網野善彦のレビュー一覧
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封建制度の中では自由がなかったように語られるが、中世には移動の自由や年貢等の交渉の自由があったそうだ。また、本来、「自由」の語義は「専恣横暴な振舞」でマイナスな意味であったが、戦国時代から「他に拘束されない」というプラスの意味が含まれるようになったということを知った。また、中世の庶民は年貢が苦しく貧乏で苦しい生活だったイメージを持っていたが、中層でも資産を持っているという。漁村でも、今では想像しにくいが、海洋交通で遠くの場所と直接つながっており、貿易・貨幣経済が広範囲に広がっていたことが面白い。村の成り立ちを考える際には、西国の横のつながり、東国の縦のつながりという対比は興味深い。確かに、西国
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網野善彦氏(1928~2004年)は、日本中世史を専門とする歴史学者。文献史学を基礎として展開した独自の歴史観は「網野史観」とも呼ばれ、学術的には賛否両論があるものの、日本中世史研究に多大な影響を与えた。
本書は、1991年刊行の『日本の歴史をよみなおす』と1996年刊行の『続・日本の歴史をよみなおす』を併せて、2005年に文庫化されたもの。
網野中世史のポイントのひとつは「非人」である。日本の古代においては、奴隷と良民の区別と、ケガレに関わる人びととそれ以外の人びとの区別があった。「ケガレ」とは、人間と自然の均衡が崩れたときに、それによって人間社会の内部に起こる畏れや不安と結びついたもので、 -
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網野善彦 「 異形の王権 」 日本の中世史の本。中世史が こんなに人間的で 魅力的とは 思わなかった。
後醍醐天皇の異質性、後醍醐天皇が目指して国家、後醍醐天皇の衰退と非人など差別の関係など 面白かった
後醍醐天皇と 飛礫(つぶて) が印象に残った
渋沢敬三 「 絵巻物による日本常民生活絵引 」
*絵巻物を 歴史学、民俗学等の資料として読む〜画の意味
*絵巻物から個々の場面を抽出し模写する→身辺雑事に見える問題を歴史の対象とする→歴史学を命あるものにする
なぜ 蓑笠が非人、乞食の服装となったか
*蓑笠=一つの変相服装→神、まれびとの衣裳→蓑笠姿のまれびとは 妖怪となり〜乞食となった
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網野と鶴見という今は亡き二人の1993年の対談である。鶴見に引き出されて、網野の天皇制への主張の核がはっきりと示されている。内なる天皇制などとは言わず、生活の各層に潜む天皇制の在りようをつかまねばならないとする意志が明確である。平成が終わる今、以下の発言を記しておきたい。
「王は自分に独自の力があるから王なのではなくて、まわりが王と思うから王になれるのだ、といわれますけど、全くそうだと思うんです」「権力は社会の合意があって初めて維持し得るので、その合意が崩れるような事態が起こり、それを多数の人民が意志として表現したらあっという間に消し飛ぶと思うんです。人間は断じて力だけで押さえつけられているも -
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メモ:
日本の宴会の無礼講という考え方は、西洋では公的には失われている→キリスト教による社会統制が働いている
また、忘年会というのは一年間で元に戻るという日本人の時間意識を表している行事で、西洋ではそういうものはない→キリスト教は終末論
これらは、西洋で11世紀にキリスト教による意識の大転換が起こったことと無縁ではなく、これまで歴史学のものさしにされがちだった西洋の風習は、実は世界的に見れば特殊なあり方なのかもしれない
メモ2(p221)
"ヨーロッパがなぜ11世紀以降大きな変化を示したかというと、互酬の関係のなかで、お返しは天国でする、つまり死骸の救済というかたちでそれをいった -
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☆☆☆☆
この程度の深さで、日本の成り立ちから平安時代初期までを振り返れたこの一週間は貴重な時間だった。
「日本」という国の成り立ち、大陸(中国)や半島(朝鮮)との関係やその力関係による緊張感に影響される日本のありようは、昔に学んだ学校での歴史とは違った種類の知識を与えてくれた。
また、国の型ができ、その組織が作られ、複雑になっていく過程では、権力闘争が繰り返されていく。穏やかな時代の印象持っていた平城、平安時代においても、どの時代、どの国の歴史同様の血生臭い権力欲をみせられた。
この本が優れているのは「日本社会」の歴史を描いているところで、歴史のメインストリームに主眼が置かれてい -
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従来の、天皇と幕府の二重権力と農本主義に貫かれている日本史観を覆したというだけで、網野史観はスリリングだし、それだけで面白い。
その上、それぞれの時代のアウトローな存在たちに光を当てているのだから、学術書でありながらエンターテイメントの要素をはらんでいて、活劇を読むようにわくわくして読み進めた。
それが学術であれ、エンタメであれ、人の魂を揺さぶるものには、いつも無縁の原理が働いているという。
「無縁」というのは、現代的な意味での無縁とはちょっとちがう。
現代では「無縁仏」とか「無縁社会」とか、個人が社会の中で孤立している状態を指すのだが、網野史観による「無縁」の概念とは、「有縁」「有主 -