あらすじ
デビュー戦を初回KOで華々しく飾ってから、3敗1分けと敗けが込むプロボクサーのぼく。そもそも才能もないのになぜボクシングをやっているのかわからない。ついに長年のトレーナーに見捨てられるも、変わり者の新トレーナー、ウメキチとの練習の日々がぼくを変えていく。これ以上自分を見失いたくないから、3日後の試合、1R1分34秒で。青春小説の雄が放つ会心の一撃。芥川賞受賞作。(解説・町田康)
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Posted by ブクログ
21歳のプロのボクサーの一人語り。自分の状況を見つめながら、相手を想定しながら、どう戦うのかを思い巡らしながら、ボクサーの日常の生活やトレーニング、減量の方法などを語る。あくまでも戦う姿勢を堅持している。ぼくはデビュー戦でKO勝ちした後は勝てていない。敗者の言葉が連なる。そして、言語化できるものを言語化して表現する。結構タフな文章の構成の仕方がある。戦いのシミュレーションが構築されていく。しかし、勝てない。勝てないが故に、なぜ負けたかを分析する。負けるにはたくさんの原因がある。戦うのは、自分であり、実に孤独な戦いでもある。メンタルは自分で強固にするしかない。ここまで、緻密に語るには、自分の体験がなければできない。
本書の最初の対戦相手は近藤青志。青志を徹底してデータを集め分析する。最初は対戦相手として現れるが、いつの間にやら親友になってしまうようだ。青志くんは「あしたは、がんばろうな。俺のがんばりがお前のがんばりを引き出せて、いい試合ができたら俺はそれでいいんだ」という。勝つことへの執念はないようだ。自分が日本チャンピオンを目指していたのに、いつの間にか下方修正していく。
プロとしての対戦相手との距離感覚。これがきちんと掴めないことが、消耗する。ボディを狙われる。それはスタミナ不足を見抜かれているかだ。恐怖は精神力で克服できない。あるのは圧倒的な技術に対する信心、不信、それに付随する肉体のストレス、そして全身の反射だけだ。気持ちで奮い立たせることができるのは、モチベーションだけだ。実に冷静な分析をする。青志くんはボディがうまいのだ。
「お前は視力を尽くしたのか?」「さいごのさいごまでいっこのボクサーを遂げたのか?」「最後のダウンで、お前は本当に立てなかったのか?」「奇跡の大逆転は本当にあり得なかったのか?」を自問する。負けて、自分いといかける。「視る技術とダッキングウィービングの技術がまだ連動していないかも」とトレーナーから言われる。結局は、足が動かせていないのだ。
そして、トレーナーは、私を見捨てて、去り、先輩のウメキチがトレーナーの代役をする。この梅吉になってから、自分への言葉でなく、ウメキチへの言葉になって、やっと対話がする亩。ウメキチは、よくぼくを見ていた。何が問題かをきちんと分析し、対応する。ウメキチは、「俺をそだてるつもりで付き合ってくれや」という。「なんでお前はボクシングやってんの?」という質問もする。「勝ちたいのか?」そして「考えて。考えるのはお前の欠点じゃない。長所なんだ。」という。
そして、試合の相手が決まる。
友人は、映画を作っていて、ぼくを写し続ける。美術館に連れて行ってくれる。彼氏がいる女が付き合ってくれる。そういう時間を過ごしながら、どう勝つのかを頭の中で考え、ウメキチの練習メニューに従って、信頼のシステムを構築する。
そして、ぼくはきっと勝つ。1ラウンド1分34秒のTKOであっさり勝つのだ。
ボクシングは、ハングリー精神が必要で、ガッツがいるという昭和のボクシングがあったが、明らかに違った視線で、ボクシングに立ち向かっているのが見えてくる。
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負け越してトレーナーに見放されたボクサーが、新しいトレーナーと共に次の試合に向けて、と言うストーリー。話自体は単純だが、主人公はボクサーとしての自分を見失っており、それを取り戻すというのがある。スポーツ小説のようで純文学という感じ。
場面の切り替わりが独特で、少し戸惑ったが面白かった。ページ数も短いのですぐに読める。
Posted by ブクログ
町屋さん、芥川賞受賞のボクシング小説
プロボクシングの試合って、独特だ
何ヶ月も準備して、命を文字通り削って試合をして、それまでの準備の全てが、たった数分の試合で試される
だからこそ、負けの記憶は全ての否定として残る
だからこそ、勝負に上がることはとても怖い
その全てを、曖昧化した主人公の一人称で描き切った筆力
気がついたらのめり飲まされるリズムよい筆致
ウメキチや友達との奇妙な関係の魅力
なにより、「ぼく」自身の弱さと強さ
これはボクシングなんてやったこともない読者を問答無用でリングにあがらせ、己の生き方を問わせる(こういう比喩をすると友達に怒られる!)暴力的な作品
なんと曖昧で鮮やかなんだろう
Posted by ブクログ
ボクシングが好きで、読みたいなと常日頃思っていた中一気に読みました。テレビやネットでは勝ち進みスポットライトの当たる成功した選手しか見ていませんが、その裏には当然負ける選手もいる中でそんな選手たちの日常であり非日常を追体験することができました。折々でくすっと笑えるシーンもあり、最後にあっさりといって言いのか分かりませんが、タイトル回収をするのもふふっときました。
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ウメキチに出会ってから加速的に面白くなった!
主人公が自分自身、ボクシング、勝利に
真正面から向き合っていく姿がかっこいい。
中途半端じゃない真剣だからこその恐怖。
ウメキチも、ガールフレンドも、友人も
最高だったなぁー!
河辺で友人の前でシャドウするシーンと
対戦相手が決まってガールフレンドに恐怖を吐露して次の日、別れを告げるシーンが好き!
Posted by ブクログ
自分の心の葛藤を、下手に綺麗にせず葛藤のまま書かれた文が多く、印象に残った。
爽やかなスポーツ小説といったものではないが、登場人物たち全員に対して、わかるよ、頑張ってくれ、報われてくれ、、と思わずにはいられなかった。
170ページ程度だが、描かれている期間も1年程度(?)と短く、密度の濃い話だと感じた。
Posted by ブクログ
本作はスポーツ小説ではなく、著者渾身の青春文学だ。
解説を入れて182頁と短めの小説だが良い意味でスラスラと読ませてくれなかった。「発見」が沢山あった。今後の糧にしよう。ボクシング知識皆無の私だが、ボクサーの方々の見えない苦悩が少し垣間見えたように思う。
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強さとは優しさとは何か。オードリーの若林さんがボクサーをしたらこんな感じになるだろう。優しさと甘さに片足をツッコミ勝負に勝てない主人公。ウメキチとの出合いで変わっていく。
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久々に、引き込まれる作品。一般人にとっては想像もできないボクサーの日常。その感情や、こだわりやこだわりのなさや、執着や無頓着やさまざまなものがリアリティを持って、生きている感じがしたんだと思う。文章もなんだかボクサーのダッキングを思わせる流れ方で、よかった。
Posted by ブクログ
小心者の駆け出しボクサーの心情の推移を描く。
◇
自分の才能への懐疑や負けることへの恐怖を小手先でごまかそうとしていた小心な「ぼく」だったが、ある日、先輩ボクサーのウメキチが「ぼく」のトレーナーに就任する。
半信半疑でウメキチの組んだメニューをこなしていったところ……。
2019年芥川賞受賞作品。
* * * * *
小心者のボクサーだったはずの「ぼく」が、ウメキチという先輩ボクサーとの出会いによって変わっていく様子が面白い。
トレーナー・ウメキチのトレーニングメニュー。「ぼく」用に考えられたものではあるのだけれど、がむしゃらに取り組む気になれない「ぼく」は、ただ淡々とこなしていました。
すると、どうしたことか、試合が近付くにつれ、まるで薄皮が1枚ずつ剥がれるように小心な「ぼく」が薄れていき、半ば狂気を孕んだ不遜な姿が現れてくるのです。
映画『ロッキー』とはかけ離れたボクサーの姿でまったく格好よくないのですが、不思議に説得力がありました。
試合の行方が気になります。
Posted by ブクログ
自分を見失ってしまっていたボクサーが自らを掴み直す。
何もないように見えるほどカラになっていたようで、その実、閉ざし、なにものかを抱えこみ過ぎていた主人公。
おかしなトレーナーの出現で、自らを取り巻く色々なものを捉え直す。
Posted by ブクログ
ヒリヒリするボクサーのはなし。
男の物語。
『人生クライマー』をみたばかりなんだけど、それも、誰も登ってない崖を登りたい。
クライマーをやめられない。
ボクサーをやめられない。
町田康の解説がよかった。
Posted by ブクログ
主人公は21歳のプロボクサー。デビュー戦をKOで飾るが、その後の戦績は思わしくない。やたらと内省的で、彼の思考がぐるぐると、あえての(多分)わかり辛い文章によって、延々と続いていく。
ボクサーってもっと野心家というか、「成り上がってやるぜ」「絶対勝つぜ」みたいなギラギラした目付きの人たちだと思っていたが、もちろんそれは勝手なイメージで、彼のような内省的、考えすぎなキャラだって居るのだろう。負けが込んで、自らの能力の限界が見え始めたら尚さら。
しかし、3敗目を喫し無力感に陥っていた彼の前に新しいトレーナーのウメキチが現れる。このウメキチの関わり方が心地よい。本人を否定しないし、よく見ている。身体の使い方とか、体調とか、食事とか、睡眠のとり方とか。細かい点まで見て理解してくれた上で的確な助言を与え、弁当まで作ってくれる。最初は反発していた彼も次第にウメキチを信頼するようになり、気持ちが変化していく。
ボクサーに限らず、今の若い世代ってきっとこんな先輩を求めているんだろうなと思った。自分を知ってほしい、自分に合ったやり方を丁寧に教えてほしい、上から目線じゃなく対等であってほしい。そして、ウメキチは決して彼に尽くしているわけではなく、自身もボクサーで自分の研究のためにやっているのだ、というところも念が入っている。
生きていれば多かれ少なかれ、試合に臨むボクサーのように、試練とかヤマ場を迎えては何とか乗り越え、ほっとすると次の試練が来て、無理だ、自分はもうダメかもと思ったり、の連続だと思う。日々ぐるぐると内省しながら戦っているのではないか。
最後の最後に、タイトルの「1ラウンド1分34秒」が出てくる。彼の「勝ちたい」気持ちに感動したし、良いラストだなと思った。
Posted by ブクログ
自分の職業と状況と重なる部分があって読みながら考えさせられた。この試合に勝ったからといって状況は変わらない、でも変えるためには試合をし続けなければならないという可能性と不条理について本当に共感できた。自分を犠牲にしながら戦うことの意味を教えてもらったし、理由はどうであれ難しいことは一切抜きにして目の前のことにひたむきになれた時が人間1番強いなと思った。
Posted by ブクログ
70〜90分ほどで読み終われる。主人公の葛藤、内面がよく書き出されてて入り込みやすい。
淡々と進んでいくストーリーだが退屈しない。
最後も良かった。
Posted by ブクログ
ボクシング経験者としては共感できる部分も多くあった。勝敗どうこうよりもその道程を人間臭く描くのは純文学らしい。
ボクサーとは純粋な生き物だと思う。曖昧な世の中に対比させるとなんとも悲哀を感じる。
生きているのか生かされているのかわからなくなる。そんな感覚を思い出した。