武田将明のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「ペスト流行の都市の記録
1665年の最後の大いなる厄災に襲われたロンドンにおける
公的及び私的な最も驚くべき出来事の報告あるいは覚書
その間ずっとロンドンに留まっていた一市民による未公開の著作」
↑ この長いのがフルの題名かな?
同じ著者のデフォーの「ロビンソン・クルーソー」も、正式な題名は「自分以外の全員が犠牲になった難破で岸辺に投げ出され、アメリカの浜辺、オルーノクという大河の河口近くの無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に海賊船に助けられたヨーク出身の船乗りロビンソン・クルーソーの生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述」という長ったらしいものなんですよね。
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時は1665年
恐怖のペスト、ロンドンを襲う
消えされた命はざっと十万
それでもぼくは生きている!
1664年12月ロンドンでペストにより死者が出た。
感染はあっという間に広まった。
本書は、ペスト禍にロンドンに留まった男が書いた、ペストの感染の広がり具合、ロンドン市民の様子、当局の対策法、新聞発表の死者の数、そしてその翌年のロンドン大火事のことなどの手記という形式の小説。
物語性はあまりなく、目立った登場人物もほとんどいない。語りも淡々としているがこのそっけなさがこのそっけないような書き方がむしろまさにその場にいた人間のギリギリの精神状態の様子を感じさせられる。なにしろ著者自身もこの手記が出版されたときにはすでに墓地に入れられていることがわかるのだから、まさに明日は我が身だったのだ。
デフォー自身は、1665年のペスト流行時は5歳で家族と別の場所に避難していたらしいのだが、ロンドンに残った親戚から聞いた話や、自分たちがロンドンに戻ってから感じた雰囲気などを表しているのか、淡々とした語り口にむしろ当事者としての緊迫感と身に迫るような閉塞感とが感じられる。
こちらの版では、「ペストの記憶を読むための地図」が収録されていたり、原文にはない章わけがされていたりと読みやすい。
以下印象的だったこと。
・ペストに罹った家族はできるだけそれを隠した。周りから白い目で見られたり、家を閉鎖されて健康な家族も一緒に閉じ込められてしまうから。
・ペストが出た家は閉鎖され、監視人がついた。だが人々はなんとか家を抜け出そうとした。そのために、監視人と暴力沙汰が起きたり、地方に感染を広げてしまったりした。
・家の閉鎖は当局の失敗。健康な家族も閉じ込められるので、家族のペストを隠したり、なんとかして家を抜け出そうとしたから。
かといって、初期の頃はペスト患者にお見舞いに行った人たちが罹患したりしたので、ペスト患者の家を閉鎖したことは確かに有益だったという面もある。
この手記においても「家の閉鎖」問題は何度も語られている。
・ペストに罹った人たちは、膿で苦しみ狂乱状態に陥ったり、元気に散歩していて疲れて休息してそのまま死んだり、家族の死に発狂してペストそのものではなく恐怖で死んだり、そしてどの家からも家族を失った嘆きの声が聞こえてきたという。
・比較的裕福な人達は早めに田舎に逃げたり、広場の小屋に籠もった。行き場所がない人たちは、徒歩でロンドンを出て、野宿をして過ごした。広場のテントに籠もっている生活はそれはそれで安全を保てていた。
・避難した人たちが、公共の乗り物に乗ったり、宿に泊まったりしなければ、あんなに感染が広まらなかっただろう。
・怪しい医療やまじないが流行った。詐欺行為。
・ロンドンに遺体が転がり、住人がいなくなった家からは略奪が行われた。
遺体問題は徐々に回復して、日中遺体が放置されることはなくなっていった。
・当局は秘密主義だったし、非常時に守るべき規則を定めてもいなかったので食料貯蔵がなく、貧民たちは困窮した。
・食料対策は、ロンドン市の対策として食料品の商売人をロンドン市内には入れずに市の入り口の広場で品物を広げた。そのため感染が防げたり、食料も揃った。
・失業者は、製造、流通、水上交通に関わる人々、家の建築に関わる人々、商売家庭に奉公してた人たちなど多種に渡る。
・市長や行政官は、貧民たちに仕事を与えた。ペスト患者の看護、死者をカートで運搬して共同墓地に放り込む仕事、閉鎖された家の監視人。
危険な仕事であっても貧乏な人たちは仕事があればなんでも就いた。
・多くの犬猫が殺された。
・人々は「絶望のために感染から逃げるのぞみを失い、このペストを生き抜くのを諦めた」
・ロンドンから逃げた医者や聖職者への風当たりが強かった。
・イギリスは海外との貿易を禁じられた。
・貧民たちへは、金銭的に余裕のある人達が積極的に助けた。イギリス国民の素晴らしさ。
だがペストが終息した後も貧民に仕事が戻らず苦しんだのだが、寄付は減ってしまった。
・ペスト終息の翌年にロンドン大火事が起きた。だがこれらのためにイギリスでの商売は繁盛した。
・著者が例として出した、ロンドンから逃げた三人の男たちがいる。
彼らは他の逃げ出した人たちと合流し、なんとか田舎の人たちの理解を得て広場で小屋を作り安定した生活を送ったというエピソードが語られる。
・終息のはじめの頃は、死者数は減らなかった。だが重症者が減ったり、回復者が増えていった。
そして徐々に死者も減っていったのが見えるようになった。 -
Posted by ブクログ
デフォーの伯父をモデルとした架空の書き手が1665年のペスト流行時のロンドンの状況を語る。
読む前は資料的な作品かと思っていたので、退屈な本だろうなと覚悟をして読み出しましたが、その臨場感あふれる語り口につられて一気に読み終わりました。
約350年前の話ですが、ニュースを見ているような臨場感。病に対する恐れと行動は現代とかわりませんが、いまと違うのは、人間にどうにもならない時に宗教に頼ることができた点でしょう。
あと、現代と変わらないといえば、1ページ目にあった「そのころは新聞みたいにさまざまな事件やうわさを広めるための印刷物がなかった。つまり、後の時代に見られるように、誰かが事実を好きなように書き換えることもなかったわけだ。」という、当時最新のメディアであった新聞への批判と取れるような記述が、現代のネットニュースに対する批判と重なって興味深かったです。 -
Posted by ブクログ
1665年にロンドンを襲ったペストの被害について、H.F.という架空の人物の視点による記録。
H.F.はペストから逃れるため疎開する者も多い中、ロンドンにとどまり、混乱する市民の様子を語る。
時代は違えど、今のコロナ禍と通ずるものが多かった。
感染を恐れて田舎に逃げ出す者、周囲の目を気にして疑わしい症状を隠す者、根拠のないインチキ薬を売る者、感染を自覚しながらわざと周囲の人にうつそうとする者、絶望のあまり自ら死を選んでしまう者…
いつの時代も得体の知れない疫病を恐れる人々の心の動きは変わらないものなんだな…
このコロナ禍も収束がいつになるかはわからないけれど、『それでも私は生きている!』と言えるように自分も家族もまだしばらくはがんばらないと! -
Posted by ブクログ
村上春樹/ルイス・キャロル/大島弓子/谷崎潤一郎/コナン・ドイル/J・R・R・トールキン/伊坂幸太郎/太宰治
どれかの名前にピンときたら読んでみてもいいかもしれない。
書評家、作家、翻訳家が10人。
ブコウスキーの訳者として知られる都甲幸治さんをホスト役にして1作家3人ずつの鼎談方式のブックガイド。
ブックガイド好きな上に本について語り合ってる人たちも好きな自分には楽しかった。
各テーマも興味深く、例えばキャロルは「あえて男三人で『不思議の国のアリス』を語る」とか太宰は「ダメ人間を描く小説の作者はダメ人間か」とか。
なるほど~と膝を打ちたくなるような考察もあって面白かった。いやあ、自分頭固いわ。
ただ他の方も書かれているようにネタバレも激しく、映画『ファイト・クラブ』のどんでん返しもしゃべってしまっているので、伏せ字にするとかネタバレ注意をいれるとかしてほしかった。
あと話題に上がった作品のリストもつけてほしかったな。
大島さんファンなのでミランダ・ジュライとケリー・リンクはひとまず読んでみようと思った。 -
Posted by ブクログ
芥川賞や直木賞なんて世界の文学賞のうちに入るのだろうか?日本の作家が書いた日本語の小説しか対象になっていないのに。なんてことを思ったけれども、読んでみました。今年も話題になっているのは、もちろんノーベル文学賞。村上春樹さんがとるかどうか、メディアで騒がれました。この本を読むとわかるのですが、その根拠になっているのがカフカ賞。この賞をとった人が二人、ノーベル文学賞をダブル受賞しているんだそうで、まだ受賞してないのが村上春樹なんだそうです。カフカ賞はチェコ語の翻訳が一冊は出ていないと受賞できないそうで、村上春樹がとった2006年は『海辺のカフカ』が翻訳された年。タイトルがよかった?
そのノーベル文学賞。世界的に開かれているような気しますが、実はヨーロッパの主要言語しか読めない人が選考委員なので、そうした言語で書くか翻訳版が優秀であること、北欧諸国出身だとさらに有利、とのこと。タイトル関連でいうなら『ノルウェイの森』に分がありそうなものだが、どうなっているんでしょう。それはさておき、8大文学賞として取り上げているのは次の賞です(開始年)。ちなみに、受賞対象が作品になっているのが、*のついている賞で、何もついていないのが、作家に与えられる賞です。<>内が本書で取り上げている作家名。
ノーベル文学賞(1901年)<アリス・マンロー、オルハン・パムク、V.S.ナイポール>
ゴンクール賞(1903年)*<マルグリット・デュラス、ミシェル・ウェルベック、パトリック・モディアノ>
ピュリツアー賞(1918年)<ジュンパ・ラヒリ、スティーヴン・ミルハウザー、E・P・ジョーンズ>
芥川賞(1935年)*<黒田夏子、小野正嗣、目取真俊>
直木賞(1935年)*<東山彰良、船戸与一、車谷長吉>
エルサレム賞(1963年)<J・M・クッツェー、イアン・マキューアン、イスマイル・カダレ>
ブッカー賞(1968年)*<ジョン・バンヴィル、マーガレット・アトウッド、ヒラリー・マンテル>
カフカ賞(2001年)<フィリップ・ロス、閻連科、エドュアルド・メンドサ>
この本は、都甲幸治さんを中心に、「小説家や書評家、翻訳家など本にまつわる様々な職業の人々に、一つの賞につき一冊ずつ、合計二四冊読んでもらい、全てを読んだ上、鼎談の形で論じてみたもの」。談話形式なので、口調がくだけていてとても読みやすい。鼎談の間には、都甲さんと、僕が翻訳本を選ぶ時の目安にしている翻訳家のひとりの藤井光さんのコラムもある。外国文学って、よく分からないけど、どんな本があるのだろうと考えている人には役に立ちそう。
で、はなから外国文学好きの人たちには、もっと面白いんじゃないかな。というのも、それぞれの賞の特徴についてふれたあと、その賞の受賞者たちの小説について三人が語るんだけれど、選ばれている作家の顔ぶれが、いいんです。今までにたくさんの人が受賞しているはずだけれど、この人たちを選んでくるあたりがすごいな。本当に本のことがよく分かっていて好きなんだなあ、と思います。
それぞれの賞につけたタイトルが、その賞の特徴を表していると思うので、下手に解説するより、それを紹介します(日本の賞は省略)。「これを獲ったら世界一?」(ノーベル賞)、「当たり作品の宝庫」(ブッカー賞)、「写真のように本を読む」(ゴンクール賞)、「アメリカとは何かを考える」(ピュリツアー賞)、「チェコの地元賞から世界の賞へ」(カフカ賞)、「理解するということについて」(エルサレム賞)。
今年ノーベル文学賞の受賞者に選ばれたボブ・ディランから音沙汰がないので、財団はさぞ気を揉んでいることだろうと思います。それもこれも、この賞の選考基準としていちばん全面に押し出しているのが「人類にとっての理想を目指す、世界でも傑出した文学者」というものだからです。「最近の受賞者の傾向を考えると、どうやらこの「人類にとっての理想」というのは、「人権擁護」や「国内で迫害されている人を描く」という意味」らしい。で、ボブ・ディランなわけです。そんなノーベル文学賞ですが、都甲さんがこう言っています。
今回紹介する三人はある意味「間違って獲っちゃった」人たちです(笑)。マンローはカナダのド田舎に住んでる普通のおばさんだし、パムクは『無垢の博物館』(早川書房、全二巻)のように変態的な話を面白く書く人だし、ナイポールはそもそもどの国の作家だと言いきれない。ノーベル文学賞を獲った立派な国民文学作家について国別対抗で語り合うんじゃなくて、「ノーベル文学賞獲ったにも関わらず、別の理由でいい作家です」という人たちを紹介したいです。
すべてにおいてこの調子。マンローもパムクもナイポールも、けっこう読んでいるので、都甲さんの言いたいことはよく分かる。特にマンローはすごい。「短篇一本を読んだだけで、長篇を一冊読み切ったくらいの気持ちにさせてくれる」(都甲)という評がすべてを語ってくれています。本当にその通り。パムクについて訳者の宮下遼さんがいう「それだけで短篇、中篇になりそうな話を、一つの長篇のなかに惜しげもなくいくつも投入していく気前のよさが、僕は好きです。こんなに西欧風な人間のくせに、そこだけトルコ的な御大気質を感じてしまって。ディテールの作り込まれた奇想こそが、物語の要諦だと思います」というのもまさにその通り。
この調子で紹介していると引用だらけになりそうなので、このへんでやめますが、ブッカー賞のところで、ジョン・バンヴィルの文章についていい話があります。毎日九時から一八時までオフィスで執筆に専念し、一日英語で二百語書けたらその日は成功だというのです。「バンヴィルはベンジャミン・ブラックという別名でミステリーも書いていますが、その時はパソコンを使って書くそうです。そのときは筆が速いらしい。バンヴィル名義は手書きで、極端に遅くなる」(都甲)。このこだわりがあの美しい文章を生むのですね。ブラック名義でチャンドラーの名作の続編を書いた『黒い瞳のブロンド』。チャンドラーには及びもつかないけど、ミステリとしてはけっこういけますよ。 -
Posted by ブクログ
架空の語り手H・Fが記録した、ペストに襲われた1665年のロンドンの様子。著者自身の直接の経験ではなく事実との相違もあるようだが、その内容は2019〜2022年の新型コロナウィルス感染症のパンデミック時の日本及び世界と酷似。
感染確認初期の市民の楽観的な態度、被害が拡大し始めた頃に登場する自称“専門家”ども、真偽不明で未検証の感染や予防/治療法の情報の流布、都市住民の地方避難と地方住民による拒絶遮断、行政府による市民の保護と抑圧、一部感染者の無分別な行動による感染拡大、災厄下の人々の自省と互助、感染が小康状態になった際の緊張緩和による行動が齎す感染再拡大……。厖大な記録はいずれも実際に見られた現象ばかり。ペスト被害が忘却されることに対する危惧は著者が本書を著したきっかけの一つであるそうだが、コロナ禍を経験した私たちもあの災厄を単なる過去にしてはならないだろう。