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最近よく見かける「LGBT」という言葉。メディアなどでも取り上げられ、この言葉からレズビアン、ゲイの当事者を思い浮かべる人も増えている。しかし、それはセクシュアルマイノリティのほんの一握りの姿に過ぎない。バイセクシュアルやトランスジェンダーについてはほとんど言及されず、それらの言葉ではくくることができない性のかたちがあることも見逃されている。「LGBT」を手掛かりとして、多様な性のありかたを知る方法を学ぶための一冊。
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Posted by ブクログ
性に関する議論は、概念の分類や問題の背景、新たな課題などが入り組んでいるため、一見するととても難解な分野であるように思える。一方で、一定の理解を示すことが求められているようにも思える分野である。だからなのか、差別をしていないことを標榜するための無知な「LGBT」言説があふれている。 本書は「何が偏見...続きを読むなのか自分はわかっていないかもしれない」という不安を抱えた人の、「もっときちんと知りたい」という欲求にまさに答えてくれる。バトラーを読んで挫折しかけていた私にとっては、本当にありがたかった。読みやすい。 今後、巻末の読書案内にたくさん助けられると思う。 クィア・スタディーズに入門することはできない、なぜならクィア・スタディーズの内実をどこかに位置づけることこそが、先人達が批判してきたことだからだ。
第四章のトランスジェンダーの言説史の整理が特に自分にとり啓蒙的だった。単に広義トランスジェンダー(トランスセクシュアル、狭義トランスジェンダー、トランスヴェスタイト(異性装)に3区分される)を学べるだけでなく、その区分がジェンダー研究の中でいかに進展していったかを追うことは、自分自身のフェミニズム/...続きを読むジェンダー論/クィアスタディーズに対する学習不足の部分……すなわち性指向と性自認の絡み合いに関する部分……をなぞり直す役に立った。第四章の概念整理をもとに同性愛の話や「オネエ」の話をみかえすと、色んな見落としをしていたことに気付かされた。 後半のクィアスタディーズ概念紹介や研究論文紹介も手堅く、硬質なLGBT議論を一冊入手したいという人には安心して薦められる本である。 ただし、半陰陽やアセクシュアルなどの議論はあまりないため、事典的な利用を期待するべきではない。あくまでこの種の議論を、初歩的なところでミスらないためのあんちょことして読んでいくことが期待される。
良かった。「ふつう」は無いということをどこまでも突き詰めていくクィア・スタディーズの考え方に触れてしびれた。 現実生活のどの場面でも役に立つだろうと思う。
自分の性自認が定まらないので読んだ。初心者に対して優しい語り口ですらすらと読めた。差別に加担しないために、まずは知ることが大事。クィア・スタディーズ以外でも、知ることは大切だと感じた。
人間の性の在り方は、やはり奥が深い、という印象。 「 クィア・スタディーズ」という学問の存在をはじめて知った。セクシュアルマイノリティに関して、知的な好奇心で勉強しても良いのだという考え方を知って、ちょっとホッとした。 正直、基礎編よりあとは、情報が多すぎて一回では覚えられないが、歴史という観点から...続きを読む見ていくというのはとても興味深かった。
性的傾向の少数派のひとたちのなかでも、レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシャル(B)、トランスジェンダー(T)という比較的知られている傾向のタイプから頭文字をとって「LGBT」とよく呼ばれます。しかしながら、性的な傾向、それは自身の性に対する違和感のあるひとがいますし、いわゆる男らしさのつよい男...続きを読むもいれば、女らしさのつよい女もいるわけですし、性愛対象も、男⇔女という異性愛に限らず、男⇔男、女⇔女があれば、肉体は男でも性自認は女で性愛対象は女という傾向の人もいるわけです。 つまり、LGBTと言ってしまえば、性的少数派をすべて網羅して言ってしまえていることにはならない。反対に、LGBTという言葉に性的少数派というバラエティの豊かさが無視され単純化されて押し込められてしまう危険性すらあります。……ということをまず考えさせられてスタートする本でした。 また、スタートラインとして踏まえておくべきこととしてもっと大切なものが以下の引用です。 __________ 意外かもしれませんが、セクシュアルマイノリティを見下す心が見え隠れする人がよく使う枕詞は「私はセクシュアルマイノリティに対する偏見を持っていませんが……」です。曲者なのは最後の「(逆説の)が」で、当然ながらその後に続くのは質問や疑問の体を取ったセクシュアルマイノリティへの否定的な言葉です。それが否定的なニュアンスを持つものだからこそ「偏見ではない」前置きで宣言するわけですが、宣言すれば「偏見」でなくなるわけでは当然ありません。文句は言いたいが自分が「善人」であることは手放したくないという本音が透けて見えている辺り、むしろ痛々しくすらあります。(p7-8) __________ →善人でありたいという希望ではなくとも、自分は模範的な人でありたいだとか、正しい人でありたいだとか、また他の分野ではそうやって自分を律して正しく生きてきてなかなかうまくやってこれた人が、この性的な分野では対応できない、ということもあるのではと思います。対応できないくらいややこしくもあるし、生まれた時点からの家庭環境や社会環境などの影響から植え付けられた鋼鉄の先入観もあると思います。セクシュアルマジョリティのひとは、だからこそかなり自覚的にならないと、意図せずとも差別してしまったり、差別意識に気付けなかったりするでしょう。僕も思い当たります。今ここで、女装をして女性らしいふるまいをする生殖的に男性の人と会話するようなことになったら、たぶんけっこう混乱してしまいます。まず、セクシュアルマイノリティの人たちの知識がなく、会った経験がほとんどないので、ここまで生きてきた社会の流れ・慣例をベースに行動してしまうようなオートマティック性が働くだろうからです。だから、やっぱり、知って、学んで、ということは大切なんですね。 また、p33に構造的差別という言葉が出てきますが、差別は人々の「心」の問題ではなく社会構造の問題だ、というのがその意味です。男らしさや女らしさを求め、異性婚しか認めない、というのは、社会の構造から来るものです。そういった前提を疑うことで割を食う人が減り、社会が滑らかになっていくきっかけが生まれるのがこういったセクシュアルマイノリティの問題へのアプローチの仕方なのではないかとも思います。うまくこういった問題に取り組めれば、社会はもっと角が取れたものになるかもしれない、なんていうイメージが湧きます。 さて、この問題から生まれたクィア・スタディーズという学問分野・批評分野があります。クィア・スタディーズには三つの基本的な視座があります。それは「差異に基づく連帯の志向」、「否定的な価値づけの積極的な引き受けによる価値転倒」、「アイデンティティの両義性や流動性に対する着目」です。その解説については本書やネット検索に譲るとしますが、アイデンティティの流動性については、一言残します。 アイデンティティの流動性を保持し自由度を高めることが大事で、アイデンティティを固定化し一つところに繋ぎ止めて流動性を否定する風潮に異を唱えるのが、クィア・スタディーズの姿勢のひとつなのですが、これにはとても賛成です。アイデンティティがあってその上にイデオロギーや価値観が乗っかるのではないかと考えると、なおのことアイデンティティの流動性を認めることをつよく言っていきたい気持ちになりました。 人が変化すると、変節だとか矛盾だとかの言葉を突きつけてその人を見下したり批判したりする風潮はつよいです。それはあまりに人間を枠にはめた思考からくるんじゃないでしょうか。枠にはめておくと情報処理面で楽ができますから、もう変化するなよという抑圧といったらいいでしょうか。いやいや、そこで楽をしないことは人生に不可欠のコストではないのだろうか。ただまあ、ころころと変化する人は詭弁や欺きを用いているということがあるから、騙されたくない心理の強さが関係してるところはあるかもしれないですが。 というところで。 セクシュアルマイノリティについて知ろうとし、できるだけ理解したいという姿勢を持とうとすること。それは、個別性というものを知っていくことですし、まず人の個別性に目を向けて考えていこうという考え方のクセをつけることでもあるかもしれません。集団社会のなかで他者に無関心な姿勢で生きていると忘れがちになりそうな、「ひとりひとりは違う」という大前提を忘れないことが、マイノリティの人たちの生きづらさを軽減する方法の大きな一つではないかな、と気づかされました。「ひとりひとりは違う」というのは、セクシュアルマイノリティのことに限らず、精神医学的なパーソナリティ障害のタイプから見えてくる個人それぞれの傾向というのもありますし、パーソナリティ心理学の本を読むと知ることができるようなさまざまな心理的な部分の個性的傾向というのもあります。 こういった、人それぞれの個別性を考えていくことは、すなわち人中心、人優先で世界を考えていくことに繋がっていくでしょう、社会中心、資本主義中心、国家中心のメンタリティが優勢かもしれない今日のありかたへのカウンターとなって。現今の社会というのは、個別性を考えず、集団の構成要素としてできるだけ同じような人たちを求めるところがあります。もう少し言うと、人は皆あまり深く考えずに、作業なり仕事なりにいそしめ、という経済偏重のありかたがそれです。想像するな、というわけです。想像したり考えすぎたら動けなくなるから、想像するなというわけですけれども、それはそれでひとつの生きる方法として使える姿勢ではあります。でも他方、想像しないからこそ戦争が起こり、他者への想像を排した人間が戦闘を行えるんですよね。だから、「想像してごらん」と歌う歌が支持されたわけでして。 僕の今年はどうやらこういったあたりをよく考えるような星のめぐりのようです。深く考えずに読んだ本が、こういうかたちで繋がってゆくのでした。
こういうことがマイノリティへの差別にあたると丁寧に書いてある本。 LGBTに偏見はないけど、から話始めることの差別性。 とくにトランスジェンダーの項目は知らないことが多くて勉強になった。セックス、ジェンダー、異なる性別の服を着たいかどうか、などが複合的に絡み合っていること。 もちろん全部覚えるのが...続きを読む一番いいけど、とりあえずこれを読んだことでトランスジェンダー=体と自認の性が違う人だ、と安直に考えなくなったので「トランスの人にはこう接するのがいいのかな」という偏見がなくなった。
知識がなければ偏見や差別はなくせない、本書全て読んでさらにこの言葉が刺さる。 理解していたつもりだったことも、偏見なんて無いつもりだったことも、まだまだ知らなかったし見通せていなかったなと痛感。。。 多様な性のあり方は知識ありきの「なんでもあり」であって、クィアスタディーズの基本的な視座を使ってニュ...続きを読むースのあり方、報道の仕方、記事の読み方をどこまでも奥深く出来ると思う。 昨今ジェンダー差別発言やらで問題になってる方とかもいるけど、これも知らないからこういう発言ができるんだろうわけで。 自分全然世の中のこと知りません!!って堂々と発言してるようなもんだし。 色々書きたいけどどれも薄っぺらくなる気がしてまとめれない! とにかくあの、色々な人にいろんなことがあって、マイノリティやマジョリティはあるけど普通なんてこの世になくて。完全な分類なんてできないしみんなが過ごしやすい世の中を作るなんてめちゃくちゃ難しいけど、作れるようにこういう学問があって、これまでの歴史やこれからの制度があるのかなと思う。薄っぺらいな。笑 クィアスタディーズの基礎のあたりは図も欲しかったな、慣れないカタカナが多くてなかなか整理できず、、、 まだまだ知らないし根付いてないから理解にも時間がかかるんだなーーーー
( ..)φメモメモ 「普通」という暴力を解除できないアプローチ=セクシャルマイノリティについて不適格なアプローチとすると、「普通」の性を生きろという圧力に傷つく人々をセクシャルマイノリティと言い換えることができる。 暴力や差別は悪意を持つ人が行うものなので悪意を持たないようにすることが重要だと、...続きを読む良い人になれば良いと思いがちだが、暴力や差別を防ぐには良心や道徳ではなく知識が必要。
図示ばかりになれているので、図がない本書は整理の仕方が難しいのかもしれない。 しかし巻末に27ページほど読書案内があるので、それと関わらせて読むのがいいのかもしれない。どこから読んでもいいと書いてあったが、最初の部分は必読であろう、
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