きむらゆういちのレビュー一覧

  • カラー版 あらしのよるにシリーズ(7) まんげつのよるに

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    ネタバレ

    友達同士のオオカミのガブとヤギのメイ。吹雪の中、追手に戦いを挑んで、雪崩に飲み込まれて、消えたガブ。
    約束の地で、友の生還を待つメイ。そして、運命の再会。ハッピーエンドか?と思われたのも、つかの間。
    そこに現れたガブは、全ての記憶をなくし、本能のみが残った普通のオオカミだった。命を賭けて育んだ友情は、露と消えるか?
    つらいのは、そこに、楽しい記憶があるからだ。生きるのに何が必要なのか?人生の意味を問う。
    まとめると『人生は 予想できない 大航海 つらくも楽しい 生き方それぞれ』といったところでしょうか?

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    2012年07月21日
  • カラー版 あらしのよるにシリーズ(1) あらしのよるに

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    ネタバレ

    ヤギとオオカミが“あらしのよるに”真っ暗の小屋で出会う。鼻風邪で互いの匂いに気づかなかったり、雷が光るも怖くて目をつぶって相手が確認できなかったり…というアンジャッシュのコントのようなやり取りが続き、気づけば、まさかの友達同士。この話を読んで、思いうかんだのは、「インティメイト・ストレンジャー」(見知らぬ友人)という言葉。SNS隆盛の昨今、我々は、「言葉」を通じ、思いもよらぬ友人ができることがある。まとめると『お互いの 声とトークで 意気投合 あらしが生んだ 見えないマブダチ』といったところでしょうか?

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    2012年06月24日
  • カラー版 あらしのよるにシリーズ(6) ふぶきのあした

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    シリーズを読み聞かせ中。
    この回には、大一番があり、うちの少年は朝から涙ぐんでました。
    繊細、やさしい。いいね(親バカ)。

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    2012年05月09日
  • 小説 あらしのよるに

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    素敵な話でした。なぜか気が合う狼とヤギ…種類は違うけどお互いのことが大好きでずっと一緒にいることを決めた。私はこの話は人間の男と女に当てはまるんじゃないかなぁ。と思った。男の人と女の人は違うけどその中で自分にぴったりな人がいる。その人とならどんなことでも乗り越えられる気がする。そう思えるなんて素敵なことだな。と思いながら読んでました。子供が小学生になったら勧めてみようかな。

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    2011年09月17日
  • たれ耳おおかみのジョン

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    たれ耳がトレードマークの犬のジョン。
    ある日助けてくれた強くてカッコイイ狼に憧れている。
    ジョンは、一大決心をして狼になることを決意。
    狼たちに認めてもらえるよう奮闘する。

    小中~

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    2011年03月04日
  • カラー版 あらしのよるにシリーズ(1) あらしのよるに

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    怖いモノは、怖い?でも、見えないから怖いのか?見えるから怖いのか?本当は、見えるものに惑わされて・・・・大切なことに気付けないのかなぁ?見えなくても感じたことを信じてみませんか!!

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    2011年02月18日
  • おおかみ・ゴンノスケの腹ペコ日記(2) うさぎのおいしい食べ方

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    シリーズで何冊か出ている模様。家にあるのは2冊。

    うさぎのおいしい食べ方・今夜は食べ放題

    案外ヘタレで情けにもろいオオカミと計算高くて腹黒なうさぎという
    絵本にありがちな従来のうさぎとオオカミの概念を完膚なきまでに覆した作品。ヘタレオオカミに同情するね、ホント。

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    2010年02月18日
  • へんしん ぶうたん! ぼくだけライオン

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    ぶうたんは、赤ちゃんの頃、
    ママがぶたと間違えて拾って育ててため、
    本当はライオンなのだが、ぶたとして生きている。

    「どうぶつをたべない、ねらわない、おそわない、の
    三びょうし そろった、やさしい そうしょくライオン」なのである。

    森のみんなにライオンだと知られると大騒ぎになってしまうので、
    ママが作ってくれた「ぶたの へんしんセット」をつけて暮らしている。

    大胆すぎて笑ってしまう設定なのだが、
    みんなに本当のことが言えない本人は、真剣に悩んでいるのだ。

    作者は、「あらしのよるに」シリーズのきむら ゆういち。

    こちらの方がより子ども向けで、ユーモラスであるが、
    どことなく「あらしのよるに」と共通のテーマが見える。

    見た目と中身のギャップ、本当の自分、本当の居場所など・・・。

    テーマ性では、ネアンデルタール人に育てられたクロマニョン人、
    エイラを描いたジーン・アウル作品とも同じものを感じた。

    ある日のこと、友だちのうっしーの姿が急に見えなくなる。

    探しているうちに、りすけもみいみもいなくなってしまう。

    探している間に、ぶうたんは、
    うっしーやりすけやみいみとの温かいエピソードを思い出す。

    彼らはかけがえのない友だちだ。

    友だちをさらっていった者たちの正体がわかり、
    ぶうたんは、敵を相手に、へんしんセットを脱ぎ捨てて
    たたかうのだが・・・。

    中身が変わらなくても、姿が変わってしまっては、同じには見えない。

    ぶうたんは、それを噛み締めなければならなかった。

    表紙のぶうたんは、涙も枯れ果てて放心状態なのだが、
    その少し前のシーンでは、
    夕日を前にがっくりとうなだれる、ぶうたんの後姿がある。

    本の向こうの彼に、かける言葉が見つからない、と思ってしまうほどだ。

    そんな、彼に言葉をかけたのは、母親だった。

    母親のその言葉は、この先どんなことがあっても
    彼を支えるものであるだろう。

    そして、ぶうたんの決断は、エイラの決断と同じものであったのだ。

    ここで終わって、続きを想像にゆだねても良いが、
    さらに続編があってもおもしろそうだなぁと思う作品である。

    いや、かなり続きを期待している自分がいた。

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    2010年01月17日
  • へんしん ぶうたん! ライオンマンたんじょう!

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    ある朝、ぶうたんが目を覚ますと、
    兄のびいすけと姉のばあこが足音を忍ばせて、
    こっそりと出かけようとしていることに気づく。

    着替えてあとをつけていくと、コロロン広場には、
    みいみとりすけも待っていて、うっし~が来るのを待っているところ。

    4人は声を潜めて何か話している。

    うしろからうっし~に声をかけられ、ぶうたんもみんなもびっくり!

    みんなのあせり方が、なんか変。

    ママのたんじょうびパーティーを企画していたと知り、
    ぶうたんは大ショック!

    どうしてぼくにだけ教えてくれなかったの!!

    そうかぼくだけのけものなんだ。

    どうせぼくは、ぶたじゃないし・・・。

    ママは捨てられていたあかんぼうを、
    ライオンの子とは知らずに拾い、ぶたとして育てたのだ。

    ライオンの姿のまま外に出たら、森中大さわぎになるので、
    ママは、ぶたのへんしんセットをつくってくれた。

    ぶうたんは、それを着て、過ごしているのである。

    たんじょうびパーティーはあさってということで、
    みんなで準備をはじめたものの、
    みんなはどんどん役割を決めて動いていくのに、
    ぶうたんが何をすればいいのと聞いても、
    何もしなくていいよ、とか、何かあったらたのむよ、と言われるばかり。

    ぶうたんは、どうせぼくなんてと、
    すっかりふてくされてしまうのだが・・・。

    その後の事件で、ぶうたんは、正義感と本能を目覚めさせることになる。

    ぶうたんは、その過程で、
    自分の知らなかった自分の体のことがわかってくる。

    自分のつめが出たり入ったりするのにはじめて気づいて、
    素直に感動しているところがかわいらしい。

    この日、ぶうたんは、もうひとつ別の才能にも気づくことになる。

    このもうひとつの才能の方が、
    ライオンだから力が強いということよりももっと大切なのかもしれない。

    ふてくされていたぶうたんが、笑顔になったところもかわいい。

    自分に何かができると思うことは、素朴にうれしいことなんだ。

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    2010年01月17日
  • へんしん ぶうたん! ぶたにへんしん!

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    ぶたのさんちの子どもたちは、
    「三匹のこぶた」のはずが、一匹だけ、実は違う。

    ぶうたんは、自分の体だけほかの二匹の兄弟と違う
    ということにはもう気づいている。

    今までは家の中で過ごしていた三匹が外に出たいといい、
    兄弟の二匹は先に出たけれども、自分だけは待てといわれ、
    そして、「出生の秘密」が明かされる。

    雨の夜に木の根元で布にくるまれて泣いている赤ちゃんを抱いて帰って、
    ライオンだと知らずに育てたという
    内容設定的にはどこか牧歌的なありえないような
    笑ってしまうようなエピソードなのだけど、

    ママがうっかりぶただと思って育てちゃったから、
    ぶうたんも野菜が好きな草食ライオンになっちゃったってことねと言われ、

    ぶうたんは頭が真っ白。

    自分が拾われた子どもでライオンだってことを、
    彼は外に出る前に知らされることになる。

    とっても過酷なこと。

    それでも、母は抱きしめる。

    ぶたでもライオンでも同じ、ママの大事な子どもだと。

    重い事実を伝えるときに、必ず一緒に伝えるべきことを、
    彼女は忘れていない。

    そして、へんしんセットが誕生。

    ぶうたんは、こうしてぶたとして、森へ出る。

    外見と中身の違いを抱えながら。

    変身した外見と中身は連動しているけれども、
    本当の外見が、本能が、
    何か事件が起こるたびに発動していく。

    これはプロローグだ。

    静かに種がまかれたのだ。

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    2010年01月17日
  • カラー版 あらしのよるにシリーズ(7) まんげつのよるに

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    今まで、ここで終わってもいいけれど、
    もうちょっと続いてほしいような、
    余韻のある終わり方をしてきたあらしのよるにシリーズだが、
    これは正真正銘の完結編である。

    みどりのもりにたどりついたメイ。

    ガブの姿は見えない。毎日ようにガブと再会する夢ばかり見る。

    みどりのもりにいても、ガブがいないのでは、
    メイのこころはひとつも晴れない。

    もりのだれとも口をきかず、ガブのことばかり思い出しながら、
    独り言でずっとガブと話している。

    体は衰弱し、生きる気力もなくなっていった。

    見えなかったものが見え、聞こえなかったものが聞こえる。

    この世の外から聞いているような感じ。

    これは、私が、かつて死に近づいた人から聞いたのと
    同じような感覚のことだろうと思った。

    次第に自分が自分でないような感覚。

    メイは、心と体が離れかけていたんだと思う。

    それを呼び覚ましたのは、森にオオカミが現れたという声。

    ガブが生きているのかもという思いだけがメイの命を支えた。

    一方のガブを生かしていたのは、
    「どんなことをしてでも、いきてはたさなければならないやくそくがある」という思いだった。

    だけど、彼は、その約束が何だったのか覚えていない。

    なだれに巻き込まれたとき、彼は、すべての記憶を失っていた。

    自分が何ものなのかすら、覚えていなかったのだ。

    覚えていたのは、ヤギの肉が大好物だったという本能だけ。

    草原で2匹は再会する。

    メイは、歩き方の癖からガブを覚えていた。

    が、ガブはメイをおいしいヤギとしか思っていなかった。

    ガブは、満月の夜にメイを食べるつもりでいた。

    メイは必死で考える。どんな話をすればガブがメイを思い出すのかを。

    出会わなければよかった!

    はじめてメイがガブとの出会いを悔やんだとき・・・・。

    後半の見開き7ページは、この作品の表現の最も秀逸な部分であると思う。

    これは、絵本でなければ、できないことだ。

    病や障害が、その人らしさを奪っていったとしても、
    それが完全になくなってしまうわけではない。

    本質は変わらないのだ。

    そして、その本質を引き出すのは、
    お互いを結びつける言葉であり、愛、なのだ。

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    2010年01月17日
  • カラー版 あらしのよるにシリーズ(6) ふぶきのあした

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    「ひみつ」が森中にばれて、追い詰められた2匹は、
    コミュニティーを離れて、ふたりで生きていくことを選んだ。

    お互いを苛酷な環境に追い込んだことを後悔し、
    こんなことなら出会わなければ良かったのではないかと苦悶する。

    それでも、やっぱり出会ってよかったと信じる。

    お互いの中でこの二つの気持ちがせめぎ合う。

    追っ手が迫っている中、2匹は雪山を越えることを決意する。

    その向こうの緑の森を目指して。

    いつも一緒にいることが楽しいのだが、ずっと一緒にいると、
    だんだん相手の、自分との違いが、「普通」が、
    耐えられなくもなってくる。

    いつも一緒にいるメイだが、
    ガブにとってはおなかがすくとそのにおいがおいしそうでつらいのだ。

    そして、ガブは肉食なので、離れて食事をしても、血なまぐさく、
    それがメイには耐えられない。

    ガブは夢の中で、ヤギを食べる夢を見てしまい、
    これ以上一緒にいたら何をするかわからないから、
    早くどこかに行ってくれとメイに頼む。

    メイは答える。

    「かくごを きめて、 いっしょに きてるんです! 
    なんでもはなせるのが ほんとうの ともだちじゃ 
    なかったんですか」。

    心をひとつにしながら、旅は続く。

    ガブも思う。

    食べたらおいしいけれど、お話できたほうがうれしいと。

    ふもとにはオオカミの群れが迫りつつも、一緒に見られた満月。

    そして、苛酷な環境が訪れた。吹雪である。

    ここで出るのは、その者が持つ本質。

    ふたりのそれは、まぎれもなく、愛、だったのだ。

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    2010年01月17日
  • カラー版 あらしのよるにシリーズ(5) どしゃぶりのひに

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    ガブとメイが、ソヨソヨとうげで会う約束をした日、
    折りしもその日にオオカミたちはその場所にヤギ狩りに行くことを決める。

    ガブはなんとかメイを逃がしたのだが、
    ガブとメイが一緒に歩いているところを一匹のヤギが目撃し、
    それが森中のうわさになり、
    ヤギたちにもオオカミたちにも知られてしまったのだ。

    必死にお互いを守ろうとするガブとメイだったが・・・。

    お互いの種族たちの壁はあまりにも大きかった。

    お互いをもう一度あわせ、自分たちの種族に有利な情報を
    お互いから引き出すように迫る仲間達。

    ふたりのことは、自然が味方してくれているように思う。

    それは、『あらしのよるに』を読んだときから、
    ずっと感じてきたことである。

    どしゃぶり、そして、いなずま。

    どんなにお互いの種族が敵同士でも、
    ふたりがお互いをかけがえのない存在だと思っているかどうかは、
    コミュニティーはまったく関係なく、
    自然の中に、ふたりっきりでいるときに見えるのだと思う。

    まったくコミュニティーを無視して生きることはできないが、
    究極にはふたりの関係は、ふたりがお互いをどう思っているかで決まる。

    どしゃぶりの中、いわのうえでお互いを支えあい、たおれこみ、
    ぬれてつめたくなった体に触れたのは、相手のぬくもりだった。

    そのあたたかさが、お互いに本当のことを話させたのだと思う。

    いや、言葉を必要とせずに互いを理解した。

    ふたりには、もうこの答えしか、なかったのだと、思った。

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    2010年01月17日
  • カラー版 あらしのよるにシリーズ(4) きりのなかで

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    『くものきれまに』では、他のヤギに自分がどう見られているかを知って
    落ち込んだガブだったが、
    今度は、オオカミのテリトリーに近い場所にメイを呼んだことにより、
    メイが、オオカミからどう見られているのかを
    意識するような出来事が起こる。

    きりのなか、向こうから来る相手が気になってしょうがないメイ。

    ガブだったらいいけれど、他のオオカミだったら?

    きりで見えないから声を出してはみたけれど、それもまた危険。

    お互いは、もうすっかり信頼しあっている。

    危ない場所に来たメイに、なにかあったら助けに行くと誓ったガブ。

    しかも、お互いが、そのセリフを言うところを回想で思い出す。

    ますます恋人達のように思い合っている。

    こんな危ない場所にメイを呼んだのは、わけがあった。

    ガブには見せたいものがあったのだ。

    この谷から見る月をガブは愛していて、
    それをメイと分かち合いたかったのだ。

    二匹のオオカミに襲われそうになったメイをなんとか助け出し、
    飛び込んだのは、ちいさなどうくつ。

    「あらしのよる」と同じような闇が訪れる。

    闇の中では取り繕わずに本当のことが言える。

    ガブは不器用だが、正直な気持ちを口にするタイプで、
    ここでもまた言われてみたいような言葉を口にする。

    さて、本能を超えて、お互いの種族の違いを超えて、
    どこまで大切に思えるのか、守れるのか。

    究極の、まっすぐな問いが、ここにあった。

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    2010年01月17日
  • カラー版 あらしのよるにシリーズ(3) くものきれまに

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    どんなに仲の良い者同士でも、
    ふたりだけの世界で生きていくことはできない。

    ましてや、ふたりがまったく違うコミュニティーで
    生きているのだとしたら、
    環境の違いが与える影響はとてつもなく大きい。

    実は、ヤギとオオカミの名前は、
    この『くものきれまに』ではじめて出てくる。

    それはなぜか。

    ふたりがお互いの名前を「あらしのよる」も再会したときも、
    聞いていないからというのもある。

    これは、ふたりでいるときは名は必要がなくて、
    コミュニティーの中にいるからこそ名が必要だということの
    象徴だからではないのか。

    ヤギの最初に名前で呼ぶのは、友達の心配性のふとったヤギである。

    「メイ、どこに いくんだい?」

    この心配性の友人タプは、
    このシリーズに始めて登場する「第三者」である。

    約束の場所でオオカミと会った「メイ」は、このタプのセリフ、
    「メイは のんきものだから しんぱいだ」を用いて、
    はじめて、自分の名前は、「メイ」だとオオカミに語る。

    そして、オオカミもここではじめて「ガブ」と名乗るのである。

    名前を認識する。

    これは、また新しい展開になる。

    すでにかけがえのない「オオカミ」と「ヤギ」だったふたりだが、
    ここでお互いがかけがえのない「ガブ」と「メイ」になる。

    お互いの仲間に、お互いが友だちだといえないふたり。

    メイは、自分たちの関係を「わたしたちだけの ひみつ」だという。

    なにやら、どきどきする。

    まるで、秘密の恋愛のようである。

    秘密であるがゆえに、メイ、タプ、ガブの間で繰り広げられるドタバタ。

    そして、ガブの本能を試すかのような出来事が起こる。

    お互いがお互いをではなく、他のヤギが自分をどう見ているのかを
    意識せざるを得ない出来事が起こって落ち込むガブ。

    これは次の事件への予兆であったのだ。

    「ひみつのともだち」という言葉がふたりの支えだった。

    言葉はお互いの絆を強くするものなのである。

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    2010年01月17日
  • カラー版 あらしのよるにシリーズ(2) あるはれたひに

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    あれほど緊張感のあった「あらしのよるに」とはうってかわって、
    和やかに談笑するヤギとオオカミ。

    おいおい、こんなにあっさり再会して、
    打ち溶け合っていいのかよと拍子抜けする。

    のどかに仲良くお出かけするふたりだったが、
    行く途中でお弁当を落としてしまうオオカミ。

    一匹ずつしか通れない道をヤギを先に通すと、
    ヤギのおしりが、おいしそうに見えてくる。

    ふたりの友情には、葛藤が付いてまわる。

    本当は、ヤギのにくが大好物だったオオカミなのに、
    「ヤギのにくだけはだいっきりなんす。」とやさしいウソをつく。

    大好物が、おともだち、なのである。

    たべてもうまいけど、いっしょにいると、
    なんだかほっとしてしまう、のである。

    ヤギも、オオカミの光っている目を見ると、
    本当は自分のことを食べたいのではないかという疑念がわいてきて、
    それをあわてて打ち消す。

    またカミナリがなって抱き合うふたり。

    前と事情が違うのは、お互いをオオカミだと、ヤギだと自覚していること。

    もしかして、とうとう・・・・とどきどきさせる展開もある。

    「あらしのよるに」とは、もうひとつ違う展開が見えてくる。

    ふたりの関係が、恋愛関係のようにも見えてくることだ。

    実は、この部分は読者が想像してよい部分になっているのだと思う。

    話し方からオオカミは明らかにオスだが、ヤギはオスにもメスにも取れる。

    同姓とも異性とも、友情とも愛情とも、とっていいのではないかと思った。

    それにしても、最後のあの言葉は、言われてみたい、です。

    なんかね、どきどきするじゃないですか・・・。

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    2010年01月17日
  • カラー版 あらしのよるにシリーズ(1) あらしのよるに

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    あらしのよるに、一匹のヤギが、やっとのおもいでたどりついた
    壊れかけた小さな小屋で雨風をしのいでいた。

    その小屋に同じく雨風をしのぐためにやってきた者がいた。

    ひづめの音がしたので、相手もヤギだと思った、
    ヤギは、やってきた者に話しかけた。

    「すごい あらしですね。」

    暗闇を表現する手法が懐かしい。

    クレヨンで画用紙をカラフルに満遍なく塗ったあとに、
    上から黒で塗りつぶす。

    そして、先のとがったもので、線を描いていく。

    すると、黒の中に、カラフルな線が浮かび上がる。

    幼稚園の頃、そうやって絵を描いたことがあるのを思い出した。

    暗闇の中に浮かび上がる線。

    視界がまったく利かないことがこれで表現されつくしている。

    ひづめの音とヤギが理解したのは、実は、棒切れ。

    怪我をしたオオカミが杖の代わりについていたのだった。

    オオカミもヤギも、お互いに誰だか気づいていない。

    暗闇である上、二匹とも鼻かぜを引いている。

    匂いもわからないというわけだ。

    お互いはお互いの声を聞いたときに、
    「オオカミみたい」「ヤギみたい」と思うのだが、
    失礼だと思って言わないでいた。

    読者は、「オオカミ」と「ヤギ」の両方が見える。

    正直に語り合っているふたりだが、肝心のところが伝わっていないままだ。

    お互いに、ある事実に目をつぶっていると、
    ヒントが出ていても気づかないものだというのが、
    両方が見えているから、よくわかる。

    「うまいえさ」と同じ言葉を使いながら、当然違うものをさしている。

    どうにもごまかしようのない「答え」を
    お互いに言ってしまいそうになると、
    自然現象がタイミングよく邪魔をする。

    かみなりがなってお互いの声が聞こえなくなるのだ。

    子どもの頃に親から言われたことも同じ。

    食が細く、足も遅かった2匹は、「もっとくえ、もっとくえ」、
    「はやく はしれないと いきのこれないわよ」と言われて育つ。

    そんな「共通点」から、次第に親近感を持っていく二人。

    今度は、自然現象・いなずまが、「答え」を提示しようとする。

    さっきのかみなりとは、逆の役割を果たそうとする。

    だが、ふたりは、片や下を向き、片やしっかりと目をつぶっていた。

    ふたりの究極の共通点は、かみなりが苦手なことだ。

    かみなりが鳴ったとき、
    ふたりはしっかりとからだをよせあってしまったのだ。

    ふたりを究極に近づけさせてしまったのは、
    おそらく、この「弱み」なのだろう。

    強くて元気なときではなく、弱っているときに出会い、
    最初から「弱み」をさらけ出してしまった。

    ふたりは再会を約束するのだが・・・。

    この作品は、最初は、続編を出すつもりがなかったのではないかと思う。

    この続きの話の、『あるはれたひに』以降は、
    結末まで描き切る決意で書き進められていると思うのだが、
    このときは、これで終わらせるつもりだったのではないか。

    この作品は、読者に続きを永遠に想像させ、
    続けなくてもよかったのだと思う。

    だが、続けても成功したという、貴重な作品なのではないかと思う。

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    2010年01月17日
  • カラー版 あらしのよるにシリーズ(1) あらしのよるに

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    あべさんいわく この大型版と元の本とは色彩が少し違う。
    色彩は、原画が基本だけれど、本にするためには印刷のインクになる。
    何枚もテストされたら、その中で原画の思いに近いものを選ばれるらしい。
    その絵を選ばれている姿を思い出した。
    旭川のラーメン屋さんでそんな話をしてくれました。
    シリーズ7巻(登録省略)
    あべさんファンはどちらも購入すべし。

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    2009年10月04日
  • カラー版 あらしのよるにシリーズ(1) あらしのよるに

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    何年か前に、中村獅童の声で教育テレビのてれび絵本でやってました。
    アニメの映画にもなりましたね。映画版は絵の感じが好きではないので見てませんが。
    絵本はシリーズ化されて、最初6巻目の『ふぶきのあした』までで終わっていたのですが
    「ガブ(オオカミ)は一体どうなったの?」という問い合わせや続編を切望する声が多く
    特別編や、最後の完結編『まんげつのよるに』ができたそうです。

    まず最初の『あらしのよるに』は…
    ある嵐の夜、1匹のヤギ(メイ)が、山小屋に避難します。
    同時に1匹のオオカミ(ガブ)も同じ山小屋に避難します。
    真っ暗な闇の中、かぜ気味で鼻の利かない2匹は、お互い相手を自分と同種の動物と勘違いしたまま
    夜通し語り合い、途中雷であたりが明るくなっても偶然の連続でお互いの姿を見ることも無く、
    とうとう意気投合してしまいます。
    そして「あらしのよるに」を合い言葉に、翌日再び会う約束をします。

    この本一冊だけだと、単純にハラハラドキドキ。うわ〜バレる、バレちゃうよぉ〜と、
    まるで小さい頃『八時だよ全員集合』で「志村ぁ〜!後ろ、後ろぉ〜!」とテレビに向かって叫んだような
    スリル満点の楽しい絵本です。

    しかし、2冊目3冊目と読み進めていくと、話がどんどんディープになっていきます。
    オオカミとヤギの種を超えた禁断の友情。秘密の逢瀬を重ね、ばれそうになり、追い詰められると
    仲間を捨てて、二人だけの世界を求めて逃避行。
    韓流ドラマも大映ドラマも真っ青のどろどろドラマです。
    逃げている間、ガブは雪山のなだれに巻き込まれて、消えてしまいます。
    『ふぶきのあした』でここまで終了。当然読者不完全燃焼。
    待望の最後の完結編『まんげつのよるに』では、ガブは記憶喪失になっていて、
    すっかり腹をすかせたただのオオカミ。
    もはやうれしい親友メイとの再会も、ご馳走が自ら懐へ飛び込んできた、位にしか
    考えません。
    そこで嘆き悲しんだメイがある言葉を叫ぶと、ガブの記憶も戻り…再会を再び喜ぶと、
    やっぱりドロドロドラマにありがちな展開。
    絵本では、さすがにイイ感じな終わり方で、お子様は安心して読み終えられる内容だけど
    文庫版は、実はさらにその先衝撃の結末が待っています。でも一応ハッピーエンド。
    種を超えた友情は、二人だけがお互い幸せでも、そのまま共に生きていくのは無理がある。
    二人のハッピーエンドは、こういう結末しかないのかな…。と考えさせられます。

    シリーズ読破して、しかも文庫版まで読んでしまった私が言うのもなんですが、
    これは一番最初の『あらしのよるに』だけ読むのが一番楽しいかもしれません。

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    2009年10月04日
  • おおかみ・ゴンノスケの腹ペコ日記(1) 今夜は食べほうだい!

    Posted by ブクログ

    うさぎだけしか入学できない学校に、「うさぎを腹いっぱいたべたい」というオオカミが、うさぎに変装してその学校に潜入した。さあ、学校は一瞬にして地獄と化して悲惨な状況に・・・と思いきや、ん?どうしてハッピーエンドなの?何がどうなったの?

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    2009年10月04日