「とある飛空士への追憶」から続く物語、結論から言えば、個人的嗜好の正にど真ん中!最高にエキサイティングかつドラマティック。生涯ベスト10入賞の一大傑作だった。この思いを忘れないためにも色々思うことを留めておこうと思う。
ここ数年において最も売れた書籍に「永遠の0」がある、特攻を描いていることに注視されがちだが、かの中では軍人が描かれていたことを既読の方は覚えておいでだろうか?残念ながら映画では省略されてしまっていたが、実在した戦闘機搭乗員のエピソードが実名にて散らされていたのである。いわずもがな彼等の愛機は零戦。
そして宮崎駿監督による「風立ちぬ」零戦設計者堀越二郎を主人公に据えた作品である。こちらは観てない。
いずれにしてもかつての日本が世界に誇った技術の結晶が注目を集めることになった。今の若者いや子供達でさえも「ゼロ戦」は死語ではないはずだ。同時にであるが隣国の影響もあり太平洋戦争を含む先の大戦も、真実とその歴史の解釈は大きな社会問題といえるだろう。
その中で作者犬村氏は「追憶」を2008年に、そして今作「夜想曲」を2011年に上梓している。
作品のジャンルとしてライトノベルに属するようだ、ファンタジーと言ってもいい。なぜなら作品世界は現実世界の地理にあてはまらない、さらにその地の人間、これは我々と同じだが、彼等の運用する技術、兵器は現実とはまた違う。航空機の技術はほぼ同じだが発動原理が全く違う。さらに大出力揚力装置なるものがあり、艦船は洋上を航行するのはもちろん空を飛ぶのである。しかし、排水量の大きな艦船は脚が遅く、戦闘においては互いの航空機による攻撃が必然なのは現実と同じなのだ。
震電なる戦闘機がある、太平洋戦争末期に旧帝国海軍が試作した局地戦闘機、いわゆる迎撃機である。米国の爆撃機を邀撃する為に設計試作されたがそのフォルムは一度見たら忘れられない。ハッキリいってめちゃくちゃカッコいいのだ。そこには芸術的美さえ見てとることができる。
戦争の道具、人殺しの道具であるその機体ではあるが、それが生まれた背景には携わった人達の並々ならぬ努力の賜物、試行錯誤の結実なのだ。そこに美を見るのは不謹慎なのかもしれない、しかし実際そう感じる己がいて同様の感慨を持たれる方もいるはずである。
そしてその機体が躍動する時、大空を舞う姿を目視した時、それ以上の美を視認し大きな感動に包まれたとしても、それを不謹慎とは感じない己がいるのだ。今作では震電をデザイン的に模した「真電」なる戦闘機が登場する。銀翼を煌かせて大空を翔る戦闘機同士の空戦、その優美な機動と生死を賭けたダンスが物語りの大きな軸となっている。
「追憶」で主人公を追い詰める敵役、帝政天ツ上パイロット千々石 武夫が今作の主人公である。空戦において無敗敵ナシだった撃墜王が手痛い一敗をくらった相手、神聖レヴァーム皇国パイロット「海猫」を幾多の戦域を潜り抜けながら捜し求める物語である。そして敵を撃墜すること、人を殺すことが戦争という局面であっても正当化されるのか?軍人の責務を果たすことと敵を殲滅することが己の中で折り合えるのか?真っ当な自分で居続けることができるのか?軍人の内面を緻密に描き、彼のアイデンティティを宿敵に向けることによって残酷な空の死の物語を、優雅な様式美へ変革せしめる物語であった。犬村氏は「永遠の0」ではさほど取り上げられなかったパイロットの生き様をファンタジーの世界観の中で見事に描ききった、そう思うのだ。軍人、パイロットが己が戦う目的、使命、と命令は常にそのベクトルが合致していたことは、おそらくないと思う、しかし明日をも知れぬ身なれど、心のうちでなんらか折り合いをつけ仲間を思いやり空へ駆けていったのだと思う。その意味ではwikiにある通り正に戦争小説だった。
作者犬村氏は執筆にあたり、航空機、その機動、付随する技術、太平洋戦史を相当勉強されたことと思う。作中の敵対国家は、太平洋を挟んでの日本と米国に他ならない。登場人物も実在の人物を彷彿させつネーミングとなっている。また会戦も太平洋戦争の戦闘をなぞっている。開戦当初最新鋭機真電の性能と熟練飛空士たちの錬度により破竹の進撃を続けた天ツ上だったが、工業力に勝るレヴァーム皇国に消耗戦を強いられ徐々に疲弊していく。千々石は飛空母艦パイロットから前線基地に赴くが。そこはラバウル航空隊を模している。そしてミッドウェイ的大敗北を喫し、硫黄島の戦闘を経た後(これは反攻の為の時間稼ぎ作戦であり、敗北は計算の上)残り少ない兵力を結集させて反攻作戦に望む。その作戦はレイテ沖会戦を模している。数多の空域を翔けながらも、宿敵海猫に出会うことができなかった千々石だが、ここで邂逅を果たすこととなり物語のクライマックスとなる。
海猫の心象を描くパートもあり、二人の邂逅と戦闘は涙なくして語れない。「追憶」のレビューにも書いたが、海と空の青、風、発動機の唸り、機銃掃射の光と爆音、どれもが混然一体となった言葉の奔流となって繋がり流れていく。これほどまでに美しい日本語の配列によって描かれる容赦ない戦闘、ラノベと侮ることなかれ!犬村氏の作家としての手腕力量は描写という点で、どのようなジャンルの名家にも決して引けをとるものではないと思われる。
宿命の決戦の決着がついた後は、哀切なる幕切れとなるのだが、史実では旧帝国海軍が壊滅的打撃を受けたレイテ沖だが、今作では機動部隊を囮とした決戦が千々石の活躍で功を奏し、洋上航行中の敵機動部隊を飛空戦艦が巨砲でつるべ打ちの大逆転勝利を収めることとなる。これには大きなカタルシスを得ることができた。これを機に休戦、和平工作が進むこととなり、ファナ・レヴァーム后妃が登場する。追憶のヒロインが政治の世界で実験を握っているとは…
千々石は散華し思い人の元へ帰ることはできなかった。翻って海猫は存命である。このシリーズは、結局海猫とファナの物語になるのだろうか?
2014年にシリーズでいえば2作目の「とある飛空士への恋歌」がアニメ化され、これは楽しみに視聴したのだが、非常に残念な出来であった。現在4作目「とある飛空士への誓約」が完結していない継続中である。どれも同じ世界を舞台にしているが、この「夜想曲」以上の完成度は期待するほうが悪いかもしれない。それほどの完璧な出来映えで、己の胸に突き刺さったのであった。