稲垣栄洋のレビュー一覧
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「言葉には力があります。」と“はじめに”の冒頭に書かれている「人々は、物言わぬ植物から多くを学んできました。そして、それを「言葉」として残してきたのです。」と。
俳人や著名人、歌詞や物語の言葉と植物の自然にしっかりと根ざし、直向きに生きる強さに涙と勇気がもらえる。挫折しそうな時、人生の節目の時、弱く頭を垂れる時…、植物は何が本当に大切なことなのかを知り順応し生きるという。
一つ一つの言葉が、植物の知恵が私の心に迫る。一人ひとりが唯一無二のものであることを、植物それぞれが精一杯生きるその姿を通して私たちに示してくれている。
そこに目を向ける者でありたい。
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農作物が文明を支えたのはある程度一般常識だが、それ以外にも様々な植物が歴史に紐づけられていて非常に面白い。古代オリエントはコムギ・オオムギ、インダス文明はイネ、黄河文明はダイズ・ムギ、長江文明はイネ、アステカ・マヤはトウモロコシ、インカはジャガイモ。生産量トップ5は当然入ってくる(トウモロコシ、コムギ、イネ、ジャガイモ、トマト)、三大穀物がいずれもイネ科なのは必然のようだ。 自然が豊かな地では農業は発展せず、逆に環境が厳しいところでこそ手間暇かけて農業をやる背景になる点が印象的。アフリカ東部で出現した人類が大地溝帯によって森林から草原での生活に代わり、それがどのような淘汰圧を作用させたのか気になる。牧畜をやるにしても食用にするのが難しいイネ科植物が結局必要なので植物の重要性は変わらない。黄河文明と長江文明の激突である春秋戦国時代も結局は寒冷化による農作地確保の争いが原因。その後、敗れた越の人々は山の中に棚田を拓き、日本にも伝わってきた。もともと自然が豊富だった東日本は縄文時代後期の寒冷化後に遅れて農業が広まってきたとのこと。イネは欧州で主流だったコムギなどと比べて収穫できる量が格段に大きく、日本の人口を支える要因となった。畑を休ませる必要もなく、田んぼでは毎年イネを育てることができるのでなおさらだ。ダイズと合わせれば必要な栄養が全部揃うが、ダイズはほとんどアメリカ大陸からの輸入に頼っている状態。戦国武将はそれぞれ山に囲まれた拠点にいるイメージだが、まさにコメの穀倉地帯を巡る争いだったともいえる。その後平和な江戸時代が来ると平野部の開発も進んだ。もともと東南アジア原産だが南国は自然も豊かなため、北限地域である日本ほどイネに依存しなかった模様。逆に欧州では草原を動物に食べさせて家畜肉でも栄養を取る必要があり、保存のためのコショウが重要で大航海時代を迎える下地となった。十字軍がきっかけでコショウが知られたとされるが、世界史はまさに植物というか食糧に支配されているかのようだ。トルデシーリャス条約の分岐点はもっと大西洋東側かと思ったが、ブラジルはポルトガル領となったように結構西側だったのだと再認識した。その後のサラゴサ条約の境界線がちょうど日本とは…結局は布教活動をしないオランダとの国交が確立する形になる。 ところでアフリカとの交易で黒人奴隷が増えて自国の生産性が落ちたとか、富が腐敗をもたらしたからポルトガルが衰退したと指摘しているが、出資元のイタリア諸国について述べておらず、金融という観点から歴史の本質を見れていないのが残念。オランダについても世界初のバブル経済といわれるチューリップ・バブルが衰退の原因と指摘しているが、商売気が強くて海軍力に投資しておらず軍事力でイギリスに敗れた本質が欠如しているのも残念。
各国の料理は古い伝統の印象があったが、大航海時代がきっかけとなっているケースが多いのは驚くべき事実。トウガラシはアメリカ原産でありながら欧州よりも暑さの厳しいアジアで受け入れられ、トムヤムクンやグリーンカレー、四川料理などが発展。韓国でもトウガラシが受け入れられているのは元の支配下で仏教が禁じていた肉食が習慣化したからだった。聖書に載っていないジャガイモが苦労の末に欧州でも普及するが、その結果ジャガイモを食べる唯一の家畜である豚が広まり、欧州の肉食が進んだ。ドイツのソーセージもポテトも大航海時代の結果の一つ。麦類に変わってジャガイモが主食となると、やせた土地でも寒冷地でも収穫ができ保存もきくため余裕ができ、人口が増えることで国力も上がり、産業化への労働力も確保できる。さらにビタミンCを多く含むため航海食での壊血病も防止できる。アイルランドは単一種のみジャガイモを栽培していたので病気によって大飢饉になり、その時の移民がアメリカで活躍する因果もある。イギリスの船乗りが保存食で採用し、後にイギリス海軍や日本海軍にも取り入れられたカレーの由来は、インドの古くから伝わる伝統料理のイメージがあったが違った。
ジャガイモと同様にアンデス原産のトマトも、大航海時代の結果まずナポリで普及し、スパゲティやピザが誕生した。地中海料理のルーツも大航海時代の賜物というわけだ。
食用以外では産業革命のもとになったインドの綿も紹介されている。綿花と奴隷による三角貿易の他に、綿製品とアヘンによる三角貿易も紹介されている。インドの紅茶も中国産に依存しすぎたイギリスがアッサム種を発見したことが起源となるのでそれほど古い話ではない。
ほかには、中央アジア原産のたまねぎのおかげで古代エジプトが栄えた事例や、戦国時代の軍用食としての味噌なども取り扱われている。 -
面白すぎて時間を忘れる雑草のふしぎ
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「雑草魂」
雑草のように、踏まれても、厳しい環境にあっても立ち上がる、不屈の精神を指す。
ところが、雑草の研究者である著者によると、
雑草は、踏まれたら、すぐには立ち上がらず、
種を温存して、時期が来てから立ち上がる。
雑草の種類によって、種のつけ方が違うように、
種の多様性は、居場所の多様性。
「人間も生き物だから、できるだけ多様性を保って、ばらつこうとする。」
様々な学生の性格に寄り添って、暖かい指導で、
ザッソウケンがとても楽しそう。
フリースクールの子供達のように、
学校に居場所がなくても、違う場所で立派に立ち上がっていく力を秘めている。
雑草=邪魔な草、
邪魔になるかは人によって違い、
人が勝手に分類しているだけ。
全ての生き物が微生物によって、土が作られる。
1センチの土がおよそ100年~400年を要するなんて、凄い壮大!
Z世代の生きづらい若者たちに、
「頑張らないことを、頑張ること」
そんなエールを送ってくれる。 -
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ユーモアもあって、とっても面白い。
これから大学に入る高校生とかにもおすすめしたい。
よく、雑草は踏まれても踏まれても立ち上がるというけれど、実は、そうでもなくて、雑草は、倒れたまま、一番重要なことのためにエネルギーを取っておくらしい。
雑草は、種子のまま環境が整うまで待っていて、無理して芽を出さない。
なんか、涙が出そうになった。
他の章も面白くて、雑草と、それを研究する学生とのやりとりが面白い。ああ、研究って、雑草って面白そうだな、そう思わされた。
身近な雑草が、今までとは違って感じられる。早速、裏庭の雑草を抜きに行きたくなる。
最後の方に、「まだまだ書き足りないことがあるけれど、それは続編のお話にすることにしよう。続編がありますとはまだ誰からも言われていないが‥‥‥。」とあるが、続編を切望します。
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生物に学ぶ ガラパゴス・イノベーション
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稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)
1968年、静岡県生まれ。1993年、岡山大学大学院農学研究科(当時)修了。農学博士。専攻は雑草生態学。1993年農林水産省入省。1995年静岡県入庁、農林技術研究所などを経て、2013年より静岡大学大学院教授。研究分野は農業生態学、雑草科学。農業研究に携わるかたわら、雑草や昆虫など身近な生き物に関する著述や講演を行っている。著書に『弱者の戦略』(新潮社)、『身近な雑草の愉快な生きかた』(筑摩書房)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHP研究所)、『雑草手帳』(東京書籍)など。
ガラパゴスはもともと、スペイン語でゾウガメを意味する言葉である。 スペインの探検家たちは、ゾウガメが草を食んでいる常識外れの光景に驚愕したことだろう。そして、驚きをもってこの島を「ゾウガメの島」と呼んだのだ。ちなみに、ガラパゴス諸島は通称であり、正式にはコロン諸島という。コロン諸島は、コロンブスの名に由来している。しかし、この島々が正式名称で呼ばれることはない。
確かに世界の潮流からはずれれば、リスクもあるし、デメリットも大きいかもしれない。しかし、物事にはマイナスもあればプラスもある。マイナスばかり見て、嘆いているよりも、プラスの面を活かすことを考えてみても悪くはないだろう。 世界の潮流から離れた進化は、世界の常識を超え、オリジナリティに満ちた進化でもある。もし、「独創的」であることや、「革新的」であることが、求められているとするのであれば、「ガラパゴスの当たり前」ほど、強さを発揮するものはないだろ う。
島の生き物には圧倒的にダメなところがある。それは、競争に弱いということだ。 もちろん、島の中でもまったく競争がないわけではない。しかし、群雄割拠の生き物たちがひしめきあう大陸という環境に比べると、島の競争はマイルドなのだ。 島の生物は、激しく競争することに慣れていないので、島の外から外来種がやってくると、見る見るうちに追いやられてしまう。そして、絶滅の道を歩んでしまうのだ。
それでは、島の生き物はまったくダメな存在なのだろうか。 さにあらず。 競争に弱いというのは、より大きくより大きくと巨大化した体で相手を圧倒した り、巨大な力で相手をねじふせるような「大陸型の競争」に弱いというだけの話であ 何もまともに正面から戦う必要はない。戦い方は一つではない。さまざまな戦い方 がある。それなのに、島の生物は戦い方がわからないから、まともに大陸の生物と戦ってしまう。そして、相手の土俵で、相手のルールで戦ってしまうのだ。 これでは、勝てるはずがない。 もちろん、生物の進化は時間がかかるから、戦略を一朝一夕で変えられるはずもない。そのため、人間が持ち込んだ外来種の前に為す術もない。 しかし、私たちは知恵のある人間である。 人間は戦略を選ぶこともできるし、戦略を変えることもできる。 それなのに、どうして大陸からやってくる強大な力を前に、正面から競争しようとするのだろう。どうして、大陸に有利なルールで戦おうとするのだろう。 島には、島の生き物の戦い方があるのではないだろうか。
たとえば、ニュージーランド島のキーウィは有名だろう。キーウィは、ニワトリほどの大きさしかなく、まったくの無防備なように見える。しかし、島という環境であれば立派に生きていける。飛ぶというのは無駄な行為なのだ。 キーウィは自分の体の大きさに対する割合では、もっとも大きな卵を産む鳥であ る。何と、キーウィのメスは、自分の体の二割ほどもある巨大な卵を産むのだ。空を 飛ばないことで余ったエネルギーを、子孫を残すという生物本来の日的のために投資 しているのである。 大型哺乳類の存在しなかったニュージーランドには、飛べない鳥が多い。絶滅してしまったモアもニュージーランドの鳥である。また、オウムの仲間であるフクロウオウム(ヵカポ)やクイナの仲間のタカへやニュージーランドクイナなど、ニュージーランドには、さまざまな飛べない鳥が生息している。 もちろん、進化の島、ガラパゴス諸島にも飛べない鳥はいる。それは、ガラパゴス コバネウというウの仲間である。その名のとおり、羽が小さく飛ぶことができない。 世界に三〇種ほどいるウの仲間の中で、飛ぶことができないのは、このガラパゴスの ウだけである。 アフリカのマダガスカル島にも、空を飛べないノドジロクイナがいる。 そういえば、日本で唯一の飛べない鳥であるヤンバルクイナも、沖縄という島にす んでいる。 「鳥は飛ぶのが当たり前」ではない。「鳥は飛ぶべきである」も間違いである。 鳥だって飛ぶ必要がなければ、飛ばなくたっていいのだ。それが、島の論理である。
小さな動物は、敵に襲われれば物陰や小さな穴に逃げ込むことができる。隠れるに は、小さい体のほうが身を隠しやすいのだ。それに、ライオンやトラのような強大な 猛獣は、ネズミのような小さな獲物はまともに相手にはしないことだろう。 「体が小さい」ということには、それなりのメリットがある。つまり、体を小さくするということも、立派な戦略なのだ。そのため、天敵の多い場所では、ネズミなどの動物は、わざわざ体を小さくしているのである。 島では、天敵がいないので、わざわざ体を小さくすることはない。そのため、小さな動物は、島では体が大きくなるのだ。
一七九九年、オーストラリアから奇妙な生物の毛皮が英国に送られてきた。 その毛皮は、一見するとカワウソのような姿をしているが、顔には、カモのくちばしがついている。英国の研究者たちは、それを剝製師が作り上げた偽物だと考えた。 それがオーストラリアで発見されたカモノハシである。 研究者たちが偽物だと考えたのも無理はない。 カモノハシは、西オーストラリアに分布する哺乳類でカワウソのような体で水中を泳ぎ回る。しかし、その口はまるで水鳥のようなくちばしになっているのである。 当時の研究者たちはそんな生き物は見たこともないし、この世にそんな奇妙な生き物がいるとは想像もできない。人々の想像力をはるかに超えた、何とも奇妙な生物 だったのだ。 じつは、カモノハシは古い時代の哺乳類の特徴を残す「生きた化石」である。 島という環境は、競争が少ないため、古い時代の生き物がそのまま変化することなく生き延びることがある。 カモノハシはオーストラリアやタスマニア島という、他の大陸から隔離された島の 環境に分布している。オーストラリアやタスマニア島は、水の中を生息地にする哺乳 類が少ないため、カモノハシのような古いタイプが生き残ることができたのだ。
日本に続いて老舗数の多いドイツでおよそ八〇〇社、それに次ぐオランダとフランスではおよそ二〇〇社だから、日本の老舗の多さは飛び抜けている。 アメリカの企業は「今」が大切である。そのため、短期の利益を追求し短期での企 業評価を行う。人々も移動をする。とにかく「今」が大切なのだ。 驚くことに長い歴史を有する中国の企業も「今が良ければ良い」と考える傾向にあ るらしい。中国は歴史が長いとはいえ、その歴史の中では国が入れ替わり、常に大き な変化が繰り返された。そのため、将来のことを考える余裕がなかったのかもしれな このように大陸の企業は、今をいかに成功させるかに注力する。 しかし、日本は違う。 日本の老舗は、先祖代々の店を、次の世代に引き継ぐことが求められる。 つまり未来が大切なのである。老舗に代表される事業をつないでいくという考え方 も、もしかすると、ガラパゴス的な考え方なのかもしれない。
大陸の生物は、力と力がぶつかり合う厳しい生存競争を勝ち抜いた猛者ばかりである。それなのに、どうして大陸の生物の土俵で戦おうとしてしまうのだろう。どうして 大陸の生物と力の勝負をしようとしてしまうのだろう。 ガラパゴスには弱みもあるが、強みもある。ガラパゴスの弱みを嘆くのもいいが、 勝ち抜くためには、ガラパゴスの強みを活かすしか道はない。
何より、日本人は清潔好きである。トイレにはトイレの神様がいて、トイレ掃除をすると金運があがり、美人になると言われる ほど、トイレを美しくすることに対して関心が高い。 -
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動物は体内にビタミンCを創り出す仕組みがあるのだが、サル類は果物を食べるようになって、ビタミンCを創り出す仕組みを失ったそうだ。あらあら、そんなわけで人間は野菜や果物を食べないとだめなんだねえ。
ジャガイモは茎や葉まで食べていて毒があったので、悪魔の植物と呼ばれていたそうだ。
トマトはその鮮やかな赤から観賞用だった。
ナスはもとは高級食材だった。ナスニンはガン予防になる。
カリフラワーはケールから進化したもので、花が咲かないようになった。アルビノで白い。
トウモロコシは種が落ちないように品種改良された。世界で一番栽培されている植物。
サトイモのヌルヌルはガラクタンで、免疫力を高める。
大根足とは、もともとスマートで白い足のこと。
カブはうんとこしょと言って頑張らなくても簡単に抜ける。
ニンジンをうさぎはそれほど好きではない。カロテンは免疫力を高める。
ゴボウを食べるのは日本だけ。そう言えば、他の本で読んだのだが、戦争中、日本で外国の捕虜にゴボウの料理を出して、戦後、捕虜虐待と非難されたそうだ。
キュウリは黄ウリから。熟さない緑のうちに食用としているのだ。江戸時代の武士はキュウリを食べなかった。どうしてかな?キュウリを横に切ると分かるよ。
レンコンは真ん中に一つ、まわりに九つ穴がある。
サツマイモを食ってもおならは臭くない。臭いのはたんぱく質のせい。サツマイモはほとんど炭水化物で、たんぱく質はほとんどない。
キャベツを生で食べるのは日本人だけ。
ハクサイを霜から防ぐために、冬になると周りを糸で巻く。
ホウレンソウにはオス株とメス株があって、気付く前に食べてしまう。
レタスは虫を寄せ付けない苦い白い汁を出す。
ネギが白いのは土を掛けるから。
モヤシは萌やしから。ひょろひょろと生えるからね。
ニンニクとタマネギを毎日、ピラミッドを作る労働者たちに配った。エネルギーの源だった。
トウガラシの辛さを鳥は感じない。
スイカをメロンの側に置くと、エチレンのためにすぐに熟して腐ってしまう。
イチゴのへたの下に甘さが集中している。
ほうほう、面白いなあ。 -
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ネタバレとて読みやすい。著者は農学部の教授である。文章の表現から筆者がきっと学生にとって優しい先生なのではないかと感じさせられる(激しい思い込みかもしれないですね、すいません)。難解な漢語も言い回しもせず、ゼミで話をしているかのような文体なので、自分のゼミを懐かしく思い出してしまった。個性というものが自然と現れる人になろう!と思わせてくれるそんな本だ。個性とは?、ふつうとは?、区別とは?、多様性とは?といったなんとなく分かった気になっている言葉だけど、これらをあらためて深く考えさせてくれる。ぜひ就職活動をしている学生さんにお勧めしたい。大学のゼミの後輩の方々にもオススメである。
この本を読むきっかけは、息子が塾で私立中学入試の国語で出題されたおすすめの本として紹介されていたものだったのだけど、大人が読んでも十分考えさせられるし、楽しめる。しかし最近の小学生はとても良質な論説文を読んでいるのだなぁと感心させられる。本を読むのは大事だけど、それだけの頭でっかちにならずにチャレンジする行動力や非認知能力もぜひ鍛えて、個性を大切にする素敵な大人に成長してほしいと思う。 -
Posted by ブクログ
植物がいかにして自然界での生存競争に生き残ってきたか。その戦略を分析している。動物や昆虫の力をしたたかに利用して進化してきた様は実に見事だ。
植物の進化は同時に動物や昆虫の進化でもある。どちらが先かわからないが、相手からの補食を防ぎ、あるいはその防御を突破し、お互いの利点を利用し合うことで自然界でのバランスが絶妙に取れた結果、生命が成り立っていることがわかる。
あとがきがまた面白かった。かつて地球は二酸化炭素で充満し、そのため植物が大発展。結果酸素という「毒性物質」を大量に地球上に放出することで動物が過ごせる環境を作り上げてしまった。人類は二酸化炭素を排出し、植物が過ごしやすい環境を急速に作り、原始の地球を取り戻そうと行動しているのだ、と結んでいる。
SF的な考え方だが、あながち荒唐無稽と言いきれないように思える。