長尾和宏のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ多数の著書のある長尾氏。
今になっては、もっと早くから、歩くことを見守れたら、、と。
なぜ、歩くことが認知症予防になるのか?
一口に認知症と言っても、原因性がいくつもあって、
それぞれに対して、なぜ歩くことが有効かを
大きめの文字で説明している。
主に認知症を疑ってる本人、または家族を対象にした文章で、
読みやすく配慮されている。
1日、5000歩で充分!朝夕20分程度、
そして日光に5〜7分程度当たる。
これだけで、症状が好変する。
また後編には歩くことだけでは飽き足らぬ方に、、と
社交ダンスを奨励!ただし、覚える能力が必要なので
始めるのは50〜60代、70〜80代では少々大変と。
体に不自由なところが出てきた人には、、、と、
テレビの体操を奨励。
これのいいところは座ってできる体操もあり、
見ながらできるところ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレガンは日々治療方法が更新されている分野で、
10年前のベストセラーを100%信じるのは
いささか無謀と言っています。
大学病院に勤務時、ガン治療を担当してて、
経験したことを踏まえて、町医者となった著者。
ガンに立ち向かうことは、患者さんのトータルペイン(全人的痛み)
を考えなければならない、と言っています。
心理的痛み
不安 うつ状態 恐れ 苛立ち 怒り 孤独感
身体的痛み
痛み 息苦しさ だるさ 動けないこと 日常生活の支援
社会的痛み
仕事上の問題 人間観的、経済的な問題 家庭内の問題 相続
魂の痛み(スピリチュアルペイン)
人生の意味 罪の意識 苦しみの意味死の恐怖 死生観に対する悩み
中身は、長尾氏と患者さんとの経験談を仮名を使い
物語的に、順序を追って説明しています。
患者さんの苦悩はもちろん、家族の苦悩も表現され、
多くの悩みが次々と患者さんはじめ家族に襲い掛かるのが
わかります。そこでかかりつけ医が、どういうアプローチで
向かい合い寄り添って立ち向かえば、より良い時間になるのか。
最後まで、悩みながらの記述。
思いが深ければ深いほど、正解はひとつではなくなるのです。
これも「認知症は歩く〜」と同様、全編読みやすい大きめの文字。
あっという間に読めますし、新しい情報があるのがいいと思います。 -
Posted by ブクログ
軽い文体でとても読みやすかった。
現時点の日本では平穏死は基本的に不可能、という認識が重要。
「延命治療は拒否してやるぞ〜」などとなんとな〜く考えているだけでは病院で死ぬことになる。
延命治療を受けないために出来ることを全てやっておく!くらいの覚悟がなければ平穏死は出来ない。
以前に立花隆の「臨死体験」という本を読んで、死が怖いものだとあまり思わなくなった。
(死について考えてみたい方にはお勧めの本です。)
将来必ず誰にでも訪れる死について口に出すことが不謹慎だとか、縁起でもないだとか、タブーだとかいう考え方が、私には薄い。
もう少し年を取ったら親と延命治療について話しておきたいと思っている。
しかし自分や家族の死が身近に無い今は平穏死がいいと思えるが、やはり実際に家族の死が間近に迫ると、そう簡単に割り切れないのかもしれない。
胃瘻を拒否し日々痩せ細っていく家族を、落ち着いて見守って行くことが出来るだろうか?
認知症終末期の父親の胃瘻処置について決断することが出来ず、「私は手を汚したくありません。先生が決めてください」と言い放った息子のエピソードには驚いた。
父親が死んだ時、医師が「手を汚した」結果だとでも言うのだろうか?理解できない人が世の中にはいるものだ。
著者のお医者さんはとても良い人だと思う。
しかしどうしても「私の看取りに皆さん大満足されてます!」という自画自賛になってしまうので(仕方ないことだし、全然嫌味のない内容ですが)、在宅で看取りをされたご遺族の体験談をまとめた本があると良いと思いました。 -
Posted by ブクログ
自称「普通の町医者」が、現代において、家で最期を迎えることがいかに難しいかを説明する本。ピンピンコロリを目指して元気に生きていたお年寄りが、軽度の不具合(転倒によるケガ等)をキッカケに病院でチューブに繋がれてしまい、急速に痴呆が進行し、植物人間になって無意味な延命治療の餌食になっているという。そして、ある程度高齢になって、あくまでも家で死にたいのなら、絶対に救急車を呼んではいけないし、家族にもその旨を徹底しておくべきだと説く。救急車を呼んで、いったん「処置」がとられてしまったら、家族がどれだけ懇願しても、医師が植物状態を解除することはない(それをやると、医師が「殺人罪」で捕まってしまう)。また、終末期には、麻薬を使った緩和医療を積極的に活用することを薦めている。
何だかおかしな世の中になっているなぁと思いつつ、自分がどのように死にたいのか、「死生観」をハッキリさせておく必要があると感じる。痛いのと苦しいのは絶対に嫌だけど、治るんなら治してほしいし…。(←こういうのが、一番苦しむことになるような気がする) -
Posted by ブクログ
ひっ迫した経済…その原因の一部の社会保障費。
社会保障費を減らすべく政府がたてた「安楽死制度」
しかし日本では安楽死は認められず、医者が自殺補助として罰せられる。
その法律を例外とした「安楽死特区」
フィクションだと笑っていられない、現在の日本の医療問題…少子高齢化問題…生涯独身率…孤独死…
先進国の中でもトップクラスの自殺国。
実際、安楽死制度がある国に渡米し、最後を迎える日本人もいる。
そんな安楽死を
医者の視点。
難病患者の視点。
末期がん患者の視点。
介護する人の視点。
痴呆患者の視点からみている作品。
現代社会に向き合った作品なのに…最後なんでおかしなことになったんだよ…
ハプニングなんていらないのに…
作者は安楽死反対なんだな…わたしはありだと思うけど。
死にたい。とかじゃなくて死ぬ自由を選べるって、気持ちが楽になると思うんだよな…
心配や絶望しかない未来でも、「いつでも死ねるんだよ」ってなったら楽になって少しは楽しくなると思う。
自殺推奨じゃないんだよ。
治らない難病とか、薬や医療器具で延命とか、ボケて自分が誰かすらわからなくなる…それを生きていると言えるのか。
そこの価値観は人それぞれだから、自分は生きる!大切な人の為に生きる!なら、それもよし。
でも逆もよしなんだよ。もう頑張った。これ以上は無理。大切なことは覚えたまま死にたい。
死を選べる自由っていいと思うんだけどなぁ…