清田隆之のレビュー一覧
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・男はdoing 女はbeing
・human being としての多様性を認めること。
実績としてのdoingの根底にあるもの。
・説明したがる男たち。
・テレビ番組によるジェンダーの再生産。
・個人モデルと社会モデル。熊谷晋一郎
社会が個人に合わせること。バリアフリーも、生理も。
・自民党は、個人ではなく家族を最小単位とする国民を夢想した。それは天皇制の維持につながる、と。
・お茶をいっしょにする、で性欲の代替。
・性欲があると、女性とのコミュニケーションは誘導的になる。
・おっぱいパブ、はホモソーシャルの確認場所。
・what I am を意識すること。
・家事は、careである。自分以外の人への。
●日本の美意識は、emptyness。
欧米のsimple=ものと機能の最短距離を志向すること。
空洞があることで、コミュニケーションに余白がある。あらゆる解釈を受容できる。(原研哉)
けれど、そんなハイコンテクストなものではなく、
ぶつかり合いながら進む、ローコンテクストなものも必要なのではないか。
バラバラな個人が、バラバラなまま共存できること。
ズレを無視することは同調圧力になる。
「私たちはもしかしたら、すれ違ってすらないのかもしれない」
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借りたもの。
「男女あるある」を「男の目線から」丁寧に解説した良著。
読んでいて思ったのは、本のタイトル「良かれと思って」とは“相手を思いやって”という意味ではなく、“自分がそれで良いと思って”という意味だという事。
安っぽい心理学系の本でも男女のモノの捉え方に差があること――女性性に相当する共感、グレーゾーンを許容する傾向がない――ことは指摘されているが、それを丁寧に“言語化”することにこの本は重きを置いている。
世の男性たちに向けて代弁しているのか、その言語化によって気づかせようとしているのかは、私には判断しかねるけれども……
19種類の事例を挙げ、こうしたコミュニケーションに難ある男性に対して共通している事は、どれも主観(等身大の自分ではなく妄想の場合もある)で、共感と想像力に欠如していることだった。客観性に乏しいと言える。
ラクしたい、快感だけを味わいたい、失敗したくない、説明したくない……
それらを回避できる世界観に依存する問題…
すなわち男性だけの暗黙の了解――ホモソーシャル――の世界に留まっていることに警鐘を鳴らしている。
ゲイの話ではなく男子校的な男尊女卑、内輪ネタ的な世界のことだ。
そこは男だけの共通認識しかないため、居心地がいい。
その中にいる男たちの“女”は記号、物体でしかない。女性に人格や人権があることが消えている。
ポルノや二次元と同じ“消費するためのフィクションの女性”の感覚。
これをそのままホモソーシャルの外に持ち出しているようだった。
それを解消するのが女性をはじめとして他者に“共感すること”だが、この本では共感という言葉は使わず、図で相手と自分の領域が重なっている部分で表している。
そして19種類の男たちはその重なっている部分に踏み込んでいないことを指摘。
処方箋は「話し合い」だが、この本ではその前段階に留まる。何故なら個々人のケースバイケースだから。
男性がどういう思考回路をしているのかを文章化している点で面白かった。 -
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清田さんが、高校生の頃や大学生の頃の自分を振り返り、客観的にみて今の社会構造と結びつけて考えていることに、上から目線かもしれないが偉いなと思った。人は、誰かを傷つけたりした思い出などは、触れたくないし思い出したくもないのに。
でも、男性の清田さんだけでなく、女性である私も、似たようなことで人を傷つけてきたのではと、居心地の悪さを感じながら読んだ部分もある。
自分がかっこいいと思った人は全て恋愛対象としてみたり、男友達と仲良くなればすぐに恋愛と結びつけて、友達として信頼関係を深めようとかそんな発想がほとんどなかった。それによって傷つけたり、失礼なことをしてしまったことは、きっといっぱいあったし、同性の友達を嫌な気持ちにさせたこともたくさんあったはずだ。
それを思い出すととても嫌な気持ちになるけど、清田さんはそれを言語化して活字にしているのだからすごい。
著者は何度か、今の社会はbeingではなく、doingに人の価値を置いているという。私自身も、そんな風にしか自分を評価できなくなっていて、それが生きづらさなんだろうなと気付かされた。何もなし得ていない自分に、何も持っていないじゃんって思う。
ただ、ちびまる子の話は、ここ数年のまる子は、やたらといい話にされている。お母さんは優しいし、ひろしも娘思い。まる子以外にも、最近のアニメは、友情、家族愛、感動をやたらと強調する内容になっている。それももしかしたらdoingに偏っている傾向の一つなのかもしれない。
と、気付かされたことたくさんあった。私も本を読み、自分の感情や日常を言語化する訓練をしたいと思う。 -
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男性は〜、女性は〜、と主語を大きくするのはあまり好きじゃないしやらないようにしているけど、それでもどこかで無自覚的に「まぁ、男性だししょうがないか」とか「男だったらそれくらいやってくれても…」とか思ってしまうことはある。
結局は個人ベースの話にしないと余計な誤解や偏見を生んでしまうだけだと思うけど、社会の構造上出来上がった差別意識や性差、いつの間にか刷り込まれた価値観に自覚することはとても大事なこと。
この本は男性ってこうだよね、何で?という女性から見た男性の「謎」「疑問」について論理的に説明されていてとても面白かった。そして、一部の章は男性という記述を女性に変えても通じそうなこともあったり、やっぱりそこかしこに偏見は溢れているんだなぁ…と思った。 -
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"ホモソーシャルの一番ダメなところって、女性を「女」という記号や集合でしか見ていないところなんですよ。"(p.152)
"よく持ち出されるのはレディースデーと女性専用車両の話ですよね。じゃ、わかったと。メンズデーも男性専用車両も作りましょう。その代わり給料は逆にしてもいいですか? 就職倍率も逆になったらどうなりますか? ってなったら焦り出すはずなのに、そこに想像が及ばない。それは結局、自分が男性であることで得をしているっていう意識がないからなんですよね。(p.155)"
"ハゲ以外にも、「チビ」とか「デブ」とか「マザコン」とか「足が遅い」とか、いろんな要素で男性たちはからかいや人格テストを仕掛けている。こうやって考えると「そんなもの相手にしなければいいのでは?」とも思うわけですが、それが存在証明に関わる行為である以上、簡単に離脱することができない。無視をすれば「逃げた」ということになってしまう。だからそのゲームに参入せざるを得ない。なかなか厄介な構造です。"(p.255) -
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自分に当てはまるものはごく一部でしたが、それ以外のものについても「あ~、わかる」というカンジで読み進めていましたから、ここに書かれているのと同じ”芽”は自分のなかにも確実に存在するのであろうと感じました。
それにしても人間の内側をここまで論理的に分析されている点、また文章表現としても的確な言葉を選び、読み手に正確に伝わるよう丁寧に書かれている点が素晴らしい一冊であると思います。
PART4でも書かれていますが、自分の内面をのぞき、自分の感情や考えたことを正直に言語化してゆくこと、これが大切な点であり、そういうスキルを身に付けたいですね。 -
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ネタバレ独身未婚中年男性(アロマンティックだがアセクシャルではない)の自分が読んでみました。
これは清田さんが悪いわけではないのですが、決定的に読者としての自分と清田さんの文章や考え方が合わないんだろうなということで星3つというか、例によって読み終わってモヤモヤしました。
ただ、結局この手の話は結論が出ないので、読者をモヤモヤさせることが目的である部分もあるはずなので、そういう意味では成功しているのかもしれません。
でもたぶん本当は、自分みたいなマイノリティがモヤモヤしたところで世間的には意味はなく、いわゆるマジョリティ男性がモヤモヤしてくれないと意味がないのですが、おそらくそういう人たちはこの本を読みません(笑)。
以前、論文かと思って清田さんの本を読んだらエッセイ、面食らったのですが、今回はエッセイとして読み始めたのでその点は問題なし。
でも、つくづく、清田さん論文書いてくれないかなと思う。
遠野遙さんの『破局』の紹介が面白かったです。読んでみようと思いました。
いろいろコンプラが厳しくなった昨今、男性によるあからさまな女性蔑視は減ってきているものの、内心本音はそういう人というのは減らないだろうなと思いました。
カツアゲを拒否したら殴られて、という話。自分は高校時代、カツアゲにあって2000円ほど取られましたが(ちょっと年上っぽい若い男2人に絡まれた)、これを読んで、2000円渡して怪我を免れたのは正解だったのかもしれないと30年以上前の話を思い出しました(親には、その行動は正解、怪我なくてよかったと言われた。自分としては、自分で稼いだわけではない、親からもらっているお金をそんな悪い連中に持って行かれるのはすごく悔しかったのだけれど)。
『射精責任』の本の話。自分は幸い就業していますが、妻子を養えるだけの給与をもらったことは一度もないので、避妊しない性交渉をしたことはありません。一方で、清田さんがこの本を書くにあたり取材した男性の中に「「ナマでさせてくれる=俺の子どもを妊娠する覚悟があるという認識で、そのことに興奮していた」と語ってくれた人もいた」といいます(p.124)。これは自分も思うので、結局、自分はそういう覚悟を持ってくれるように女性に思わせることができなかった、という烙印を押されたんだなと思うことがよくあります。それがゆえに、特に結婚難の時代にあっては、男にとって子どもがいるということは、そうしたハードルを超えた男の勲章となる時代となったのであり、結婚できない男性は辛い時代となったと日々痛感します。
「家父長制に傷つき、家父長制にしがみつく男たち」(p.198)という項目がありましたが、自分はまさに家父長制に傷つきつつ家父長制にしがみつく男なんだと思います。
「俺たちは「お茶」することができるだろうか?」(p.220)に関しては、これは割と自分はできています。類は友を呼ぶのか、酒がなくても大丈夫(もしくはお酒がダメ)な友達が多く、これは昔からやっています。若いときはお酒飲むのが楽しかったのですが(でも自分はお酒は弱い)、30歳頃から、お酒ある必要がないねと友人たちとお茶をすることも多くなりました。
が、社会人になってから、そういう間柄になる「友人」を作るのは難しいかなと思いました。大手フィットネスジムに5年ほど通っていますが、ジムでの友人は未だにできません。これ、女性だとジムでの友達ができるようなんですが(もっとも、表面上の付き合いも多い)、中年男性どうしが友達になることはよほどのこと、つまり相当なマッチョかコミュ力おばけでないと、なることはない気がします。
「もう誰かと恋愛することはないと思うけれど」(p.276)というのは、ある意味すごく羨ましいです。独身未婚中年男性の自分はまだ結婚を諦めてはいないのですが、稼得能力がないので、見合い結婚は難しいです。最初、見合い結婚できるかと思っていたのですが、こんな自分でも相手に愛着がないと、もしものときに相手のケアができないということに気づいて愕然としました。そこで、女性を好きになろうと努めてはいますが、日本では恋愛は若者の特権で、自分も基本的に中年の色恋は気持ち悪いと思っていた側面があり、中年男性は妻子を持って中性的になり安定している、という像を強力に内面化しているので、年齢不相応なことをしなくてはならないのがなかなか辛かったりします。「「俺じゃないんだな」という苦しみ」(p.279)もわりと最近体験して辛かったです。結局自分からすると、清田さんは妻子持ちのマイノリティ・強者男性・勝ち組なので、自分とはわかりあえないんだろうなと思いました・・・。
自分は早く「ときめきを諦めたい」(p.297)です。
なんだかんだいって清田さんの本に、期待せずとも新刊読んでしまうので、清田信者なのかもしれません(笑)。