ひろさちやのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
親が亡くなって初めて、実家が曹洞宗だと知らされ、買って読んでみました。
ひろさちやが書いてもこれほど難解とは。
仏教というのは宗教というより思想だともともと思っていましたが、正法眼蔵を読んでその思いを強くしました。
「身心脱落」=悟りを求めようとしている自分のほうを消滅させる、悟りを対象化しない
「一切衆生、悉有仏性」=一切の衆生は悉有なり、そして悉有が仏性なり
はすんなり入りましたが、
「諸悪莫作」
は結局、何が善で何が悪なのか理解できませんでした。
「布施」「愛語」「利行」「同事」の四摂法、
「小欲」「知足」「楽寂静」「勤精進」「不忘念」「修禅定」「修智慧」「不戯論」の八大人覚、
を実践していれば、自ずと善いことをなし、悪いことをしなくなると説いているのでしょうか? -
Posted by ブクログ
驚くほどに、極めて分かりやすい本です。
ひろさちや氏個人の見方であるということは念頭に置いたほうがいいのでしょうが(多分他の人の本も見たほうがいいのでしょう)、ひろさちやさんという人は、本当に頭がいいのですね。難解な(はずの)事柄を分かりやすく説明されてます。特に図の表現は絶妙です(書こうと思ってもなかなか書けません)。
なお、ひろさちや氏による仏教観は、一言で表すならば、
「こだわるな」
に集約されます。
・一つの見方に囚われるな
・常識に囚われるな
⇒主体性を確立しなさい
それこそが(ひろさちや氏の言う)仏教なのですよ、、、と、理解してます。
もちろん、ひろさちや氏という個人だけの主張かもしれませんが、それを容認する寛容さが仏教にある、とも言っているように思います。 -
Posted by ブクログ
宗教関連の本については、この本の著者の「ひろさちや氏」の本は何冊か読んでいて、記憶に残っています。
宗教学や「お経」の勉強をしたことの無い私には、彼の考え方の是非を論ずることはできません。しかし、彼が解説している「お経」の内容や、本来仏教とはどのようなものであり、どのように変わってきたかの説明はとても興味あり、そのエキスは私の中に残っています。
この本は、自分が死亡した後にどうするかという、いわゆる「終活」について、生きている間に時間やお金を費やすのは不要だと論じています。私の家も含めて、代々のお墓があるので、それらを継ぐのは当たり前のように思ってきましたが、ひろ氏が、そのような習慣になった経緯も説明してくれたのは、私にとっては「目から鱗」でした。
当たり前と思っていた、葬式にまつわること(戒名、墓石、33回忌までの法要)は、あとで作られたビジネスの一貫なのですね。とくに、法要については、儒教や神道の影響も受けていること(p87)を知りました。
この本を読んで、死んだ後のことを色々考えるよりも、生きている間に、自分だからこそできた経験や体験を、子供や後輩にうまく伝えることが出来ればイイなと思いました。
以下は気になったポイントです。
・現在のように相続順位が同じ者は、均等に遺産を相続する「均分相続」が定められたのは、1948年の民法改正によってである(p23)
・終活とは、俺はここまで家族のことをかんがえていたのだ、ということを訴えたいがためのアリバイ工作にすぎない(p31)
・お釈迦様は弟子たちに対して、葬式などにかかわるな、といわれた。南都六宗といわれる奈良のお寺では、葬式は執り行っていない(p41、42)
・葬式が仏教行事であれば、死体のお清めから、死に装束の着付け、葬式に関するいっさいの取り仕切りまで、すべてやるのが筋(p43)
・葬式をやるにしても親族だけでやるべき、それが葬式の本筋。それ以外の人が別れを惜しみたかったら告別式をおこなうべき(p43)
・もともとは食料香典といって、不幸があった家に親しい人たちが食料をもっていくもの(p45)
・戒名は、仏門に入ったことを証すもの、つまり、出家したことの証。死者は在家のままで、ほとけさまに浄土に連れて行っていただいているのに、どうして出家する必要が有るのか。拝むのは位牌ではなく、ほとけさまのはず(p58)
・埋めたら二度と出てこないように、墓の上に重い石を置いたのが、墓石の起源(p60)
・庶民の死体は洞窟やキリスト教の地下に無造作に埋葬された、これがいまもイタリア、フランスなどに残っている「カタコンベ」と呼ばれる地下の墓所(p64)
・故人は墓の下にいない、私達の心の中にいる、さらに言えば浄土にいると仏教は教えている(p68)
・骨を捨てることを禁じている法律はない、しかし埋めても流してもいけないのが埋葬法(p71)
・死者は赴いた死後の世界で、7日ごとに裁きを受けて49日目でその行き先が決まる。生まれ変わり先は、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天、という6つの世界。生前の行い、生き方によって、その世界に生まれ変わるかが決まる。よい行いをしてきた人は、人間・天界、悪い人は、地獄・餓鬼界となる(p75)
・死ぬと人は肉体を失った霊魂的死者になる、この魂的死者は荒れていて「荒御霊(あらみたま)」と呼ばれている、もっとも荒れている状態は「精霊」と呼ばれる。少し落ち着いて「荒御霊」になる。日本では、この両者を「ホトケ」と呼んだ(p85)
・年忌法要は日本だけ。もっといえば仏教からは離れた儀礼。儒教には、父親や母親が死んだときは、服喪期間が3年(実質25ヶ月)で、喪主は3年間、喪に服す(p86、87)
・忌とは、49日(あるいは100日)までの期間で、この間は死の穢れをまとっているため、他人との接触が禁じられている。その後は喪の期間となり、身を慎んで生活することが求められる。平安時代になって、長めとなり、7・13回忌となり、神道で、33・50回忌も必要とした(p87)
・二人の親がいると仮定して、25代遡ると1億人を超える。この前提は、夫婦二人の間にひとりの子供が生まれて永遠と続いた場合(p88)
・正月に使う箸は、両端が細くなっている。一方の端はカミが使い、もう一方を人間が使うから。大皿から取り分けるときに箸を反対に返すのは、とんでもない作法違い(p94)
・午前0時(子の刻)から始まるのが、天の一日、夕方から始まるのが、地の一日、神社の神事が真夜中に行われるのは、地の一日が基本だから。神輿タイムは「あとの祭り」、午前6時から始まるのが、人の一日(p95)
・江戸時代まで使われていた旧暦では、小の月(2,4,6,9,11)は28日、それ以外は30日、1年間は350日。ずれを調整するために、閏月を設けて調整した(p96)
・神を迎えるにあたっておこなわれる「すす払い」は、正月にカミを迎えるための準備で、12月13日と決まっている、この日から肉類を絶つ(p98)
・幕府がキリスト教徒を弾圧するために考えたのは、まず、檀家制度、次に、寺が葬式をおこなうべし、という通達をだした(p103)
・お坊さんの葬式は、お坊さんがやっていた、それを庶民に適用するために、死者を出家させた。俄仕立ての修行として、読経した。葬式で唱えられるお経は、出家したばかりの死者に仏教の法を説くためのもの(p104,108)
・欠礼する必要があるのは、忌中の間(49日)のみ、それが過ぎたら年賀状のやりとりをしても、いっこうにかまわない。お祝い事も差し支えない(p123)
・現人神である天皇が靖国神社にお祀りするから、戦死者はすぐにもカミ(英霊)になれるとした。ところが1946.1.1に天皇が人間宣言した。最後の戦争から、70年近く経過しているので、神道的にいっても英霊はカミになっている(p151)
・インドには、「四住期:学生期・家住期・林住期・遊行期」があり、それぞれどう生きるか示している(p155)
・生活を最優先させて生きると、人生を生きることができなくなる(p164)
・大切な人と大切な時間を過ごすのだ、という気持ちがあったら、それがそのまま生前葬になる(p200)
2014年9月27日作成 -
Posted by ブクログ
幸福とはゆったりと暮らすこと、という観点から、資本家的発想=「資本の論理」から抜け出し、貧乏人の「お互いさま」精神にのっとった生き方を説く。
【「お客様」の思い上がり】
◯また、わたしたちは買い物に行ったとき、食事のためレストランに行ったときなど、そこの従業員の接客態度を査定しています。言葉遣いのはしばしにいたるまで監視しているのです。その裏には、〈自分は客なんだ〉といった思い上がりがあります。
【清貧ごっこは金持ちの遊び】
◯兼好は、若い頃は朝廷に仕えていました。そして推定年齢三十歳で、彼は出家遁世をして法師になりました。世捨人となったのです。このとき彼は、山城の国の山科の小野庄に水田一町を九十貫文で買い取っています。兼好はこの一町の水田を、四、五人の農民に貸し、年間十石の年貢米を得ていたようです。昔は、人間一人の年間の生活費は米に換算して一石というのが標準でしたから、兼好の世捨人としての生活は相当にリッチであったと想像できます。 -
購入済み
「負け組」という幸せの指南書
自分を「負け組」と思い、「勝ち組」をバカにしたい人には最適。
ひろさちやさんは仏教界では著名であり「勝ち組」じゃないかと思うが、書いてあることをみると、「負け組」感がハンパない。共感できる人にはいいかもしれないが……。
分野的には仏教に入るのだろうが、だいぶ脚色されてて、個人的なエッセイにちかい。仏教は、無益な「後悔」は否定しても、「反省するな」なんて言っていない。
「仏教の教え」を期待して読むと、間違った理解をしかねないし、期待を裏切られる。ああ、そうか。帯に「他人の期待に応えない!」とあるが、このことも含んでいるのかもしれない。