森山至貴のレビュー一覧
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大学の教員に、セクシュアルマイノリティについて学びたいならまずこれを読めと言われたので、この本を手に取った。
確かに、様々な専門用語についての説明はもちろんのこと、その用語の成立の背景が解説されているので、初心者でもわかりやすい。
また、日常会話でありがちな発言の問題点を丁寧に解説されているため、「初心者」でも読みやすい。筆者が述べているように、このような具体例の解説というよりかは、用語や背景の解説が中心である。この本はこれからセクシュアルマイノリティについての勉強を始めるための準備体操的な本であると感じる。だから大学の教員もこの本を推薦したのだろう。
セクシュアルマイノリティについてこれから学ぼうとする人、またはざっくりとセクシュアルマイノリティについて復習したい人にとってはとても効果的な本であると感じる。 -
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平成の頃はよく耳にしたけど、令和になってから「その言い方は良くない」と反発されるようになった言葉たちがいくつかある。
「友達にいるからわかるよ」「私には偏見ないんで」「傷ついたのもいい経験だったんじゃない?」
平成の価値観を生きてきた自分にとっては、「確かにもやっとするけど何がどうして良くないかは説明できない」言葉たちだった。
それらをひとつずつ取り上げて、著者が「他人がその言葉を不当だと判断するメカニズム」を丁寧に紐解いてくれる。
特に心に残ったのは「昔はこれが普通だったのに」「今はそういう時代じゃないからね」など、アップデートされた令和の価値観に反発する言葉たち。
自分もそうだが、平成の頃には馴染んでいた価値観を否定する人の言葉を聞くとき、「昔はそんなこと言ってなかったじゃん」と反論したくなる。しかしこの本を読んで、価値観がアップデートされるということは、過去に「誰かが不当に扱われる世の中であってはいけない」と気づいた人がいて、行動を重ねてきてからだ。その事実を見ないようにして、過去には許されてたのにという理由だけで自分を正当化しようとするのは、「価値観がアップデートできてない恥ずかしい自分を認めたくないから」である。
また、価値観のアップデートは「今の時代ではそういうのダメって思われちゃうから」という受け身の体制で行われてはいけない。それではいつまで経っても、「なぜ変わる必要があったのか」「誰が何を不当な扱いと考えて抗議したのか」を無視し続けてしまう。知性を持って行動できる人間として生きているのだから、世の中の価値観に受け身に合わせるのではなく、自分自身で納得できるまで考えなくてはいけないと感じた。 -
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なんていいタイトルなんだ。いつからフェミニストになったのか、いつフェミニズムに出会ったのか、ではなくインターネットでは揶揄や冷笑の単語となっている『フェミ』を使い、おなじみの風邪薬のキャッチコピーのようなリズム感でフックと軽快さを両立している。
タイトルの通りなのだが、この本にはあらゆる人がフェミニズムにいつ、どのようにして出会ったのかがリレーエッセイ形式でまとめられている。もちろんトランスジェンダーの書き手も、ノンバイナリーの書き手もいる。
フェミニズムとの出会いが劇的な人もいれば、ぬるっとじわっと出会っていたという人もいて、これはあらゆる人に語ってほしいテーマだと思ったし、私も近いうちにまとめたいと思う。
どのエッセイも読み応えがあり、内容としてもおもしろかったのだが、武田砂鉄さんの”編集者はこの原稿を森喜朗や麻生太郎には依頼しないはずなので、”という一文がウィットに富んでいて痛快で笑ってしまった。
そういえばなんだかんだで武田砂鉄さんの著書はまだ読んでいない気がするので近いうちに読みたい。そしてこの感想を読んでくれたそこのあなたにも答えてほしい。
『あなたのフェミはどこから?』 -
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ネタバレまるで朝ドラ「虎に翼」の「はて?」というセリフのタイミングを集めたような本。
当たり前だと思っていたのに「あれ?おかしいかも?」と気づく場面。
様々な立場の方の寄稿が集まってて一つ一つ短い。軽そうで、全然軽くない。
この本にはフェミニズムというテーマだが、「弱さを認めて、差別を減らして、共に生きていく社会」みたいな風潮が感じられる。弱さを見つめるために、それぞれが自分の生い立ちを話している項が多い。
以下、ネタバレ
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鴻巣麻里香「脱抑圧の三代記」
p.69
「子どもがいるんだから、そんなに無理して働くことはないんじゃないか。一度仕事のペースを落として、子育てに専念したらどうだ」
言われたその場で号泣した。仕事を取り上げられることが怖かった。私から仕事を取り上げないでくれと、泣いた。そして腹が立った。同僚には子を持つ男性もいる。彼らがいくらプライベートを犠牲にして働いても、どれだけ不調をきたしても、飲みに誘って慰労するくらいで「子育てに専念したらどうか」とは言われない。なぜ私だけ、仕事を奪われなければならないのか。
あれ。もしかしてこれって、私が女だから?
p.70
・精神を病む女性の多くが経験している性被害
・DV被害者の圧倒的多数が女性であること
・ひとり親の大半が女性であり、多くが働いていながら、貧困率が非常に高いこと
・無職在宅の成人男性は「ひきこもり」として問題視されるのに、同じ状況で暮らす成人女性は「家事手伝い」という名が与えられアンタッチャブルなまま放置されること
・外国から、特にアジアから嫁いでくる女性がおしなべて若く、そして配偶者である日本人男性のほとんどが高齢であること
・望まない妊娠における男性の不在
・「毒親」とラベリングされる母親の影に隠れた、話を聞かない父親の存在
・「障害者の性」にまつわる議論から排除される女性障害者
p.70
環境への懐疑的な眼差しは、男性の優位性を何よりも脅かすものである。そして医療や福祉といった対人援助の組織は、マッチョ化しやすい。誰かが誰かを支援するという不均衡な関係は、支配に限りなく近いものであり、支援する側は無意識的に支配力を希求する。
星野概念「パワーのこと」
p.102
「負ける精神医療」の「負ける」は、精神医療の医療っぽい、権威的な側面を医療者が手放し、人としての側面への意識を強く持ち続けるという雰囲気をまとっているように感じます。一見、専門職性が薄くなるような負け感があるかもしれませんが、これこそが対人的かかわりの奥義なのではないかと思っています。
※「負ける精神医療」は精神科医・山本昌知先生の言葉
水上文「BLとフェミニズム」
p.116
いわゆる「女性向け」の物語において、少女たちはなぜこんなにも「男性から選ばれること」ばかりを夢見させられているのか。問いの全てはBLと共にあった。だからわたしにとってBLについて考えることは、世界について考えることと同義だった。大袈裟にすぎるようにきこえるかもしれないけれど、でも本当にそうだった。
金井冬樹「The powerless Do Have Power.」
p.123
社会が自分の味方をしてくれると感じている元気な男の子たち、そもそもそんなことを考えずに済む人たちとは、いずれ別の生き方をするのだろう、と。
このとき感じたこの感覚が、良くも悪くも僕の人生の核に近いところにあると今になって感じます。
(中略)
僕の大好きなパーソナル・ジンの魅力の一つは、多数の読者に読まれることを想定していないため、言いたいことを言える、つまりセーファースペースを確保した上で話ができることです。必然的に「話す相手を選ぶ話題だけれど、話さずにはいられないこと」が書かれる傾向が強く、それは、いつかの友達の笑っていいのかわからないジョークー傷ついてもやり過ごさなければならない時の、乾いた、怒りと苦しさと諦めがないまぜになったあのユーモアを思い起こさせ、勇気を与えてくれます。
※ジン(zine)個人や少人数による自主制作の出版物
p.124
男性にとってフェミニズムとの距離感は難しい面もあると思いますが、単に女性に対して反省を示したり感謝したり、女性を守ろうとすることではなく「男性も女性も、いずれかに当てはまらない人も、ジェンダーによる差別をうけない社会を目指すこと」や「階級や障害によるあらゆる差別のない社会を目指すこと」、つまり自分の今いる場所から差別をなくそうと努めることが、フェミニズムへの参加につながるのだと思います。
能町みね子「神はいないが」
p.154
私に神はいない。ずっとそう思っていた。今も思っている。
私はそういったものを幼い頃から徹底して持てず、何かを絶対的存在に捉えたり、すがる存在を持ち続けたりできる人のことをうらやましかった。 -
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多様な職業や様々な性自認を持つ19人が「あなたのフェミはどこから(はじまりましたか)?」の問いに対して、ナラティブに応えてくれる。個人的な生育歴や経験は多様でもどこかで共通する体験が語られ、フェミニズムとの出会いや現在の活動、到達点などを綴るリレーエッセイとなっている。1948年に定められた世界人権宣言の第1条は「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」と記載され、第1条のあとに「人間は、理性と良心を授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」と続く。○国ファーストと排外主義が飛び交う今日において、人権感覚を研ぎ澄まし、ジェンダー平等の視点で、フェミニズムを学ぶことは、人間としての良心を磨くことであり、自身のこれまでの生き方・考え方を内省する重要な機会と捉えるのは私だけだろうか?
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自身がフェミニズムに対して、ちゃんとつかまえることができていないからだと思うが、わかりやすく入ってきたのは、星野概念さんと武田砂鉄さんの文章。フェミニズムだけでなく、自分とは異なる人との対峙には、必ず客観性を忘れてはならない、という点はいつも思うことだし、そうすることで少しでも中に入り込むきっかけになるかもしれないのだと改めて思い返した。適度な距離と、想像力と、それを反芻する能力が高まることでお互いがもやもやせず、もう少し前を向いて生きていけるような雰囲気が作り出せそうな気もするが、それがなかなか難しいのだよな、と改めて思ってしまった。
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ネタバレだいすき!わたしのアナザー バイブルになった。(ひとつは、確実に、「なかよしビッチ生活」!)
下に書ききれなかった名言もたくさんあった。定期的に見返したい。
*第5章(「そんな未来はいらないし、私の不幸は私が決める 流動する身体、異性愛的ではない未来」)特にすき。
◯P258-59がすごくすき。「私の幸せも私の不幸も私が決める。」
あとクィア・テンポラリティ。これめちゃ自分と重なった。No future と思ってしまいがちなのは、やっぱり未来が異性愛規範に沿いすぎていて、そうでないものを想像し難いから。
最後のみね子の「不幸さ、不愉快さの絶対値が変わることはないですけど、かけがえのない自分の不幸なのだ、としっかり把握することで、他人からの評価にまどわされることはなくなりそうです。」。
→"かけがえのない自分の不幸" (感涙)
*最後の章(第6章 「出過ぎた真似」と「踏み外し」が世界を広げる 「みんな」なんて疑ってやる)もすごく好きだった。=個人的に尻上がりな本で読めば読むほどたのしかったし元気が湧いた。
◯P306-308
森山さん: 「私たちが持っている『みんな』っていうイメージって、全然みんなじゃなくて(略)、『みんな』から取りこぼされるものに向き合おうとするとき、クィアっていう言葉がそこにスローガンとしてあると思うんです。(略)『みんな』は拒絶されるかもしれないし、新しい『みんな』が生まれるのかもしれない。そういう動きこそがクィアなんですよね。」
みね子: 「(略)クィアっていう態度には、『そういうのやってらんねえわ』っていうスピリットがある。そうすると、全力で逃げるか、使いこなしてやるとか、いろんなある種、不真面目と言われかねないようなやり方を進んでやるっていうところがあるんですね。 そもそも、それが不真面目に見えるのは、制度がそれを不真面目だと規定しているからなので、その不真面目さみたいなものを、けっこう本気で真面目にやってみる。」
◯P316
「最初にまず自分たちを箱に入れない」→「クィアな姿勢は人を楽にしますね」by みね子
→ほんとうに!!! -
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たいへん勉強になりました
「新しいホモノーマティヴィティ」
=良き消費者としてふるまおうとする
「勝ち組」のセクシュアルマイノリティ それによる格差 既存の社会体制への迎合
以前読んだZINEで似たようなことが話題に上がっていたので、これを読んでさらに勉強になった
トランスジェンダーと治療の問題
じゃあ治療すれば? という言葉の残酷さ
治療と引き換えに画一的で永続的なアイデンティティを押し付けてしまう
直すべき障害でも病気でもない、という上でそのことに基づく苦痛のみを治療の対象とする
という2段階が必要
性のあり方と苦痛を切り分ける
てか渋谷区のパートナーシップ制度の登録にお金かかってたのはじめて知ったんですけど!? -
Posted by ブクログ
クィアは本来強烈な侮蔑の言葉。
それを逆手にとって、森山先生と能町さんがクィア・スタディーズを語り合う。
かなり踏み込んでいるから、LGBTなどのベースになる知識がなかったら読み進めるのが少し難しいかも。でもとても面白く意義深い対談なのでぜひ読んでほしい。
今まで思いもしなかったLGBTQ+だけでは片付けられないクィアなことについて、なるほどと新たな発見を多々得ることができました。
LGBTなどの(それに限らず)マイノリティにある立場の人に対して、受け入れるって言葉を使うのは受け入れないという選択肢があるということでもある、それはおかしいんじゃないか、むしろマイノリティ扱いしないで当たり前にそういう人たちがいることに慣れろという考え方には目から鱗で、そっか、わざわざ受け入れてもらわなくていいんだ。と勇気をもらえました。
他にもたくさん感想を言いたいところはありますがこの辺で。
マイノリティって言うけど、本書はたくさんの立場の人たちにも焦点を当てて書かれており、LGBT以外の人たちも包括すれば、もうこれはマイノリティではないのでは?という思いが生まれました。マイノリティなんだけど、堂々とやっていこうと思えました。
ぜひさまざまな人に読んでほしい一冊です。