あらすじ
「悪人のままに生きなさい」
一度は読んでみたい『歎異抄』。
総ルビつき原文と、ていねいな対訳、著者による解説もたっぷり。
読みやすさ、わかりやすさNo.1の「すらすら読める」シリーズを文庫化。
わたしたちは憤るべきです。
『歎異抄』は、親鸞聖人の没後に、その教えが歪められ、曲解され、親鸞聖人の教えとは異なったものになっている現状を歎いてつくられた書物です。では、「歎く」というのは、どのような行為でしょうか。辞書によりますと、”歎く”は「深く悲しむ」とありました。ところが、ある辞書には、「悲しくいきどおる」という意味が出ていました。それを見て、わたしは気づきました。われわれは悲しむだけでは駄目なんだ。『歎異抄』を読むことは、憤ることなんだ、と。ーーひろさちや
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Posted by ブクログ
"わたし自身はこう考えています。わたしたちはいつかお浄土に往くのだから、この婆婆においてわたしたちが考えるべきことは、ーお浄土へのお土産ー
を準備することです。"
とても良かった……175ページからの
三『歎異抄』と現代人
からは泣きそうになりながら読んだ。やっぱりひろさちや先生の本は読みやすい。哲学や信心というものを考えたいときもそうでない時も読みたい。
善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや
この言葉が有名な歎異抄を解説した本。
わたしが仏教哲学に共感するその理由をもう一度考えさせてもらった。
"煩悩につきまとわれたわたしたちが、この生死の苦しみの世界からいかなる修行によっても脱却できないでいるのを憐れに思って、阿弥陀仏が顧をたててくださったのであり、だとすればその仏の願の本意は悪人を仏にしてやろうというものである。したがって、他力にすがろうとする悪人が、お浄土に往生させてもらえる真の対象者なのだ。それゆえ、善人も往生できるのだから、まして悪人が往生するは当然のことだと、言われました。"
ひろさちや先生の現代語訳がわかりやすいし、何よりその後の解説文がほんとうに良かった。
何が善で何が悪かなんてすぐに変わる。
心の中に浄土をもって、この世だけが全てではないと思う。
そして、「生きていたい」という煩悩のままに生きて良い。
禅宗の視点で哲学を考える本をいくつか読んできたけれど、浄土真宗の目線から見る本作もとても良かった。
これからも哲学の本を読みたい。ひろさちや先生の本も。とても良かった。
Posted by ブクログ
「往生したければ、善行や修行を頑張らないといけない」
そんな当時の”当たり前”に、「本気で阿弥陀仏を信じて念仏をとなえれば、その時点で往生が約束される。だから、煩悩まみれの今を生きる人たちも大丈夫だ」と逆説をぶちかました親鸞。
親鸞の生きた当時は、飢饉や災害、戦などで世が乱れており、人々は「もう終わりだ」という気持ちでいっぱいだったことと思います。
そこに「本気で念仏をとなえれば大丈夫!」という説が現れたら、それはたしかに爆発的にヒットする気がします。
ただ、ヒットした一方で誤った解釈が広まってしまい、それを歎いて異をとなえたのが、この『歎異抄』。
今の世の中も、ストレスばかりです。
災害、戦争、環境破壊と、様々な問題があちこちで起きています。
もっと狭い視点でみても、仕事や学業、育児などでの生活のストレスも絶えません。
そう考えれば、中身は違えど、親鸞が生きた当時と似ている部分はあるのかもしれません。
親鸞は「地獄こそ我がすみか」というようなことを言っています。
現世”しか”ないと思うから、ストレス(煩悩)にとらわれるけど、“もともとそんなもんだ“と思えば、少しは気が楽になるように思います。
歎異抄を初めて読みましたが、読む人によって解釈が違う、奥深い一冊だなと思いました。