一坂太郎のレビュー一覧
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高杉晋作が生涯の中で残した6冊の日記を一坂太郎氏が読みやすいように解説を付けて現代風に訳したという本です。
タイトルに革命という文字が使われているのですが、内容はごく普通の家族思いな青年武士としての生活が大半でした。特に忙しい仕事に追われる最中で自分の誕生日を心の中でひっそりと祝う所が可愛い。どの日記も途中で中断してしまっているが一坂氏の推測が面白い。とても幕末史に残る革命を起こした志士とは思えない。これが高杉晋作の本当の姿なのかと驚きました。
しかし、上海留学の体験を記した日記や野山獄に投ぜられた時に書き綴った日記は彼の人生に大きな影響を与えただけあって、心の底からの決意や訴えがひしひしと伝わって来て読む価値があります。特に投獄日記は何の為に脱藩したのか、来島又兵衛とどの様な話し合いをしたのかを子孫に伝えようと書かれているので(投獄された当時は妻・雅子のお腹の中に長男が身ごもっていました)高杉晋作の為にも読んで欲しいです。
あと、高杉晋作が旅で歩いたルートを一坂氏が車で辿った旅行レポートもあったりします。病弱なイメージが強いのに意外とタフなのが分かります。
でも、風邪を引きやすい体質だったのが印象深かったです。一度ひくとなかなか治らず辛そうだった事も…。彼の最期を知っている身としてなんとも言えない気持ちになります。
高杉晋作に関わってきた長州の志士たちの名も時折出てきますが、特に桂小五郎の名は頻繁に出てきて旅に出る直前に馬に乗って駆けつけたりと劇的な場面も。本当に兄弟のように仲良さそうで微笑ましいです。
こういう形で高杉晋作の本心が読める本を書いてくださった一坂氏には感謝したいと思います。 -
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戦争は暴力そのものなのだ。実は政府が入れ替わる明治維新期は、歴史的に最も暗殺が行われた時代であるそうだ。本書は、そうした暗殺事件を多数取り上げて、それぞれの暗殺の理由というところに特化して語る一冊である。
ぼくには維新期の暗殺者ということで言えば、映画や大河ドラマで勝新太郎や萩原健一の演じた「人斬り」岡田以蔵のイメージが強く、彼の処刑シーンはどちらでも印象深かった記憶が残る。だが、人斬り以蔵にせよ、人斬り新兵衛にせよ、捕縛されるまでになかなか捕まらぬプロの殺し屋であったことは今更ながら異例に近いようにすら思える。
むしろ複数思想犯による斬殺とそのあとに目立つ場所に晒される首級、そして暗殺者たちも刑場の露となって消えてゆくことが、維新の暗殺史のスタンダードのようである。殺せば処刑されるのだ。
しかし、中には、生き残る殺人者もいて、それらが実は明治政府の中心人物であるばかりか、日本国首相として生き延びてゆく者すらいる。また首相ですら、また凶刃に倒れたりする、というテロまたテロという世界がこの時代の狂気の強さを表していて驚かされる。
暴力でしか解決できないサムライ、剣の文化であった。外国人を襲撃するという攘夷行動も目立つが、それらが国際戦争に直結しなかったのは今更ながらあまりにも幸運であったとしか思えない。それだけ各国の日本との交易の旨み、反して国際情勢の緊張が東アジアを席捲していたに違いない。
背筋が凍るのを通り越して、胃の具合が悪くなりそうなほど残酷な、山のように連続する暗殺行動、それらを次々と記録した本書を通して、日本の、否、世界の人間の未来に警鐘を響かせたくなる、まさに心が寒くなるような、それでいて読むべき一冊なのであった。 -
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『竜馬がゆく』『世に棲む日日』を題材に、偉大なる国民的エンターテイメント作家・司馬遼太郎の筆力の源泉を検証する一冊。
史料のない部分について自由に想像の羽を広げ、史料の取捨選択において歴史家とは異なる選択をし、民明書房を縦横無尽に活用する。本文中にカッコつきの「司馬遼太郎」を登場させるメタ文学の使い手でもある。
そのようにして書かれた小説は、歴史をシンプルな形に再構成するので、より多くの人に受け入れられやすいものとなった。歴史の真実を知るために読むべきものではないことが、よくわかる。
司馬遼太郎が執筆を始めると神保町からその分野の本がゴッソリなくなる、というエピソードがあちこちで書かれている(1か所から拡散したのかも)。本書を読んでみて「そのエピソードは単純な感嘆ではなく、皮肉、毒舌の類なのかも」と思った。
史料の価値を判断する能力がないのか、玉石混交の資料の山から面白ストーリーを書くのに役立つ資料を選び出す能力に秀でていたのか、どちらが真相なのかはわからないが。 -
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京都国立博物館の特別展『坂本龍馬』で、ショップで見かけた本書を購入。販売されていた場所が京都博物館であるだけに『京阪神編』とありますが、『東京編』の姉妹編であり、幕末から明治初期にかけて、京都・大阪・神戸を中心に、京阪神界隈を舞台とした数々の事件と、それに関わった人物の顛末が記されています。『禁門の変』や『戊辰戦争』といった、日本の歴史を学んでいるのであれば誰でも知っている事件から、『堺事件』や『神戸事件』等、一般的な歴史の教科書には殆ど語られず、地元の神社仏閣等でその歴史がひっそりと語り継がれているもの、果ては路傍の石碑にその痕跡があり、注意深く調べなければ決して露見されることがないものまで、大小様々な歴史の事変がずらり。時系列にまとまっているわけではなく、またかつての章や項で登場した人物が、かなり後の章や項で登場したりと、行ったり来たりが続くため読みづらい箇所もあります。とは言え、皆が知っている歴史の裏で、このようなことが起こっていた、実はこのような事実を孕んでいた、といったことが多数書かれており、あるいは点と点の繋がりがようやく見いだせたことで、読むにつれて何度も感嘆の声をあげてしまいます。
様々な考え方や方向性を持つ登場人物が多数登場しますが、ほぼ全て(と言っても過言ではありません)において共通していることは、皆「血気盛ん」「己の正義を信じて疑わない」というところでしょうか。他方にとっては歪んだ正義感であっても、自分自身はどこまでも真っ直ぐな正義感で世を変えるために奔走している、という気概が、暑苦しいばかりに伝わってきます。それであるが故に、幕末の京都は、血と炎で赤く染まり、明治維新、さらに戊辰戦争となって、その血染めが全国へと広がってしまった、というわけですが。
しかし同時に、どのような最期を遂げたとしても、各人の「生き切った」という気概もあります。たとえ二十代、三十代という若さで亡くなったとは言え。勝てば官軍となりどのような悪行も『正義』とみなされ、方や負ければ賊軍とみなされ、どんな行いも悪の烙印を押されるのですから、必死だったのでしょう。
単に有名どころを周遊していた京阪神の旅も、こうした、小さいながらも決して見落とさずに拾い上げ、一つの独立した歴史の事変として紹介により、少しずつ自分の中の考えも変わってきたように思います。流石に短時間で全てを回りきるわけにはいきませんが、ふとした切っ掛けでこの本を片手に、京阪神の小さく隠れた、でも歴史を語るには欠かせない場所を巡ってみるのもいいかもしれません。
また、本文に直接語られなかった事項(例えば地名)等も、やはり興味を引きながら拝読しました。それらは、『幕末』という限られた歴史の中だけではありません。こうした切り口からでも、さらに面白く街歩きが出来そうです。 -
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<目次>
第1章 関東大震災からの復興
第2章 二・二六事件
第3章 紀元2600年から日米開戦へ
第4章 東京大空襲から終戦へ
第5章 占領から復興へ
第6章 高度経済成長の光と影
第7章 経済大国、そしてバブル崩壊へ
<内容>
『幕末歴史散歩東京編』などの著書のある、歴史研究家(専門は幕末?)の昭和史を史跡で語った本。それなりの場所を巡って、きちんと書かれています。でもやはり今から30年ほど前の昭和末期の場所(昭和天皇陵やトゥーリア跡地など)は、まだ歴史になっていない感じがします。関東大震災あたりと比較すると、重みに欠けるというのか…。公団アパートなども史跡化するといいのですが…。 -
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司馬遼太郎が国民的作家であるがゆえに作品に登場する人物たちの評価やイメージを決定的にしてしまい、そこには歴史家としては看過できない創作や司馬の意図が下地となって歪められていると指摘し、作品を引用しながら特に松陰、龍馬、晋作について史実をあげて丁寧に誤解を解いている。
古くから指摘されている司馬史観批判であり、大の司馬ファンの私からすると反論もあるのだが、確かに司馬の作品では司馬自身が、時折、天の声のように登場し、「翻って考えると・・・・と言っていい」などと言う表現で読者に強いイメージを与え誤解を与えてしまっているのも事実。
この本は司馬の価値を下げると考えるのではなく、ファンとしてどの部分が史実で、どこが創作なのか、一段深い作品の楽しみ方を与えてくれるものとして推薦したい。