高瀬乃一のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ梅の実るまで
茅野淳之介幕末日乗
著者:高瀬乃一
発行:2025年1月15日
新潮社
初出:
『水仙香』 「小説新潮」2021年6月号
『萩の小道』 「小説新潮」2021年10月号
『鑑草』 「小説新潮」2023年7月号
『千鳥啼く』 「小説新潮」2024年3月号
『空蝉』『忘れ草』 書き下ろし
*第38回山本周五郎賞候補
茅野家は、徒目付だったが、淳之介(主人公)の父である政平が仕事で失敗をして、自害してしまったため、小普請組入りとなり、淳之介には定まった役が与えられていなかった。生活はギリギリで、母親のお市がどうにか工面する。淳之介は27歳にして独身。私塾を開くも、最後の門下生も離れていってしまった。
かつてともに塾で学んだ青柳梅太郎は、南町奉行所の同心。梅太郎から言われた仕事を請けてこなす、いわばフリーランスとして活動するも、その一つの仕事が攘夷浪人たちの企みに潜入するものだったため、自らも捕縛されて牢獄で苦しんだりもする。
そんな茅野淳之介の話で、5編からなる連作短編だが、限りなく長編に近く、以前の短編に出て来た謎が後の短編で解けていき、最後は落ち着いたところに到達する形式。
★★★★に近い★★★だった。
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茅野淳之介:27歳、私塾「鶉居堂(じゅんきょどう)」の主、独身
政平:父、淳之介15歳の時に非業の死、嘉永2(1849)年立夏過ぎ死亡(自害)
お市:母
源次:中間(従者)
佐原善之丞:お市の兄、淳之介の伯父
青柳梅太郎:南町奉行所定町廻(じょうまちまわ)り同心、淳之介の幼馴染み、1歳上、同じ有馬道場にも通っていた、有馬道場師範代
由見:妻、斉籐鶉庵の娘
鉄太郎:梅太郎の息子、8歳
斉籐鶉庵(じゅんあん):私塾「斉籐塾」、淳之介の師匠
正吉:岡っ引き
お楽:深川の櫓下にある女部屋(花天)で洗濯女をしている娘
小歌:「花天」の女郎
村越鍋太郎:水戸浪士、東善寺襲撃に加担、お楽と深い仲?(頻繁に花天に出入り)
大橋訥庵(とつあん):儒学者、尊王論者、「思誠熟」塾長
有馬左衛門之丞:米沢藩老剣士、外神田の心形刀流(しんぎょうとうりゅう)有馬道場・道場主
『水仙香』
茅野家は、徒目付→小普請(政平が自害した嘉永2年~)になった。屋敷も新たに与えられたが、住める状態でのなかったために貸家に。前住人が道場にしていたところで私塾「鶉居堂(じゅんきょどう)」を開く。しかし、先日、最後の塾生が辞めていまは門人もいない。生活はお市の内職と中間(ちゅうげん)の源次がアルバイトをしているのに頼る。
*徒目付=江戸幕府の職名。目付の支配に属し、警衛・探偵などに従事。徒横目。御徒目付
*小普請=①小規模の修築工事。②江戸時代、小破損の普請の人足を旗本・御家人の非役の者に課したこと。1690年(元禄3)から金納となった。③禄高200石以上3000石以下の非役の旗本および御家人。
幼馴染みの青柳梅太郎から仕事を頼まれた。10日ほど、ある娘を見張ってくれとのこと。謝礼は悪くなかった。岡っ引きの正吉と「たきがわ」に籠もった。昼間は帰宅してもいいと言われていたが、居れば3食出るのでずっと居て読書をしていた。
見張っていたのは、料理屋「花天」の洗濯女をしているお楽。斜向かいの小料理「たきがわ」から。そこに水戸浪士の村越鍋太郎が頻繁に出入りしている。お楽と深い仲であり、お楽は間者をしているのだと疑われている。村越たちは、5月28日に江戸駐留のイギリス人宿泊地で公使館の下高輪村東禅寺を浪士14名で襲撃し、ラザフォード・オールコック公使は無事だったものの、書記官と長崎駐在領事がケガをした。公使は書簡を出して浪士が勝手にやったことではすまぬ、徳川が責任を取るべきとした。そこで、取締りの対象となっている。
ずっと見張る中、淳之介はお楽が村越の子をはらんでいるものの、彼女は間者ではないことを見抜いた。そして、いよいよ手入れに入る時になって、お楽を逃がしたのだった。お楽が村越の子を下ろそうかどうしようか迷っていることを知っていた。村越が頻繁に会っていたのは小歌だった。小歌が他の客を相手している時、村越は洗濯女のお楽に目をつけたのだった。
小歌は村越に夢中であったため、協力をしていた。
淳之介は、お楽を逃がした際に村越と対峙した。体の震えを隠しつつ向かったが、刀は抜けなかった。ただ、鞘で相手の喉をついて骨を砕くことができた。村越は生け捕りにされるのを避けるため、持ち歩いていた水仙の根から作った毒を飲んで死んだ。小歌が協力したのは、その毒づくりだった。実家が花屋だった。
淳之介の塾には、植木屋に就職する予定の小僧が何度も来て、漢字を教えてくれと言ってくる。それぐらいできないとクビになってしまうとのこと。でも、お金は出せないから水仙を持って来るという。断っていたが、最後は受けることにした。そして、水仙の根はもういいから、水仙が植わっているうちの庭の掃除をすこし手伝ってくれと言った。
『萩の小道』
松三郎:多町(たちょう)の茶問屋「緑香堂」主人、27歳(40歳にも見える)、金吾と同じ頃から門人に(一月前)
喜七:門下生、次の春で10歳、年明けに植木問屋へ
横倉金吾:3人目の門人、一度売った御家人の株を買い戻したい、そのための学問
浅草寺からの帰り、淳之介は誰かにつけられていることを感じていた。真っ直ぐ帰れば、家を知られてしまう。道を変えつつ歩いていると、茅野先生!と声を掛けられた。一月前に門人となった茶問屋の主人、松三郎だった。27歳、淳之介と同じ年だった。彼は駕籠で吉原に向かった。別れると、後を付けていた者も消えた。
和宮降嫁の話が伝わってきた。
松三郎と同じ時期に門人となった横倉は、湯屋に行くのもままならぬ。体臭があってお市が嫌がる。3ヶ月謝儀だと差し出した小判は万延小判とも呼ばれる雛小判で、質が悪く、この新小判を3枚出してようやく旧小判1枚に両替してくれる。一度売った御家人株を買い戻して、浪人生活から抜け出そうとしている横倉は、武士の誇り高さだけは持っている。攘夷を訴える身として、外国に擦り寄って儲ける商人を見下している。
青柳梅太郎が師範代を務める有馬道場へ、一同は出かけた。横倉は以前に梅太郎に負けているので、そのリベンジにと無理矢理ついていった。しかし、また木刀でやられてしまった。帰り道、淳之介、松三郎、喜七(無理矢理ついてきた)が歩いていると、2人の浪人が立ちはだかった。浅草寺からつけてきた者か?なぜ俺を狙う?すると、祠に隠れた松三郎と喜七へと向かう。そうか、攘夷浪人は商人も目の敵にするから、狙いは松三郎だったのだ。刀を抜く淳之介。そこへ、何処かで吞んでいたのか横倉が駆けつける。横倉たちが優勢だが、あと少しのところで横倉の刀が喜七に当たってしまった。
一人の浪人は火が着き、川に飛び込んだが、後に死体となり発見、もう一人は逃げ延びたか?しかし、喜七は死んでしまった。横倉は捕まり、何れは島に送られるだろうとのことだった。悲しみが止まらない淳之介。
お市が言う。萩の名の由来をご存じか、と。
「生(は)え木、という呼び名が転じたのですよ」と解説。冬の間に枯れたと思われた萩の株から新しい芽が生えてくる様子からつけられたと。
『鑑草』
弓削弘光:小普請組支配
亀之助:鳴海家奉公人
鳴海平兵衛:小十組(将軍の護衛、格が高い役だが低給)
りく:娘
斉籐啓一郎:鶉庵の長子、学問所勤番(父から譲られる)
猪原岐山(いのはらぎざん):徒目付、政平の同僚、
鎌田:徒目付組頭
◎淳之介と梅太郎が19歳の時の話
淳之介は19歳、当主。4年前(嘉永2年、1849年)の立冬過ぎに父が切腹。
御広敷添(おひろしきそえ)番士浜田忠次郎の次女と縁談話。出戻りの24歳。婚家で子が出来ずに離縁。
源太は茅野家に奉公して19年
青柳梅太郎(19歳)と斉籐鶉庵の娘である由見(18歳)が夫婦になることに。
梅太郎は既に八丁堀同心。
りくと亀之助が駆け落ちした。それに由見が手を貸したと鳴海から言われている。
りくと由見は、芝居を観るなどいつも一緒だったからそう疑われている。
由見を出せという鳴海、しかし、由見は出てこない。
由見と梅太郎の婚儀も延期になっている。
梅太郎は淳之介に頼み事をした。由見に本を持ってきたという名目で会いに行って欲しい、それなら由見は出てくるはず。鶉庵は女が学問をすることだけは許さなかった。しかし、由見は本を読みたかったので、淳之介と本のやりとりをしていたのだった。淳之介が鶉庵から借りた本をまた貸し、戻して貰ってから鶉庵に返す。それが始まりで、今はいろいろな本を貸している。
5日後、「源氏物語忍草」を持って行く。下女が出て来て、由見は誰にも会いたくないと行っていますと断られたので、では、本だけ教場においていくと行って入ると、由見が縁側に座っていた。
由見は、確かに駆け落ちを助けたと話し始めた。
りくは別に縁談がまとまっていて、父が見つけた録の高い家が相手。持参金のうち8両が抜き取られていて、おそらく亀之助が持ち出したのだろうとのこと。
由見がその時(話している時)に読んでいた本は、中江藤樹の『鏡草(かがみぐさ)』。嫁ぐおなごが読むべき訓話集。父から最初にもらった本だとういう。
由見はりくの居場所を話しはじめた。
青柳の手下たちは、すぐにそこへ向かったが、既に2人はいなかった。
◎淳之介が15歳の時の話
政平は徒目付の役目として、江戸城本丸の御玄関番士の監視を務めていた。表門に到着する駕籠を所定の場所に誘い、登城を円滑にとりまとめる御小人(おこびと)番たちの目付。その日、当番日ではなかったが、季節外れの流行風邪により人手不足だった。当番だった同役の猪原岐山も病気だったため、加番として泊番だった真麻片が、そのまま御玄関番らを監視していた。
宮門跡寛永寺輪王寺の使者(格上)と、准門跡東本願寺の使者(格下)が、時間をずらして来る予定だったが、トラブルでほぼ同時刻に来た。慌てふためく番士らも、急遽呼び出されて慣れない玄関番ばかり。政平も役目違いで駕籠を止めて歩かせたりの指示をしたが、格上の駕籠を遠くに止めて歩かせてしまうミスを犯してしまった。逼塞(ひっそく)という昼間は家から出られない謹慎処分となった。
一月ほどで解けると言われていたが、その気配はなく、逆に追及が厳しくなった。格下の方から裏で金を貰っていたのではと疑われた。腹を切れば改易はないだろうと思い詰め、突然、自害してしまう。庭で苦しみもがく。介錯を言われ、恐る恐る淳之介はやってみるが、上手くいかない。最後は源太が終わらせた。
◎淳之介19歳の話に戻る
梅太郎が来て、りくと亀之助が見つかったという。5日前、嘉永6年6月3日、ペリー来航の日だった。亀之助は博奕で八百長を試みたがバレて元締めに指や頬骨を折られたが逃げ出して番所へ。調べると鳴海家の家紋が見つかり、亀之助だと判明した。りくを茶屋に軟禁し、持ち出した8両がなくなったら売り飛ばす気だった。
亀之助は8両の持ち出しについては自白したが、駆け落ちについては言わなかった。駆け落ちを認めて鳴海家に引き渡されれば手打(武士が家臣や町人などを手づから斬る)にされるが、8両だけなら重敲(じゅうたたき、鞭100)ですむはず。娑婆に出たらまた女を騙すなどと吹聴しているらしく、梅太郎は憤る。淳之介は考えて、アドバイスする。10両にすればいい。10両を超えると死罪となる。梅太郎は、そんな嘘の被害届は認められないと言ったが、そうではなく亀之助を脅すのだと言った。やったことを洗いざらい言わないと、被害額を10両だと言うぞ、と。
年が明けて嘉永7年3月、アメリカと幕府が神奈川条約を結ぶ。その頃、淳之介の浜田忠次郎の次女と縁談話が消えた。先方から取り消してほしいと、ある口実をつけて言ってきた。やはり父のしたことや死に方が問題だったのだろう。以降も縁談話がなかなか決まらない。なお、梅太郎と由見の婚儀は昨秋、執り行われた。
◎現在に
文久元(1861)年もあと少し。
梅太郎から、家に来てくれと呼び出しがあった。
行ったが、まだ奉行所から帰っていなかった。鉄太郎たち子供が遊んでいる。待つことにしたが、本が何冊かあった。鑑草があり、読み込んであった。由見の手も、もう真っ白な手ではない。源氏物語忍草もあった。こちらは、新しいままだった。
『千鳥啼く』
笠井一馬:正体は淳之介
舟吉:芸者、料亭「鳥笈(とりおい)」
吉野政介:素浪人、舟吉の客、「仁令会」で勉強会を開催、実は水戸藩士・黒沢五郎
大橋訥庵(とつあん):儒学者、尊王論者、「思誠熟」塾長(日本橋→小梅村)
内田万之介:会読参加者、正体は川辺佐治右衛門。
名護仁左衛門:会読参加者、宇都宮の郷士
浦木:会読参加者、徳川斉昭の元陪臣、斉昭死去後は尊王を遂げるため脱藩
春川庄助:会読参加者、水戸訛り、常州生まれ、眉秀たる美丈夫
山木繁三郎:訥庵の元門人、一橋家の近習、慶喜への上書を託されている
長井雅楽:長州(萩藩)の重鎮、攘夷派の敵、吉田松陰の江戸送りの使者として選ばれた
安藤信行対馬守:同じく攘夷派には敵
雁丸屋作次郎:老舗酒屋「雁丸屋」、舟吉を淳之介に紹介
「仁令会」は、思誠塾の志操はそのままに、門戸をヒロが、真の攘夷を目指すため人を集めている。料亭や女部屋、剣術道場から矢場まで網を張って尊王攘夷を叫ぶ同士を見つけて声を掛けている。舟吉経由で笠井一馬の噂を聞き、声をかけてきた吉野。淳之介は狙いどおり、連中の懐に入ることができた。南町奉行所同心、青柳梅太郎からの密命だった。
一月前、松三郎が襲われた。そこに居合わせて犠牲になったのが、9歳の喜七だった。その犯人の一人を看た医師が、吉野という浪人と頻繁に会っていたことが分かった。吉野にアプローチして探ろうということになった。
文久元年12月17日、鳥笈2階、吉野主宰の会読に参加。
何度か開催されたが、残ったのは次の四人と淳之介だった。
内田万之介、名護仁左衛門、浦木、春川庄助。
文久2年正月5日、対馬守安藤信行を討つことになった。決行日は15日で、その後全員(吉野を含めた6人)自決し、攘夷を盛り上げようということになった。慶喜を担ぎ出しての攘夷が目標。
ところが、吉野が最近は舟吉のところにこない。恐らく準備をしているのだろう。
14日に大橋訥庵が南町奉行所に捕縛された。慶喜への取次を託された山本繁三郎が、寸前で老中久世広周(ひろちか)に、慶喜を擁して日光山において挙兵する計画を漏らしたという。
淳之介たちは鳥笈の2階に籠もっている。梅太郎の耳に入っているのだろうか。どうにかここを脱出しなければいけない淳之介だった。明け方には内田と山木が来る。それまでに脱失しなければいけないが、しそびれてしまった。そして、町方の手入れが入った。梅太郎は来るか?捕吏は淳之介のことを聞いていなければ、手加減しないだろう。
梅太郎はいた。そして、一人が刺股で抑えられ、淳之介も梯子で抑えられたが、抑えているのは正吉だった。あとの2人は斬られた。そこで、知らせが入る。安藤信行がさきほど襲われたという。6人に襲われたが、一人は吉野政介こと水戸藩士・黒沢五郎だった。鳥笈に集めたメンバーはおとりで、そちらに目をそらせている間に6人が安藤を襲ったのである。鳥笈の4人は、まるでチチと啼く千鳥ではないか。
逃げ傷を負った安藤信行は、老中を罷免されたと噂が立った。
内田(川辺)は参加していなかった。怖じ気づいたのか、間に合わなかったのかは不明。しかし、襲撃の午時(ひるどき)、萩藩邸の桂小五郎を訪ね、ここで腹を切らせてくれと言った。ちょっと待っていろと桂が席を外している間に、喉を突いて死んだ。
内田と吉野に加担していたのは、春川だった。春川は鳥笈の陽動部隊を見張っていたのではなかと奉行所では見ている。笠井がすでに故人であることも、春川は見抜いていた。
淳之介は、1月ほど顔をあわせた男たちのことを思うと、涙ぐんだ。
『空蝉(うつせみ)』
石出帯刀:小伝馬町牢屋敷、囚獄の長、
芳助(ほうすけ):張番、扁平顔、梅太郎の手下、囚人から阿呆助と呼ばれている
木俣善九郎:牢名主、30代半ば、武士か?
柳井:二番役の中年武士
勝谷寛二郎:死んだ柳井に変わって入牢、すぐに二番役になった、20歳にもならない
ある日、自宅に帰ると捕縛されてしまった淳之介。老中安藤信行襲撃事件の間者(かんじゃ)ではないかとの嫌疑。南町奉行所・青柳梅太郎の指図でしたこと、すぐに嫌疑は晴れるからと、騒ぐ母のお市にいいつつ、未決囚の入る小伝馬町へ。しかし、2ヶ月たっても吟味の声がかからない。その間に「牢内役人」たちにより、苛められ、苦しめられ、殺される寸前になっていく。牢の中はすべて金(ツル)次第だった。生きていたければ家の者に持って来させろ、の世界。
*「汁留」とは、水分なしに米や餅などを強制的に食べさせられる牢内の私刑
牢屋敷は、牢役人と称する同心と、楼内の雑用、見張り、門番、炊事などをする「張番」で構成。
各牢内は、「牢内役人」という役付囚人が自治をし、その長は「牢名主」、その補佐「隅の隠居」、「二番役」「詰(つめ)の本番(便所担当)」など十ほどの役がある。入牢時に多額のツルを持参した者や、役付囚人の知己がそうなれる。
ある日、木俣とのやりとりの中での淳之介の一言により、牢内の平囚人が同調して木俣の許可なく自分のいる畳を越えて移動しはじめた。牢内役人たちが暴力で抑えようとする。なんとか収まり、大罰則が与えられるかと思いきや、木俣は牢医から手に入れた酒を持ち、淳之介に対して見どころがあると酒を勧めてきた。
木俣は算術に長けていた。百姓家だったが、本家は武家。そして、本家の惣領息子「林太郎」が心中した時に、恥を隠すために家人の息子が死んだことにし、分家である木俣善次郎が死んだことになった。15歳のころから善九郎が身代わりになって木俣林太郎として生きてきた。木俣は、自分は中身がない抜け殻、空蝉だと言い放った。そして、淳之介に対し、殻の中だけにとどまる幼虫になるなとも忠告した。
その夜、淳之介は新入りに近い勝谷寛二郎に殺されかける。彼の正体は、『水仙香』で東善寺襲撃の後、淳之介と対決して自ら水仙の毒を口にして自害した村越鍋太郎の弟だった(養子に出されていたため苗字が違う)。兄の復讐のために牢に入ったのだった。口と鼻を塞がれ、意識が遠ざかりかけた時、吐き気を催した。同時に、寝ていた木俣も嘔吐した。2人はコロリだという騒ぎになった。牢から出され、牢医が診察をする。木俣は、お前にもチャンスを与えてやった、逃げるんだと言った。そして、木俣は逃げた。だが、淳之介にはその気力が残っていなかった。
実は、昼間に吞まされた酒には吐き気をもよおす毒が入れてあった。コロリに見せかけて脱獄するための計略だったのだ。
その後、淳之介は奉行所で吟味の上、無罪放免となり帰宅した。口添えをしてくれたのは、逢対で挨拶に何度行ってもちっとも役をくれない、小普請組支配の弓削弘光だったという。また、お市は今回の件で5両使ったという(ツル2両、その他3両)。そんなお金をどこで工面したのか問うと、捕縛された直後に、謎の老婆が訪ねてきて置いていったという。
家では実世(舟吉)が、半ば押しかけ女房として奉公人になっていた。
『忘れ草』
入牢騒動から6年。実世は妻となっていた。
茶問屋「緑香堂」主人の松三郎が訪ねて来た。神田から横浜に移転し、屋号も「多町商会」にするとの挨拶に来たのだった。
茅野家は、文久2(1862)年に。対外防衛と国内統制を目的とした再編により、御持(おもち)小筒組を命じられた。お市は喜び、三日三晩の宴会をし、実世を兄の佐原善善之丞の養女にした上で嫁に迎えた。
しかし、牢内で受けた暴行と毒のせいで体力が続かず、訓練に耐えられずに暇を命ぜられ、茅野家は300年にわたる直参としての役目を終えた。慶應元年。
慶應2(1866)年、慶喜が十五代将軍に就任。翌年10月14日、大政奉還。
茅野家は小石川の貸家に戻る。私塾「鶉居堂」と実世の三味線指南の教場をそこで始めた。
梅太郎の息子の鉄太郎が15歳に。有馬道場に通う。また、梅太郎夫妻から鉄太郎を頼むといわれ、慶應4年の年明けから鶉居堂にも来ているが、3月から顔を見せなくなった。彼は彰義隊に入っていた。官軍と対峙することが多い。父と母には内緒、神田の伯父宅にいると言っている。
「何も生まぬ武家」だったが、たった一つだけ誇りがあった。それは「戦なき世を貫き通した」(222P)
全面に彰義隊、側面に大総督府の東征軍、逆側面に村越寛二郎
猪原岐山は下谷山崎町に小さな家を借り、畑を耕しながら一人暮らし。淳之介が会いに行くと、ずいぶんと痩せ細って直視できないほどだった。
そこで尋ねると、6年前に5両を届けたのは猪原だということが分かった。理由は、自分たちが苦難の時に政平が助けてくれたからだという。
淳之介は、政平が自害した理由について、自分が思っていたのとは違うことを初めて知った。
自害の日、猪原は政平の下を訪ねていた。そして、政平が疑われている格下の駕籠の者から賄(まいない)を貰っていたのは自分だとうち明けたのだった。病気で寝込む妻のため、お金に困っていたのだった。妻がよくなるまで、もう少し待ってくれと政平に願った。しかし、その後、政平は腹を切った。身代わりになったのではなく、諦めがあったのだった。
それからほどなくして、猪原の妻も死んだ。幕が閉じられ、真実は明かされなかった。
梅太郎が来た。鉄太郎の組が判明した。彰義隊が籠もる上野の山に旧幕の幹部が行って説得したが出てこない。東征軍の諸藩勢力は2万、彰義隊は国賊だから皆殺しにすると言っている。梅太郎は、師匠である淳之介に説得と連れ戻しを任せたが、やはり父親であるが故、自分も行かなければいけないと言い、一緒に向かうことになった。実世を実家に帰らせた。
2人はほっかむりをして髷を書くし、畳を彰義隊に運び込む町人の振りをした。そして、入り込んで五番隊にいる自分の息子を呼んでくれと頼んでみたりした。谷中門の見張りに出ていることを聞きだした。ついに鉄太郎を見つけて帰ろうと説得するも、裏切り者にはなれないと拒否する鉄太郎。そこに、村越寛二郎が現れた。寛二郎が襲ってきた。梅太郎が大けがをする。淳之介は大八車に隠していた二本を取り出し、斬り合いとなった。梅の香りがした。これまでか・・・
結局、梅太郎の助太刀、鉄太郎のアシストもあって寛二郎を倒した。
大勢が死んだ上野の争乱で、唯一の私闘だった。
10年がたち、明治11年5月
淳之介の暮らし向きは変わらない。
8年前に生まれたひとり息子は衛(まもる)。
梅太郎は交番所で働く。
鉄太郎は松三郎の多町商会東京出張所で働く。
家の修繕に来た大工の八郎は、以前に字を習いに来て死んでしまった喜七の弟だった。
梅の実がなり、落ちる。立派になった。 -
Posted by ブクログ
本所入江町のとある長屋。訳ありの者たちが住む曰く付きの長屋、人呼んで“うらぎり長屋”に新しい木戸番として何やら訳ありの老母と息子がやって来るところから話が始まる。
そして語られる店子たちそれぞれの事情。仕事を失い、明日への希望もなくした者たち吹き溜まりのような場所。
彼らの過去と今が描かれる七つの短編。そして彼らが長屋を足掛かりにして小さな一歩を歩み出す姿が描かれる終章。最後にわかる番太郎親子がここに来た理由。
犯罪に手を染め人生を誤った男たちと、恋心ゆえに道を誤った女たちの姿が哀れ。
だけど皆どこまでも逞しく、人間はどこからでも真っ当になれるという小さな希望が見え隠れする物語は決して暗く終わらない。
最後まで前を向く希望を描く作品でした。 -
Posted by ブクログ
江戸で生きづらくなった人が行きつく
「うらぎり長屋」そこに住む人たちの
7編からなる短編集
雨漏りがひどく、鼠の死骸が転がっているような
酷い長屋だが、大家の河内屋伝衛門は一向に
修理をしようとしない。そんな劣悪な環境の長屋に住む者は、それぞれが事情を抱えている。癇癪を
おこして親方を殴って逃げてきた石蔵、居もしない亭主が酒豪だと酒屋に嘘をつき、昼から酒浸りの
料亭の女中頭のおたつ。材木屋の若旦那の機嫌を
損ね、お払い箱になってしまった幇間(たいこもち)の小鉢。濡れ衣を着せられ、意地を張り続けた末に紙漉き職人の職を失った平治。決して許されない罪を犯した市太郎など。
どの登場人物も、何らかの形で裏切りを受けるが、最後の話で、それまでと全く違う
裏切りが‥
なるほど‥そうなんだ、そうだったんだー!
この仕掛け‥上手い!
人情時代小説だと思いながら読んでいただけに
驚いた。
ただものではない、この作者さん笑
いいなと思った話は、
〈風穴〉
「うらぎり長屋」大家の河内屋伝衛門の話。
店子の善吉が遺書を置いて行方不明に。
どうやら先を憂えて自殺したらしい。
善吉が遺した僅かな金を、孫のおふゆに渡すのだが‥いつの世も、男は女の気持ちを分かっていない。
〈鳥の影〉
材木屋の若旦那の惣太郎を贔屓客としていた
幇間(たいこもち)の小鉢は、惣太郎の機嫌を損ね
お払い箱になってしまう。仕事がない状況が続き、更に運に見放されたような事が続くが‥‥
惣太郎から届いた褒美の羽織、最後にウルッときた。どん底でも諦めなければきっと這い上がれる。
後半で前半の登場人物のその後の消息が少し
分かったりする。短編集だが緩やかに
話は繋がっている。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ往来絵巻
貸本屋おせん
著者:高瀬乃一
発行:2025年5月14日
文藝春秋
初出:
オール讀物
『落書落首』2023年5月号
『往来絵巻』2023年11月号
『まさかの身投げ』2024年5月号
『みつぞろえ』2025年1・2月号
書きおろし
『道楽本屋』
2020年のオール讀物新人賞を満場一致で獲得した「をりをり よみ耽り」を含む『貸本屋おせん』シリーズの第二弾。今回も5編の連作短編を楽しませてくれた。いつかは店を構えるぞと夢見て、一人荷を担いで回る貸本屋のおせん。住まう千太郎長屋の住人たちとの人情話、書物業仲間たちとのライバル心を抱きながらも協力しあってトラブルを解決する様子、現代社会にも通じるシチュエーションが冴えている。今回も1話で現代のSNSによる拡散を彷彿とさせるようなシチュエーションが設定されている。
このシリーズの興味深いところは、江戸時代の出版や書物に関する文化や商事情のことが分かる点。貸本には読んだ人の書き込みなどがしてあったり、物語や絵を独自に描いて挟み込む読者がいたり、ということがあるようである。また、戯作者や絵師の著作権という概念は確立していなかったようで、筆耕料など買い取りというか一時金を払うのみであり、あとは版元が自由に本を出して売ることができる。
そんなこんなは興味深いのであるが、この本の5作のいくつかは、少し分かりづらかった。種明かしによく分からない点があったのである。説明がうまくない傾向がある。説明的にするえきところと、読者想像的にすべきところの、判断がイマイチに感じてしまうのである。
せん:千太郎長屋の住人、和漢貸本梅鉢堂の経営6年目に、12歳で身寄りを失う、平治の友でもある喜一郎に引き取られる予定だったが縁者の反発で破綻
平治:彫師、「後れ毛平治」、禁制物に関わったとして指まで折られ、妻の出奔後に自死
母親:平治処罰の後に男と家出
(千太郎長屋:福井町)
忠右衛門:長屋差配
たね:せんが幼い頃から世話になっている
仙吉:たねの坊
弥八:5月末の火災後に入った店子、怪しい老人
登:浅草諏訪町の長屋に住む幼馴染み、野菜の振り売り
時蔵:登の父、桶づくり、病気がち
南場屋喜一郎:地本問屋「南場屋六根堂」主人、通油町の大通り
さえ:喜一郎の妻
寛助:南場屋番頭
卯吉:南場屋手代
辰吉:南場屋手代
伊勢屋徳一:南場屋のライバル
(町年寄)
樽屋藤左衛門:書物を担当
奈良屋:
喜多村:
1.落書落首
百姓に与力同心小田切られ主も家来もまごついた土佐
こんな北町奉行の失態を揶揄した狂歌が出回った。北町奉行所において、5月半ば過ぎに詮議を受けていた百姓が納得できずに乱心し、役人の脇差しを奪って下男や用人ら4人を切り捨てた事件がおきた。役人らは逃げ惑うばかり、捕まえたのは丸腰の下男だったという失態。6月の山王祭の賑わいが収束した頃、日本橋の高札場に一枚の落書きが貼り出された、それがこの「小田切落首」だった。北町奉行は土佐守小田切直年、大阪町奉行などを勤め上げた名奉行だったが、僅か31文字で失墜した。江戸のあちこちに同じ落首が貼られるようになった。
5月末の福井町火事で、おせんは多くの書物を失い、無一文になって店を構える夢が遠のいた。また出直し。千太郎長屋の店子は半分以上が移り、棟割り長屋が再建されると、店賃と下肥を取り戻すためにむやみに店子を増やして怪しげな者も入れた。なかでも弥八という老人は群を抜いていた。その弥八が井原西鶴『西鶴置土産 巻二』を買ってくれと言ってきた。道で拾ったという。人気本にはなりそうもないが、買い上げることにした。弥八は暇な時に文字を教えてくれとも。意外や、本を読みたいとのこと。天気の悪い日に限り教えることになった。
そうこうするうち、地本問屋「南場屋六根堂」主人の主人、喜一郎が捕まった。小田切落首を貼り付けた張本人だと疑われたのだった。しかし、喜一郎を知る人間たちは、とてもそれを信じない。喜一郎は小心者で、そんなことができる人間ではない。江戸中の書物仲間が力を合わせて冤罪を訴え始めた。
ある日、おせんは、買い上げた西鶴置土産から、小田切落首の絵を描いた紙切れや、文字が移ってしまった部分を見つけた。書物仲間に協力を求めると、貸本や古本に同じようなものが多く見つかった。読んだ人間が、世間で騒がしくなっている小田切落首に関して、面白がって自分なりの絵を描いたり、文字を書いたりして、その紙を挟んで広めたり、あるいは本に落書きをしたりしたのだった。
では、それを一体、誰が始めたのか?どうやら弥八が高札に貼ったのがきっかけだったようである。弥八は湯屋の板の間稼ぎで食いつないでいた。西鶴の本も脱衣駕籠から盗んだものだった。現代のSNSでの拡散につながる一話でもある。喜一郎はその紙切れなどの証拠の品により、無事、釈放された。
2.往来絵巻
佐柄木与左衛門:佐柄木町名主、佐柄木町御雇祭世話人、家康の駿府時代から研職(とぎしょく)にあり、研屋触頭を命じられた名跡で、後に江戸に移り、姓と同じ佐柄木町の名主役を命じられた
平太夫(へいだゆう):本町(ほんちょう)地本問屋「妙見堂」主人、
河内屋茂兵衛:滝沢馬琴『椿説弓張月拾遺』の版元
清兵衛:佐柄木町の茶飯屋主人、祭で篠笛吹いた3人のうちの1人、死亡
すみ:清兵衛の妻、茶飯屋を別のところで細々と営む
安藤重右衛門:絵巻を描いた絵師、元服したばかりで13,4歳、定火消同心、後の歌川広重
「文化六年巳年神田祭佐柄木町御雇祭(さえきちょうおやといまつり)絵巻」
神田明神祭は隔年9月15日に行われる(負担増により山王祭との隔年開催に)。36の氏子山車番組町の出し物が祭りを盛り上げる。氏子町が出す山車に付随する仮装、造り物、歌舞音曲行列は「附祭(つけまつり)」と称され、城下はのみならず場内の御上覧場まで賑やかに練り歩く。
「御雇祭」は、御台所や大奥の所望を受けた練り物「品替(しながえ)」を出せる特別な附祭であり、その世話番町は氏子を除く町から1町だけ選ばれる。文化六年は佐柄木町だった。富くじに当たるよりも有り難いことだった。名主の与左衛門は世話人として、自分たちの行列を絵に残すことに。そして、ついに絵巻が出来上がった。一年ちかくかけた大作。新年には佐柄木町祭礼絵図も三枚組で出来上がる。
与左衛門宅で件の絵巻の開帳があり、多くの者が首をのばして眺めた。見事な出来だった。昨年の夏ごろから、妙見堂の平太夫に言って絵師を探させ、1年かけて完成させた大作だった。年が明ければ絵図の開帳もある。そんな中、見ていた味噌屋の指摘で判明した。子供狂言に従う底抜け屋台の囃子方が9人しか描かれていない。祭礼番附には10人と書かれている。
与左衛門が妙見堂に来て、絵師にあわせろ、なにが間違っているかは直接言う、とクレームを入れてきた。絵師は武士が副業でしていることもあり、それは無理だと主人は言うが、間違いがただされなければ金は払わないと与左衛門。もし、絵師が確かに当日は9人しかいなかったと主張したらどうなるか?当日、なにかの事情で人数が違うことはよくあるが、芸人練子名前帳にある10人ひとりひとりに確認していけば判明することである。クレームのときに居合わせたおせんがそれをすることになった。
描かれていないのは、篠笛を吹いた3人だった。2人しか描かれていない。おせんが訪ねると、茶飯屋の清兵衛が死亡していることが分かった。祭りが終わり、帰宅すると病気で寝ていた妻のすみが回復していて安心し、酒を飲み、いつものように長屋の屋根に寝転んで夕暮れの富士山を眺めていた。しかし、そこから落下し、下にある祠の供物台に頭をぶつけて死んでいるのが見つかった。
おせんは帰りがけ、近所の煙管屋から清兵衛の評判を聞く。祭りとなると好きな賭け事も釣りも目に入らなくなるほどの熱の入れようだった。と妻は言うが、煙管屋が言うには、祭りが近くなり囃子の稽古が始まると血が騒ぎ、普段より酒癖が悪くなって、おすみをひどくなじったというのこと。おすみは暴力を揮われ、女遊びの金まで内職でまかなったようだった。おすみは後家で、色気がある。
3人とも笛を吹いていたことが分かった。おせんは絵巻をじっくり見ていると、あることを見つけた。諏訪町に住む幼馴染みの登が野菜売たちとともに、相撲の力士と喧嘩をする様子が描かれていた。早速、登に詳細を聞いた。喧嘩のせいで、行列は夕日が沈みかけていたころに再開し、散開したのは日が暮れてからであることが判明した。夜なのに清兵衛が帰ってから富士山を見るなんてありえない。
おせんが、おすみの茶飯屋を張り込んでいると、楽しそうな顔の与左衛門が夕暮れ一番に来た。おせんが立ち塞がると、与左衛門とおすみがウロウロ、なにか特別な関係?おせんが白状をさせる。
清兵衛は祭りの前日に死んでいた。全日にテンションが上がって酒に酔い、廁へ行くときに雨での泥濘に滑って頭を打ち、おすみが気づいた時には既に遅い。そこに与左衛門が。前日なのに笛吹きが来ないからと呼びに来た。非常事態を知り、慌てて医師を連れて来たが死んでいた。祭りに一人が欠けるなど縁起が悪いとばかり、医師やあとの2人の笛吹きを買収し、黙らせて清兵衛は祭りに参加したように見せかけた。
与左衛門は奉行所からこってり搾られたが、体面を守ったことは評価された。世間も妻などのことが評価され、三枚絵はよく売れた。
しかし、おせんは心の中で思っている。本当はおすみが清兵衛との暮らしに堪えかねて頭を硬い物(石など)で殴って殺したのではないか。おすみに入れ込んでいる与左衛門も分かりながら後始末で協力したのではないか。
最後に、これを描いた絵師におせんは出会う。後の歌川広重であった。
3.まさかの身投げ
(大筒屋)
みすず:女将、還暦過ぎ
藤吉郎:燕ノ舎、大筒屋の亭主?、病気、絵師、2年前に江戸に戻ってきた
*常盤町、小料理屋、酌婦を囲う女郎屋でもある
善市:岡っ引き
(鈴屋)
新右衛門:鈴屋主人、燕ノ舎とは書画を通じた古なじみ
*京橋、水引屋、髪を結ぶ元結(もつとい)を扱っているが、水引や香油などの小間物も売る大店
(船宿奥川)
おしま:奥川の女房
吾平:主人、芸者の菊乃と心中?、南場屋六根堂の喜一郎とは俳句仲間だった、
喜作:一人息子、営業復活のために動き回っている
*三十間堀、紀伊国橋そばにある
菊乃:置屋「新八」所属、芝神明宮の芸者、
勝次:下男、薬種問屋「信濃屋」の使いをしている、
せんの得意先の一人である、船宿奥川のおしまのところへ。貴重な本を貸していて、火事を逃れたのでありがたかった。それを返してもらったが、おしまは元気がなくて続きの巻が読めないという。夫の吾平が死んで一月半。芸者の菊乃と川に飛び込んでの情死だった。その3ヶ月前、川開きで、酔った薬種問屋「信濃屋」の主人が船頭にからんだために吾平が止めに入り、最後は川に突き落としてしまったため、鑑札の差し止めを受けた。やけになり、1月半前に菊乃と川に身投げして御法度の情死をしてしまった。
一人息子の喜作は、鑑札を取り戻そうと川船役所などを駆けずりまわっていたが、二重にいけないことをしたため認めてくれない。そんな息子がおしまとおせんを前に言う。親父は心中なんかしていない、と。吾平はその数日前に菊乃を訪ねている。それまで菊乃に会ったことがなく、客でもなければ情を交わしているわけでもなかった。菊乃は病気で2年ほど仕事をしておらず、自宅で療養していたという。
吾作は、その3ヶ月前に信濃屋主人を川に落としてしまったことを詫びたくて、いい仲だった信濃屋主人を紹介してもらおうとしていたのだった。ところが、信濃屋は川船役所の担当者に金を出して鑑札差し止めを行い、それでも腹の虫が治まらなかったのでとうとう吾平たちを殺したのだろう、と喜作は推測していた。それを聞いた母親のおしまは否定。商売人だから役人に金を渡すことはするかもしれないが、あの人は人を殺すような人ではない、と。
おせんが菊乃が住んでいたところを訪ねて近所の人に聞いたが、菊乃の評判は悪くなかった。そして、2人が飛び込んだところを見ていた人はいなかったことも判明した。吾平が死んだのは、新堀川にかかる金杉橋、日本橋から1里あたりだった。
後日、真実が判明した。岡っ引きの善市が巾着切りを捕まえた。金杉橋の下に暮らす物乞いだった。あの日、男女が橋の上で話をしていたので、近づいて男から紙入れを掏った。取り押さえられそうになったので、女に体当たりをして川に突き落とした。男は女を助けようと川に飛び込んだ。そして、2人とも死んだということだった。
ところで、おせんはある日、大筒屋の2階に住む絵師の藤吉郎(燕ノ舎)から使いを頼まれる。水引屋「鈴屋」主人の新右衛門に6両を届けてくれという。2人は書画を通じた古なじみだった。ことのおこりは、燕ノ舎が2年ぶりに江戸に戻ってきた。鈴屋は彼に仕事を頼んだ。病気で指が満足に動かせなかったから、普通なら断るところだが、昔、散々世話になった仲だから受けた。前金で4両、新右衛門は渡した。ところが、ちっとも絵が描けない。申し訳ないから4両を返した。すると、もう1両プラスして5両渡した。今度は6両にして返す。それを言付かったのであった。
このやりとりは続き、とうとう20両にまで膨らんだ。町でも話題になり、おせんはこのお金は大丈夫だったが、自分の巾着は掏られてしまった。
源蔵:参和、唐来参和(とうらいさんな)の『莫切自根金生木(きるなのねからかねのなるき)』=黄表紙。
4.みつぞろえ
隈八十(くまやそ):摺物読物板木売買の売り子
新吉:乗泉寺長屋、植木屋に勤める、植木徳松で修行したが中途半端に辞めた、今の勤め先は植木徳松の弟弟子
お糸:妻、実家は植木徳松(上野谷中)
ゆき:娘、生後六ヶ月
せん:飲み屋「まるふく」で会う女、25歳
新吉は谷中の植木徳松に弟子入りしていたが、仕事はあまり熱心ではなく、徳松も跡をつがせるのを諦めていたが、ある日、娘のお糸と駆け落ちをしてしまった。勘当したが、お糸の母親とは連絡を取り合っていた。父親も勘当はしたものの、自分の弟弟子の植木屋にたのんで新吉を雇ってもらっている。しかし、新吉は相変わらず仕事に身が入らず、酒や煙草にひたっている。娘のゆきがまだ小さい、苛立つお糸が内職で支える。
新吉はゆきが生まれて3月のとき、糸とつまらぬことで喧嘩した。居酒屋「まるふく」に吞みに行くと、せんという女と出会い、仲良く話をする関係になり、いつの間にか惚れてしまった。せんは梅鉢屋という貸本屋だという。ただ、せんは家まで送ろうとしても断るし、一線を画しているところがある。新吉はこのところ、占いのばあさんに声を掛けられるようになった。女に注意、など。
『艶道東国聴聞集』は天、地、人の全3巻からなるが、天と地は写本もあって珍しい本ではないが、最後の「巻之人」は幻の本だった。それだけ読むと男女が旅に出るところから始まる普通の本だが、天、地、人と読み進むと、それはロシアを舞台にした話で、御禁制の書であり、これを持っているだけでも重罪となる代物だった。文人や絵師などが密かに大黒屋などの料理屋に集って回し読みしていた。
幻の巻之人があるという話を知った隈八十は、大黒屋の主人からそのありかを聞き出した。5年前、善市親分が情報をつかんで読書会中に踏み込んできた。仲間の一人がそれを持って裏口に逃げ、そこにいた新吉夫妻にそれを預けて逃げた。必ず返してくれよ、と言いつつ。
巻之人を入手して金にしたい隈八十、取り逃がしたものを取り上げたい善市。2人は新吉を狙う。妻のお糸は返しに行くことを新吉に相談するのだが、新吉は興味なく上の空。それより「まるふく」でよく会う女のことで頭がいっぱいだった。ついに実家に帰ってしまうお糸。
実は「まるふく」に現れた梅鉢屋せんは、偽者のおせんだった。善市親分の手下で色仕掛けで本を奪おうとしたのだった。そして、警告を出し続けていたのは本物のおせんだった。化けて警告を発していたのだった。
善市は越境しての捜査だったので、真実がバレたときに偽者のせんと姿をくらませていた。本物のおせんは、隈八十に対し、天と地をよこしなさい、3冊そろい、みつぞろえで読んでから、あんたに渡すから、と言った。ただし、変なところには売るなよ、とも。
お糸も娘をつれて帰って来ていた。こちらもみつぞろえとなった。
5.道楽本屋
せん:千太郎長屋の住人、12歳で身寄りを失う、平治の友でもある喜一郎に引き取られる予定だったが縁者の反発で破綻
平治:彫師、「後れ毛平治」、禁制物に関わったとして指まで折られ、妻の出奔後に自死
母親:平治処罰の後に男と家出
忠右衛門:長屋差配
佐兵衛:彫師、若い頃は平治を手伝っていた、今は須田町で弟子を2人取る
芳一:弟子の一人、通いの弟子
楽介:地本問屋「弁天堂」を三河町で経営する二代目、石岡某の本に対して類板の疑いありだとクレームをつけてきた、業版が悪い
この短編は、おせんが12歳で孤児になったころの話からスタートする。このまま当時の話が続くのかと思ったが、イントロだけにとどめ、現在のおせんの話に戻る。
おせんの父・平治は腕のいい彫師であり、おせんも出版のことや板木のことなどに親しんできたが、平治が禁制の書に関わったということで、板木削りに罰せられ、右手の指を折られてもう彫れなくなった。おせんの母も男と出奔、やけになった平治は酒にあけくれる。家財や仕事の道具も売り払って酒に。おせんが誰かの手伝いをして小銭を稼ぐが、みそ汁に具も入れられない状態だった。少しでも仕事をしてくれたらいいのに、と思うが、破れ傘まで質に入れようというのか、持って出ていった。
佐兵衛という若い彫師が出てくる。平治が忙しいときに手伝いをしてくれた男であるが、落ちぶれた平治を心配して顔を出してくれる。しかし、破れ傘を持って出た日、とうとう平治は川に飛び込んで死んでしまう。傘は見つからなかった。孤児になってしまった、おせん。
物語は、今のおせんに。今回の事件は、喜一郎が主人を務める地本問屋「南場屋六根堂」で起きた。新春に出すものがなくて困っていた喜一郎。彼が懇意にしている置屋の女将が、石岡頼豪(らいごう)という筆耕が手書きで『天岩戸天竺敵討前編』を仕上げたので、女将が入銀して町版にしてやりたいと言ってきた。普通、開板にいたるには、戯作者への筆耕料のほかに、彫師の板賃、摺り代や仕立て代、紙代など膨大な諸事掛かりが必要だが、今回のように戯作者本人から町版として売り出して欲しいと頼まれた場合は、戯作者への筆耕代が不要となる。そればかりか、元入の一切合切を戯作社側で出してもらうことができ、利益はすべて南場屋に入るという、願ったりかなったりの話だった。
彫師は、今や須田町で弟子を2人取っている佐兵衛が担当し、いい仕事をしてくれた。ところが、売り出し寸前に「類板」の疑いありで差し止めをくらってしまった。弁天堂という版元が「模倣」だとして横やりを入れてきたのだった。板木で本を開けば、その本に関わる板株(本を出版する権利)を手にいれることができる。それを別の本屋がそのまま同じ本を作り出すことは「重板」となって最も卑劣な行いとして処罰された。一方で、本の一部を抜き出したり、外題替えにより売り出したりすることを「類板」という。仲間行事が申し出に対して吟味する。
弁天堂は、真似された証拠として、本ではなく古い板木を提出していた。しかし、そこにはからくりがあった。おせんが探りを入れると、無名の本元であり、何でも屋の一つとして本を出している弁天堂は「相板」が異常に多い。類板騒動の結末は、たいてい和解であり、趣向を真似た方が金を支払って解決するのが手っ取り早いが、弁天堂の場合は相板を申し立てていたのである。今回もそうだった。南場屋が本の諸事掛かり一切を出し、板株だけは弁天堂と折半するというじょうけんだった。今回の件も、何らかの方法で事前に石岡某の本の内容を知り、古い板木をつくったに違いない、とおせんは睨んだ。
もちろん、弁天堂の楽介はそれを否定した。事前に内容を知るなんてできない、と。
真相はこうだった。佐兵衛の弟子の一人、芳一がアルバイトで挿絵の彫りをしたことが判明した。もちろん、許可なく彫るのは禁止である。おまけに、追加で金を出すからという条件につられ、佐兵衛がしている仕事の内容を漏らしてしまったのだった。なお、挿絵の彫りは、古い板木を削ってそこに彫ったものだったので、盗んだ内容をそれに彫れば、古い出版に使った板木のように見えるのだった。なお、道具は傘屋で調達した刃物を使用した。
一見落着したところで、今度は幼馴染みの登が登場し、平治が死んだ日の思い出を語った。あの日、登が野菜を売り歩いていると、傘屋から出て来た平治とばったりとあった。平治は傘屋に行き、小刀などを調達しようとしたらしいが、そんな情けないことをするなと断られたようだった。平治は仕事を復活させようとしていたようだった。雨が降り出した。平治は登に破れ傘を渡して去っていった。
平治の死についての真相は明かされなかった。この貸本屋おせんのシリーズが続いたところで、明かされるのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
人と種族の価値観の違いを認識させられて小説。
時代小説は、読むと現代はいかに自由であるか再認識させられます。
やはり、たまに読むことが大切だと感じました。
天馬の子は、馬で成り立っている村で生活している少女の話です。
生きるために何をするのか?、周りは同様に生きようともがいているのか?
生まれの家系で扱いが違う。あまりにも理不尽さを感じました。
でも、昔はそれが当たり前で常識だった。
僕らは現代に生まれていかに恵まれているのか。どんだけ贅沢の暮らしをしているのか。
「足るを知る」心が大切だと改めて感じますね。
傲慢になっている時には時代小説はいい教訓になりました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ夫の仇を討つために、義父と江戸へやってきた奈緒。医者である義父の手伝いをしながら、手掛かりを探すが。。。という話。杉江松恋さんが以前紹介していたので、気になっていた一冊。
突然悲劇を背負ってしまった2人が不憫だが、故郷を出奔してまで覚悟があったにせよ、受け身でしか行動を起こせなないことに、もどかしさを感じる。しかも義父の文二郎は、うすうす事情を分かっていたはずだし、他に何かやりようはなかったのか。平賀源内が裏の主人公ではあるが、彼と知り合ったのも偶然だったわけだし。仇を討つのか、それとも真相が知りたいのか、その心の持ちようが今一つで、奈緒の気持ちもフラフラと揺れ動くのも仕方がない。最後は大団円だったので、読後感は良かった。 -
Posted by ブクログ
南部藩の忍野村という寒村で生まれ育ち、馬の世話をすることを生きがいとする少女リュウの成長譚。日々の暮らしに精一杯で、天候に生死が左右される貧困、生まれ落ちた瞬間に生涯の道筋が決まってしまうという身分制、時に男性のもとで虐げられる女性という性……さまざまな理不尽をひとつひとつ見つめてゆく彼女の視線はどこまでも真っすぐだ。
その日その日を生きていく厳しさが切々と語られるからこそ、人も馬も、一つひとつの命の重さが光っている。そこでは日々、”命のやり取り”ともいうべきものが行われている。それは生きる者と死ぬ者という単なる二元論ではない。命をつないでゆくために、尊厳や、プライドや、信念を時には差し出さねばならない場面があり、その生々しさから目を背けることなくここまでむき出しにできる高瀬さんがすごいと思った。
私自身がいま生きている環境はリュウのそれとはまったく違うが、理不尽なことを吞み込まねばならない苦しさは痛いほどわかるし、それでもおかしいことにはおかしいと声をあげることの勇気をもらった。時代小説をここまで自分事として読めた経験ってあまりないように思う。現代の日本にこそ響いてほしい一冊だった。
前半がどうしても説明がちなので読み進めるのにやや苦労した。その割に、馬まわりの用語や制度はわかるようなわからないようなという感じで時々引っかかった。 -
Posted by ブクログ
『貸本屋おせん』のシリーズ二作目。全五話。
舞台は文化年間の江戸浅草。主人公は女手ひとつで貸本屋を営むおせん。
様々な厄介ごとに巻き込まれ、時には自ら首を突っ込んで 解決していくおせん。
もはや『貸本屋探偵おせん』だ。
どの話もよかったが第五話の「道楽本屋」では新参の悪徳本屋に おせんが啖呵を切る姿はカッコよく、しかし腕の良い彫師であった父が十二歳のおせんを残して川に身を投げた本当の理由がわかった時のおせんの気持ちを思うとなんとも やりきれなかった。
それにしてもこの時代 本を出版するということはなかなか大変そうだ。
地本問屋がいて おかかえの戯作者が草稿を書いて それを地本問屋仲間で吟味して問題なしと認められたら筆耕に清書を依頼して それを元に板木が彫られ摺り師に渡り…… と本当に多くの人が関わって本ができている。
そしてお上の目もある。
大変で窮屈そうだけれど なんだかとてもイイ。
本は この時代当たり前にあった身分を問わないからかな。 -
Posted by ブクログ
「貸本屋おせんシリーズ」第2弾。
「らくがき落首」「往来絵巻」「まさかの身投げ」「みつぞろえ」「道楽本屋」全5篇の連作短編集。
江戸の出版業界が窺い知れるこのシリーズ、金持ちは金持ちなりに、貧しいものは貧しいものなりに庶民が日々の楽しみとして書物に親しんでいる姿が生き生きと描かれる。
出版できない禁制本は古本屋が筆耕し密かに読みまわすとか、そうやってギリギリのところで庶民の文化が伝えられていたんだな〜感慨深い。
そしてこのシリーズの楽しみはなんといっても主人公・おせんのきっぷの良さ。その堂々たる啖呵の切りようには「よっ、梅せん!」と声をかけたくなるほど。
書き下ろしの最終章では14年前に自死したおせんの父・平治の死の真相が判明する。さいごの瞬間は父親ではなく、彫師として命を終えたとわかった時のおせんの心情が辛すぎる。
仕事への矜持ゆえだったんだろうけど、おせんの存在が最後の最後で父を引き留めるよすがにならなかったことが哀しい。
登とは相変わらず付かず離れず。シリーズが進む頃には何かしらの進展があるのか、そちらも楽しみ。