町屋良平のレビュー一覧
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「私の文体」「私の労働」「私の推敲」「私の批評」「私の大江」と続く連作短篇集。「書かれる私」と「書く私」のズレに意識的な「私」が、各作のタイトルに書き込まれた概念や固有名をめぐって思考を紡いでいく様子が語られる。あえて社会と文学をつなぐ「問題」を脱臼させて/迂回しつつ、それぞれの作品で架空のテクストを仮構して、それと対話するかたちで語りを展開させていくスタイルは「春琴抄」や「盲目物語」で谷崎潤一郎が採用したそれと通じるが、谷崎は他者の謎を書くためにそのスタイルを採ったのに対し、町屋はむしろ「私」を透明化させず、自明なものとはさせないためにその戦略を採用しているように見える。
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Posted by ブクログ
刊行当時、出版社の営業から珍しく営業がかかったことを覚えている。私はウェブマガジンの編集者だった。
町屋良平の過去作と比べることが許されるなら、この作品は、なんというか当人の「湧き上がる文学的な衝動」(という嘘くさくて軽薄な言い方は極めて失礼と承知)とか、だいたいそれに類する、有り体に言えばモチベーションの種類が異なっていてで、外的要因によって企画され、細やかな取材やリサーチによって固めあげられた作品なのかな、という印象をなんとなく、だかしかし強く受けた。なんでこの作品はこんなに固有名詞が多いのだろうか。
『しき』にあった福原鈴音のピアノコンクールの場面や、描かれなかったプロセスを、拡大し -
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ネタバレ“何かをかんじそうになったら、走るしかない”
衝動、動機はいろいろあるけど誰しも頭の中がぐちゃぐちゃになって、それでも何かしないといけない。
そんな瞬間があるなーということを読んでいて強く感じました。
主人公にあたる秋吉は些細なことまで”思考”してしまう、いわゆる考えすぎてしまう節があって行動できない、そんな自分が嫌になる。程度は違うけど自分にもたまにそんなことがあるなーと感情移入してしまいました。
対照ににするべきことを、するべきタイミングで行動に移せるハルオや梅生が秋吉と同じく羨ましい気持ちで眺めていたけど、小説のラストそんな2人にも抱えているものがあって、当たり前だけど誰しも大小の悩 -
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読書開始日:2022年5月30日
読書終了日:2022年6月2日
所感
自分ってどこにも無い、がテーマなのか。
面白いけど難しい作品だった。
度々仕事の話が出てきて、自分も身に覚えがある。
仕事をしてる時の記憶が全く無い。
かといって通勤前、通勤中、通勤後もあるかと言われれば、無い。
1週間全てを思い返してみても、無い。
無いというより、自分が過ごしたものとしての実感が無い。
年を増すごとに、今しか、記憶が無い。
今しか、記憶と自分が合わない。
違和感。
それを抱えながら過ごす。
自律神経がズタズタになりながら進む。
進んだ挙句が、菅。
カメラを向けられる=役割を振られることで、逆に自然に振る