馬上鷹将のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ瑞雲大賞、本選終盤。
華やかな賞レースのはずが、そこには「冷たい緊張」が張り詰めている。
焦点は三明亭からし。
勉強も落語もこなす器用さと辛口トーク、その歪みがどう芸になるのかが見どころになる。
師匠は破邪顕正を掲げ「落語とは儂である」と豪語する六代目三明亭円相。
理不尽な修業の果て、からしの俯瞰の才能に対して円相自身に共通するものを見出され、一門相伝の「三明亭の型」を授かる。
後半は、衰弱し何もかもそぎ落としたような阿良川あかねが舞台へ。
椿家正明に認められること、そして阿良川一生の条件「笑わせずに勝て」——二つの命題の先に何があるのか。
新作落語『猿まね』、『しわい屋』に加え、歌舞伎『義経千本桜』や世阿弥『花鏡』といった題材を踏まえ、芸の骨格そのものが浮かび上がる。
演目や古典が「知識」ではなく物語の芯として伝わってくるのも醍醐味。
勝つために何を捨て、捨てたうえで何を刻むのか——終盤のあかねの芸にぞくぞくする。 -
ネタバレ 購入済み
境地
噺だけに没入させられる、そんな感覚を覚えることがあるのだなぁ。
こんなのを見せられるともう佳境なのか、とも思うが、まだまだ先があるんだろうか? -
Posted by ブクログ
最初は分からなかった。
ヒカル、からしの高座が終わり、後は消化試合だと言うアカネを知らないスタッフ。
ヒカルもからしも成長した。
それぞれの師匠から落語を習って、自分の落語を見つけて挑んで来た。
そして次の高座に立つアカネも。
一生師匠に「笑わせるな」「笑わせずに勝て」と言われその答えをずっと探していたアカネ。
高座に立ったアカネを見た時、まだ答えを探している途中なのか?と不安に思った。
でも違った。
いつもより淡々と語られる噺。
これまでのアカネの噺とは全然違う高座。
でも客席からは笑いが漏れる。
漏れてもいいのだ。
普通の古典落語は、その噺を聞いただけで笑えるように出来ている。
笑わせるな=客席から笑いを出すな
だとてっきり思っていたけど違ったのだ。
語り手の癖をとことん消して、客席と一体になって、噺を聞いている客の呼吸に合わせて、客にその噺の情景を想像させる。噺をする自分自身は必要ない。
どれだけ存在感を消せるか。
自分を消して、客席が自分自身で想像した映像で噺を面白いと思い笑い出させる、それが一生師匠が求めていた答えなのだろう。
今まであった色んな人の凄さを描いた高座。
そのどれよりも地味だけど、これ程凄いのは中々無いだろうと思った時、評価が☆5に変わりました。
笑う客席とは裏腹に、袖でアカネの高座を聞くヒカルもからしは震えが止まらないのがとても印象的だった。 -
匿名
購入済みすごい!
ひかる様の本気見せてもらいました!
素晴らしかったです。
次はからしくんとあかねちゃんの番ですね!
次巻の展開も気になります!
お互いを高め合えるライバルの存在って最高ですね -
Posted by ブクログ
志ぐま一門が解体され、あかねが一生師匠預かりになり、早3年。
あかねはパリで修行をする毎日。
3年たった今、日本で注目されているのはあかねと肩を並べていたライバル2人、ひかるとからしである。
そんな状況に記者であるあかねのファンは嘆いていた。
「もしも 今阿良川あかねがいたならば」
気づけばそうパソコンに打ち込んでしまうほど。
そんな彼はなんとパリへと向かっていた。
そこで出会ったのは、
日本語で演目を行いながら背後に大きく字幕を写し落語を行っているあかねだった。
彼はあかねに縋る。また会えるよね?!落語続けてるんだよね!?記者としてじゃなく、1ファンとして…
そんな彼にあかねは笑う。
「また近々!」
って答えましたよと。
その言葉通り、舞台はまた日本に戻る。
3年の月日がたちあかねの事を知る前座見習いは少ない。
そんな中二つ名として高座にたつことになったあかねを見習い達はどう見るのか。
あかねの凄さを存分に味わえ! -
Posted by ブクログ
うらら師匠に先代の志ぐまとはなんだったんだ?と尋ねたあかね。
うらら師匠は語る。
先代志ぐま、まだ柏屋生禄だった時のこと。
ただのゴロツキだった2人は弟子入りを志願するが、断られる。その時に掛けられた言葉は、「志すのがこの仕事でいいのか」という言葉。
帰り道、イザコザを起こしたヤクザと出会い、彼が生禄に対し「落語の隊長」と言った理由を尋ねる。
それは戦時のこと。
激戦区に配置された毎日は地獄のような日々で何も見たくない、聞きたくない、そう思う日々ばかりだったけど、彼の語る落語だけは鮮明に聞こえた。
なんでこんな戦時中なのに平気なんだ、と尋ねたら
「楽しい時は笑う!悲しい時は泣く!落語家が人間やめたらお終いだろ?」
思わず胸を打たれた。
そんな話を聞いた2人はゴロツキから卒業し、生禄の元で住込みで見習い修行を始める事になった。
見習いになった。落語を覚えていった。しかしいつの間にか席に立たずに2年が過ぎた。
それは、ヤクザと揉めたゴロツキを高座に上げるなという生禄師匠のお師匠様である三禄からの命令であった。
師匠の命令は絶対。
2人が高座に上がることはない。
そう思っていた時、生禄に高座に出ても良いと告げられる。
三禄師匠も芸には目がないから、きっと大丈夫だ、と。
しかし三禄師匠に呼び出された生禄師匠は究極の決断を迫られる。
三禄を継ぐか
ゴロツキ2人を破門にするか
生禄師匠は少し考えてカラカラと笑う。
何が大事なのか、自分が何を大事にしているのか、ちゃんとわかっている人なんだと感じた。
志ぐま師匠は知っていた。知ってしまった。自ら破門してくれと頼んだ。生禄師匠のお陰で「人間になれた」と。
一生師匠は知らなかった。そして演目をやってから知った。
そして破門された3人は新しい名前を一門を作る。それが阿良川の始まりだった。
一生師匠は言う。
償わないと。一生かけて。
だからこそ、阿良川の真打は芸を極めし者であるのかもしれない。中途半端な阿良川はいらない。生禄師匠が掘り起こした阿良川一門は絶対的な存在である必要がある、と一生師匠は考えてるんじゃないかと感じた。
1巻通して先代との関わりを知れて話しがまたグッと深まった。今後、一生師匠と関わっていくことになるあかねや、他の師匠の元に預かりになった兄弟子達、ライバル、どのように化学変化していくのか楽しみである! -
Posted by ブクログ
二ツ目に昇格が決まっているあかねは、それに備えて色々と準備を行っていく。
昇格が決まり、本当に昇格するまでは半年ほどの時間がかかるものらしく、でも休んでいる暇は無い。揃えるものも多く、やることもいっぱい。
志ぐま師匠と一緒にそれを揃えていくあかね。まるで小学生の頃師匠と一緒に色んな所を巡っていた時のようで。
懐かしい。あの時はわからなかったけど、今なら分かることがある。
師匠は言葉だけじゃなく色んな事をあかねに教えていたんだなぁと思うと、師匠の愛を感じた。
そして天神町で行われる志ぐま師匠の独演会。そこには街中の人が集まる。志ぐま師匠がどれだけ街に街の人々に愛されているのかがわかる一時である。
そしてそんな師匠の演目を袖で初めて観ることになったあかね。
師匠の語る話は。
人情噺の志ぐまと言わしめたその実力とは。
かつて志ぐま師匠が行った高座の記事を記者は見つける。
見出しは”五百人殺しの志ぐま”。
記事の内容を読むと、その日会場では火災警報が鳴り響いた。警報は誤報であったが、係員は大混乱だろうと予想して急いでホールへ向かった。
しかし、そこで見たのは、警報が鳴り響く中志ぐま師匠の高座を聞き入っている観客の姿だった。
誤報だったから良かったものの、もし本当に火災が起こっていたならば……
”志ぐまの人情噺は人を殺せる”
記事の内容を理解して師匠の話を聞くと、ああこれは、引き込まれる。引き込まれるなんてものではない、これが人が語っている噺だと忘れて、その世界に入入り込んでしまう。
師匠、見事でした。