網野善彦のレビュー一覧
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[ 内容 ]
自律的に進展する社会と「国家」とのせめぎあいの前近代史を、社会の側からとらえなおす通史の続編。
近畿を中心とした貴族政権日本国―朝廷と、武人勢力によって樹立された東国王権。
この二つの王権の併存と葛藤のなかで展開する活力あふれる列島社会の姿を描く。
中巻は十~十四世紀前半、摂関政治から鎌倉幕府の崩壊まで。
[ 目次 ]
第6章 古代日本国の変質と地域勢力の胎動
第7章 東国王権の出現と王朝文化の変貌
第8章 東西の王権の併存と葛藤
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ -
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面白かった。「日本」という国号ができたのは七世紀末だから、その前には「日本」も「日本人」も日本列島には存在していない。しかも、当初の「日本国」は日本列島の一部しか支配していない。日本国は明らかに東北と南九州とを侵略・征服して、百年をかけてようやく本州・四国・九州をほぼ支配下に入れたことを始めて知った。そうすると聖徳太子は日本人じゃなくなるのが論理的に必然なのだが、なかなかそうは思えない。ナショナリズムについて考えさせられる。対談相手の鶴見俊輔もめちゃくちゃいい。「真理とは方向である」という名言。真理はここに真理がある、という形ではなくて、ここじゃなかったの連続から見える真理がありそうな方向を探
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時代は平安初期から鎌倉幕府の滅亡まで、中世の記述が随分詳しいが、鎌倉時代には仏教が興隆するなど社会の動きが激しかったのだろう。東西王権という言葉が度々使われているように、今我々が思っているほど天皇家の権威が絶対でなく、揺るがされていたことへの危機感が強かったと感じた。それは持明院統・花園天皇(後醍醐の直前の天皇)が「皇統が一統だから異姓に簒奪されることはないことは誤り、天皇家の土崩瓦解」を警告していたという驚きの言葉に現わされている。鎌倉幕府がなぜ東の王権を保っていたかの理由に、皇族の将軍が歴面と続いていた!そしてそれが思いのほか大きなインパクトであった。これは驚き、学校の日本史では全く教えら
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下巻では、建武の新政から江戸時代の初期までがあつかわれています。
中巻で示された、京都を中心とする「西の王権」と鎌倉を中心とする「東の王権」という枠組みは、室町時代に入って地域の分立の傾向が強まるとともに、それらの相互の結びつきも強くなり、多元性をうちに含みつつもしだいに「日本」という国民国家の基礎となっていく経緯がたどられています。同時に、経済社会の活発化がこうした歴史の方向性と軌を一にしていることについてもある程度立ち入った記述がなされており、著者が批判するような単一の色で塗りつぶされた「日本史」とは異なりながらも、多様性を統合するような「日本史」の見かたが示されています。
こうした「 -
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中世の再発見
二人の中世史の巨人を招いた対談本。ワンピースに例える中カイドウとビッグマムの海賊同盟並みの二人。
贈与や宴会、市場などのテーマに関しての対談から、日本とヨーロッパの精神の基層をなす中世の人々の考え方を浮かび上がらせるとともに、11世紀頃を境に他の諸国と全く別の文化的習慣を持つに至ったヨーロッパの特殊性についても触れる。特に贈与ではマルセル・モースの贈与論を引いた上で、贈与や互酬関係において人々が繋がりを持っていたとされる。貨幣は貨幣を媒介にしてこれまで関わってこなかった人々と新たな関係性を取り成すとともに、中世の人々は貨幣の持つ呪術性についても信じていた。ゆえに、彼らは死者への -
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封建制度の中では自由がなかったように語られるが、中世には移動の自由や年貢等の交渉の自由があったそうだ。また、本来、「自由」の語義は「専恣横暴な振舞」でマイナスな意味であったが、戦国時代から「他に拘束されない」というプラスの意味が含まれるようになったということを知った。また、中世の庶民は年貢が苦しく貧乏で苦しい生活だったイメージを持っていたが、中層でも資産を持っているという。漁村でも、今では想像しにくいが、海洋交通で遠くの場所と直接つながっており、貿易・貨幣経済が広範囲に広がっていたことが面白い。村の成り立ちを考える際には、西国の横のつながり、東国の縦のつながりという対比は興味深い。確かに、西国