佐々木正美のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレエリクソンのライフサイクルモデル理論を元にしてる
乳児から老年期まで道筋を描き出した幸せな生き方を説明してくれてる
乳児期は母に愛され信頼をきづく
2-4才は自律性を身につける
子どもをいじめっこにしないために
親子で喜び悲しみを分かち合いコミュニケーションとること
育ちを信じて待つ
子どもが親を信じる自律性が育つ
児童4-7才
遊んで見いだして納得理解する
探求
遊ぶ子は将来努力や工夫できるようになる
大事なのはコミュニケーション
勉強の知識でない
勤勉性を獲得する
今未婚か晩婚かがあるが、
結局人間は、孤独のまま幸せにはなれない
お金があって高価な美味しいもの食べるにも、
相手がいなければ楽しくない
お金より健康なこころ
人間関係が大事、それが幸せを決める -
Posted by ブクログ
ネタバレたくさんのお悩みに丁寧に答えてくださっています。安心してホッとできる一冊です。
みんな悩みはつきませんが、やっぱり愛情。受け入れることだと
子どもを幸せにするには親が幸せで笑顔でいること
慌ただしくしない
忙しいからと、相手にしなかったり相づちだけでは子どもは満足できない。甘えたい。ちゃんと聞いてほしい。
子どもはさびしさを口元で発散させようとする
やめさせず安心させる
誉めすぎは大人の評価を気にするようになる
乱暴な言葉を使うのは、自分の強さを誇示して、ある意味劣等感がつよいこ。弱さ脆さを抱えているので偉そうにする。自信がない
どんな場所に行っても大丈夫な自信をつけさせる
子どもの願いを優先、抱き締める
子どもの気持ちを聞いてあげる
色んなひとと付き合うことで人は皆違うと気づく -
Posted by ブクログ
根拠のない自信が大切、という言い方には感心した。そうか、そういうものだよな、と。根拠のない自信なんて言ってしまうと、ちょっとイタイ子かと思えなくもない。でも根拠のある自信との対比でその重要性は理解できる。
根拠のある自信とは、自分は勉強ができるとか、スポーツができるとか、自信の理由が明確なものである。しかしそれだけなら、自分より勉強やスポーツができる相手と出会った時、その自信はよって立つものを失う。反対に自分より勉強やスポーツが出来ない相手と出会った時、逆に自分の方が価値があると思ってしまう。
根拠のある自信は、それがなくても自分には価値があるという「根拠のない自信」があってこそ、安定した人格の要素として生きる力になるのだ。そういわれると、根拠のない自信の大切さが、腑に落ちる。
子育てにおいて、第一に必要なのは全面的に受け入れられることだという。そのあたりの著者の姿勢にぶれはない。
児童精神科医の経験を交えてのことばは、とてもわかりやすく読みやすく、そして何より優しい気がした。
佐々木正美氏の本は何冊か読んでいるし、講演も何度も聞いた。亡くなったのは惜しまれるが、年齢から考えると立派な業績を残されたと敬意をもって冥福を祈るべきだろう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ子どもは本来安心できる人にしかおしゃべりできないもの。子供の言うことを何でも頷いて聞くよう心がける。親にとって不都合なことをいっても、それを頭ごなしに否定するような態度をけして取らないように。できるだけ穏やかな表情や言葉遣いで、お母さんはそうは思わない、そういうことは好きではない、と丁寧に伝える。思ったことを素直に話しても叱られたり頭ごなしに否定されないという安心感を持てば自分を信じ人の和に入っていける。
思考力が豊かということはその人が駆使できる言葉が豊富にあるということ。
母親がどのような言葉を話しながら日々生活しているかということが子供の言葉遣いに大きな影響を与える。品のない言葉を覚えてきて家庭で試すことがある。そういうのは軽く諌める程度にして聞き流す。そんな言葉遣いはお母さんは嫌いですよという程度にして、あまりとりあう必要はない。テレビとかでお母さんはあんなお話の仕方が好きに と一言添えるなど。
ゲーム与えてもいい。のめり込みすぎるのは会話不足。会話があればもっと控えるようにといった親の要求が伝えやすくなる。
ものだけでなく心を満たさせてあげる。無理のないやり方でおすすめなのは、食事(夕食)への配慮がささやかな内容やペースで積み重ねられるとすばてのことが好転していく。子供の好きなメニューをたまに出す。
ウソは相手や自分が傷つく、不愉快な想いをするのがイヤだからついてしまうものでウソの根源はむしろ美しい心や気持ちからはじまるもの。精一杯うそをついている。うそをついても強く叱らず、ママにはあなたの嘘がわかってるということをできるだけ穏やかに伝える。嘘を叱らなかったといってますます嘘をつくようになるわけではない。
悪いことをしたときに気持ちよく、ごめんなさいと言える子供に育てることが嘘をつかない子に育てることにつながる。厳しく叱ることがよいしつけにつながるものではない。母親の愛情が穏やかにしっかり伝わるような対応のほうが、こどもの心のうちに叱られるようなことはしないどこうという気持ちが豊かに育つ。自分の気持ちを理解し大切に育ててくれる母親のいうことならきこう、となる。子供が親に何を望んでるか感じ取ろうとすること。また親が自分の気持ちをわかってくれているという手応えや実感をこどもがもつこと。
非行に走った少年たちの保護者は、子供の自尊心を守るために、自分たちの世間体などを犠牲にするようなことはしなかった(してくれなかった)。と子供たちはいう。
少年院などの矯正施設をでたあと再犯しないと確信できる場合がある→彼らの心のうちに親を許せる気持ちが芽生えているとき
こどもを叱らない→強い感情で声を荒立てるのではなく、丁寧に言い聞かせるように、だめなことはだめという。けど大人も感情が高ぶっているので自制するのが実践は難しい。だが子供を育てる場合、その自尊心を傷つけるのは最大限の努力をもって避けなくてはならない。それを自分で認識しておけば、普段から叱るときに必要な配慮や手加減ができる。
親が承知しておかなければならないのは、正しいことだからと言っていくら叱ってもよいかというとそうではない。いいすぎや叱りすぎは、自尊心を傷つける副作用をもたらす。こどもは、信頼して尊敬できる人からしか学べない。
しつけ=自律性。できるだけ穏やかに必要に応じて必要なだけそのときどきに繰り返して教え伝える。大事なのは、教えられた子供が納得し、きちんと自主的に実行するのを待っていてやること。そうなるまで手を貸して助けてやること。できるのを 楽しみにしながら、待ってやる。
成長や発達、あるいはしつけが身につくのを普段からじっと待っていると、それが子供にみにつく。待ってあげる姿勢は、子どもを充分に信頼しているという気持ちを伝えることになり、愛を子どもにもっともわかりやすく伝えることにもなる。
子育てに成功している家族は家族間の人間関係だけではなく近隣など家庭外の人々との人間関係もまた豊か。ささいなことで過度に怒らないようにするには、夫婦、地域、親類、友人、知己との交わりを深めながら生きるのを心がけるのが大切。
悪いことを叱り、悪い子だと叱らない。自尊心が傷つくとこどもは自己否定的、相手を否定し軽んじたふるまいが多くなり、よい友達が得られない。
もし叱り飛ばしたあとに、しまったと思うことがあれば、時間をあまりあけずに、さっきはごめんねと謝ればいい。こちらが素直に謝れば子供も許してくれて、許す気持ちが生まれれば心の傷も残さない。
腹を立てて叱ったときはクールダウン後に、どうして怒ってしまったのか、反省するのは大事なこと。
親が子供の話をよくきくこと。楽しい話題を豊かな気持ちでたくさん聞くのはもちろんのこと。悲しい思いを抱いて話そうとすることを母親がゆっくりと時間をかけて耳を傾けることのほうが重要。微笑みながら話の腰を折ることなくじっくりきいて一緒に悲しむ。母親ができること。
妬みや嫉み、攻撃などの複雑でマイナスな感情は大人になる段階で学んでいく。まず子供には、喜びや悲しみといった健全な感情から育んでやる。
自分の子供がいじめられたら。いじめは自尊心と自己肯定感を阻害するだけでなくめちゃくちゃに壊してしまう。いじめがなくなるまでその場へは行かないことくらいは当然。その間に勉強が遅れるなどという心配よりいじめられることで失うもののほうが遥かに大きい。
いじめられてることがわかったら、親はその子の自尊心を守ることに最善をつくす。あなたは我が家の大切な宝なんだと、誇張しすぎるくらいしっかり伝える。間違ってもおまえにすこしはいじめられる責任があるとか、要領の悪いふるまいをするからいじめられるんだという対応をしない。
いじめっこの家族は家庭内の人間関係が悪い。直接対峙せず学校などの仲介をはさむ。
児童相談所、保護社会、学童保育に相談。学校休んでも放課後の児童館に通うのも、思いの外よい解決につながる。
自分の力ではどうにもならないと感じたとき、そのことをできるだけ安心して親に訴えたり援助を求めることできるように平素から習慣づける。こどももどんなに幼くてもプライドがあるから、自分の弱みや引け目を自ら表現しようとは思いません。だからこそ親の日頃の態度がとても大切。
家庭とは自分が特別であるところ。ありのままの自分が愛されるところ。食事やおやつ、サイズや色合いを考えられた衣服や履物が買い与えられる -
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はじまりは愛着から。
乳幼児期にどれだけ愛されたか、望みを叶えられたかが、その後のいじめ、いじめられ、ひきこもり、非行に繋がっている。
今の子育てがいかに親中心か。
いい子に育てるために子の望みより親の望みが優先になっていないか。
父性性(規律や理性)を与える前に
母性性(愛着や愛情)を与える。
根拠のある自信(スポーツや勉強など)より
根拠のない自信(愛されているという確信)を。
日々の子育てを振り返りながら読み
グサグサっときた。
我が子は可愛い。優しくしてあげたい。
でも、そんなに子ども優先にしたら自分が壊れるし、
教えなきゃいけない事もたくさんある。
…という気持ちで前半読んでいたけれど、
著者が優しく、しかしまっすぐに繰り返し語る言葉を読むうちに、心から我が子が愛しくて、そのままを受け止めてやりたいという気持ちがじんわり私の中に蘇った。
愛着なくして、子どもの芯は育たない。
基本にたちかえった。
思春期の子どものことや、親が離婚するときのことなど
小さな子どもだけでなく、様々な子どもや家庭に触れている。
ぐりとぐらの山脇さんの挿絵が愛らしく、
優しい気持ちになってくる。
方法論というより、
著者が近年体験した話から導いた子育ての考え方について
繰り返し書かれている印象。
その中でもこうしてみたらという提案がいくつかあり、
心に残ったので実践したい。
まずは
1週間叱らないことと
子どもの話に耳を傾けること
この2つ。 -
Posted by ブクログ
「続」を読んで、子供が求める親になろうと心がけはしたものの、ちょっと予定が狂わされる(出して欲しくない時に熱を出す)と、またしても元の木阿弥。
だめだ私、とまた落ち込む。
失敗ばかり続くし、理想にはイスカンダルほど遠い私だが、それでも折を見てはいうようにしている。
「そのままでいいよ」「今のあなたが大好きだよ」
でも本当は親が望むような子になってほしい。
トイレもきちんとできて、お箸でふざけないで、、片付けもして、お話も聞けて。
そうではないからイライラする。
頭にくる。
しかし、そうやって頭ごなしに叱りつけるのはいけないとわかっている。
わかっているけれど、できない。
続かない。
つい。
......あれ?
これってつまり、子供の「今」の状況と同じ?
苦しんでいるのは、愛されたいのは、望んでいるのは、この子と同じ。
違うのは、いつも子供が私に言ってくれる、「これのママが好き!」という言葉。
私は「これの〇〇ちゃんが好き」って心から言えている?
344頁にこんな言葉があった。
「いま、この子に何をしてあげたらいいのかということがわからなくなったら、いったん立ちどまりなさい。
そして自問自答をかならずしなさい。
自分の気持ちのなかに、この子に対する愛情が十分にあるかどうかを確認しなさい。
確認できなかったら一歩退きなさい。」
育児には自信がない。
決していい親ではないから、辛くて悲しくて何もかも投げ出したくなる。
それでも、熱いほどの手を握り、反目で寝ている顔を眺めていると、この子たちのためにまた頑張ろう、きっといい母親になろうと思えるのだ。
及第点にはまだまだ至らない。
いつか、この子たちが子供時代を振り返った時に、ちょっとでも幸せな子供時代だったと思い返してもらえるよう、失敗を繰り返しながら、努力していこうと思う。