高瀬乃一のレビュー一覧
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ネタバレ天馬の子
著者:高瀬乃一
発行:2025年9月2日
KADOKAWA
*第11回渡辺淳一文学賞受賞作
南部藩のある村に生まれた少女が主人公の話。
彼女は父を亡くし、優秀な馬の仕事人だった兄も亡くし、祖父母と母との4人で、貧しいながら畑をし、牝馬の面倒を見ている。やがてその牝馬が、徳川将軍の御召馬となる牡馬を生むことになる。
「貸本屋おせん」など、連作短編の時代小説で人気が出ている著者による長編小説。大変面白かった。なにがいいかというと、主人公の少女と読者である我々とが、適切な距離を保てる作品になっていること。これは出来そうでなかなか難しいのではないだろうか。
長編を読んで主人公の生きている世界が目に浮かんできて、すっかり夢中にはなったけれども、読後に妙なロス感がない。とても幸せな気分になれる長編小説だった。
これまで読んだ高瀬乃一作品の中では一番!
リュウ:南部藩忍野村(春から暮らす)、10歳、「馬の目」
キヨ:母
井三郎:祖父
カズ:祖母、目が悪くて畑仕事が難しい
作蔵:父、リュウが生まれてすぐに病没
幸吉:兄、7歳上、2年前に不慮の死
セツ:八戸藩長根村の子、「フクベラの花」、長女、母代わり、父は酒飲み、母は体がうまく動かない、
ハヤ:長根村、3歳年上、
捨吉:柳の穴仲間、長根村
スミ:家なし子、穴に住み着いているが穴の仲間ではない
杉蔵:リュウの家から少し北に住む若者、6歳上、乱暴者
治五平:忍野村の村名主、小比類巻家の当主だが足が悪くて馬に乗れない、息子も病気がち
千加良:治五平の次男、囲い者の母と二人暮らし、「馬鈴」
穂波:千加良の母、御野守で奉公していて見初められた、よそ者でもある
勝次:小村出身で治五平の家に住み込む借子、13歳
三郎:同上、勝次の弟、11歳
善蔵:千加良の隣家、
マツ:善蔵の妻
セイ:間引かれ掛けたが救われた赤ん坊
第一章 柳の穴
生築(いけづき)は10年前にもらった馬。牝馬で一月前も仔馬を産んだが、立ち上がれないために間引きされた。仔馬が駄馬(牝馬)なら村の里馬として飼える。駒馬(牡馬)なら藩の馬として引き取られるが、下馬と評されると馬喰に売られる。南部の殿様や御家来衆は、見目を重視するため、色の濃い青毛や栗毛、鹿毛(かげ)が好まれる。生築が産んだとしても、母親に似て葦毛や河原毛(亜麻色の毛)ならば、下馬として藩外に売られてしまう。馬は生まれた瞬間に一生が決まる。同じ10歳のリョウは、祖父と2人で畑仕事をしながら、生築の面倒も見ている。
木崎野(木崎の牧)で野馬捕りをする際に先頭に立って馬を追う「名子(なご)」の名を仰せつかるのは、木崎野を守る「御野守(おんのまもり)」である小比類巻家である。現在の本家当主は、治五平であるが、足が悪くて馬に乗れない、息子も病気がちだった。リョウの家は遠くさかのぼると鯉類巻家の分家筋だったため、死んだ兄の幸吉が名子と同様に馬に乗ることが許されていたのだった。
「雲馬のお蒼前さん」は、山頂にある社で、奥馬の繁栄と武勲に関する信仰を集めている。その近くに「柳の穴」という子供たちのたまり場がある。決して大人には言わないと誓った者だけが存在を知ることができる秘密の洞窟で、出入り出来る子だけに特別な名前が与えられる。リョウは「馬の目」だった。集まるのは、市川を挟んで、南部藩忍野村と八戸藩長根村の子たち。
そのうちの一人に、千加良がいた。穴での名前は「馬鈴」。忍野村の名主である治五平の次男だが、母は囲い者なので、本家とは別のところで二人暮らしをしている。その隣家の善蔵とマツの間に子が生まれた。女の子で可愛らしい。しかし、前年は農作物を枯らしてしまい、上の2人の男の子を食べさせるので一杯一杯のため、間引きで川に流すことになった。事前に察知したリョウたちは、川で待ちかまえて流れてきた赤ん坊をピックアップしてしまう。
間引かれた子が7日後まで生きのびることができたら、この世が恋しいのだろうと情けをかけて親はその子を連れて帰る習いがあったため、7日だけやり過ごして返そうと考えたのだった。ところが、助けた直後に大人に見つかってしまった。母親とともに謝罪に行き、赤ん坊を帰すことに。善蔵夫婦は、翌日にまた流す意向を示した。愕然とするリョウ。しかし、5日ほどたつといい知らせがあった。善蔵夫婦は心変わりをし、どこか育ててくれる家はないか探して貰ったのだった。八戸領だったが、赤ん坊が病気で死んで気落ちしている母親が見つかり、そこに貰われることになったのだった。セイと名付けられた。
第二章 駿馬の仔
和賀の与一:三十路男、馬喰、元南部藩馬役、左腕がない
佐平:本家で馬の世話をする奉公人(老人)
秋になり稗田の刈り入れが始まった。結仲間(ユイコ)の女達は数日前から20人以上の食事の支度。家のないスミがおこぼれに預かろうとやって来た。スミがいうには、柳の穴に大人の男が来たという。片腕のない男。本家の長男は夏頃から熱が出て危ないという噂が立ち始めていた。
久し振りに穴に行くと、その男がやって来た。和賀の与一と名乗る馬喰だった。以前は御家人だったが、今はフリーランスのようである。治五平のところへ連れて行ってくれという。リュウが案内することに。その時、生築も見せてくれという。家につれていくと、井三郎に対し、天馬、すなわち天下の御馬になると言ったという。下馬が天馬を産むということ?
木崎野は南部藩の牧9つのなかでも特に広大。兄の幸吉は大活躍したことをリュウは思い出している。
千加良はすっかり本家の跡取りのように、本家で教育を受けている。
冬になり、人々が消えた。みんな閉じこもり、雪で村も閉ざされようとしている。
年が明け、生築の様子がおかしくなった。早産かもしれない。リュウは井三郎に指示をされて本家に知らせに行く。出て来たのは治五平と、馬の面倒を見ている佐平、さらには与一もいた。治五平が頭をさげて与一に頼んでいる。与一と五平が駆けつけることに。どうして与一も来るのか?実は与一は医師も一目置く伯楽だという。生築に手を入れ、馬を引っ張りだして早産させた。前回はこのままでは育たないと間引きされてしまった仔馬だったが、なんとか牝馬が生まれた。と、続いて小さな牡馬も出て来た。双子だった。兄馬となる牡馬は、立てそうにもない。生きられないと判断され、間引きされることになった。必死で止めるリュウ。
また邪魔をするのか!善蔵の赤ん坊の時のように!と大人は怒る。
居眠りをしてしまった。もう処分されているのかと思ったが、まだだった。しかし、もう限界、いよいよ間引きという瞬間、その兄馬は立ち上がった。善蔵の赤ん坊が救われ、セイと名付けられたように。
第三章 渡り狼
吉太夫:馬牽き
双子の馬が生まれて一月半。名前は春風と氷室。春風はいいが、氷室が乳を吸おうとすると、生築が引っ張りだそうとする。母仔、うまくいっていない。春風は村で飼われるため、本家へ引き取られた。
久し振りの穴での談話。長根村の3歳上のハヤは秋じまいの頃に14歳で嫁に行った。セツは傷だらけ。母代わりで小さな弟妹の面倒を見る、体が思うように動かない母親が癇癪を起こす、祖父からは折檻される・・・
村で飼う里馬は4歳になるまで売ってはいけない決まりがある。しかし、偽の耳と尾を提出してこっそり売る「抜け馬」をすることがある。春風は治五平により、そうされようとしている、と千加良が言う。与一は吉太夫(よしだゆう)を引き連れてどこかへ行ってしまったきり、戻ってこない。
杉蔵がリュウを嫁にしたいと言ってきたが、井三郎は断った。稗植え後にキヨが杉蔵の家で飲んで騒ぐ男衆に乱暴されそうに。これが生業だからと口にする男もいた。このことは内緒にしろとキヨがリュウに言う。
猪が出て被害を受けている。どうにかせねば。
氷室が見当たらない。行方不明になったら叱られるぐらいではすまない。リョウは必死で探す。すると、氷室がいたが雑木林のところになにかを見つけたようだった。生築がかけつけてきて、氷室を牧に追いやろうとしている。怒っている。狼がいたのだった。
狼が出た。おそらく八戸領から来たのだろう。しかし、はぐれ狼のほうがたちがわるいという。杉蔵の馬が襲われた。喰われはしなかったが、出来た傷がもとで死んだ。リュウの家も襲われた。井三郎は野馬捕りで不在。狼は体当たりして板を壊しにかかる。リュウは板の隙間から出た鼻に火をつけて防ごうとするが、狼は怯まない。遂に戸が破られた。生築に乗って本家に知らせろと言われたが、生築は興奮して乗せてくれない。馬と祖父、母を残して必死で走り、逃げるリュウ。馬の母仔がうまくいきだした姿と、自分の母子の関係、セツの家庭などを対比して考えるリョウ。
走っていると、男たちが火を持ってやってきた。リュウの家と馬はどうやら救われることに。治五平の鉄砲は外れたが、狼はどこかへ消えた。当面、来ないことだろう。
第四章 馬方節
野馬捕りから戻った男衆。本家で宴会。留守を守ったキヨとリュウも呼ばれた。
野馬捕りで、牧に放たれていた馬を徒歩(かち)で追い回す「勢子」たちの先頭に立ち、騎馬によって指揮をする者が「名子」。今年、杉蔵が仰せつかった。本来なら治五平か長男がするはずだが、無理だし、千加良も馬に乗れない。名代として杉蔵が選ばれた。
亜久里は木崎野では最も早い駿馬で、幸吉が死ぬ前の年に江戸へ。神様の御使いといわれた名馬だった。幸吉が13歳で名子をまかされたときに、野馬捕りで捕まえたのが、当時2歳の亜久里だった。いよいよ公方の暮らす千代田の城へ移されたという。
幸吉はその後も尊敬の目を向けられ、村中の憧れでもあった。ところが、リュウが8歳の時、南部藩の殿様が乗り、引退して種馬になっていた名馬(黒鷹)を吹雪のため一晩預かった時に悲劇が起きた。リュウの厩にいれ、盗まれないように井三郎と幸吉が一晩見張っていたが、馬が興奮して暴れ、厩を壊して逃げ出した。これは許されない。必死で探した。そして、雪の中で幸吉と馬が死んでいた。
氷室が成長し、いい馬になった。日頃から見ているリュウや井三郎はそれほど感じなかったが、本家から来た佐平は久し振りに見てその違いがよく分かり、褒め称えた。
リュウの家で宴が開かれた。どうやら、一度、井三郎が断った杉蔵とリュウの縁談は、本家の許可が下りて進みつつあるようだった。井三郎としては、働き手を失うことと婿をもらわなければいけないことが、縁談を断った理由だったが、リュウはまだ若く、産んだ子の一人を跡取りにすればいいという考えに変わったのだった。
キヨはおしかけ女房だったことが明かされた。スミは村の女と旅の男の間に出来た子であることもだれかが明かした。旅人は帰ってこず、スミは川に流されたが、別の男が救った。たらい回しにされ、一度は育てる夫婦が現れたが、彼らに実の子が生まれるとまた不要の子となり、現在の境遇になったようだった。
年末、大晦日、正月。一番楽しみな餅つき、そして年に1度だけの白米を食べた。半月後の小正月、女たちはお寺に集まって飲食。ねぎらいの場。リュウは先に帰り、穴でセツに会った。セツは雪が解けたら家を出て奉公に上がるという。八戸藩一番の繁華街(八戸湊)だった。もう会うこともないだろう。セツがいつも苦しんでいたのに、何も助けられなかった。すまないという気持ちで一杯だった。
第五章 飢饉(けがじ)
山桜が散り、稗を植える時季となった。リュウは13歳に。1年前の春に治五平の長男が死んだ。セツが勤めに出た直後だった。夏には氷室が本家に出され、七戸の馬市で藩の御用場として競り落とされた。
2年ぶりに与一が村に戻ってきた。そして、種付けが行われたが、リュウはその様子を初めて見た。ただ、生築はもう年だからまた妊娠せずに終わりそうだった。与一はそう見た。
去年は冷害で大豆や麻は全滅だったが、今年も同じ状況になるのではと心配される。稗は去年と同様に大丈夫だろうけれど。
母親のキヨが夜中に出かけ、一晩帰ってこなかった。リュウはキヨになにかを感じていた。女の匂いのような・・・
井三郎は病気で倒れてから、寝たり起きたりの生活をしていたが、いよいよ寝たきりに近くなってきた。
若者(わかぜ)組の男たちが、田畑の巡回をする。千加良よりすこし年上から35歳ぐらいまでの男たちが集う講で、若者かしらは杉蔵。家族が少なく世話好きの年寄りの家に頼み、宿にさせてもらう。若者宿である。昼は各人の家の仕事をし、夜はそこで過ごす。夏から秋にかけて、彼らがする最も重要な役割が、田畑の巡回である。付け届け(食べ物)の多い家の畑は、見回りをよくしてもらえる。キヨは食べ物ではなく、体を提供しているのだった。
第6章 馬鈴
シヅ:村の牧で顔をあわす穴の仲間、2歳下
夏の終わりに井三郎が死亡した。生築も具合が悪くなり、長くないように思えてきた。種付けはもちろん失敗している。本家が預かり、止雨の儀式で差し出そうとしている。2年連続の長雨で作物が育たない。生築がいなくなったら、杉蔵のところから馬をもらえばちょうどいい、と本家では考えているようだった。リュウは杉蔵の嫁になりたくない。与一に弟子にしてくれと頼むが、断られる。
馬を藩から外へ出すのは禁止になっている。しかし、与一と一緒に全国を回っている馬牽きの吉太夫の後をつけていると、秘密の抜け道が分かった。千加良も一緒に目撃した。
シヅからスミが死んだことを聞く。繁みに倒れていたところを発見されたという。夢中になって亡骸のあるお寺へと走るリュウ。スミを背負い、青前さんの前にある開けたところに穴を掘り、埋めて、柿の種を一粒埋めた。背負いながらいろいろ話をした。誰にも言っていないこと、それは幸吉を殺したのは自分かもしれないということ。黒鷹が暴れたのは、疝痛のせいだったかもしれない。疝痛は、リュウが食べさせた焼き葱だったのではと思っている。葱が疝痛を起こすということを、その時は知らなかったのだった。
第七章 野馬捕り
晩春、気持ちのいい季節になった。秋に植えた麦はよく育った。雨も止み、生築は生け贄にならずに生きのびている。春の農作業開始。稗植えの準備である。稗は冷害や旱魃に備えて3回に分けて作付けする。しかし、忍野村では男手がさかれると1回で済ませてきた。千加良は3回植えを若者組に説得する。野馬捕りには、忍野村からは勢子15人、名子2人が出る。置付(冬を牧で越させる)にしてくれんかなあ・・・
今年こそ名子にと、千加良は馬の乗り方を練習する。現場でリュウは久し振りに春風と再会した。おらが教えてやるといって春風に乗る。蛇に驚いた春風に振り落とされて脳しんとうを起こし肩を脱臼したが、自分で起き上がって春風を連れて帰るといって家に到着したところで気絶。目覚めたリュウはなにも覚えていない。
一月するとケガはよくなり、稗の収穫が始まった。3回に分けた稗の収穫。男たちは野馬捕りに出かける。今年は初めて千加良も名子になり、杉蔵とともに馬にのって行く。震えながら。見送るリュウ。
御野守(おんのもり)さま・小比類巻家の当主、助右ヱ門が立つ。
現地では、ライバルの三枝木村と忍野村が競い合った。氷室を捕まえれば、他の馬300頭に相当するという評価がもらえるとも噂された。形成逆転し、忍野村が氷室がいる馬たちを追い詰めた。杉蔵が馬を蹴って捕まえに行こうとする直前、もう一人の名子、遅れてぎりぎりに到着した名子が蹴って先に氷室に向かった。ほっかむりの下から、リュウの顔。氷室に声を掛けながら、迎えに来たぞと叫ぶ。そして、飛び移り裸馬に乗ってついに制した。千加良は出発直前に落馬して骨折したため、リュウ頼み込んで馬を借り、やってきたのだった。
村に戻ったが、リュウが捕まえたとはいえないために千加良がしたと、藩には報告した。治五平は褒美をうけたがリュウに借りができた形になった。しかし、リュウは決めていた。村を出て外へ行く。与一に連れて行ってもらう。氷室はもしかして城内に入るかもしれない。外の世界が見たいリュウ。こっそりと準備をしていたが、キヨは気づいていた。そして、別れの品を渡した。
第八章 シラカンバ
喜右衛門:馬喰宿千石屋番頭
タカ:女中頭
ツル:女将、旦那の後添
五郎次:強力な馬飼い
江戸に連れて行ってくれるはずが、二戸福岡村で馬牽きをする毎日。荷物運びの駄馬であるシラカンバ1頭を牽くのが精一杯。吉太夫ともう一人は、それぞれ7頭ずつ牽く。ちゃんと付いてくるが、リュウはシラカンバ1頭ですらからかわれ、転んで泥だらけになる。あざ笑うかのようなシラカンバ。1年がたった。馬牽きがないときは、千石屋の下働き。それでやっと飯を食わしてもらえる。
初めて馬市に連れて行ってもらえる。シラカンバを売れと与一からいわれ、売れたら馬喰にしてやるが、売れなければ忍野村へ帰れと言われる。吉太夫の真似をして口上をするが、老馬はなかなか売れない。
野馬捕りで良馬とされた馬は、二戸福岡村で育てられて冬を越す。再び良馬とされれば、藩への御召馬となる。氷室はその中でも評判馬で、なにかあるとリュウは氷室に会いにいった。育てているのは五郎次という猟師でもある馬飼い。
リュウは、病気で弱った馬が殺されるところを見た。その日は宿で鹿肉と称する肉が出た。恐る恐る食べた。食べておかないといけないと思った。
与一からは、シラカンバが売れるようなストーリーを考えろと言われる。
最終章 八高田
馬市が大詰めを迎えた。偉い役人たちも集まってくる。あと僅か、シラカンバは売れるだろうか。番頭は、この毛並みが悪い老馬がいるとイメージが悪いからどこかへ片づけろと言う。通りがかかる役人たちも、少し興味は示すが、やはり年寄りだからと言って買わないで去る。
女中頭のタカがツルの着物を盗んだ。旦那の留守中に大騒ぎ。タカは6年前に病気の亭主と両親を残し、20里はなれたここ福岡村へやってきた。8歳のひとり娘が3人の世話をしつつ小さな畑を守っている。一度でいいから綺麗な着物を着せてやりたいと思っていて、ツルの着物を見ているうちについ手が出てしまった。タカは蔵に閉じこめられた。亭主が帰ってくるまではこのまま。リュウはこっそり食べ物を差し入れる・・・スミもそうだし、奉公に出たセツもそう、さっき道案内した侍はリュウなら年に1度しか食べられない白米のおにぎりを半分捨てていく・・・生まれが違うだけで、どうしてこんなに差があるのか。
タカはこっそり持ち込んだ刃物で自らの命を絶った。リュウは落ち込む。スミも死なせてしまった、セツにも何もしてあげられなかった。忍野村にいたときよりも、何か憤りを感じるリュウ。
千加良から文が来たが、生築が死んだことが書かれていた。長く臥せることもなく、苦しむこともなく、眠るように死んだという。
シラカンバがどうにか売れた。約束通り、与一から馬喰の札をもらう。これがあればどこへでも行ける、馬喰として仕事ができる。
五郎次が鍛えたお陰で、氷室は再び良馬の評価を得て、南部藩の殿様の御召馬となることが決定した。いずれは公方さまの馬になって城内にいくかもしれない。
与一がなぜ左腕を失ったか、話を聞いた。役人時代、大切な馬があばれ、抑えようとして腕を失ったという。絶望する与一を慰め、希望が持てる言葉を贈ったのが五郎次だった。
5年越しの返事を千加良に書いた。リュウは五郎次の嫁になり、一児をもうけていた。娘である。スミと名付けた。セツからも連絡があり、体を売っていたが、今は亭主がいて、子もいるという。リュウは馬喰として外へ出ることはしなかった。福岡村に留まっている。しかし、今度、忍野村に行こうと思っている、と返事の文に書いた。
公方の御召馬となった氷室が、お役目を終えて木崎野に帰ることになったが、二戸福岡から牽いていく吉太夫が腰を痛めたため、リュウが牽いていくことになったからだという。雪が解けたらみんなに会いにいくから、一緒に雲馬に登ろう、とも書いている。 -
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ネタバレ露の宿り
著者:高瀬乃一
発行:2026年3月26日
PHP研究所
初出:月刊文庫『文蔵』(2024年12月号~2025年7・8月号連載「露の宿り」)
「貸本屋おせん」シリーズなどで最近活躍している時代小説の高瀬乃一による、(たぶん)最新刊本。千代乃という21歳の女性が、シングルマザーである富の反対を押し切って左官の勝三と住み始めるが、予想通り裏切られ、戻ってきた。母親は美人の元芸者で、今は小料理屋を営んでいる。千代乃は10歳のときから手伝っているが、戻って暫くすると、富が死んでしまう。そして、自らが店を引き継ぐことになる。そんな小料理屋「露くら」を舞台にした連作短編。全7話。
第一話は、そうしたシチュエーション固めのお話。二話以降は、登場人物の出自などを紹介していく話が続く。
一話ごとに、仲間の絆が強まるような読後感を持つ。貸本屋おせんも、親のない身寄りの主人公が頑張る話だが、仕事仲間などがいても、どことなく孤独である。しかし、本書は、最初はばらばらのように思える店の人間たちが、話ごとに来し方が明かされ、絆が強まって家族のようになっていく暖かみがある。貸本屋おせんと同様、話ごとの謎解きというか来し方明かしは、行動描写ではなく会話による説明ばかりだが、本書の方が少し楽しくて、今後を期待したくなる。
第一話 露の一滴
富:中之郷竹町屈指の酒と料理の店、小料理屋「露くら」女将、千代乃の母、40がらみ
千代乃:富の娘、左官の男に騙される、20歳そこそこ
勝三:左官、火消しの女房と逃避行
おなみ:「露くら」女中、40がらみ
銀次:燗番、煮売屋時代からの奉公人、娘が深川の笊屋に嫁いでいる
六郎:雇われ庖丁人、通い、3年前から勤務、三十路
忠次郎:小僧、通い、父親がおらず叔父の家で仕事を手伝いつつ掛け持ち
お清(きよ):勝三とおなみが暮らしていた裏店の差配人の女房、大柄、差配人は表店の佃煮屋「寿和屋(すわや)」も経営
辰五郎:大工の親方
太助:大工見習い、千代乃幼馴染み
伊東朴斎:町医者
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21歳の千代乃は出戻ってきた。母親の富は、店で、男(左官の勝三)に騙された千代乃を笑いものにしている。苛立ち、やるせなくなる千代乃。店で雇っている庖丁人と結婚させて店を継がそうとしていることにも、全くその意志はない。自分は母親のような商才がない。父親はいないが、それがどんな人間なのかも聞く気なし。
母親が小料理屋を始めたのは、千代乃が10歳の時だった。それまでしていた芸者を辞めて。千代乃も芸者になるものだと思っていたのに。身勝手にも思えた。そんな母の富が、脳卒中で死んでしまう。夜、眠り、朝、起きてこなかった。葬式に、千代乃と勝三が住んでいた裏店の差配人の妻が来てくれた。お清である。でも、なぜここに来たのか?出身地のことは話してなかったのに。実はお清も芸者で、富はその先輩でとても尊敬していた仲だった。そして、富がどういう思いで千代乃を育て、店を開いたのかを知る。
一話は、そんなイントロのような短編で、おそらく二話以降は、心変わりした千代乃が店を継ぐ展開となることを想像させる。お清夫妻がする佃煮屋も協力して運営していくのではないか、と。
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富の父親は煮売屋をしていたが、博奕寿司で借金をし、妻(富の母)を亡くすと富を柳橋の置屋に売り飛ばし、やがて酒で死んだ。富は傾き書けた店を引き継ぎ、小料理屋の暖簾を11年前、千代乃が10歳の時に出した。資金は芸者時代に貯めたお金。芸者時代の評判で小料理屋へも客が来た。千代乃は10歳のときから店を手伝い、母のような生き方はしないと決めていた。シングルマザーなどではなく、真面目な男と一緒になる。
1年前の夏、20歳を過ぎても相手の見つからない千代乃は、勝三に出会った。店の外壁を修繕に来た左官であったが、10日ほど通っていた時、昼飯のおにぎりを食べる顔が可愛らしくて好きになってしまい、一緒になることを決意する。だが、富から大反対されたので、家を出て2人で深川の裏店に住んだ。ところが、元々大工で現場に泊まり込み、あまり家に帰ってこない勝三が、人妻と駆け落ちしたことを知る。そのように騙された女も、自分だけではないようでもある。ショックを受け、出戻っていった。
富は、料理人の六郎と結婚させて店を継がせようとしたが、六郎は、それは千代乃が決めることだとしか言わない。富がこの店を去るときは、自分も去るとも。そして、富が突然、逝ってしまう。
葬式に来たお清は、富が実はとても娘思いであり、芸者を辞めて小料理店をすることにした理由も、千代乃にあったという。千代乃に芸者になりたいのか?と聞いた。10歳ならもう修業をしなければいけない。ところが、自分は富と一緒にいたい、と千代乃は答えたという。富がつくる美味しくないお茶漬けが食べたいからだと言ったそうである。それで決心をした。
勝三と暮らすときも、裏から手を回してお清の長屋に住むことになるように仕向けたのも、実は富だった。長屋に住む場合、請け人の書付が必要だったが、それがない2人。でも、お清のところなら大丈夫だとみんなに口裏合わせをしてもらっていたのだった。
第二話 ばちがい
重右衛門:蔵前の札差「松乃屋」、千代乃の父親だと噂する人もいる、書では円頂の一番弟子
政二郎:日本橋の魚河岸で魚卸「魚政」をする二代目
(常連客)
長七郎:鋳掛屋、常連客
九思円頂(きゅうしえんちょう):茶人で書家、常連客
熊蔵:おなみの前の亭主、指物職人
9月に富が去り、店を引き継いだが、富が残した借金の処理に手間取った。富は旱魃で食えない農家を救っていて、借金があった。六郎は、とりあえず年末まではいるとのこと。おなみは、富は恩人だったから居たが、いつはなれようかという気持ちだった。
店が再開した。一番乗りは長七郎だった。どうやらおなみに気があるらしいが、おなみは、年下の男はもうこりごりだと相手にしない。おなみは過去、若い男と出来ていた時期があったようである。
千代乃は富のように客あしらいが上手くない。気強く振る舞うと、おなみに注意される。10年ほど通っている円頂が、鰻料理に横から手を出そうとした時、それを咎めた千代乃。ただし、キツく言うと嫌われるので、富がしていたように真似をしてやさしく。すると円頂は「バチじゃなあ」と言い、機嫌を悪くした。
評判が広がってしまい、客が減ってきた。店は赤字になる。円頂の機嫌を損ねたのが原因だった。そんな時、店の前に40がらみの男がうろつき、おなみを呼べという。まだ来てないとその日は追っ払った。どうやら元亭主の熊蔵のようだった。金の無心に来ていたのだった。どんな事情があるのか、佃煮屋のお清から事情を聞いた。そして、おなみ本人からも事情を詳しく聞いた。
熊蔵はおなみと一緒になった頃、深川でも名の知れた指物職人だったが、女と博奕も好きだった。借金が嵩んだため、おなみは、安宅(あたけ)にある料亭「桂屋」で働き始めた。やがて、熊蔵は深川の岡場所に入り浸るように。そんな時、おなみは亭主の仕事場に出入りしていた材木屋の手代(二つ年下)から思いを伝えられ、いい仲になってしまう。そして、それがばれ、熊蔵が刃物を持って桂屋にやってくる。そこへ止めに入ったのが芸者の富だった。熊蔵を説き伏せ、熊蔵からも人殺しにならずにすんだと一定の感謝をされた。おなみは、富が恩人となった。
熊蔵は、自分が女を作ったことが原因だからと遠ざかっていたが、少し前から困窮して金をせびるようになった。ただ、富がいる「露くら」には入らなかった。だが、富がいなくなったら事情は違う。店にも入ってくるようになった。千代乃は、なおみに、セイゴの江戸前ものと河口ものを食べ比べさせ、「ばちがい」を意味する「バチ」を実感させた。目覚めたおなみは、金をせびりに来た熊蔵に包丁を渡し、ここで何年か前にするはずだったことをしろ。これで私を真っ二つに切れとすごんだ。熊蔵は退散した。
千代乃は、円頂にも自分なりに接するようにした。それに対して円頂は機嫌がよくなった。富の真似をしてもだめだ、それが正しい。真似は「ばちがい」だ、と。
第三話 心とける
太助:11歳から住み込み修業、10年になる
辰五郎:親方、中之郷八軒町の大工の棟梁
朝吉:12歳、小僧
よね:飯炊き婆
伊八:太助の父、腕のいい大工だった、辰五郎とは兄弟弟子
三話は、太助が主役の話。太助の母親は早くに死に、父親の伊八がもらい乳をしながら育てたが、ある日、家を出て行った。なぜ出て行ったのか?生きているか死んでいるかも分からない。ただ、伊八は太助の大工修業を辰五郎に頼んでいた。
その真相が解き明かされる。
伊八は腕のいい大工だったが、料理も上手でとくに煮凝りが絶品だった。煮魚を作るが、冷めてとろりとなった煮凝りを翌日に熱いご飯の上に乗せて食べる。大きな仕事の初日には、必ずそれをした。しかし、太助を置いて出て行った前日に煮魚を作ったが、翌日は帰ってこなかった。一体、何があったのか?その煮魚は汁が多くて身に味が染みついているタイプではなく、皿を手に持ち、汁を付けながら食べる〝上方スタイル〟だった。
「露くら」の六郎がつくる料理はなぜか煮付けだけ評判が悪い。汁が多くて味がしみこんでいないと言われる。褒めるのは太助だけ。太助にとっては、父親が作ってくれた味だった。先日、上方商人も褒めてくれた。太助は修業して10年にして、初めてちょっとした仕事を任される。江戸で3本の指に入る料亭「鶴川」の格子である(山谷の鶴川、深川洲崎の司屋、日本橋本石町の千石屋が3本指)。それの初日の前日には、「露くら」で六郎の鯉の煮付けを食べた。
伊八は、仕事先でお金がなくなった事件があり、その犯人だと疑われ、逃げ出したのが失踪の真相だと言われていた。ただし、お金は後日、別のところから出て来たが、その噂は定着してしまった。
ところで、辰五郎の女房は、辰五郎が千代乃の父親じゃないかと疑っている。最近、夜な夜な出かけているが、あれは露くらに通っているに違いない、というのである。そこで、太助に小遣いを渡して探ってくれ、監視してくれ、と頼む。太助は探ったが、どうもそんな風には思えない。では、どこかに女が?違っていた。蕎麦好きの辰五郎は少し遠くまで行って屋台で蕎麦を食べているだけだった。
ある夜、後をつけると、また同じ蕎麦屋の屋台で。よく見ると、なんとその主人が伊八だった。3人は顔を合わせ、真相が語られることに。伊八は、お金がなくなった騒ぎの時に、自分の鉋をなくしたことに気づいた。大変道具に厳しい親方だったため、慌てふためき、必死でさがしまくったが、その様子を見た人たちが彼をお金の盗みの犯人だとうたがったのだった。しかし、伊八にすれば命より大事な鉋をなくす方が重大である。お金の盗みの疑いより、鉋をなくしたことが親方にわかる方が大変だ、と思って逃げ出してしまった。
暫くは日雇いで暮らしたが、5年前に行きつけの蕎麦屋が廃業するというので引き継ぐことにした。蕎麦の屋台なら、息子の蕎麦で営業しつつ様子を見ていても疑われまいと考えたのだった。3年程前、辰五郎がそれを知った。さらに、六郎は伊八から煮付けの作り方を教えてもらっていたのだった。
第四話 小僧の流儀
茂平(もへい):忠次郎の叔父(母親の弟)、雪駄職人、三十路前、5年前に喧嘩の仲裁で右足に大けして歩けなくなる、元常連客
お房:忠次郎の母親、茂平の5歳上の姉、茂平の親代わり、茂平が幼いころに両親が病死、雪駄職人になるべく工房を回ってくれた、亭主は賭場の借金を抱えたまま喧嘩で死んだ、2年前に深川裾継に身を売る
仙助:鍛冶屋
亥蔵:屑買いの老爺
今回は10歳の忠次郎が主役の話、生い立ちなどが明かされる。そして、富が死んだ年の末までの話であり、年末までは取り敢えずいると言っている六郎がどうなるか、大晦日の話で締めくくる。
1年前に富が連れてきた無愛想な子が忠次郎だった。住み込みではなく、仕事の上がりは午後2時、手習い所から子供たちが引き揚げてくる時間と同じ。それから忠次郎は叔父にあたる茂平の仕事をするため駆けずり回る。茂平は腕のいい雪駄職人だったが、5年前に喧嘩の仲裁に入って右足に大けがをし、段々と左足も弱って、歩けなくなっていた。今は同居する忠次郎が、夜中の廁へと介助して連れて行く。届け物など仕事の手伝いも、もちろんしている。
茂平は幼い頃に両親を病気で亡くしている。5歳年上の姉であるお房が親代わりとなって面倒を見た。茂平が雪駄職人になるべく工房を回って修業先まで見つけてくれた。だが、結婚相手が賭場の借金を抱えたままで喧嘩により死亡、子の忠次郎と茂平の3人で住んでいたものの、体が不自由な茂平の稼ぎと自分の内職だけでは賄いきれず、忠次郎を茂平に任せて自分は深川裾継に身売りした。もちろん、身売りは忠次郎には内緒で、忠次郎は一生懸命働けば母親は戻ってくると思っている。
富は元常連客の茂平が気がかりで、じっくり話し合うことにした。中途半端ではなく、忠次郎の将来をちゃんと決めてやった方がいいとアドバイス。それまでは預かるが、六郎は料理人にするならちゃんと修業させる年齢だと言っていることも説明した。
茂平はある日、忠次郎に対して、もう出て行けとわざと喧嘩するように言った。お前がいると煩わしい、というように。でも、仕事で配達はどうする?介助はどうする?と忠次郎。仕事の配達は亥蔵爺に(有料で)頼むからいい、だから露くらに住み込んで料理人の修業をしろ、と言った。
忠次郎は、修業を始めたものの、包丁を恐がる。よくよく聞いてみると、4歳か5歳の時、目の前で茂平が刺されるところを、母のお房目撃したのがトラウマになっていた。そして、自分は父のように雪駄職人になりたいとはっきり希望した。
結局、露くらはやめて、茂平の仕事を手伝いながら手習い所に通うことになった。
六郎は「よいお年を」と挨拶して、大晦日の夜に露くらを後にした。来年も働いてくれるつもりだ。
第五話 あなたの流儀
いよ:六郎の母(六郎は次男)
一郎:兄、四代目伊右衛門、六郎より15歳年上
佐江:一郎の後添い(前妻は病弱で離縁)、日本橋味噌屋の娘で両親と夫を亡くす
粂太郎:柳庵の板長
源八:南本所石原町の質屋「久質」主人(入り婿)、露くらの常連客、古道具屋の次男
みつ:その妻
今回は六郎が主役。出自、実家との関係、露くらに来た経緯などが分かる。
料理屋「柳庵」は、江戸3指にも引けを取らない名店で、六郎の父が6年前に死んでから長男夫婦に任されている。しかし、裏では、いよがまだ掌握している。六郎は元日を実家で過ごし、2日に露くらへと出勤した。
おみつが訪ねて来た。亭主の源八を探しているという。後日、千代乃は久質を訪ねて話を聞いた。きっかけはぬか漬けだという。久質の隣の煙草屋に17歳の嫁が来た。彼女は偶然にも源八の実家真向かいの家の娘で、源八は妹のように可愛がっていた。それが白瓜のぬか漬けを持ってきた。そのぬかは、源八の実家から分けてもらって嫁入りの際に持っていたものだった。源八はそのぬか漬けをとてもほめた。おみつのぬか漬けは褒めたことがないのに。おみつはキレて「出ていけ」と言ってしまい、半月がたっていた。
おみつのところに出かけて事情を聞き露くらに戻った千代乃は、事情を六郎に話した。そこへ、佐江が訪ねてきた。六郎の実家があの名店だと知って驚く千代乃。佐江は六郎と2人で話をしたがったが、六郎は断る。しかし、送ってあげろと千代乃が言ったので、道行きながら話す。
佐江は言う、実家に戻って五代目になってくれ、と。四代目の兄とは15歳違い、兄と佐江夫妻に子はいない。これから生まれたとしても育てるのに時間がかかる。即戦力の五代目は必要。六郎は断った。それは、昔の経緯のためだけでなく、露くらが今は自分の居場所だから、それで喜びを感じているから。柳庵の粂太郎のように、昔からの味を引き継ぎ、守ることも大切だが、自分はそうしつつ新しいことにチャレンジするのが好き。客の反応を見ながら料理していくのが喜びだ、と。
佐江と六郎は、将来を誓い合った仲だった(と少なくとも六郎は思っていた)。六郎は兄の手伝いをするものだという頭で修業に励み、25歳の時には脇板になっていた。その1年後に父が死に、兄が四代目に。すると、板長を粂太郎から六郎に交代させるという噂が立った。それを仕込んだのは粂太郎自身だった。粂太郎は自分を板長から外すなら従業員をつれて辞めるとごねたため、母は六郎を板場から外して番頭にした。五代目として引き継ぐなら経営のことを覚える必要があり、帳面の勉強で番頭に、というつもりだった。
六郎は板場を離れるならと辞めてしましった。そして、仲居の佐江と所帯を持って小料理屋でもしようと誘った。佐江は喜んだと思っていたが、実は兄と二股をかけていたのだった。兄の先妻は10年で離婚、後添いにしようとしていたのだった。佐江は兄を選んだ。
六郎は柳庵を辞めてから、ある蕎麦屋できっぷのいい女と出会った。それが富であり、露くらに誘われるきっかけとなったのだった。
久質を出た源八は、縁者が経営する船宿「藤村」にいることが分かった。千代乃は小僧に言ってぬか漬けを食べに来てくれと伝えてもらった。源八が来た。露くらで出すぬか漬けは何と豆腐だった。六郎が漬けたもの。露くらのぬか漬けは六郎が糠の手入れをしている。千代乃の手は糠に合わないためだった。ぬか漬けにも個性がある。
白瓜のぬか漬けも源八に出した。それは亭主が来たらこれを食べさせてやってくれと、みつが置いていったものだった。そして、みつが使っていたぬかも、実は嫁入りの時に源八の実家からもらったものだった。煙草屋の嫁と同じぬかを使っているのに味が違う。個性はまぜる手により変わることを実感した。源八とみつがもめたのは、源八と義父との間がうまくいってなかったことにあった。義父は跡継ぎである男の子を早くつくれと言うばかりで、自分は期待されていないのではないかとの思いが限界に来ていた時に、例のぬか漬け騒動が起きたのだった。
第六話 であいもの
貞:本所相生町の乾物「上田屋」二代目女将、実家は馬喰町の衣屋
門次郎:夫、「上田屋」の跡取り、次男、長男は20歳で病死
お春:義母
幸之助;一人息子、16歳、14歳で日本橋(本船町)の干鰯(ほしか)問屋「俵屋」へ修業に(将来の跡継ぎのため)
仁助:番頭、四十路
松治:手代頭
末次(すえじ):手代
今回は、千代乃を捨てた勝三について、その真相を明かし、決着をつける話。
乾物の「上田屋」女将の貞が登場。露くらと商売上でもつながり、また露くらでたまに一杯やる客でもある。千代乃のことを気にかけている。貞が門次郎の許へと嫁いだのは18年前。門次郎は次男だがそれなりに頑張っていたが、兄が死んでからはふぬけになり、今も商売に一切目が向かず、今日も朝から何人もいる妾のところへ。姑のお春は、それを容認。新年には、妾たちに挨拶としてお金まで届けさせている。貞は2年前に一人息子を大手同業者に奉公に上がらせることができ、店の経営も番頭や手代たちと頑張ってやってきた。
ある日、往来で千代乃を見かける。ついていくと、なんとぼろ家に入ったが、そこにはケガをした勝三がいた。千代乃が面倒を見ている。後を付けてきたのが見つかってしまった。聞けば、火消しの女房と逃げていた勝三は火消し達に見つかってしまい、こんな目に遭わされたのだという。勝三は、遊び相手だった火消しの女房が、亭主から折檻を受け続けていて助けてくれと言われ、つい一緒に逃げてしまったということだった。
色々と嫌気がさしてきて、貞は姑に対して暇をいただきます、と言って家を出た。そして、露くらで一杯やっていたら、つい千代乃のことを言ってしまった。ところが、六郎もおなみも、千代乃を連れ戻そうとしない。そして、酒とつまみのマリアージュを楽しむべし、と言って、人も同じで出会いものがあることを諭す。貞は理解できない。私が別れろと言ってやろうか、とも思った。
貞は、家出から半月後、二月の晦日に戻った。門次郎に泣きつかれた実家の兄に説得された。貞がいなくなって商売の苦労を知った門次郎は喜んだ。姑も、怒るようなことは一切なく、優しかった。
貞が露くらへ行くと、また千代乃がいなかったが、手をケガして帰ってきた。どうしたのかと大騒ぎすると、勝三を拳で殴ってきたという。勝三のことは最初から許す気がなかった千代乃。しかし、けが人を殴るわけにはいかず、まずは医者を呼んで手当をさせ、面倒を見て回復を待った。それから殴ったのだった。もう、二度と戻ってくるな!と。
最終話 貝あわせ
豊四郎:化粧品「近江屋」若旦那(二代目)、
安治:瓦町で石屋を営む三十路がらみ
締めくくりは、千代乃自身の出自についての話。本当の父親が判明する。
化粧品の「近江屋」を通りがかかり、店を覗く千代乃。話はここから始まる。そういえば、富が使っていた貝あわせの紅が最近見当たらない、どこへ行ったのだろう?自分も少し使ったことがあるが、きっとここの紅に違いない。高いので今の自分には到底買えない代物だが・・・と思っていると、先代主人が千代乃を見つけ、富の娘であることを言い当てる。
店の常連客である、円頂が死んだと言う噂が立った。ここのところ顔を見せない。燗番の銀次は、毎日、湯屋で会っていたが、湯屋にも来ていないという。少し前、後をつけると獣肉料理「山奥屋」に円頂が入って行ったので、追って入ると兎料理をご馳走になった。後に六郎から借りた本(銀次は本好き老人)に、月禁の食べ物が書いてあり、二月に兎を食うなと書いてあった。自分は酒を飲んでばかりいてあまり食べなかったが、きっと円頂は腹一杯食べて死んだんだろうという話になった。
鋳掛屋の長七郎、大工の辰五郎、質屋の源八、魚政の二代目政二郎、安治が円頂の碑を建てようという話になった。碑文は誰に頼むか。医師の伊東朴斎か、札差屋の松乃屋重右衛門ぐらいだろうということになる。重右衛門は書家としては円頂の一番弟子でもある。結局、巫女を呼んで口寄せしてもらおうということになった。
露くらに巫女が来た。目が見えないが円頂がいつも座る席に着き、酒を飲みながら口寄せした(下りてきた)円頂が話し始める。どちらがいいか?と聞くと、金をたくさん出せる方だと下りてきた円頂。それならばと重右衛門に決定した。六郎などは、インチキだと相手にしない。老巫女は酔っ払ってしまったので、六郎が離れに連れていって寝かせた。
千代乃が重右衛門の好物を持って頼みにいくことになった。松乃屋重右衛門は蔵前の札差で、芸者時代の富を贔屓にしていた。千代乃は重右衛門の子だという噂があった。大金持ちである。浅草猿野町に屋敷があるが、たとえ富の娘だとしても簡単には会えない。なんとか中に入る。重右衛門は「千代」と呼んで親しげに喜んでくれた。話が弾み、思わず自分の父ではないか?と聞こうとしてしまい、口を押さえたところで、むこうから言い始めた。千代乃の父親は重右衛門の兄である蔵之介だと判った。「露くら」のくらは、ここから来ているのだった。
富は、14歳で半玉芸者に、16歳で留守居役から声がかかるほどの売れっ子になった。蔵之介は優秀でインテリだったが病弱だった。重右衛門の二歳上。読物が大好きだったが、錦絵で富を見て三味線姿を見たくなり、初めて両親にねだった。両親は音曲指導を名目にして富を読んだ。富が18歳、蔵之介が19歳。なお、重右衛門は15歳の時に座敷で富を初めて見たが、既に売れっ子だったので手の届かぬ華だった。ここへ来た富の気を引こうとしたが、相手にすらしてもらえなかったという。
病が進み、もう外に出られなくなった蔵之介は、重右衛門に近江屋で紅を買って富に持って行ってくれと頼んだ。その後、20歳で世を去った。重右衛門が店を継ぎ、妻子を持って落ち着いた。富が娘を兄の娘を生んで育てていることを知った重右衛門は、小さいながらも家を用意した。しかし、金銭だけは決して受け取らず、老人が通うだけの慎ましやかな生活を送っていたという。
そんな昔話をしていたところで、円頂の話に移ろうとした時に一人の老人が訪ねてきた。鹿肉を重右衛門に進めながらやってきた彼は、死んだはずの円頂だった。
円頂は生きていた。露くらへ来て説明するところによると、山奥屋で兎を食べた時、東海道中膝栗毛を読み、地方で旨いものが食べたくなって妻子をつれて行こうと思ったが、最近、腹の調子がよくないので医師に診てもらうと、胃が痛んでいるから温泉で療養をしろといわれ、酒も止めろといわれたから、品川にこもって姿を見せなかったということだった。
一連の騒動が済んだところで、六郎が貝あわせを見つけたという。巫女を離れに寝かせたときに寝言を繰り返した。「あんたの大事な人のなくしものがあるよ」。
その貝あわせは富の紅だった。ただし、紅は流されてなかった。雨漏りがあったときに寄せておいたのが、雨で流されていて、溝を掃除していたら出て来たという。口寄せはインチキだったが、これは当たっていた? -
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江戸本所の裏路地にあるいわくつきの長屋
店名は裏霧(うらきり)長屋、表にこぎれいな霧左衛門長屋というのがあって、その裏にあるからうらきり・・・
だけど人はこう呼ぶ「うらぎり長屋」って。
うらぶれた、雨漏りのするぼろ屋で
江戸で生きづらくなった人たちが行きつくところだ。
住んでいるのは盗みの片棒を担いだ元大工
怠け者の母親を内職で支える15歳の少女
昼間から酒を飲み男を待ち続ける女
客をしくじりどうにもなりゆかなくなった幇間 など
ぼろ長屋にふさわしい面々が住んでいる。
それぞれに事情を抱え、日々もがくように生きているのが読んでいて苦しい。
本当に救いのない人たちばかりだ
それでも月日がたち一人また一家族とうらきり長屋を後にしていく
それぞれに新たな道筋ができ、少し明るい顔になって新しい一歩を踏み出し始める。
作者のプロフィールをみてびっくり
名古屋女子短期大学卒業・・・
えっ! 作者女性だったの?
名前からして男性だとばかり
すごい人見つけたなぁ
楽しみだなぁ -
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『貸本屋おせん』の続編。
大河ドラマ『べらぼう』にも出てるくるが、江戸時代の出版のしくみがいろいろわかって面白い、が使われている言葉も難しく、なかなか私にはすらすらと読み進められないところもある。
当時の本は印刷されたものだけでなく、写本もあり、貸本屋は自分で写し、貸し出したりもしていたようだ。それゆえ、ちょっと出版したらまずいものも持ち歩いていることもある、ので貸本屋は少し怪しい職業と思われたりもする。
おせんはそこここで起こる厄介ごとにいつも首を突っ込み、まるで探偵のようでもある。この本は推理ものともいえるかもしれない。
そして、『べらぼう』でも、『貸本屋おせん』でも、内容はそれほど高尚なものではないかもしれないが、庶民が書物を求めている様子を見ると、そのころの日本って誇れると思う。
NHKあたりで放映されないかな。きっぷのいいおせんの江戸弁が聞きたい。 -
Posted by ブクログ
貸本屋おせんの第二弾。
せんは前作品の最後で火事によって商売道具である蔵書の全てを焼かれてしまった。
貸していた本が戻ってきつつあるが、商いのできる量の蔵書ではない。
だからというわけではないが、商売のかたわら、あちこちの書肆に出入りしても不自然ではないという立場を利用して、世話になっている本屋たちが巻き込まれた事件の謎を解いていく。
絵師の鋭い観察眼が、自覚なきままアリバイ崩しをしていたり、幻の本を巡るせんとセドリと岡っ引きの三つ巴の攻防があったり。
他人の努力の横取りで儲ける奴がいたり、はたまた小遣い欲しい若者が危ないバイト?
当時の職人たちの事情や、本屋の仕組みなどが自然に分かる。
謎解きも、その「仕組み」に密接に関わっている。
板木の彫師だったせんの父親、平治は、禁制の本に関わり、咎を受けたあと、大川に飛び込んだ。
父が何を考えていたのかずっとモヤモヤしてきた。
人々の事情に関わるうちに、父がなぜ川に飛び込んでしまったのか、何に絶望したのか、せんにも見えてきたことがある。
父と因縁のあった燕ノ舎に対する気持ちの整理もついたようだ。
【第一話 らくがき落首】
【第二話 往来絵巻】
【第三話 まさかの身投げ】
【第四話 みつぞろえ】
【第五話 道楽本屋】
今年の大河ドラマを見ていると、当時の本屋の店先が良く再現されていて、小説を読みながら情景が浮かんだ。
ますます江戸が面白い。 -
Posted by ブクログ
「貸本屋おせん」を読み終わった余韻の冷めないうちにと、発売まもない二巻目の本作を手に取りました。
江戸の出版業界の内情が綿密に描かれていて、まずそこに興味が湧きました。特に、現代と江戸時代とでは「重版」という言葉の意味が全く違うことに驚かされました。でも、本を愛し、本から得る喜びをできるだけ多くの人と分かち合いたいという、本に関わる人々の願いは今も昔も変わりはないのだなとも思いました。
もう一つ特筆すべきは、本作では“おせん”のような貸本屋だけでなく、戯作者、絵師、版元、筆耕、彫師、摺師といった出版に関わる人たちの思いに、各話の中でスポットを当てているところです。
幕府によるご禁制の影響を受けながらも、力強く生きていこうとする“おせん”たちの姿に心動かされます。特に最終話で“おせん”が啖呵を切る場面ではホントに胸のすく思いがしました。これはもう本好きにはたまらない作品になっています。三作目にも期待大です。 -
Posted by ブクログ
修験者のなりをして諸国を放浪する“十三童子“。この役者と見まごうほどの色男は欲をもつ者の前に現れ、願いを叶えたいなら鐘を撞けと誘う。
彼が持つ「無間の鐘」は願いを叶えてくれるが、鐘を撞いた者は来世で無間地獄に堕ち、子も今生で地獄に堕ちるという。ある者は金持ちになるために、ある者は好いた男の心を捉えるために、またある者は死んだ母に会うために……。人の欲と人情を描く6つの連作短編。
この「無間の鐘」の設定がすごくいい。
そんな鐘があったら自分は撞くだろうか?来世で無間地獄に堕ち、我が子が地獄を味わうことなど頓着しないほどのこの世の苦しみがどれほどのことか。様々な闇を抱えた者たちの物語がしみじみと味わい深い。
人はただ自分の欲だけではなく、大切な誰かのためにも鐘を撞けるということに救われる。そしてこの十三童子がそんな鐘を撞いた者たちに施す心憎いばかりの解釈。
次第に全ての短編が繋がりを見せ、最終話で明らかになる十三童子自身の“無間地獄”が辛すぎる。
様々な感情に揺り動かされる作品でした。