<あらすじ>
「猫背の王子」の続編。しかし、単体でも勿論読める。
主人公・王寺ミチルは、人生の全てをかけた劇団を失い、共に劇団を運営していた片腕であり戦友の姫野トオルを失い、涙すら流れない世捨て人のような暮らしをしている。何の目的もなく絶望の中で生きているミチルの前にぼろぼろの羽をつけ俯きながら放浪
...続きを読むする天使の幻覚が表れる。徐々に天使の数は増え続けるが、しかし、天使は何をするわけでもない。ただ目の前に表れるだけだ。そのことを相談した木内雅野(ミチルの劇団のレビューを好意的に書いてくれていた雑誌記者)に紹介されたミュージカルの脚本書き、という仕事から逃げ出すためにとっさに口をついた「旅に出る」という言葉。そして偶然に出会ったミチルの熱狂的なファンから「いつか再び劇団を旗揚げしてほしい」と資金を渡され、何かから逃げるように彼女はあてのない旅に出る。天使を葬るために、芝居から逃げる為に、ヨーロッパを彷徨うミチルに、再興は訪れるのか...。
<感想>
終始、この中で描かれるのは圧倒的な「喪失感」だ。もう取り返しのつかない、どうすることもできないほどの喪失感に主人公ミチルは囚われている。その喪失とは、劇団の解散であり、トオルの不在に起因している。前作「猫背の王子」を読んでから本書を読むと、まるで同一人物とは思えないほどに憔悴しきったミチルの姿に驚く。ここで彼女にしか見えない天使が表れる。と書くと、まるで陳腐なファンタジーのようだが、しかし、天使たちは数を増やしても何の救いにもならない。気が滅入るだけなのだ。
そんな身動きのできない怯えきった主人公の前に表れる脇役達が、今回は非常に興味深い。やさしかったり突き放したり、でも底ではミチルへの愛が感じられる雅野。又、ミュージカルプロデューサーの戸井美奈子。とくに、戸井美奈子の「こういう手合いはどの業界にもいる」ようないやらしい描き方は、秀逸。結局、全てに興味を失っていたミチルを長い旅へと(逃げ出す為とはいえ)出かけさせる程、虫酸の走る人物描写に成功している。ミチルが旅先で知り合う全ての脇役たち、とくに息子の死の原因を探るためバックパッカーをしている50代の女性、南啓子の存在も大きい。これら魅力的な脇役は、全体的に澱んで停滞したムードを吹き飛ばす程、リアルだ。この小説の元となる旅を実際に行ったという作者のリアルな視線を、そこには感じる。
そして、一度も表には出てこない姫野トオル。ミチルの「圧倒的な喪失感」を読者も共感を持って眺められる訳は、この「絶対に表に出てこない、もう一人の主人公」のせいだといえる。結局、トオルとの決着は長い旅をもってしてもついてはいない。ただ、幾ばくかの晴れやかな感情の上昇と、幻覚の天使達の消失によって、旅の終わりを気持ちよく受け入れることができる。私は、早く続編が読みたい。