最初の星は最後の家のようだ
著者;太田愛
発行:2025年6月30日
光文社
初出:
『十月の子供たち』=「読楽」2024年5月号(徳間書店)
『サイレン』=「小説すばる」2015年7月号(集英社)
『夏を刈る』=「Jミステリー 2023FALL」(光文社文庫)
『鯉』=「Jミステリー 2022FALL」(光文社文庫)
『給水塔』=書き下ろし
『異界、異形の者をめぐる記憶』=「ユリイカ」1999年5月号(青土社)
5編の短篇小説と1編の短いエッセイ。最初の4編の短編はミステリーで、最も短い最後の1編は、ある小学生少女の話で、自らの体験談を語るような夏休みの物語。その背景となる体験は、最後のエッセイに書かれている。
著者は90年代に「ウルトラマンティガ」で脚本家デビューし、今も「相棒」などを手がけているが、2012年に小説家デビューし、ミステリー作家としても高い評価を得ている。脚本家だけに、本書の短編もプロットに長けていて、普通のミステリーにある最終場面でのドンデン返しが3回ぐらいあったりする。それだけに、じっくり読まないとよく分かりにくい面もある。
歴史学者の加藤陽子氏が、年末恒例の新聞書評「この3冊」でトップにあげていた1冊。氏も今年初めて知った作家らしいが、非常に高く評価しているので読んでみた。確かに素晴らしい書き手だと感じた。とくに最初の1編は、読者をあっと言わせるオチだった。
こんな話。
4人家族の話で、二卵性双生児の男の子の視点で書かれた物語。両親は、ときどき「びっくりキャンプ」に突然連れて行ってくれる(恐らく家周辺の森で)が、今回は、流星が窓から見えた時にそれが行われた。と思いきや、今回は家にあった秘密の地下室でのキャンプだった。非日常のわくわく感は一層盛り上がる。ここまでは楽しい家族の話かと思わせておきながら、やがて子供2人は追い詰められることになり、その謎がミステリータッチで明かされていくことになる。
地下室キャンプの初日が明けると、地面が大きく揺れ、自然災害だと言った両親は食糧確保に出たきり帰ってこない。食糧が尽き、子供2人が地上に出ると、なんと家がない!彼らが7歳の、10月のこと。これはまさに、2023年10月のイスラエルによるガザ侵攻のことをさしているものと思われる。和気藹々の家族物語と思いきや、パレスチナの惨状を語る短編小説なのである。
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(読書メモ、ネタ割れ)
一 遊戯室 「十月の子供たち」
父、母、わたし(女子)、僕の家族。
わたしと僕は二卵性双生児。7歳の10月に体験したことを綴る。
僕の視点で書かれた物語。
窓から流れ星が見えた夜、父と母が流星群を見るための「びっくりキャンプ」に連れて行ってくれることになった・・・と思ったら、いつもとちょっと違う。外へは行かず、家にある秘密の地下室へと通された。こんなところがあったのか!黒い板を外すと、僅かに外も見える。一家四人で過ごせる、ゲームもできる、わくわく気分。
その夜は、寝る。でも、父と母はイヤホンをしてPCで映画を見ている。彼らの体で遮られて画面は見えない。何の映画だろう・・・野球の音も聞こえた。
翌日、父はこの地下室にどれだけ滞在できるかの記録をつくろう、もっと居ようと提案した。僕はショッピングセンターに行って遊びたかったが、「わたし」が父に賛成をした。家族4人、地下室で食事をすると、大きな揺れ。炎が着いた蝋燭がみんな倒れた、電気も切れた。母は、食事の後でよかったわという。外の様子を見てきた父は、家の敷地角にある楡の木に雷が落ちて真二つ、自動車もそれに潰されたという。電気もとまる。父がリュックサックを背負い、宝探しと称して森へ。食糧を探しに行った。一度、一杯にして戻ってきた。
この家は、祖父の祖父が建てた。楡の木も植えた。祖父の祖父はあるところの王様で、臣下が反乱を起こして追われ、ここに逃げてひっそりと暮らしていた。だから、誰かに狙われているとも聞かされていた。根絶やしにやってくる、と。
父が帰ってこなくなった。今度は母がリュックサックを背負って出て行く。なかなか帰ってこない。板を外して隙間から外を覗いていると、リュックサックを一杯にした母親が帰ってきた。しかし、ヘッドライトをつけた車が来たのでリュックサックをその場に置いて森に逃げた。暫くすると、衣服がボロボロになった母親が森から連れ戻され、車に乗せられて連行されていく。
自分たちで食糧を探しに行くしかない、と2人は地上へ。すると、なんと家が破壊されてない。災害ではなかった。攻撃されたのだった。流星ではなく、戦争で何かが飛んで来たのだ、と分かった。10月だった。
その後、2人は親戚に引き取られ、別々に暮らした。暫くして、再会することに。でも、そこにいた「わたし」は死体だった。
二 中庭 「サイレン」
僕:大野
佳代子:妻
浩太:2人の子
裕美:浩太の妻
多美:僕の妹、生まれて半年で死亡
金田春市:文具店店主、50年経営、学校近く、妻を亡くしている
木村周平:知人(年下)、印刷屋で文選工、夏祭りの写真をくれた、坂の下の借家に母、弟、妹と暮らす、父は死亡
健二:周平の弟、小六
尚子:妹、小一
池田ハツエ:E棟の班長、
江原:同じE棟の住人
僕(大野)が金田さんの文具店でエクレアを食べ、金田さんがノートを大量にくれる場面から始まる。小学校の裏門近くで50年近く文具店を営んでいる金田さん。その後、回想をまじえた物語が始まる。僕が昔の夏祭りの写真を金田さんに見せる。金田さんは「キンを入れておけばよかった」と言う。
僕、佳代子、浩太と出てくる。あたかも3人が幼馴染みのように思えるが、段々と妻と息子であることが分かってくる展開。最初は浩太がいなくなった、と書かれている。転校かなと思いきや、息子が独立して離れていったという話。次にいなくなったのは佳代子だと書かれているので、この子も転校かと思ったら、妻が先に死んだという話。体調を崩して入院、8日後に逝ってしまった。離れて以来会っていなかった浩太が葬式には来てくれた。
僕は団地に家を買い、家族を持ってくらしてきた。その団地の様子がどんどん変わってきた。佳代子が死んでから、段々空き部屋が増えていた。最後に残ったのが僕の家であり、ここを出れば取り壊しになり、高層マンションになる。すでに、丘の麓にあった靴工場は取り壊されて建て売り住宅になり、浩太とアイスクリームを食べたヒロ屋は駐車場に。
団地では、人々が協力しあって暮らしていた。浩太の乳母車も他の人が使っていたものを団地がストックしていたもの。
団地では、午前7時、正午、午後5時に靴工場からのサイレンが鳴り響いた。初めて夏祭りが開かれたとき、午後5時のサイレンの後に花火が鳴り響いた。夏祭りには、父親を亡くした苦労人の木村周平君が幼い弟と妹を連れて来た。オリンパスペンで写真を撮ってくれた。小六の弟に小遣いを渡し、小一の妹と遊ばせていた。途中、声がするので行ってみると、妹が泣いている。小六の弟が妹の小遣い分まで籤引きで使ってしまっていた。できたばかりの金田文具店の出店でのがらがら抽選だった。一等賞がどうしても欲しくて自分で引いてしまった。
実は、4日間の夏祭りで、あまり早くに一等賞が出るといけないので、その日は金色の当籤球を入れてなかったのだった。キンを入れていなかった、のである。
50年後、僕はノートのページを全部球形に丸めて部屋いっぱいにした。一つに火をつけた。窓が吹き飛んだ。妻も友もみんな消えていった。団地もなくなる。サイレンが近づいてくる。きっと靴工場のサイレンだ、と思う。
三 舞踏室 「夏を刈る」
私:川野さよ→大島さよ、15歳、1968年中卒後、芦田家の住み込み女中(夜学の高校に通いながら)
芦田茉莉子:お嬢様、17歳、「さわられ者」と陰口
水絵:茉莉子の義姉、偉智彦と再婚、水商売していた、一児の母
偉智彦:水絵の夫、茉莉子の兄、博打で失敗、果樹の面倒を見る仕事、交通事故で死亡
武郎:芦田家当主、村の人たちからは「闇成金」と陰口を叩かれる
およし:近隣農家から来ている50歳ぐらいのおかみさん(女中)
結城聡介(そうすけ):68年の園遊会で屋敷に滞在、法科の書生で芦田東京屋敷にいる、茉莉子と恋仲になり園遊会で婚約披露する予定だった
おヨネ:隣町で煙草屋を営む、死んだ武郎の妻の付添婦をしていた、
僕:白石、とがいり日報記者
三木:さよの介護士、実は水絵の娘、三木はそれを知らない
物語は1968年、栂杁村の金持ち屋敷。
その約50年後、その屋敷の解体作業で枯れ枝から若い女性の白骨遺体が発見される。一人の新聞記者がそれを追っていた。
1968年8月、栂杁にある湖畔のホテル(芦田武郎がオーナー)で開催された園遊会には、各界の著名人を含めた人々が集まり、趣向を凝らした催しが開かれた。
さよは盆休みで帰省するはずだったが、家に居場所がない(継母とうまくいかない)ことを茉莉子にいうと、休みを与えられた上で屋敷においてくれたので園遊会のことも知っていた。ワンピースのおさがりをもらい、園遊会にも参加できることになった。
園遊会の前日、果樹園の見回りをし忘れたと偉智彦が言うと、武郎は激怒、明日の朝にしろと指示するも、演劇の練習で無理だと偉智彦。仕方なく聡介が車を運転して見回ることに。ところが、崖から落ちて死んでしまう。茉莉子は、兄が殺したと主張した。武郎は、茉莉子と聡介の子に跡を継がせる計画であり、そうなると仕事もろくにせず子もいない兄はいよいよ穀潰しになるからと、隣町の煙草屋のおヨネばあさんに兄が愚痴っていたことを根拠にした。方法は果物ナイフでタイヤをパンクさせた、帽子を被った兄がそれをしているのを自分は目撃した、と。
確かにおヨネにそう愚痴ってはいたが、パンクさせた時には演劇練習でアリバイがあり、果物ナイフも別のところから見つかり、その主張は否定された。ところが、聡介の初七日の夜に茉莉子は兄を植木鋏で刺して怪我をさせてしまう。精神科に入院させられ、精神分裂症と診断された。
今度は、兄が交通事故で死亡する。運転を誤って崖から落ちる。解剖させたが事件性はなく、純粋な事故だとされた。兄の通夜では茉莉子は振袖姿でウロウロする。多くの人が心の病を知るところとなる。それから二週間ほどしたころ、さよはこっそり荷物を最小限にまとめて屋敷を出ていった。大島家につかえ、やがてその後妻となる。
50年後、涸れ井戸から白骨遺体が発見され、新聞記者の白石が、さよを探し当てて訪ねてくる。さよは住み込みの介護士の世話になりつつ暮らしていた。家を出たのは、村人たちが「闇成金で汚く集めた金で建てた屋敷に住んでいると何かが起きる」と噂していたので恐ろしくなったためだった、とさよは言った。さよが家を出たところは、村人に目撃されていた。しかし、水絵は目撃されていないのに消息が分からない。水絵だって、舅(武郎)の介護と茉莉子の面倒を見なければいけないから出て行くはずである。
いろいろ話を聞いたが、白石はやはり聡介を殺したのは兄の偉智彦だと考えた。アリバイについては、共犯者が変装してタイヤに損傷させればいい。細い体形に帽子姿が目撃されているので、妻の水絵ならできる。妻が、いつも使っている果物ナイフが一時的にないと騒いで、やっぱり近くにあったとしたのも、それが持ち出されていないと見せかけるためだったのだろう。白石はそれをさよにぶつけてみた。すると、それだけじゃないと真相を話し始めた。
兄の本当の目的は、茉莉子を精神病へと追い込み、禁治産者とすることが目的だった。2人きりになったタイミングで茉莉子に対して、聡介は俺が殺したと告白し、わざと植木鋏できりつけさせた。これで完全に禁治産者に。当時存在した優生保護法により、本人の許可無く避妊手術が出来る。そうなると、相続権のある跡継ぎが産めない。偉智彦は水絵が置いてきた実子を養子にすれば、相続権が得られる。茉莉子は手術されていた。怒った茉莉子が水絵に対し、井戸に飛び込んで死ねと言った。さもなければ、お前の実子の命はない、と。どちらにしたいか選べ、と。
さよは心配になり、その場に戻っていた。そして、水絵が井戸に落ち、茉莉子が梯子で入って死亡を確認したという。つまり、白骨遺体は水絵ということになる。
なお、茉莉子はその後、20歳で死亡している。
白石は、本社からの情報で、白骨遺体を調べたところ、子供を産んだことがない女性だと判明したことを知っていた。だから、さよが嘘をついていると確信した。水絵は子供を生んでいる。そして、指摘する。あんたは水絵だろ、成り代わっているだろ、死んだのはさよか茉莉子しかあり得ない、と。
すると彼女は最後の告白をした。話を聞いていたさよは、あまりの怒りで水絵を突き落とそうとした。それを茉莉子が止めた。かわされた弾みでさよが井戸に落ちて死んだ。そして、水絵がさよに成り代わって生き抜いた。
今、介護士をしているのは、自分の実子。しかし、実子の方はそれを知らない。
*「オートメ女中」=電化製品を自由に使える女中で引く手あまただった
四 書斎 「鯉」
絢子:主人公
忠雄:双子兄の一人
有島博隆:有島家長男(伯父)、70歳、自損事故で障害あり、古美術評論家だった、(ジェンダーについて)考えが古い
絢子の父:名は出てこない、有島家次男
嘉子:絢子の伯母、工務店に嫁いでいる
朋子:叔母、本家で博隆と住んで世話をしていた、独身、死亡した、享年54
律子:嘉子の長女、絢子の3歳上
岩倉:弁護士
北原千晄:美術系出版社の社員(当時30歳ぐらい)、朋子や絢子と仲良しだった
沖野紘一:北原千晄と当時同僚だった、フリー編集者
絢子は外国に住み、タイに出張中だったが、仲のよかった朋子叔母が死んだ連絡を受けた。すぐには帰れなかったが、なんとか父親の本家に。本家の弁護士を長く勤めていた岩倉から、絢子に遺言状があるから来てくれといわれる。正しくは岩倉は引退しているので息子(弁護士)のところまで。ただし、今は出張中なので帰ってからにしてくれと。どんな内容だろうと絢子と両親は思った。叔母の部屋を探すと、30年ほど前に期限が切れている使い切りカメラが出てくる。未現像だった。知り合いに頼み、なんとか現像して復元してもらうと、2枚は女性だった。誰だか分からなかったが、嘉子伯母はそれが北原千晄だといい、絢子と朋子と仲良しだったけどお前は覚えていないわけないだろうと言う。
実は、絢子は中学生頃のある時期、記憶が抜けている。しかし、北原千晄のことを言われて段々思い出してきた。そして、ミステリータッチで当時のことを思い出していく。もっと思い出して解明すべく、北原千晄と出版社で同僚だった沖野紘一を探し出して話を聞いた。
嘉子伯母は北原千晄を嫌っていた。北原千晄は美術家だった有島博隆と仕事でよく接していたのだが、色目を使っている、結婚を企み、この家に入り込もうとしている、その時に小姑となる朋子をまず追い出そうとしている、と分析していた。
絢子は子供の頃からイジメを受けていて、毎日、悲しい思いで学校から帰った。そんな時、父親の実家である本家に行くと、朋子叔母とそこに来ていた北原千晄が優しく迎えてくれたので2人と仲良しだったのだった。
沖野によると、あの年の11月、北原は朋子と京都に旅行に行き、そのまま失踪している。土曜日に横浜を出て2泊したまでは同じだったが、月曜日に有島博隆が交通事故に遭い、朋子が横浜に戻ることに。北原も戻ると言ったが、朋子が止めた。北原の顔を見るとどうしても仕事のことを有島が考えてしまうから。北原は休暇を3日間取っていたので帰らず、さらに西へ向かうと言った。そのまま行方不明に。
カメラの最初の1枚は夜の高台寺だった。確かに京都に行っていたのだったが・・・
(2枚の女性は北原千晄)
ところが、2人は京都には行っていなかった。真相はこうだった。
朋子と千晄は愛し合っていて、2人はその日、駆け落ちをする予定だった。
博隆は男女について超保守的だから、許すはずがない。
2人は横浜駅で待ち合わせていた。絢子は真相を知らされないまま、朋子の旅行鞄を横浜駅の千晄に渡してくれと朋子から頼まれていた。届けに言ったが、そのまま渡すと何故か2人がいなくなってしまいそうな気がして、嘘をついてしまった。朋子は箱根の別荘にいますから、そちらに行ってください、と。
絢子は本家に戻った。すると、ちょっとしたボヤ騒ぎがあり、博隆が戻っていた。そして、朋子がいないと騒いでいる。絢子は咄嗟にまた嘘を言った。別荘に居ると思う、北原千晄も一緒だと思う、と。博隆は車を運転して別荘へ。すると、そこに朋子はおらず、北原千晄がいた。2人が愛し合っていることを告げられ、激怒した。女は子供が出来れば母性がくすぐられてそんな感情はなくなるんだ、と保守的な考えを吐き、力尽くで妊娠させようとした。北原千晄は逃げだし、ベランダから落ちた。
大変なことをしてしまったと錯乱状態で運転して横浜に戻ろうとした博隆は、自損事故を起こして重体となった。
朋子も別荘に。息も絶え絶えの北原千晄の最後の一言を聞きとげた。絢子ちゃんを守ってあげないと、と北原千晄は言い残した。
朋子はその言葉を守るべく、あくまで2人は京都に行ったことにして、高台寺に見える箱根の写真を撮影して残しておいたのだった。そして、そのまま別荘近くに病院に入院した博隆の面倒を見続けたのだった。
朋子が絢子に残したのは、その真相を書いた遺言状だったのだろう。
絢子は、自分が嘘をつかなければ、北原千晄は死ななかったし、博隆もあんな風にならなかった、と悔やむのだった。
五 階段 「給水塔」
凪央子(なおこ):主人公、小学生
彼女は、家の中に閉じ籠もり、外出が怖かった。しかし、ある日、外に出てみた。段々と解放感が出て来て、公園に行けるようになった。
高学年になると、ボス的にまでなった。友達を引き連れ、あるビルに侵入し、3階建ての屋上にある給水塔に友達と上って遊んでいた。給水塔は実質4階の高さ。その周りには扶壁があるが、北側だけは巾が狭くなっていて1周することは無理だった。少しでも膝を曲げたら体が外に出て落ちてしまう。だれもチャレンジしない。
犬が捨てられていた。4匹の子犬。みんな、給食のパンをあげたり、自分の小遣いでパンを買ってあげたりして可愛がっていたが、ある日、いなくなった。近所のおばさんが保健所に連れて行ったらしい。失望して、もう誰もそのビルに来なくなった。
一人になった凪央子は、膝を外側に向け(体を外側に向けて)、給水塔一周にチャレンジしてみた。うまくできた。以来、毎日行ってそれをするのが日課になった。怖いからやりたくないが、やらないと気が済まない。
夏休みの最後の宿題に写生が残った。用具を持って給水塔に出かけた。南側に座り、風景を描いた。遠くで雷鳴。段々と近づいてくる。でも、もう少し待てると確信し、ぎりぎりのところまで粘り、次は危ないと思ったところでビルの中に逃げ込んだ。その時、もう給水塔一周はしないだろうと思った。