一冊を、ということであれば、「紙つなげ」の方が、(物語の登場人物の努力の集大成を、実際に「本」という形で手にできる、という点まで含め)完成度は高い。
ただ、「復興の書店」がフォーカスしているのは、「紙つなげ」での作り手側の物語よりもっと末端の「読み手」に近いところ。一章のタイトル「本は「生活必需品」だった」が、本書の位置づけを示しているように思う。品質、もの作りとしてのこだわり、そういったものを超えた、純粋に「情報」「環境」としての読書。そういったものがいかに被災者にとって大事であったのか、それを復興させるために、書店員がどのように戦ってきたのか、そういったことを、より、被災者に寄り添った視点から描き、まざまざと感じさせてくれたのが「復興の書店」であった。
そういった意味では、本書で求められている「本」の役割を果たすのは、紙である必要はなく、電子書籍でも構わないはず。ただ現時点での電子書籍における「共有」の弱さが、浮き彫りになったかなという印象を受けた。
どちらの本も、やはり涙なしには読めない。それだけの出来事であったのだし、遠く、ほとんど被害はなかったとは言え、同じ災害を体験したものとして、考え続け、語り継いでいかないといけないということを再認識させられた。 -
Posted by ブクログ
被災した東北の書店を暖かなまなざしで回っていく。同じ体験について語っていくことの繰り返しだからなのか、語られる話は似通っている。だからなのか、それとも希望を見いだそうとしていることが痛々しく感じるからか、賽の河原で石を積んでいるような読書体験となった。希望を見いだそうとするのは彼なりの被災地への思い入れからなのかもしれないが、読んでいてノンフィクションというジャンルの限界を感じたのも事実。非取材者を傷つけないために、筆を押さえた部分があるような気がしてならない。もしくは書店員が口を割らなかったのかはわからないが、話しぶりが痛々しいし、深さもあまり感じない。これをもとに小説として書いた方が作品としての完成度は高まるんじゃないだろうか。そんな気がした。あと気になったのは金太郎アメ的な構成。ひとつひとつ丁寧に回っていくという作業を地道に行うのは稲泉さんの誠実さ故なんだろうけど、話をきく人に変化を付けて、震災と出版というものをひとつかみできるような構成にして欲しかった。