網野善彦のレビュー一覧
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面白かった。「日本」という国号ができたのは七世紀末だから、その前には「日本」も「日本人」も日本列島には存在していない。しかも、当初の「日本国」は日本列島の一部しか支配していない。日本国は明らかに東北と南九州とを侵略・征服して、百年をかけてようやく本州・四国・九州をほぼ支配下に入れたことを始めて知った。そうすると聖徳太子は日本人じゃなくなるのが論理的に必然なのだが、なかなかそうは思えない。ナショナリズムについて考えさせられる。対談相手の鶴見俊輔もめちゃくちゃいい。「真理とは方向である」という名言。真理はここに真理がある、という形ではなくて、ここじゃなかったの連続から見える真理がありそうな方向を探
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前半と後半でまったく評価が変わると思う。前半に関して言えば、中世の風俗についての豊富な記事については読むべき価値はあるが、著者の考えはあまりに理想に偏りにすぎていて賛同できかねる。女性や近世以降苛烈な差別の対象となった人々が、一種の聖性をもって迎えられていたとのことだったが、はっきりと好意的に接していたことがわかる資料が仏教関係からしか提示されていない。また、庸調が各地の農民主導で定められたような書き方をしているが、米が豊富にとれない地域もあるために朝廷側が調整した説が主流な上、参考資料の提示もない。かなり注意して読まなければならない資料である。
後半の「続」編については、まさに「日本の歴史を -
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その名の通り、教科書で学んだ日本史を読み直す本。
というよりも、やはり教科書で学ぶと、うまく納得いくように辻褄合わせなくてはならず、「日本は農業社会だ」と思う方が理解が楽になってしまうんだろうね、と。
以下、簡単にまとめ
文字→日本の識字率は高い。そこに国家が上から被さるように文書至上主義を貫いた。だからこそ今の漢字中心の文体がある。
貨幣と経済→物々交換で成り立っていた社会とは別の文脈。商業者は神の直属民だった。
畏怖と差別→職能としての畏怖。しかし、人間がコントロールできる範囲が増えたことで、差別へ。
女性→律令とは離れた文脈の存在。実は商業者として、大きな存在だったケースもある?
日 -
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「穢れ」というキーワードは民族学っぽい文脈の本ではよく出てくるが、ここで描かれるケガレ、差別のとらえ方がとても腹落ちする。
他文字や商業、女性、天皇という視点を見ると、その多くが(この本が出版されてかなり経つにも関わらず)一般的な理解とは離れている現実に少し驚く。
後段では、百姓=農民、というなんとなくの積み重ねで漠然と持っているイメージが覆った。
深く考える機会も少なく、なんとなくとらえていた過去の日本人の庶民像の解像度が上がった。
よく考えれば、百姓という言葉の漢字を一つ見ても、農民に限定してしまうことの方が不自然だなあと感じたり。 -
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時代は平安初期から鎌倉幕府の滅亡まで、中世の記述が随分詳しいが、鎌倉時代には仏教が興隆するなど社会の動きが激しかったのだろう。東西王権という言葉が度々使われているように、今我々が思っているほど天皇家の権威が絶対でなく、揺るがされていたことへの危機感が強かったと感じた。それは持明院統・花園天皇(後醍醐の直前の天皇)が「皇統が一統だから異姓に簒奪されることはないことは誤り、天皇家の土崩瓦解」を警告していたという驚きの言葉に現わされている。鎌倉幕府がなぜ東の王権を保っていたかの理由に、皇族の将軍が歴面と続いていた!そしてそれが思いのほか大きなインパクトであった。これは驚き、学校の日本史では全く教えら
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下巻では、建武の新政から江戸時代の初期までがあつかわれています。
中巻で示された、京都を中心とする「西の王権」と鎌倉を中心とする「東の王権」という枠組みは、室町時代に入って地域の分立の傾向が強まるとともに、それらの相互の結びつきも強くなり、多元性をうちに含みつつもしだいに「日本」という国民国家の基礎となっていく経緯がたどられています。同時に、経済社会の活発化がこうした歴史の方向性と軌を一にしていることについてもある程度立ち入った記述がなされており、著者が批判するような単一の色で塗りつぶされた「日本史」とは異なりながらも、多様性を統合するような「日本史」の見かたが示されています。
こうした「 -
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網野史観の入門書として相応しい一冊。
網野さんの歴史観の捉え方は様々だが、一般の読者には日本史への多様な視点を与えてくれることは確かだ。
百姓と呼ばれる人々の実態、室町時代の商業発展などをつぶさに見ていくことで、非農業国家としての日本を描きだす。
また、差別階級と認識されがちな非人は、天皇や寺社に使える聖なる存在であったことなど、マイノリティに新たな視点を提供してくれる。
歴史に多様な視点を持つことは、皇国史観やマルクス史観など画一的カルト的歴史観に陥らないために極めて有益である。
そして、また、多様性が尊ばれる現代にも相応しいだろう。 -
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中世の再発見
二人の中世史の巨人を招いた対談本。ワンピースに例える中カイドウとビッグマムの海賊同盟並みの二人。
贈与や宴会、市場などのテーマに関しての対談から、日本とヨーロッパの精神の基層をなす中世の人々の考え方を浮かび上がらせるとともに、11世紀頃を境に他の諸国と全く別の文化的習慣を持つに至ったヨーロッパの特殊性についても触れる。特に贈与ではマルセル・モースの贈与論を引いた上で、贈与や互酬関係において人々が繋がりを持っていたとされる。貨幣は貨幣を媒介にしてこれまで関わってこなかった人々と新たな関係性を取り成すとともに、中世の人々は貨幣の持つ呪術性についても信じていた。ゆえに、彼らは死者への -
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「ちくまプリマ―ブックス」から刊行された二冊の本をまとめて収録したもので、若い読者に向けて日本の歴史の新しい見かたをわかりやすく解説しています。いわゆる「網野史学」の入門書として読むことのできる本です。
著者は、「非人」と呼ばれて蔑視されてきた人びとについて、神の「奴婢」という見かたがあったことを掘り起こし、彼らが社会のなかで果たしてきた役割について考察をおこなっています。また、「百姓」を農民とみなす理解が、これまでの歴史研究のなかで抜きがたく存在していたことを批判し、彼らのなかに非農耕民が多く含まれていたことに注目しながら、農村を中心に置いて日本社会を均質的なものとしてとらえる常識的な見か