清田隆之のレビュー一覧
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5月9日の朝日の記者コラム「多事奏論」にて著者が取り上げられていた。著者は2019年から同誌の「悩みのるつぼ」での回答者で評判を博しており、またその前から「桃山商事」というユニットで、恋バナ収集という名の女性からの相談を受けているうちに、現在はジェンダーやカルチャーや社会の問題についての相談を受けるユニットに変貌されているようだ。男性がジェンダーの問題を語ったり、フェミニズムを語ると、優等生的になるが、著者はそれを書籍の感想という形でソフトに包みながら、そして悩みながら吐露することで、男性自身の問題を語っている。そして現在がdoing(これも男性的なことだが)に偏っている世の中において、beinngの価値について、これもさまざまな引用で語る。コロナを経て、世の中はさまざまな問題に気づ気、大きなものとしては、ケアへの気づきだったと思うが、ケア中心の世界を目指す流れと、これまでの流れを「強引に」進める流れが、股裂き状態のようになっている。現在、我が国の首相は憲政初の女性であるが、いまのこの状況だから生まれたとも言えるかもしれない、ただその方向性は時代の逆流でしかなく、今後、どのような方向で進むのか、とかいうことを脈絡もなく本書を読んで思いついた。
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雑談ユニット『桃山商事』の清田隆之さんのエッセイ。2020年~2024年に清田氏が書いたものをまとめた1冊になっている。
この目まぐるしく変わり、どんどん厳しくなる社会とそこで育児や仕事や個人であることに悩んだり、苦しんだりしながらも、時に本やドラマに心を震わせながら、社会とそこに生きる自分を見つめたもので、とても読み応えがあるものだった
過去の加害された経験や能力主義的な価値を内面化して、自縄自縛に陥っていたことを振り返る文章は清田さんの声で届くようで、それはたしかに清田さんが思い悩んだから書けた文章なのがわかって、ところどころ泣きそうになってしまった
それぐらい切実な語りだった。システヘテロで高学歴の部類で、配偶者も子どももいて、清田さんはマジョリティと言われる属性を持っているが、だからこそより弱い人たちが虐げられるような社会でどう生きていくべきか、何を考えるべきか、そのためには何が必要かを示すロールモデルのひとつでもあるように思う。男性のこういう痛切な語りがもっとなされるといいなと思う -
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恋愛相談を中心とする桃山商事で活動する著者清田隆之さんが、コロナ禍の3年間の生活を中心にしたジェンダーに関するモヤモヤを綴ります。また、過去の恋愛経験等をふり返り赤裸々に告白し、ジェンダー課題を学んだからこそ振り返り、内省するエッセーです。
第1章では、「男」について考え抜き。第2章では、コロナ禍と双子育児と生活の限界。第3章では、ルッキズムの呪縛とエンタメによる癒やし。第4章では、心を開いて、清田くんでは、暴力とコミュニケーションが紙一重の領域で傷つく男性たちを、自信の苦しみと重ねて表現します。おしゃべりを通じて言語化していくなかで、ジェンダー問題を可視化し、日本国憲法の個の尊厳の重要性、日本国憲法と実社会の矛盾についても指摘する。これまで出版された清田さんの書籍だったら、答えは読者に委ねるふわふわした表現が、今回はきちんと自己主張する清田さんの成長も見逃せない。 -
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ネタバレ自分の考え
喧嘩するほど仲が良い、という言葉に違和感があった。自分はどちらかといえば親しい人でも戯れ合いに近い喧嘩はしてこなかったから。この格言の「ほど」という言葉に引っ掛かりがあるのだと気がついた。つまり喧嘩する者としない者の比較であり、喧嘩する者の方が上であるという言外の感覚に違和感を感じていたのだとわかった。自分の周りでこの言葉を言う人は大抵やんちゃなカップルが多かった印象で、その人たちの見下した感じがこの言葉には含まれている。
そういうコミュニケーションを取るかどうかは社会的な関係によって左右される、つまり、常に競争を求められる社会ではイジリやからかいによって笑いと同時にポジショニングが行われる。そういう文脈でこの言葉は使われるのだとわかった。自分は競争しない関係、そういうものを必要としなくても別のコミュニケーションが取れる人なのだとこの本を読んで肯定された気がした。
多様性が今後より認められると、どの分野でもマイノリティであった人は抑圧から解放されるが組織は維持できなくなるだろう。
もうそうなり始めている。だから個人的な仕事にシフトしていく必要がある。
男って〇〇だよね。といった類の言葉が癇に障るのは男を一括りにして個人として見ていないからだとわかった。
人間はそれが問題であるとしても、それを利用することで優位になれるものであれば、積極的に否定はしない。だから男性がフェミニズムについて語ることは立場が弱い。なぜなら何を言っても保身になってしまうから。ただ女性がフェミニズムを語りすぎるのも自己主張ばかりしているように見えるから、男女の分断は進む。
第1章
仮性包茎は加害者にも被害者にもなり得る。
身体のケアをする男はナルシストみたいな呪いが根強くある。
感覚をにぶらせることと男性間の競争関係はセット。
第2章
インセル
自分の容貌などのせいで恋愛相手が見つからず苦悩する男性のこと。
閉鎖的な空間ではひとつの規範だけが力を持ちやすい。重要なのはこの規範に従わなくても生きられるらしいと気づくこと。
権力を握っている人へのいじりは大事。それが風刺となって権力を持っているこの人が権威主義に至るのをせき止める効果がある。
からかう側とからかわれる側の関係が固定化してしまうのは問題。非対称性が生まれることでやられる側に未達の感覚が植え付けられてしまう。
ミソジニー
女嫌い
周囲の人を馬鹿にして「あいつらはバカだから自分と関わる価値がない」と自ら孤立を深めていく。これを自己孤立化と呼び、その背景には期待の未達成がある。本当はそうなりたい、そうなるはずだと思ってるのに実現できないために過剰な行動をとってしまう。
第3章
暴力を振るう人間の多くが被害者意識を持っている。自分はこんなにしているのに相手はしてくれないから暴力で教育したなど。
暴力を受けて育った子供が暴力をしないようになるには、暴力的ではない男性に出会っていた。
→多分暴力を辞められず自分が受けてきた暴力を自分の子供にもしてしまう人も、非暴力的な男性と出会っているはずで、そこから学び取れるか否かの差はなんなのか。関係の深さか、インテリジェンスか。
加害者が行方不明。頭が真っ白になって、気がついたらなどの言い訳はいずれの場合も暴力の原因を自分ではコントロールできない感情に帰属させる形となっている。これは責任を外部化している。
第4章
フィクションとして女性の目。
実在しない女性を相手に女性がどう思うかを思考の中心に置いてしまう。しかし、その女性とは誰なのか?大体は男性自身が自分の経験から作り出した偶像である。
女の子と接する時にどうしたらよい?という質問自体が女性を個人として扱っていない、劣位でみているということ。
自分は相手のことを完全にはわかっていないと意識し続けること。相手にとって一番良いことは何か、私が最もよくわかっているという自覚は相手への支配にほかならない。
第5章
ミソジニーの男には、女好きが多い。
第6章
主語を大きくすれば批判された時に自分が傷つかない。
どうしてタメ口なんですか?と聞く。
正論ではなく、それダサいよという感情論が時に有効な時がある。
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大学入学に関して、ドキドキよりも不安が大きいタイプの人にはぜひオススメしたい1冊。
いきなりたくさんの知らない人に囲まれ、なんなら知らない土地でイチからスタートする人も多い、大学1年生。
友だちできるかなぁ、サークルなに入ろう、履修ってなんだーーー!!!
という人が、大学生活の予習をするにはもってこい。
そんな具体的な不安解消で始まったかと思えば、全編通して見ると、「大学時代に、自分という人間と向き合うこと」の大事さを伝えてくれる本でもある。
1年生でなくても、大学時代にモヤモヤ悩んでいる人には、たくさんのヒントがあるかも。
その「モヤモヤ悩む」のも、大学生の特権。
紹介されている本や映画、マンガも、時間のある学生時代に見ておきたい。 -
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『よかれと思ってやったのに――男たちの「失敗学」入門』を読んだ。読みたいなーと思っていたのにずっと読めていなかった。そういう本がたくさんある。
読みたい本を同時に読めるだけの自分の分身がほしいと思う頻度が高くなっている。
実際に出会ってやりとりをしたことがある男性、SNSなどネット見る男性の言動を見ていて「な、なぜ…!?」となることも多いので、なぜそういった行動になるのかそれらに行き着く思考回路ってどうなっているのかに興味があった。
読んでみると「それな!」「マジでそれ」「そうなんよ…」のオンパレードである。
この本はどんな本なのかというと『はじめに』のところで以下のように書いている。
”本書は、女性たちから聞いてきた「男に対する不満や疑問」の数々を紹介しながら、我々男性が抱える問題点について考えていくというものです。主に男性読者へ向け、「自分の内面を見つめ、”心の身だしなみチェック”」ができるメンズを一緒に目指しませんか?」という視点で描かれていますが、女性読者にも、男性の心理やs効果色を理解するための本として役立ててもらえると思っています。”
『よかれと思ってやったのに――男たちの「失敗学」入門』p8より
男性は「もしかして…」と思うのだろうか。もしくは「そんなことない!」と思うのだろうか。
後者の「そんなことない!」と思った人は責められているように感じるのだろうか。
実は何か提案を持ちかけられたときに「責められてる!?」と思って過剰なリアクションをとってしまう男性のことも取り上げられいるので「そんなことない!」と思ってしまった方にも読んでもらいたい。
女性は「あ~……」と思う部分も多いと思う。私はそうだった。
自分たちの気持ちを受容してもらっていると感じて、読んでいてもやもやが晴れた。
男性である清田さんがなぜ男性はこういう思考回路や行動になるのかを解説してくれているだけではなく、学者で男性やジェンダーのことについて研究している方の話も掲載されている。
女性と男性はわかりあえない、と絶望したくなるようなことも多いが清田さんや学者さんをはじめ真摯に取り組んでいる男性の姿に癒やされるし、励まされる。 -
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SNSで話題になっていて、編集者の澁谷知美さんの「日本の包茎-男たちの200年史(筑摩書房)」や清田隆之さんの「自慢話でも武勇伝でもない『一般男性』の話しから見えた生きづらさと男らしさのこと(扶桑社)」を読んでいたこともあり、共感することも多いだろうと思い、発売前に注文して読み込んだ。
編者の澁谷知美さんは、「はじめに」のなかで「ぜひ、会議に参加する気持ちで読んで下さい。賛成するところも反発するところもあるかもしれません。が、誰かが苦しんでいる社会よりも、誰もが自由で平等な社会がいいですよね。」と提起され、本書を読みつつも、自分も会議に参加している気持ちになって、考え、学び、そしてなにより自分のこれまでの思考、言動や行動を反省する機会にもなった。
「非モて」の苦しみ、マウンティング合戦、男のカラダ、男性優位社会など、編者2人が6人のゲストと語り合って見えてきた、男たちの「現在」と「これから」を多面的に語り合い、参考文献を紹介しつつ検証していきます。「男バキバキ脳からの脱却」の章で、「男性の中には『女性を征服した』感をセックスに求める人もいるわけですよね。」の指摘では、アダルト漫画やAVなど女性を支配する構図は、旧来から通底する男性優位社会の一端を言い当てた表現にドキッとした。「男性性と暴力」の章の「息子にスポーツを強要する父親たち」では、私自身が子どものスポーツに長年携わってきた経験からも、「親のエゴの押しつけ」や「勝利至上主義」など、私も含めたパートナーと子供たちの過去のスポーツへのかかわりを振り返る機会となった。マチズモ(男性優位社会)を見つめ直し、あらためてジェンダー平等を考える1冊として、是非多くの人に手に取って、お読み頂きたい。
なお、私が購読している雑誌に「明日の自由を守る若手弁護士の会共同代表の黒澤いつきさん」が以下の様な記述をされている。「トップ幹部が維持すべき人権感覚」と題して、(トップ幹部を含む管理者は)絶えず自分の権力性を意識しセルフチェックを怠らない」「『人権が尊重され一切のハラスメントがない職場』づくりは、(管理者を含む)トップ幹部にそうした深慮と高い人権感覚があってこそ可能です」とまとめている点は、本書を別の視点から共有する大切な指摘ではないか。 -
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前作の「さよなら俺たち」から2年、桃山商事として、女性のみならず男性の悩みにも寄り添い、10人の男性の生き方、生きづらさ、悩み、性癖などを紹介し、正論はかざさず、答えは読者に委ねる著者の優しさが染みる。本書の紹介される男性たちは、医療専門職から見れば、アダルトチルドレン、愛着障害、セックス依存、DVなど、様々な症状となるのかもしれない。事実、自ら医療専門職にアクセスしたことで自己認知つながった男性も紹介される。なかなか自分の悩みを言語化して自認することが難しい男性の一方で、「素直な言語化は気持ちいい」と表現できる男性も。男性として下駄を履かされて生きてきた男性性をふり返り、多様な生き方を模索するきっかけの書としてはどうだろうか。
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〈「キラキラ大学生」を目指していない系大学生のための手引〉
大学の新入生専門のマニュアル。
と言っても堅苦しくなく、あれをしろ!こうしろ!と指示しているわけでもなく、2人の著者自身の大学時代の黒歴史を晒しながら、大学ではこんなところに気をつけてねとエッセイ風に指南してくれます。
著者はお二人。
一人はトミヤマユキコさん。日本の文学研究者、ライターさんです。専門は少女マンガ、日本近現代文学。早稲田大学で助教を務めた後、現在は山形の東北芸術工科大学芸術学部文芸学科で講師をされています。著書に『少女マンガのブサイク女子考』などがあり、少女漫画を中心に研究されていますが、最初の著書は「パンケーキ」に関するものというユニークな経歴の方です。
もう一人は清田隆之さん。人々から「恋バナ」を聞き集めている「桃山商事」の代表を務めています。様々な人からの悩み相談に耳を傾け、それをコラムやラジオで紹介されている、こちらもユニークな経歴の方です。
まえがきにこう書かれています。
"本書は「学生生活に失敗したくないけど、キラキラ大学生になりたいワケでもない大学1年生」に向けて書かれた本です。"
この本はまさに地に足をつけて大学生活を送るための一冊です。
中学高校は、学校や教師側が用意した行事やイベントをこなすだけでなんとなく思い出ができます。
一方大学は、それよりもはるかに自由です。自分で講義を選び時間割を組み、部活やサークルに入るも自由、バイトに勤しむこともでき、夏休みは滅茶苦茶に長い……と自由度は一気に上がります。これまでは予め決められたスケジュールと同学年の集団(クラス)、教科書がありましたが、それらを自分で取捨選択することになります。もしくは大学生活を教えてくれる「教科書」そのものがない場合も、そして、それを事細かに教えてくれる人はいるとは限りません。
この本は、そのような世界に急に投げ込まれた大学新入生に向けて、陥りやすい失敗を混じえながら12ヶ月分のステップを紹介してくれます。
例えば「自分の居場所を複数化しよう」「(大学デビューでのキャラクターから)キャラリセットするタイミング」「『色恋だけではない男女関係』を築くためには」などがトピックとして挙げられています。
読みながら、自分自身の大学生活での過ち(黒歴史)を思い出しました。なんで人の話が聞けなかったんだろう。なんで正論を言えば相手のためになると思っていたんだろう。なんであんなに嫉妬にまみれていたんだろう、と。
筆者の二人は大学を「多様性」の場所として捉えています。真面目な学生もいれば、不真面目、ダメ、ちゃらんぽらんな学生もいる。色んな学生がいて、それを受け入れる許容感がある場所が大学であると言っています。
それは、お二人(特にトミヤマさん)が大学生活での失敗から立ち直れなかった学生を何人も見ているからこその思いだと感じました。
この本は「倒れてもいいじゃないか。そして立ち上がれなくてもしょうがない、匍匐前進でも前に進めればいいじゃない」と「転んだ先」のことも考えて応援してくれます。
個人的に、トミヤマさんの「初めてお付き合いする相手をつくるためにしていたこと」、そして清田さんの「大学生が陥りやすい恋愛の失敗、特に男子学生への厳しい言葉」は印象に残りました。社会人になっても同じような過ちをしている人は見かけているので、肝に命じておきたいです。
この本はで出てくる「次にやるべきタスク」を紹介してくれるものではありません(むしろこの本ではそのような"受験型モデル"の危険性も指摘しています)
ただ、この本には、大学生活という広大な土地のマップと「この先の洞窟には魔物が住んでいるんじゃ……」と重要な情報をそれとなく教えてくれるキャラクターの言葉が載っています。
コロナ禍もあり、新しい環境に飛び込む不安に更に不安が積み重なっている状況です。ですが、大学に入る方がこの本片手に大学生活をサバイブし、充実した生活を送れることを応援しています。