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表題作の「青が破れる」に「脱皮ボーイ」「読書」の短編、さらに「青が破れる」のマンガ、尾崎世界観との対談も併録された短編集。
何はともあれ、「青が破れる」である。文庫の紹介文に文藝賞の際の評価なんだろうけど、藤沢周、保坂和志、町田康が絶賛したこともわかる佳作。
文章の長短、リズムの変化、淡々とした描写など、作者が小説を使って新たな表現というか体験を描こうと模索していることがよくわかる。それは例えば次のような文章に表れていると思う。
「ハルオの彼女は、「ボクシングやってるの?」とはいわなかった。/「はー、空がたっかー」/といった。」
「夏澄さんに/・・・・・・ きて/とまたいわれ、夏澄さんちにいく。午前十時。/着いた瞬間に、「よかった。はやくきてくれて、ありがとう。留守番お願い」といわれた。鍵を摑んだまま、玄関の前に立ち塞がるように待っていた。/夏澄さんに「ありがとう」なんていわれるのは、初めてのようなきがした。」
ひとつ目は表紙にも引用されているので印象的だけど、二つ目は適当にページを開いて目についたものの引用だ。まあ、全体的にこんな感じで終始文章を味わいながら読ませてもらった。
短編「脱皮ボーイ」「読書」は「青が破れる」とはまた少し文章のテイストが異なる。「読書」は古井由吉や松浦寿輝を思い出させた。
芥川賞受賞作も読んでみたいと思った。
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ボクサー志望の「おれ」(秋吉)、友人のハルオ、その彼女で難病のとう子、秋吉の不倫相手の夏澄、ボクサー仲間の梅生・・・。徐々に死に向かっていくのだけれど、独特なひらがなと漢字の混じり合いの文体に、柔らかさも感じました。そこが救いかも。
彼らのギリギリのところで生きている緊張感や精神の危うさを感じながら、こういう気持ちって身体的な経験でなくても精神的な経験として誰もが通っていく過程なのかもしれない。
とう子の「空たっかー」という一言が忘れられない。こういう作品好きです。
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感覚と哲学的なものがうまく混じり合ったみたいな文章が、不思議で心地よかった。
「青が破れる」ではコーラでうがいをするシーンが印象的で、夏澄さんの存在がめちゃくちゃスパイシーだった。上手く言えないけれど、とにかくスパイシー。
「脱皮ボーイ」では、「なんてカワイイのかしら!」と場違いな感想に思わず笑ってしまった。全体的になんとなく綺麗だとは思えなかったが、それが愛おしく感じた。
「読書」が3作品のうち最後にあったことで読み終わった時の爽やかさが最高だった。
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青が破れる
とうこさんの言っていることがあまり理解できなかった
というところにすごく共感した。
この小説についてはっきりとしたことはわからないけど、人に関心があるようで、人に関心がないようで、距離の測り方の曖昧さとか、そんな空気感が気になる
時間をおいて考えたい。好きな小説です。
脱皮ボーイ
やばい!全然違う!本当に同じ人が書いてんのか!
読書
こと恋愛における別離の感覚とか、夏の描写とか
すごく自分にとって身近で読んでいてキュッとなったし、温かくもなった。この話が1番好きかもしれない。青が破れるは悲しい。
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“何かをかんじそうになったら、走るしかない”
衝動、動機はいろいろあるけど誰しも頭の中がぐちゃぐちゃになって、それでも何かしないといけない。
そんな瞬間があるなーということを読んでいて強く感じました。
主人公にあたる秋吉は些細なことまで”思考”してしまう、いわゆる考えすぎてしまう節があって行動できない、そんな自分が嫌になる。程度は違うけど自分にもたまにそんなことがあるなーと感情移入してしまいました。
対照ににするべきことを、するべきタイミングで行動に移せるハルオや梅生が秋吉と同じく羨ましい気持ちで眺めていたけど、小説のラストそんな2人にも抱えているものがあって、当たり前だけど誰しも大小の悩みや苦しみを持っていることに気付かされました。
ひらがなが多く使われていたりしていて、少し読みづらい印象もあったけど、それが敢えて人の心の難しさを小説という文章から伝えてくれていたのかなと読み終わってから思いました。
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読書開始日:2022年2月16日
読書終了日:2022年2月18日
所感
【青が破れる】
秋吉は、自分にしか矢印が向かない。自分が1番可愛いと思っている。
だから夏澄のSOSも、ハルオの状況も、とう子の心理も分からない。そしてそのわからないという状況により茫洋する。浸る。
そんな秋吉と関わろうとする人間は、恐らく自分に関心を向けられないことにどこか安らぎを覚えている。自らも無駄な関心を向けなくていいからだ。
関心は嫌でも向いてしまう。とう子とハルオの関係がそうだ。とう子は確率で死ぬため他の関心ごとは捨てきれても、ハルオへの関心だけは捨て去らなかった。他を切り捨てただけに、その関心は強固になる。だから疑心暗鬼にもなる。ハルオも同じ。
この二人は秋吉をクッションとして利用した。クッションは安らぐしね。
湖のほとりで疑心暗鬼から解放された2人を見て、秋吉も自分自身への矢印から解放されはじめたが、つけが回る。
夏澄が死ぬ。
ハルオが鬱による荒れた生活の果てに死ぬ。
とう子が昏睡の中死ぬ。
傾向に気づかない秋吉。
夏澄を浴びる夏澄の息子陽に勃起する秋吉。
そんな秋吉には、梅生が持つ統制されたブルーな情は訪れない。
破れるどころか元から持たざる者。
【脱皮ボーイ】
強烈な安堵。
架空の利益。
アイスクリームのシーン、脱皮を母にしか伝えていないシーン。
かのじょは母性のみでそこに恋情はなかった
【読書】
こういう考え方本当に好み。
無意識の部分でなにかを感じ取っていたり。
身体の部位や細胞レベルで何かに反応していたり。
そういう可能性を考えると楽しくなる。
読書中に急に文字を追えなくなることがある。こんなことも、上記のような考え方をすると途端にドラマチックになる。
最後のシーンの不意に出る涙に、感覚の鋭い赤ん坊だけが気づいているシーンがとても良かった。こんな短いのに季節を鮮やかに感じた。
好きな作品。
【青が破れる】
とう滑稽でなければひとといっしょにいられないとだもおもっているような性癖が、とても嫌だった
スタミナとは勇気、そして試合が終わるまでは終わらないという意思という名のシステム
もはや性欲で恋情を二乗していくような振る舞いはできない
だれしも嘘はいやがるのに、ほんとうのことを伝えないことはやさしいことだとおもっている
あいにいったら、それはおれの欲情であり、香澄さんの孤独であ。、それは情熱を装うけど、こんじつは空しい
人間は、季節の違いを気温なんかでは把握していない
茫洋
居場所が用意されすぎている感じ
梅生が単純な物質には満足し足りないことは分かっていた
そんなたまじゃないでしゃ
ボクシングと夏澄は同じ
痺れた思考が、この世をおうか
統制された感情はどこまでもブルー
他人に関心のあるひとのかなしみを、他人に関心のない人のかなしみを、秋吉さんはどっちもわからない
【脱皮ボーイ】
セックスの合間に、いっぱいいこう
瑣末
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「1R1分34秒」と同じくボクサー志望者が語り手。
なかなかよい中編。
ピザデリバリーを喰っちゃう有閑マダムとか、悪い意味で漫画的。
「serial experiments lain」を連想。奥さん米屋ですとかも。
また村上春樹も連想。つまり男性作家の悪い意味での女性幻想。
そして難病美女がタバコを吸って、というのも、また。
なのに、いいんだなあ。やはり、文体だなあ。
そして「人が関連するという事象」が、この小説においては、なんだか、いいんだなあ。
語り方が好きになるから、作者が好きになって可愛く見えてくる。この作風、得だなあ。
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『青が破れる』
斉藤壮馬さんのおすすめということで読んでみた。
平仮名多めだったのにはどういう意図があったのか掴めなかったのが哀しい…
他の短編たちも独特の雰囲気を感じれて、読後には爽快感を感じました。
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前から少し気になっていた作家さん。
好き嫌いが分かれる作品だな、と読んでみて思った。独特とも言えないが少し癖のある文体と平仮名と漢字の絶妙な使い分け。そのせいで読みづらいな、と最初は感じるけれど、私は読み進めていくうちに慣れていった。どっぷりハマったという感覚はなかったけどこういう本もあるんだ、というような、新しい音楽のジャンルを発見したときのような喜びがあって、それがこの本への抵抗感を薄めてくれた。文章自体も小難しさがなくて分かりやすいから物語もすんなり流れ込んできて、いつの間にか読み終わっていた。
ボクサー志望の秋吉、友達のハルオ、ハルオの彼女のとう子、ボクシング仲間の梅生、そして夫子のいる恋人の夏澄。5人の人物が織りなす日常には劇的なドラマはないが、ただ流れる日々が気持ちよく描かれている。
Posted by ブクログ
上手く表現できないけどすごく好きな作品でした。
尾崎世界観さんとの対談で
「読んでいて創造力が膨らむのは、曖昧さ、つまり隙間があるもの」と町屋さんは仰ってた。
まさにそんな作品。
登場人物、特に男女の関係性や人間性が、曖昧に書かれた上で3人は死という結末に至った。
「なんでハルオや夏澄さんは死んだんだろう?」、「とう子さんはどういう気持ちで最後を迎えたんだろう…」って創造できる隙間になっていると感じる。
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体の痛みと心の痛みは繋がっているのだろうか。
町屋さんの著作を読むと、そういうことを考えます。
梅生が言う、「なにがわかる」「他人に関心のあるひとのかなしみを、他人に関心のないひとのかなしみを」という言葉。
秋吉はそれがわからないけれど、だから安らぐのだとも梅生は言います。
曖昧でモヤモヤして、いい加減で恥ずかしい。優越感で安心したり、優しさで絶望したりする。
そんな感覚を、こういうふうに小説にしてくれることに救いを見出したりしています。