東江一紀のレビュー一覧
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NHKの白熱教室を視聴した方が先の人間です。
そこからこの人面白い!と本書を読んだ他 iTunes U で動画視聴もしました。本に書かれていることはテレビで言っていたことほぼそのまま(元ネタだから当たり前か)、本よりも動画で彼が動いているのをぜひ見てほしいです。本があれば勉強はできるけど、講義でしかできないことを彼はやっているのではないでしょうか。内容としては日本だと中学~高校くらいだと思うので、こんな授業が日本の学校で行われれば良いのに!と思っています。
おかげさまで、お天気雨のときに誰よりも早く虹を見つけられるようになった気がします(笑)。学校の水道でも虹を作って遊びましたよ。 -
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『ライアーズ・ポーカー』『マネー・ボール』のマイケル・ルイスが、またしてもやってくれた。サブプライム問題によって引き起こされた金融システムの大混乱に乗じて見事に大金をせしめた 3人を描く、手に汗握る金融ノンフィクション。逆の立場から描かれたノンフィクション「リーマンショック・コンフィデンシャル」も昨年読んで面白かったが、それ以上の面白さで、ほとんど一気読み。
金融システムの崩壊で一儲けというと、人の不幸を飯の種にした酷い奴と聞こえるかもしれないが、実際には、投資銀行と彼らが発行する CDO (債券の寄せ集め)という巨大な化け物が、実はまやかしの存在でしかないことを見破って、それに賭けた男達(こういう莫迦なことをやるのは、いつも男だ)の熱い物語だ。 -
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合資会社を上場することの一番の効用は、財務上のリスクを株主に転嫁できることだ。言うまでもなく、株主だけの問題にはならない。ウォール街の投資銀行が大失敗をしでかせば、そのリスクは合衆国政府の問題になる。「深みにはまるまでは、レッセフェールだ」と、元CEO は喉の奥で小さく笑った。
マイケル・ルイスはこの壮大な物語を締めくくりとして、嘗て糾弾した旧ソロモンブラザーズのジョン・グッドフレンド元CEOとのランチのシーンを選んだ。彼がライアーズ・ポーカーで徹底的に糾弾した後も、金融資本主義は自己増殖を続け、遂に世界経済を破滅の淵に追いやることになった。
この壮大な賭けの相手方は誰なのか、本書を通して流れる一つのテーマである。バーリやアイズナーがサブプライムローンで仕組まれたCDOが破綻する側に賭けた時、相手方の投資銀行はそのポジションを他の投資家に売却したかのように見えた。実際、それが証券会社のビジネスモデルであり、AIG-FPのような無謀な投資家がいたからこそ初期の賭けは成り立っていた。しかしここでも金融資本主義の自己増殖の原則が働き、いつの間にか自らポジションを抱え込んでいた。彼らは高度なリスク管理モデルを持っていたはずだった。しかしそれは極めてナイーブな前提の上に成り立つ砂上の楼閣に過ぎなかったことを、筆者はメリルリンチの例を通じて描き出している。
あれから6年、国際金融規制強化の流れは今なお続く。規制・監督側はことある毎に「too big to fail」と呪文のように唱える。バーリやアイズナーは壮大な賭けに勝った。しかしその賭け金は結局のところ、アメリカ政府が負担したのではないか。その限りにおいて、マイケル・ルイスの長い旅は終わらないのだろう。最新作「フラッシュ・ボーイズ」を読むのが楽しみ。 -
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2008年のリーマン・ショックの際に巨額の空売りを仕掛け、空前の利益を上げた『金融アウトロー』の話です。登場人物が個性的なのと、著者の筆致のすばらしさに一気に読み終えてしまいました。
この本は以前からずっと読みたいと思っていました。そして昨日、1カ月かけてやっと読み終えました。いやぁ、すさまじい内容でした。
このノンフィクションで描かれている時代のころに僕は当時手がけていた自分の商売が破綻して、長い長い「蟄居生活」を送るハメになったのですが、まぁ、それはさておいて、株であれ商品であれ債券であれ為替であれ、市場と名のつくものに上げる下げる。いずれにせよ大きく動いたときには大きく損をした人と、その裏で巨額の利益を得た人間が必ずいるわけです。
ここに取り上げられている人間は2000年代に狂乱の宴を連想させるサブプライム・ローン及びCDSの活況が近いうちに破綻する、という考えに、基づいた三組の人間たちの戦いの記録です。
1組目は、「異端の株式アナリスト」、スティーブ・アイズマン。
2組目は個人投資家のジェイミー・マイとチャーリー・レドリーのコンビ。とその参謀を務めるベン・ポケット。
そして最後にアスペルガー症候群という病を抱える隻眼のバリュー投資家であるマイケル・バーリ。
この三者三様の戦いぶりがまさに『世界に対してケンカを売る』という行為そのもので、読んでいてゾクゾクさせられました。
特に、スティーブ・アイズマンの分析能力の冴えと、マイケル・バーリの顧客から『金を返せ』とすごまれてもCDSは必ず破綻するという信念に基づいて、本来だったら自分の専門外であるはずの債券市場に乗り込んですさまじいばかりのリスクを取り続けた姿には感動すら覚えました。
そして『リーマンショック』に端を発する世界経済の破綻。彼らは巨額の利益を手中にしましたが、それでハッピーエンドでした。チャンチャン。とは行かないところがこの本をすばらしいものにしています。
そして最後に作者が、かつての上司であるジョン・グッドフレンドと昼食を共にするシーンが書かれているのですが、この静かなシーンの中に、数十年にも及ぶ、狂乱の宴とその崩壊が、彼の下した決断によるものがその発端だったというくだりに、『ニンゲンの業』の深さを感じました。 -
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推薦理由:
本書は、マサチューセッツ工科大学物理学入門講座のウォルター・ルーウィン教授の講義を書籍化したものである。我々の日常生活から宇宙の彼方まで、様々な事象を物理学の理論で鮮やかに説明していくルーウィン教授の講義は美しく感動的で、原書のタイトル『FOR THE LOVE OF PHYSICS』の通り、物理学への愛が伝わってくる。紹介されている多くの実験が大変面白く、ウェブサイトで公開され世界中で人気がある。本書で物理学の楽しさに触れて欲しい。
内容の紹介、感想など:
物理学とは複雑な数式の集合のように思える。しかも、あのマサチューセッツ工科大学の物理学の講義なら、厳しい顔をした物理学者が、常人には理解不可能な数式と専門用語を並べ立てて、日常生活とは無縁に思える難しい事を述べているに違いない。そんなイメージを吹き飛ばすのが本書に書かれているウォルター・ルーウィン教授の講義だ。
ニュートンの法則の講義では、エレベーターの中で体重計に乗るという分かり易い例から宇宙船の中で宇宙飛行士が浮遊する無重力状態は自由落下状態なのだと説明し、圧力の講義ではストローで飲み物を吸い上げる仕組みや、シュノーケルを使って潜れる水深の限界などを解説して日頃注意も払わなかった重力や空気圧がこれらの日常的な事象に様々な影響を及ぼしている事に気付かせる。
特に彼の講義を魅力的なものにしているのは実験だ。ワイングラスの固有振動数の音をスピーカーから出してワイングラスを粉々に割って見せたり、自分の体を帯電させて蛍光管を発光させたり、エネルギー保存の法則を証明するために、15kgの鉄球の軌道上に自分の頭部を置くという命がけの事までする。このような実験を見せながらその結果を導く物理学の理論を説明していくのだから、面白くないはずがない。振り子の周期がおもりの重さにかかわりなく一定であることを証明する実験では、何と学生の前で天井から吊り下げられた振り子のおもりに乗って揺れてみせるのだ。本書の見返し部分にこの写真が載っている。
ルーウィン教授の講義からは、物理学に対する限りない愛と、それを学生に伝えようとする情熱が感じられる。理科系であろうとなかろうと、全ての人が興味を持たずにいられないルーウィン教授の講義を本書で体験して欲しい。
本書に載っているルーウィン教授の講義や数々の実験の多くをウェブサイトで観ることができる。URLが記載されているので、大物理学者が天井からぶら下がって揺れている様子を観てみよう。 -
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物理を知ってしまうと世界ががらりと違って見える。その楽しさを存分に伝えてくれる快著。
青空や夕焼けはなぜあのような色なのか?虹ができる仕組みは?といった身近な物理のほかに,力学,電磁気学,量子論といった物理の基本も楽しく紹介。自身の専門のX線天文学のあゆみについても語ってくれる。気球やX線観測衛星による研究ネタは一見あまり一般受けしなさそうだが,まったくそんなことはなく,実に興味深かった。
冒頭の自伝部分も読ませる。ナチス支配下のオランダでの生活,強制収容所での祖父母の死,フォン・ブラウンの活躍に対する複雑な心境,映画『ライフ・イズ・ビューティフル』への反感…。教授の人生が詰まった一冊。 -
Posted by ブクログ
ネタバレまだ上巻なので作品のできについての判断はできないけれど、あまりにも衒学過ぎてとっつきにくいにもほどがあると最初はうんざりした。
何しろ17世紀のイギリスの話で、第一章の語り手はイギリスに着いたばかりのヴェネツィアの若者。
多分本人による手記よりも会話は困難を極めただろうし、それに伴う勘違いのようなボタンの掛け違いもあっただろうし、文化の違いによるバイアスもかかっただろう。
何よりも、宗教の違いは大きい。
語り手は敬虔なカトリック教徒であり、英国は英国国教会を国教としている国。
日本人から見ると同じ神を信じているはずなのに、神に対する姿勢は全く違う。
”プロテスタントがよく聖書の引用をして競い合うのはどう考えても馬鹿ばかしいことだったし、場合によっては神への冒瀆に当たるのではないか、とさえ思っている。”
これと同じことをモンテーニュも『エセー』の中で書いていましたね。
さて、多少世間知らずなところがあるとはいえ、医学生として病人を見ると治療せずにはいられない好青年のマルコ・ダ・コーラの手記が第一章に当たる。
実家は裕福ではあるものの、信頼していた人にイギリスでの財産を横領され、それを取り返すべく野蛮な国イギリスにやってきたわけだけど、どこで誰に訴えていいのかもわからないし、手持ちの金も不如意の状態。
それでも、イギリス人の文化程度の低さも不衛生も我慢し、極力プライドを抑えてオックスフォードの学生としての人脈を広げようと努力を怠らない。
たとえ空回りをしようとも。
ふとしたことで一人の老女の治療をすることになるが、どう見ても手の施しようがない。
看病している娘のサラは顔はきれいでも性格は粗暴で、これ以上関わりたくないという思いと、輸血という新しい治療法を試してみたい気持ちとの間で揺れたコーラは、結局治療をすることで否応なく事件に巻き込まれていく。
オックスフォードの教師グローヴが、自宅の室内で誰かに毒殺された。
どういうわけか最初からサラが犯人であるといううわさが流れ、証拠も提出される。
サラは罪を認め絞首刑となり、一度は持ち直したサラの母も結局は命を喪ってしまう。
コーラはサラを火葬してやり、その母親の埋葬費も払ってイギリスを去り国へ帰ることにした。
そして二章に入ると、今度はコーラと何度か交流のあったジャック・プレストコットの手記となる。
なるほど、この本に4人の訳者がいるというのは、そういうことか。(全体が四章ある)
プレストコットは第一章では、オックスフォード大学の法学徒であり恩人を殺害しようとした罪で死刑を待つ囚人だった。
しかし、プレストコットはまず、コーラの手記には嘘があることを記す。
また、恣意的に記載されていないことのあることを指摘する。
自身の生い立ちを延々と書き連ね、それはそれで興味深いが、いったい私は何を読まされているのだ?と思った頃、プレストコットとサラの繫がりも明らかになる。
21世紀では考えられない関係性というしかない二人の因縁は、第一章でコーラが書いたようにサラの刑死という形で幕を下ろすのだけど、それで本当にいいのか?プレストコットよ。
グローヴの死の瞬間を立ち会ったプレストコットは、それについてあまり衝撃を受けていないようにも見え、少々メンタルが普通じゃないのかもしれないと思ったり。
この二人の手記は、それぞれに自分は善人であると思い、正しい行いをし、神に対して恥じることがないように書いていあるが、書かれている内容は必ずしも同じではない。
信用できる語り手なんて存在はない、というのがこのタイトル『指差す標識の事例』ってことなんだろうか。 -
Posted by ブクログ
17世紀のイギリスを舞台にした宗教と政争と策略をめぐる物語。4人の異なる男性(異邦人であるヴェネチアの商人、汚名を着せられ命を亡くした父親の名誉挽回に猛進する弁護士志望の若者、暗号を解く技能を使い自分も重要人物であると自負してやまない数学者、華々しい政治の舞台には縁遠いながら身分としてはジェントルマンである不器用な歴史学者)の手記で構成されていて、日本語訳はそれぞれ4人の翻訳者が担当したという凝った作品。ある出来事を別々の視点から語るという群像劇が好きなのでその点では楽しめましたが、世界史にも英国の歴史にも詳しくないので、実在の人物と史実をベースに架空の人物とフィクションを織り交ぜて良質な娯楽作品になっているものの、知識が足りずに(おそらくは)半分ほどしか理解していないのでは、という感触で申し訳ない気持ちです。読みながら芥川の『藪の中』を思い出していたら、役者あとがきにもそういう声があがっているがそれより『月長石』を挙げる方が妥当では、とありました。『月長石』も読んだと思うのですがそう言われてもあまりしっくりきませんでした。個人的には芥川と、夏目漱石の『こころ』の先生の独白を思い出しました。最後まで読むとある種のカタルシスが得られますが、そこに至るまでの長い道のりは自己愛に満ちた嫌な人物のひとりよがりな長口上を延々と聞かされるかのようで辟易しそうになったりもしましたが、そこを読み終えてこそ、4人目が語る事件後の話で気持ちがすっきりできたという面もあるように思いました。まだ記憶が残っているうちに再読したら、初見より楽しめるのではないかと思います。
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Posted by ブクログ
ネタバレ読み応えがあった。
語り手が変わるたびに意味が変わっていく出来事の連続で、主観が違うとこうも違うのかと。もちろんあえて真実を書いていない語り手も存在しているのだけど。2人目が1番手こずった。ちょっとどこまでが妄想なのか…。下巻に入ってからは割と一気に読めたかな。
手記ごとに訳者が違うも面白い。より一層、4人それぞれの視点、それぞれの物語へと入ってしまうので事実はさらにわからなくなっていく。
語り手が変わるたびに、ひっくり返されるミステリ。あまりこの時代の宗教戦争に詳しくないことが悔やまれたけれど…薔薇の名前を読んでみようと思う。