ひろさちやのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
【読もうと思った理由】
「禅」に興味があり、その中でも曹洞宗の禅について知って学びたいと考えて、道元の「正法眼蔵」を読みたいと思いました。ただ、原本はかなり難解だと聞いていたため、まずは解説本をと思い、この本を手に取りました。
【感想】
解説本から読んで良かったと思いました。いきなり原本を読んだら、やはり難解で難しく、正法眼蔵の魅力自体を感じとれなかったようが気がします。とても分かりやすく、且つ要点を抑えた解説がされている印象でした。
【以下、本文で気になった箇所をメモしてAIで要約したもの】
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▼『正法眼蔵』とは
◯曇りのない「智慧の眼」で仏の教えを正しく理解するための書。
◯単なる坐禅のマニュアル本ではなく、仏教を理解する智慧を言語化した道元の「哲学的思索の跡」である。
▼悟りの本質:「身心脱落」と「現成」
◯身心脱落(自我を捨てる): あらゆる自我意識を捨て、全存在を悟りの世界に投げ込み、角砂糖が湯に溶け込むように悟りの世界へ溶け込むこと。
◯現成(あるがままの世界): 自我意識を消滅させると、そこには迷いも悟りもなく、目の前にはただあるがままの世界(現成)が現れる。
◯求めてはいけない悟り: 自分の側から悟りを追い求めるのが「迷い」。悟りの側からの働きかけがあってはじめて身心脱落できる。
◯今ある現実を生きる: 「薪は薪、灰は灰」「若者は若者、老人は老人」。過去や未来にとらわれず、目の前にある現実(病気や老い、花や月)に別の思いを重ねず、ただあるがままに生きることが悟りである。
▼修行観:「修証一如」と「只管打坐」
◯修証一如(修行と悟りは一つ): 大悟するために修行するのではない。「悟りのなかにいる(仏である)からこそ修行できる」。
◯日常生活すべてが坐禅: 仏性を活性化させるには修行が必要。「行住坐臥(歩き・止まり・坐り・臥す)」の日常すべてが修行であり、全身全心でひたすら坐り抜き、眠り抜き、生き抜く「只管打坐」こそが仏の姿である。
▼実践の心構え:「菩提薩埵四摂法」
◯布施: 貪らないこと。「坐りたい」という自分の欲望を少し抑えて席を譲るような行い。
◯愛語: 単なる優しい言葉ではなく、相手をそっくりそのまま肯定する(「あなたはあなたであっていい」という)言葉。
◯利行: 「自他不二(自分もよりも他人もない)」の立場に立ち、衆生に利益を与えること。他を利することは自分を利することになる。
◯同事: 相手と自分は同じ人間であり、置かれた立場が違うだけだと理解すること。
▼仏弟子が学ぶべき「八大人覚」
◯少欲: 物足りないものを、物足りないままにしておく。
◯知足: 与えられたものを独占せず、一部を他人のために回す。
◯楽寂静: 喧騒を離れ、静けさを楽しむ。
◯勤精進: おのれ一人の利益のためではなく、精進に勤める。
◯不忘念: 常に仏法を思っていること。
◯修禅定: 心静かに真理を観察すること。
◯修智慧: 智慧を修得すること。
◯不戯論: 物事を複雑にせず、あるがまま、単純そのままに受け取ること。 -
Posted by ブクログ
"わたし自身はこう考えています。わたしたちはいつかお浄土に往くのだから、この婆婆においてわたしたちが考えるべきことは、ーお浄土へのお土産ー
を準備することです。"
とても良かった……175ページからの
三『歎異抄』と現代人
からは泣きそうになりながら読んだ。やっぱりひろさちや先生の本は読みやすい。哲学や信心というものを考えたいときもそうでない時も読みたい。
善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや
この言葉が有名な歎異抄を解説した本。
わたしが仏教哲学に共感するその理由をもう一度考えさせてもらった。
"煩悩につきまとわれたわたしたちが、この生死の苦しみの世界からいかなる修行によっても脱却できないでいるのを憐れに思って、阿弥陀仏が顧をたててくださったのであり、だとすればその仏の願の本意は悪人を仏にしてやろうというものである。したがって、他力にすがろうとする悪人が、お浄土に往生させてもらえる真の対象者なのだ。それゆえ、善人も往生できるのだから、まして悪人が往生するは当然のことだと、言われました。"
ひろさちや先生の現代語訳がわかりやすいし、何よりその後の解説文がほんとうに良かった。
何が善で何が悪かなんてすぐに変わる。
心の中に浄土をもって、この世だけが全てではないと思う。
そして、「生きていたい」という煩悩のままに生きて良い。
禅宗の視点で哲学を考える本をいくつか読んできたけれど、浄土真宗の目線から見る本作もとても良かった。
これからも哲学の本を読みたい。ひろさちや先生の本も。とても良かった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレがんばるのではなく、あきらめるとうまくいく。
がんばった先にはさらに上をめざそうとなる。
いつまでたってもゴールは見えず苦しくなる。
常識を捨て、自分はこんなものだとあきらめる。自分を許す。
幸せを求めるなら、小欲知足。足るを知る。欲は常に増えていく。少し少なくする。
ぶつ強敵問題解決法のすすめ
生活の危機か、人生の危機か切りわける。
いじめ、病気、貧乏などは生活の危機(病気は一部人生の危機)
人生の危機は四苦八苦から生じる。
フレーズ参照
四苦の生の意味を新たにした。過去の苦しみなんだ・・・。
ここ8年ぐらい求不得苦、五陰盛苦に苦しんだ。最近あきらめて、愛別離苦、怨憎会苦を体感した。それもあきらめた。確かに生きやすくなった。自立したと思う。人をゆるしたのは難しかった。
誰もがいずれ死ぬ。人生に意味はない。
和顔愛語 いつどんな時も和やかな笑顔で、よい言葉をかける修行
事象にあたり、事実だけを取り出す。そこに加害者も被害者もいない。わからないことまで考えてしまわない。
目を見開いて物事を見ると見えすぎる。人の欠点だとか、嫌なところまで見える。半眼で見ると適切な情報量だけが入る。・・・すると物事が明らかになる。これがあきらめるということ。
幸福とは、思うがままにならないことを思うがままにしようとしない。これがあきらめ。幸せ=苦しみが減ることではない。
楽しい幸せだと感じることが大切。健康になるために生きているのではない。健康食品や食事制限に頼るのではなく、おいしいものを気兼ねなく食べよう。 -
Posted by ブクログ
入門書として、わかりやすいというか、平易な文で書かれているのは良い。理解を深める為には、他にも読むべき本はあるけれど、入門書としてはとても良いと思います。
身心脱落、行住坐臥、分からないことが分かるということが悟り。四摂法(布施、愛語、利行、同事)、八大人覚(少欲、知足、楽寂静、勤精進、不忘念、修禅定、修智慧、不戯論)などがキーワード。
利行〜自利も利他もない
同事〜自分も他人もない、皆同じ、私だったらしないとは限らない。
不忘念〜常に仏法を思っていること。
修禅定〜心静かに心理を観察する。
修智慧〜智慧を修得する(ものをあるがままに見る眼=智慧、を養うこと)
不戯論〜無駄な議論はしない、物事を複雑にせず、あるがままに単純に受け取ること(難しく考えない)
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Posted by ブクログ
先に読んだ岩波ジュニア新書の『仏教入門』も仏教の概略を分かりやすく解説してくれましたが、こちらの方が素人にはより納得しやすいものになっているように思います。
というのは、ジュニア新書の『仏教入門』は本当に歴史的な変遷をたどっている感じ。その分思想的には中立的で、あまり深くは突っ込まない印象(まあジュニア新書だし)。
一方本書は思想的な部分まで著者の解説が入って分かりやすい。とくに比喩が卓抜で納得しやすいです。
ただ逆に言えば著者の解釈が多分に含まれるので、気に入らない人は気に入らないかもしれません。ただ本当に初めて仏教についての学ぼうとする一歩目としては最適な本ではないでしょうか。 -
購入済み
漠然としたお寺への不満を解く
作者様。仏教徒としての有り様、お寺の有り様を批判と励ましの言葉で説いていただきありがとうございます、私にとって最良の書になりました。読んでみようかとお考えに皆さん、般若心経の空についての解説、あの世は有るのかなど文章は容易ですし批判のための批判になることなくまた感情的な表現もないのでとても読みやすいです。ただ新興宗教の方にはつらいでしょうからお勧めいたしません。
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Posted by ブクログ
ネタバレ正論。その通り。ブッダの教えとは、別離の苦しみ・悲しみのために、心を覆われたままでいることを執着であると悟ること、過去ではなく今を生きること=故人を早く忘れること。
葬式仏教と檀家制度による民衆の管理は、はキリシタンの葬儀を禁じた徳川幕府の指示。奈良南都六宗は、葬式を行わない。戒名は、在家者ではなく、出家者=僧侶の葬儀のみ行っていた僧侶が、在家者を出家者として弔うためつけるようになった。葬儀の読経も、出家者となった故人のため。位牌は、中国儒教の伝統。墓石は、アニミズム・神道的な、死人が化けて出ないための重石。ホトケとは、カミになる前の鎮められない霊。香典とは、親族が嫡子=喪主に渡すもの。他人は不要。お返しは失礼。忌中とは物忌み=神道。黒い穢れ=死者。赤い穢れ=女性・出産。喪に服すのは儒教の考えで、期間は喪主3年。一周忌、三回忌、7回忌、33回忌、50回忌まで、だんだん長くなる、これは神道。
盂蘭盆会も、日本で発生。浄土真宗は、1970年代まで、否定的だった。正月は、先祖を招く。晦日の夕方が元旦の始まり。雑煮は、お下がり。お年玉も餅のお下がり。
終活とは、エゴイズム。遺言は、裁判にならない場合は、無効。
家制度=墓守りは、長子相続が否定された現在の民法の平等主義のもとで、すでに崩壊している。