稲垣栄洋のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
植物は動かずに生きている。動物は動かなければ生きていけない。植物は動けないので敵や災害からは逃げられないが、実にダイナミックにたくましく生きている。
…著書はそんな話を公園に生えていた雑草から聞いたので、弱そうで強い生き方をしている植物の話を読者みなさんにお伝えします。
❐そもそも植物とは?
植物とは光合成で栄養をえる。その光合成を行う植物細胞の葉緑体は、昔は独立する生物だった。
他の大きな単細胞生物が、葉緑体となるバクテリアを取り込み、細胞とバクテリア(葉緑体)との共生生活が始まったのではないだろうか?⇒人間と大腸菌などと同じ。
❐動く、動かない
植物は「固着性」。自分で栄養を作るので餌を求めて動き回る必要はない。しかし天敵や災害からは逃げられない。では居心地良くなるには、植物自身を変えて生きてゆく。植物は同じ種類であっても大きかったり小さかったり自由自在。
❐動物と植物の間
動物と植物の中間のような生物もある。
・ミドリムシ(またはユーグレナ)
葉緑体を持つ植物の特長と、鞭毛を持ち動き回る動物の特長を持っている。鞭毛生物と葉緑体バクテリアとが共生生活することになったのだろう。
・?(和名はてな、学名HATENA)という生物は、鞭毛と緑藻類との両方がある。しかも細胞分裂すると、片方は緑藻類を体内に持ち、もう片方は持たないので口を作って餌を食べる。その餌から緑藻類を取り込み…(??)
❐動物植物の器官
動物:それぞれの器官が役割分担しながら一つの体を作る。
植物:同じパーツの集まりで、すべての期間が独立しても成立する。
動物は頭がなくなったら死ぬが、植物は切り取っても植樹でまた伸びる。
❐木と草
植物は、コケ⇒シダ⇒巨大な木となった。
恐竜と植物は、お互いに巨大化していった。
しかし地核と気候の変動により、巨大な木になる余裕がなかったり、光合成をゆっくりできなかったりしたので、短期間で成長して種子を残して更新してゆく草へと進化した。
❐裸子植物、被子植物
植物はもともと、趣旨のもとになる胚珠がむき出しの裸子植物で、花粉を風に乗せて飛ばして受粉していた。
その後胚珠が子房に包まれた被子植物へと変化した。一つの植物で雄しべ雌しべがあり、体内で素早く受精できる。
❐花
徐々に効率よく昆虫に花粉を運んでもらうために花を咲かせた。特に来てもらいたい昆虫用に特化した花を咲かせる植物もある。こうして植物と昆虫は進化していった。
花も昆虫も自分のために生きて進化したら互いに助け合う結果となった。これが自然の営み。
❐果実
被子植物は、胚珠を守っていた子房を発達させて果実を作った。そのために大事な胚珠は無防備になるのだが、子房ごと種子を食べた哺乳類が、糞として趣旨を排出することにより、植物が別の場所に移動したり増えることになった。
また、鳥類は果実を丸呑みするので、種子が無事であることが多い。
そこで植物は、まだ種子が成熟していないので食べられたら困る果実を緑色、もう種子が成熟して動物に食べてもらいたいサインとして果実を赤くした。
熟れた果実の色である赤は人間の味覚を刺激する。そのため赤提灯など飲食店の赤系統の看板を赤にする。(←アメリカ映画やドラマで”青いケーキ”などを食べるのはあれはなんなんだ。私としてはなぜあんな物をわざわざ作るのかわからないのだが、映画やドラマでは喜んでるよね)
❐恐竜
裸子植物が被子植物になったことにより、花を食べられない恐竜が追いついていけなくなった。
❐毒、味覚
植物は、種を食べられて運ばれることにより増やしていくが、食べられすぎても困る。
そのため毒や苦味をつくった。
しかし毒ばかり創ると成長できなくなってしまう。さらに一部の動物は、その毒に抗体を作り他のライバルとの食物争いを避ける。
もともと味覚とは、美味しいものを味わうためでなく、体に危険なものが苦い辛いなどわかるように発達した。
人間のように、苦味を喜ぶのは生物としても珍しい。
❐競争型、ストレス耐性型、撹乱適応型
・競争型:同じ環境に違う種類の生物がいたら、一番強いものしか生き残れない。
・ストレス耐性型:他の種類の生物と微妙に違うところに行けば、それぞれが生き残れる。そこで生物は自分だけが生き残れる「すきま」を見つける。この「すきま」は狭いほうが良い(広いと競争相手も増える)。そのために砂漠など他の競争相手がいない場所で生きられるために、水が少ないというストレスに耐久する力を得る。
ストレス対応に必要なのは「逃避」「回避」「耐性」。逃避⇒感想から逃れるため、葉や花を枯らせて土の下で球根となって力を蓄える。回避⇒根を張って水を蓄えておく。必要な時に対応できるので、ストレスが軽減される。耐性⇒水を節約しておくために、水分が逃げない作りに変化する。
・撹乱適応型:英語では「荒れ地に生きる」で、撹乱とは激しく環境が変化するということ。安定した環境では強い生物が強いので、弱い生物は予測不安定な環境を選び、臨機応変に変化する。弱者こそが変化する。
❐でも変化しないことも大事
植物は変化して生存競争を生き延びてきた。
しかしそれは「種子を残す」という根本の目的だけはけっして変えずに、その目的のための手段を自由に変えてきた。
生きてゆくうえで、変えてよいものと、変えてはいけないものがある。変化するためには、変化しないものが大事。
❐共生関係
植物は、増えるため、身を守るために、生物と共生関係を結ぶことになった。甘い果実を作り鳥の餌になることにより、植物も増えることができる。相手のために変化したことが結局自分のためになった。
❐脳の数
人間は脳は一つしかない。感覚器官で得たすべての情報を脳という情報システムに集約して判断する。
昆虫は複数の脳をそれぞれの足の付根に持っている。そのため昆虫は刺激を受けるとすぐに行動に移すことができる。
❐植物と人間との地球環境破壊
太古の地球で生命が生まれて、葉緑体を持つ植物プランクトンが、光合成を行い、二酸化炭素と水からエネルギー源を作り出すようになった。しかし光合成を作ると老廃物である酸素が生まれる、酸素はあらゆる物を錆びつかせる毒性物質だ。
すると植物の出した酵素を体内に取り込んで生命活動を行う生物が登場する。それが動物の祖先となる動物プランクトン。酸素は毒性があるが、爆発的なエネルギーを生み出す地Kらもある。酸素を体内に入れて、強力なエネルギーで活発な動き、体の巨大化が可能になった。
さらに酸素は紫外線に当たりオゾンになり地球を覆った。これは地球環境の大きな変貌であり、それまでの環境のある意味破壊でもある。
現在の地球生命は、オゾン層により有害な紫外線を吸収された環境で生きている。
人間は酸素消費を早め二酸化炭素を増やし、オゾン層を破壊し、酸素を作る森林を伐採している。ある意味地球最初の姿、二酸化炭素に満ち溢れ紫外線が降り注いだ生命誕生前の地球に戻そうとしているようだ。
しかしそうなったら人間は生きられない。
❐死を創った。
生き物は個別には死にたくないのだが、種としては死ぬシステムを創った。
生物の細胞は、細胞数を一定に保つために、一定の細胞分裂を行うと死滅するようになっている。⇒アポトーシス(プログラムされた死)
時代の変化に合わせて自らを変えるために、もとの個体のまま増殖するよりも、古い個体を壊してあたらいい個体を創っていかなければいけない。
生命は永遠であるために、自らを壊し、新しく作り直す。
❐人間が人間であること。
人間は、食べるわけでもないのに植物の花を美しいと思う。生物学や進化学でも、人間が花を愛する合理的な理由は見当たらないのだそうだ、それでも人間は花を美しいと思う。生存に関係のないもの、花、音楽、絵画、文学を美しいと思い楽しむことが文化であり、人間がが人間であること。 -
Posted by ブクログ
流し読みでざっくり読んだ。時間がある時にちゃんと読み直したい。
トウモロコシは地球のあらゆるものに使われているのに、元になった植物がわかっていない。宇宙からもたらされたというトンデモ話を紹介してるのが面白かった。マヤ文明、宇宙人との交信のオカルトがつきものだし。
農村で鬼灯茶を飲む習慣は、7月の忙しい時に臨月にならないように堕すため、とか。
しめ殺しの木、ガジュマルは植物の上で発芽して下に根を伸ばしていくスタイル。
セイタカアワダチソウは、原産国のアメリカではもっと小さく可愛らしく、州の花になったりしてる。日本ではセイタカアワダチソウの毒に拮抗できる植物がいなかったから増えた。しかき今はセイタカアワダチソウ同士で相打ちになったので昔ほどの数はいない。
ススキは海外で侵略外来種。
ホテイアオイは100万ドルの害草?と言われている。数を、倍倍で増やしてあっという間に茂るから。しかしホテイアオイは、リンや窒素を含んだ工業用水を養分にして増えるのであって、綺麗な水のなかではそんなに増えない。環境汚染がホテイアオイを化け物にする。
「ハテナ」という微生物がいる。植物と動物、どちらにも分類できないから、ハテナと名付けられた。
穀物の中に、実っても実を地面に落とさない性質を持つ突然変異が現れた。この形質が現れるように人類が改良を加えたのが今の穀物。これにより人類は農耕社会へ変化し、食べ物のために働き続けなければならなくなった。
野菜や果物は、自然界ではありえない奇形に人間が育てて改良してできている。しかし、植物の生存戦略は、いかに多く茂り、いかに多くの範囲にタネを撒くか。
人間に改良された種は、人間がこれらをサポートしてくれるのでwin-winの関係性にあるといえるかも?
植物に感情はあるのか。人間は、人間に近い情報処理を行う生命体しか生命と認識できない。しかし人間が認識できないだけで、植物は高度な情報処理を行なっている。
植物は、一つの個体の寿命を長くするより、一年草として、一年で生命サイクルを終える形に進化していった。世代交代のサイクルを早めることで、多様な進化の形をとり、生き残る可能性が高い様々な形質に分化していく生存戦略。
雑草が強いのは、抜かれては生えるプロセスの中で生命のサイクルを回し、抜かれるたびに進化しているから。 -
Posted by ブクログ
生命の歴史、特に進化についてしっかりと解説されている入門書です。
簡潔明瞭で大変わかりやすく、気持ち良く勉強できました。
追い込まれた弱者こそが進化しなくてはならない、それは貧乏くじですが革命にもなり得るのですね。
しかし、同じ大きさだったり同じ物を食べたり、同じニッチでの争いで負けることは絶滅を意味するようです。
弱者であったために人類は進化し、ニッチが重なったために他のホモ属が絶滅したのかもしれません。
サメのように進化を必要としない完成された生物、単細胞生物のように変化に伴いすぐに進化する生物、人類のように技術で補正する生物、多様化の素晴らしさと面白さに気付かされた一冊。 -
Posted by ブクログ
VUCA時代、予測不能な激しい変化が起こる場所で生き延びてきた雑草の戦略が役に立たないはずがない!
変化が少ない場所では木が強い
変化が大きい場所で強く生きてきたのが雑草
●雑草の戦略要素
・Competitive 競合型戦略
・Ruderal 乱発適応型
・Stress tolerance ストレス耐性型
●例えば、踏まれるスペシャリスト、オオバコ
・柔らかくしなやかで踏まれても折れない
・種子にネバネバ成分があり、靴の裏に着いて分布を広げる
・逆に踏まれないと成功しない状態、逆境を機会に変えたいい例
●例えば草刈りに耐えるススキやエノコログサ
・狩られないよう低い位置に穂を作り種子を実らす
・ゴルフ場では、ラフ、フェアウェイ、グリーンでは、違う高さに成長する種に進化している。
●例えば抜かれるスペシャリスト、カタバミ
・シードバンクを持っており、抜かれる等の刺激で種を蒔く
・シーズの語源はこれ。光を浴びたら種を広げる
●日本人にとっての雑草
・日本人は雑草をいい意味で使ってきた。
雑草魂
五大紋の一つ、カタバミ紋は戦国武将が好んで使ってた
天災の多い日本は変化を乗り越えることが強い
小よく大を制する
夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡、松尾芭蕉
・西洋では悪い草=雑草=weed
いい草はハーブ
・日本こそが雑草に戦略を学ぶことのできる国
●変えることと変えないこと
・雑草は変化に対して変えていくが変えないこと=コアコンピタンスを持っている
・それは、種子を残すということ
●変化を生き抜く条件
①弱さを見つめ、強みに集中する
②シンプルにすることで新たな価値を生み出す
③できるだけ戦わない。変化によって生み出される新しい環境を整える
④戦う場所を絞り込む。オプションは絞込まない。
⑤安易な価値付けをせず、多様であることに価値を置く -
Posted by ブクログ
同じ著者の『世界史を大きく動かした植物』がとても面白かったので手に取ってみたところ、予想に違わず揺さぶられっぱなしの本でした。
曰く「雑草はとても弱い」。
曰く「雑草は踏まれたら倒れたまま立ち上がらない」。
先入観を覆される気持ちよさにあふれた良書です。
先入観を覆される例をいくつか。
雑草の種をまいて育てようと思ってもまず成功しないんだとか。なぜなら雑草はどんな環境でも誰かが生き延びるという生存戦略をとっているので、決まった時期や決まった温度や決まった日照時間などのトリガーに反応しないから。(撹乱性)
セイタカアワダチソウは故郷のアメリカ北中部では「ふるさとを思い出せさる可憐な黄色い花」なんだとか。日本で3-4mにまで大きくなったのは生育環境を同じくするススキが生えていた土壌が豊かだったからで、その後に繁殖しすぎて近年は衰えてしまっており、逆にアメリカにススキが帰化植物として侵入しセイタカアワダチソウを脅かしているそうな。へぇ〜。
「雑草はとても弱い」理由とは、①個体としてはとても弱いので②あらゆる機会をとらえてあらゆる手段を駆使して生き残りを図っているから③種として強いというもの。
本編では②の具体的な生き残り戦略を豊富な事例を挙げて解説してくれるので、「どうしてこんなところに生えているのか」「どうしていつでも生えているのか」「どうして刈っても刈っても生えてくるのか」という日頃の疑問がなるほど〜と納得できる。
本書が面白いと思えるかどうかは、著者が面白がっている雑草の定義を聞いてもらえればわかる。雑草の一般的な定義は「邪魔な草」「望んでいないのに生えてくる草」だと思うが、本書はアメリカの哲学者ラルフ・W・エマーソンの「雑草とは、いまだその価値を見出されていない植物である」を紹介して「雑草かどうかを決めるのは私たちの心なのである」という。ここでフフフと笑えた方は本書向きです。
さらに、私の考える本書の白眉は「あとがき」。著者の来歴が書かれており、ご本人は師に恵まれたと謙遜しているがご本人もなかなかの人物。同じ筑摩プリマー新書の『先生はえらい』で内田樹は「教え子は先生が教えていないことを学んでしまう、弟子が『師は私の知らないことを知っている』と思い込むことによって」と言っていて、ちょうどそれを体現しているかのよう。
さらに、スティーブ・ジョブズの「connecting dots」と同じことを違う表現で「私の人生は道草ばかりだったが無駄な経験は一つもなかった」とも書いている。
表紙(装丁)がクラフト・エヴィング商會で、雑草がテーマの本だけにカラフルなMMやMMMやMが散りばめられているのもご愛敬。wwやwwwやwだとちょっとニュアンスが違っちゃったから、さすがいいセンスしてます。 -
Posted by ブクログ
稲垣さんは植物学者なので、初めのイネはそもそもどんな植物なのか、というところが専門的で詳細に書いてあり、ある意味ここが一番難しい(と言っても読めばわかる)が、後半はイネと日本史、イネと日本人という内容がざっくりと書かれており、大変わかりやすい。
なぜふつうの白米よりもち米が白いのか、餅はごはんよりすぐお腹いっぱいになるのに、お腹が空くのも早いのはなぜか(まあ、消化がいいんでしょ、程度に考えていた)というような、素朴な疑問も全て解けた。
日本の田舎の風景とヨーロッパの田舎の風景を比較すると、ヨーロッパは広々として家も点在してるのに、日本はちまちまと寄り集まっていてかっこ悪いような気がしていたが、これもコメの作物としての優秀さを表しているそうだ。麦は連作障害が起こるため、牧畜を挟まないといけない上、コメと比較すると収量が低いので(15世紀で、撒いた種の3~5倍、コメは20~30倍。現在では麦は20倍、コメは110から140倍)面積を広くせざるを得ない。
稲は少ない面積でたくさんの人を養うことができる。だから日本の農家は寄り集まっている、というわけ。
ではなぜコメは連作障害が起きないのか、という理由も書いてある。
狩猟採集生活から稲作への転換で、貯えることのできる「富」としてのコメをたくさん持つことが権力となったことや、日本ではほぼ通貨として使われた訳など、コメがどれほど日本の歴史に大きく関わっているかがよく分かった。
この本を読んで初めて知ったことも多かったが、読み終わって、いや、これは日本人として、知っておかなければならない基礎知識だよな、と思った。こんなことも知らないで今まで生きてきたとは情けない、という気持ちになった。
とても読みやすく面白いので、日本に住んで、コメを主食として生きている人は読むべき本。 -
Posted by ブクログ
動物と異なり動かない植物にも適者適存、過酷な生存競争がある。植物同士の戦い、対環境、対病原菌、対昆虫、対動物、対人間について分かりやすい記述で語る。
植物の生存競争に関する本。特に花と花粉に関する進化が有名だろう。花粉を運ぶ役割を昆虫に持たせる共存関係。時に蜜だけを長い口吻で奪う蝶のようなフリーライダーも存在するが。同じように種を鳥に食べさせ遠くまで運ばせる戦略やネズミやリスの習性を利用したドングリ。あまりドングリが豊富であるとネズミ、リスが増えて全て食べられてしまうため、あえて数年おきにのみ豊作となる戦略を取ったという。
対人間。苦味のあるピーマン、辛みのトウガラシ。動物に食べられないための戦略が、まさか人間が調理に活用するとは植物の誤算だろう。ただし農作物も考えようによっては品種改良の結果、人間が育ててくれるのだから成功した戦略なのがしれない。
奥の深い植物の進化の世界を堪能しました。