稲垣栄洋のレビュー一覧
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タイトルだけ見るとナマケモノについての専門書と思うが、実際は29種類の生物昆虫雑草の不思議な生態とその進化発達の理由を解説している。一生物につき3-6pほどの解説。一つの解説が細かすぎるわけでないので、サクサク読める。逆に細かく知りたいと期待する人には物足りない、一般書れべるだろう。
一つ一つの生物の紹介、導入文と、結文が素晴らしい。
例えば
ナメクジは嫌われている。かわいいイラストやマスコットになることはほとんどない。それどころか、見つかると塩をかけられるのが、ナメクジの宿命だ。ナメクジは、何とつまらない生き物なのだろう。
神さまはどうして、こんなつまらない生き物をお創りになったのだろう。
(中略)
だからね、殻のあるカタツムリも殻のないナメクジも、そのままでいいんだよ。
というように、解説する生物ヘビ、アホウドリ、ブタなどに対するイメージを上手に切り取るとともに「神様はどうしてこんな生き物をお創りになったのだろう」「だから、そのままでいいんだよ」という導入と結文が定型になっており「昔々あるところに…」「そして、幸せに暮らしました(了)」というような絵本の決まり文句のようで、新たな話が始まること、気持ちよく話が終わることがワクワクして楽しかった。
きっと子どもに読み聞かせても楽しんで聞いてもらえそうだ。
そして終わりの章では意外や、最後に人間について取り上げている。他の生物と違って、特別何かに秀でているわけではない。足の速さなど個人差が大きい。
一般に生物は自分の強みを活かせるエリアを見つけて生存していくが、人間はどうしたら良いか、哲学的な問いのある章で結んでいる。
子どもが10歳くらいになったら読み聞かせてみたい。 -
Posted by ブクログ
進化は小さい方が有利なんだ
以前読んだ鳥の本にも同じ理由が書かれていた
恐竜は大きすぎたんだなー
裸子植物から被子植物への変化は
恐竜を絶滅に追いやった??なんてオドロキ
↑というのは毒を持つ進化などらしい
裸子植物は維管束無しだが、確実に水を細胞に行き渡せられる
低温に強い
御神木によくある杉や銀杏に大木が多いのはそういうわけ
花を美しいと思うのは文化である
ひまわりに元気をもらったり
五角形の花々を可愛いと思うのはなぜだろう?
文化じゃない何かがあるような??
赤い色は果実が熟しているサインだから
おいしそうに感じる
日本タンポポが西洋タンポポに追いやられて減っているわけではない
都市部に増える西洋タンポポが増えているだけ
生育に適した日本の自然が減っているから
若い人たち向けに執筆された本らしく興味を引きやすい例えを採用している
学校生活とか野球の例が面白い -
Posted by ブクログ
ネタバレ(本から)
「細胞内共生説」
原核生物(バクテリア(細菌))から真核生物へ
ミトコンドリアの祖先は、酸素呼吸を行う細菌
細胞の中に取り込まれた葉緑体の生き物は、細胞の中で光合成を行うようになった。
細胞は細胞核を作り、自らのDNAを格納した。
生命は、過酷な逆境でこそ進化を遂げる
アリストテレス
「植物は、逆立ちした人間である」
生物の生息地をニッチという
ニッチを奪い合う進化の過程
動物に対する対抗手段として効果的な毒成分はアルカロイドである。このアルカロイドは窒素化合物を原料とする。窒素は、植物が根から吸収するものであり、限りある資源である。窒素は、植物の体を構成するタンパク質の原料であり、成長に不可欠なものである。そのため、植物がアルカロイドなどの毒成分を生産しようとすれば、成長する分の窒素を削減しなければいけないのだ。
(略)
苦労して少しばかりの葉を守るよりも、他の植物に負けないように生い茂り、枝や葉をそれだけ増やした方が良いのである。
出来る限り「戦わない」というのが、生物の戦略の一つになる。(略)
生物は、自分のニッチを軸にして、近い環境や条件でナンバー1になる場所を探していく。つまり、「ずらす」のである。この「ずらす戦略」はニッチシフトと呼ばれている。
進化が作り出した生物の世界は多様性に満ちている。あらゆるものが個性を持ちながらつながりを持っている複雑な世界である。人間の脳はこのところ複雑さが区別できないのだ。
(略)
自分に必要な情報のみを切り出して、単純化する能力を発達させてきたということなのだろう。
自然界には境界はない。全てがつながっている。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ13種類の植物を取り上げ、それぞれの植物と人類との関わりの視点から世界史を紐解いている。
植物という自然側からの視点で、世界史を見るのは新鮮で、より立体的に世界史を感じることができた。そして何より、人類の生活に対する考え方が変わった。
特に興味深かったのは、イネやコムギ、トウモロコシといった穀物の章。人類の文明には、それを支えた作物があり、それぞれの大きな文明と主要な穀物の農業はセットだった。
人類は、砂漠に水路を引き、そこに種子を播いて育てることで農業をスタートさせ、保存が可能な穀物は、「富」を生み出し、社会や争いを生み出していった。
現代では、その植物の起源地ではない場所に運ばれ、栽培されている作物が多い。和食に使われる食材も、もとを辿れば、海外にルーツをもつものばかりだ。一見人類が好き勝手に植物を支配しているようにも感じるが、実は支配されているのは人類の側なのだと思えてくる。
「恵まれた地域の方が、農業は発達しやすいように思うかも知れないが、そうではない。農業は安定した食糧と引き換えに、重労働を必要とする。農業をしなくても十分に食糧が得られるのであれば、農業をしない方が良いに決まっているのだ。」
「栽培作物は、人間たちに世話されて、何不自由なく育っている。そして人間は、せっせと種をまき、水や肥料をやって植物の世話をさせられているのである。そのために、人間の好みに合わせて姿形や性質を変えることは、植物にとっては何でもないことなのだろう。人間が植物を自在に改良しているのではなく、植物が人間に気に入るように自在に変化しているだけかも知れないのだ。」