谷崎由依のレビュー一覧
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ジョージアで奴隷として生活するコーラ。ある日同じ農園にいるシーザーに声をかけられ、共に北へ逃亡する。
逃亡手段は「地下鉄道」(史実では南部に住む奴隷制度反対者たちが奴隷を北へ送る活動をする際の暗号として使われていたが、本作では比喩ではなく地下鉄道に乗って逃亡する)。
一旦は逃げおおせたかと思われる場面が何度もあるが、執念深い奴隷狩りリッジウェイに追いつかれてしまう…。
各章には、地名や人名が使われていて、作者はコーラが各地で経験する物語を『ガリヴァー旅行記』になぞらえて表現したそう。人名の章も、メインストーリーだけではわからない、その人が抱えるものを映し出していた。
最後の方にあるメイベルの章が私的には効果抜群だった。
農園、ジョージアといえば『風と共に去りぬ』をイメージしながら読んだが、『地下鉄道』は南北戦争勃発より30年ほど前の話。
黒人、白人、アイルランド移民…一括りにはできない人の思想、歴史について、色んな視点から考えてみたいと思った。世界史学び直したい。
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Posted by ブクログ
19世紀、まだ奴隷制度が存在する時代、一部のアメリカの反奴隷制度の人々が黒人奴隷を逃がすために築いたネットワークが「地下鉄道」という名前で呼ばれていた。
この物語はその地下鉄道が本当の地下鉄道として存在したら、つまり、What if actual "The Underground Railroad" exist?という反実仮想を描いている。
つまりSFである。そして文章もSFエンターテインメントとして読みやすくできている。ただ、単にSFとして気軽に読み始めると大火傷を負う。
確かにSFで、確かに「地下鉄道」なる鉄道などは当時ない。
ただ、ここで描かれている奴隷制度は、紛れもなく歴史的に存在した奴隷制度であり、この奴隷制度のもとで人間とは思えない扱いを受けた人々、本作はフィクションではあるが、このフィクションのすぐ隣に実際にその体験をした人々がごまんといるフィクションである。ここで描かれている痛みは空想でもなんでもない。確実にこの痛みを受けた人々が存在するのだ。
コルソン・ホワイトヘッドは実に巧みなストーリーテラーである。ぐいぐいと読ませる。ただ、ぐいぐいと読めない。
本当に胸が苦しくなる。特に序盤から中盤にかけて、何度この本を読むのをやめようと思ったことか。何度読書を中断したことか。
奴隷制度を導入した白人憎しという単純な構図ではない。
人間がただ単に生活をする中で、欲が生まれ、力関係が生まれ、いつのまにか上下の関係が生まれている。
一方で、人間は理性を持っていると自覚している。上下関係、人を見下すことは人間として美徳ではないということを理解している。
理解しているからこそ、その上下の関係に理由をつける。人間世界において上下関係は良くない。でも、私たちが見ているあの人々は、人間ではない。だからいいのだ。
反吐が出るような屁理屈がここに生まれる。
唾棄すべき理屈が、ここに生まれる。
主人公のコーラは、奴隷として扱われていた南部の農場から地下鉄道で北へと逃げる。
北の世界は一見自由に見える。平等に見える。でもその実そうではない。
どこへ行ってもディストピア。自由とはなんなのか。きつい。
読後、これがフィクションで良かった、ってならない。
なぜなら同じ世界が本を閉じても眼の前に広がっているから。
「奴隷制度」というわかりやすい形の悪魔の制度がなくなっただけで、問題はなにも解決していない。
暴力は形を変えて残り続けている。
アメリカだけではない。この力関係は、私たち日本人の中にもある。
人間に本質的に備わっている。
作中、逃亡奴隷のことを白人が「瑕疵」と呼ぶシーンがある。
違う。人間の瑕疵なんだよ。そういうのを良しとする感情。人間の欠陥。
私たちに唯一できるのは、その瑕疵が自分たち全員に備わっていることを自覚すること。
それに気づかせてくれたこの物語の意義はとても大きい。
ピューリツァー賞を受賞しただけのことはある。
本当に苦しかったけど、最後まで読んでよかった。 -
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ハヤカワ文庫の80冊に入っていた本作。何気に手に取ったが読んで圧倒された。
19世紀アメリカ、黒人奴隷の少女コーラが自由を求めて逃亡する物語。
もう衝撃的過ぎて驚くばかり。息付く暇が無いほどスリリング。残酷な描写も多くテーマが重い。私は黒人奴隷の歴史を何も知らなかったのだと気づかされた。読んで良かった。
「地下鉄道」とは昔の奴隷逃亡支援組織の名称で架空の物らしい。著者は本作でフィクションとして地下トンネルを走る鉄道を描き、これを利用して逃亡する物語に仕上げている。フィクションにする事でエンターテイメント化し、読者層を広げ、黒人奴隷の歴史を知らしめる事に成功している。(私が読んだぐらいなので)
黒人は奴隷船で運ばれ、二束三文で売られる。ジョージアの綿花農園での酷い扱いには読んでいて辛くなる。命がけで逃亡する理由がよくわかる。しかし、逃亡した後、状況は良くなる所かもっと悪くなるんだよね〜。これでもか!ってぐらいに。奴隷狩りを仕事にしている白人も居る。捕まえに来るから安心できない。
州ごとに黒人を取り巻く状況は違う。助かった〜、自由を得た〜と思ったのもまやかし。結局は白人の都合の良い体制になっている。特にノースカロライナは恐ろしかった。
逃げるコーラは賢く強い女性。様々な人々により彼女は助けられる。その中には白人も居れば黒人も居る。バレれば死刑が待っている事を知りながらも手助けをしている。刑の執行のやり方がムゴイのよ。虐待の様子もそうだけど、人間扱いしてない。
だから、黒人の反逆を恐れるのでしょう。人口が増えるのを恐れ、文字を学ぶのを恐れ、集会を恐れる。終盤のランダー氏の演説は意味深い。アメリカだけではなく、全世界のテーマとも言えそうだ。私個人としても国や歴史、人種問題を学ぶ必要があると感じた。
合間に入る人物エピソードがいいんだよね。それぞれに人生がある。特にエセルの章には救われた。
コーラは自分を置いて逃げた母を憎んでいたけど、逃げおおせた事に希望を見出していたんだろうね。最後に母のエピソードがあり、読者には真実が明かされる。
終盤がこれまた凄くて2度読みしました。
最近、ハヤカワ文庫の棚を見る事が増えた。読みたい本がまだまだある。80年の歴史は素晴らしいですね。 -
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ネタバレ•『ラサンドーハ手稿』高原英里
この作品が最初で良かった。退廃的な世界観、暗い路地裏から話しかけてくる仮面たち、ひょっとして私たちの世界でも起きているかもしれないよと錯覚させるような精神が入れ替わるストーリー。百点満点です。
•『串』マーサ•ナカムラ
奇妙なお役目がグロい!
連綿と続いていくんだなと主人公の微笑みで感じます。なんだか鬱りたくなるのに爽やかで奇妙な読後感。
•『うなぎ』大木芙沙子
あーっ、純文学!うなぎが臍から出てくる超自然的現象はさておき、不良と仲良くしているところをいい子ちゃんの家族(になりかけの人と母親)に見られたくないっと顔を背けてしまった…小さなしこりが今も残り続けていた様がいいですね。
•『マルギット•Kの鏡像』石沢麻衣
とっても好き。退廃的なのにどこか美しさを感じさせる世界観が好きなんでしょうね。
•『茶会』沼田晋佑
僕の理解力がなかったら申し訳ないけど、体入れ替わっちゃってますよね?
•『いぬ』坂崎かおる
精神が侵食されるような短編。本当にいるのかいないのか、いると思えばいるんでしょう。
•『開花』
•『ニトロシンドローム』
•『天岩戸ごっこ』 -
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綿花農園に数多く囲われている黒人奴隷たち。その農園主からの過酷な体罰から逃れるため、たびたび奴隷たちが逃亡を図るも、一人の女性を除き逃げ落ちた者はいない。そんな逃亡者を母にもつ奴隷少女が一緒なら、逃亡できる運にも恵まれるのではと、奴隷の青年に一緒に逃亡をすることを、少女は持ちかけられます。
見つかれば見せしめとして体罰の末に命を奪われ、その協力者にも残酷な仕打ちが待っています。
逃亡手段は、地下に張り巡らされた秘密の地下鉄道。はたして、それに乗り継いで、南部から脱出することができるのか、というお話し。
過酷な労働、残虐な農園主、自警団、そして執拗に追い詰める奴隷狩りを生業とする白人など、どこにも安寧など存在しない閉ざされた世界。まるで農園単位にディストピアが存在していたかのよう。話し自体はフィクションでも、そのような人を人と思わない風潮が、ほんの約150年前の南北戦争当時まで普通であり、現代でも人種差別について、ニュースで報道されるのを見聞きします。それにしても、『アンクル・トムの小屋』を超える描写に、人間の残忍さを垣間見た思いです。
黒人奴隷が、いつから、どのように、どれだけの人数が、どのようにして、どれほどの期間にわたって大西洋を渡り、どのような扱いを受けてきたか…そのような過酷な歴史に対して、もう少し知っておくべきなんだなと、改めて気付かされました。
なお、地下鉄道とは、実際にあった奴隷制廃止論者の組織のコードネームです。当時、まだ地下鉄は走っていませんでしたが、この小説ではあたかも実際に地下鉄が存在しているように書かれていて、ストーリーに幅を持たせることに成功しています。
ピュリッツァー賞、全米図書賞、アーサー・C・クラーク賞を受賞 -
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黒人奴隷の少女が様々な犠牲を払いつつ逃亡し続ける物語。奴隷逃亡を支援する目的で地下に張り巡らされた鉄道を使って。
これは最高の良書。なぜなら全く眠くならない。アメリカの奴隷制度の歴史というノンフィクションの上に、冒険活劇風のフィクションが乗っている。自分自身、初めて知ったことも沢山。無駄な例えや修飾がないのにリアリティがある。実時間とは無関係にスピード感もあって飽きない。突然小話風に現れる、人物にフォーカスした章など、メリハリもある。
物語と面白いのはもちろん、アメリカの奴隷制度を知る上でも勉強になる。奴隷は人間とは別の生物扱いなのか?でも、性の対象にしてるんだから、やっぱり人間だと思ってるんだよな…、など。
日本にも士・農工商・穢多非人みたいな無茶苦茶な制度があったんだから、これを読んで頭ごなしにアメリカの歴史を批判するのも間違い。中学生ぐらいの必読書にしてもいいんじゃないかと思ったりする。 -
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アフリカで生まれ、父母を亡くして奴隷商の手に渡り、アメリカ南部の綿花畑で死んだ祖母。10歳の娘を残し、ひとりで農園から逃げた母。そして18になったコーラもまた、残忍な白人が営む農園を飛びだした。逃亡者を待っていたのは、黒人を北部にある自由州まで連れていくため、地下に張り巡らされたトンネルの中を走る蒸気機関車〈地下鉄道〉だった。しかし、農園の〈所有物〉であるコーラを、奴隷狩り人は執念深く追いかけてくる。安寧の地はどこにあるのか、なぜ彼女とその“家族”ばかりが逃げ続けなければならないのか。19世紀の黒人奴隷の目から見たアメリカの姿をデフォルメしつつ、現在も残る差別の心理を描いた歴史エンターテイメント。
まず文章が上手い。余分な装飾がなく、どの比喩もぴったりと嵌っていて、詩的でありながらストイックなほどエモーションに流れることがない。作中コーラは目を覆いたくなる悲惨な場面に何度も何度も、嫌になるくらい何度も遭遇し、当然泣いたりくずおれてしまうのだが、それを語る文章自体が涙に濡れてしまうことはない。
けれど物語の展開はサービス精神旺盛だ。蒸気機関の黎明期に地下鉄を走らせるというアナクロニックな設定はやっぱりワクワクすると同時に、作中コーラが何度も思いを馳せる「地下のトンネルを掘り線路を敷いた人びと」こそが、現実の奴隷解放運動に尽力した人びとの比喩となっている。コーラが逃亡する州の描写もときにSFのディストピアふうに、ときにホラーふうに誇張されているとはいうものの、特定の人種を絶えさせる目的で強制的に避妊手術をおこなうことや、被差別民同士の対立を煽って密告をさせたり、街中で私刑をおこなったりなどは、20世紀を通じて、そして今になってもさまざまな地域で続いていることを私たちは知っている。
キャラクターもまた魅力的だ。コーラをノース・カロライナへ乗せていく運転手の少年や、奴隷狩り人のリッジウェイと奇妙な絆を築いているホーマー少年はディケンズやマーク・トウェインの小説からやってきたよう。インディアナの理想郷のようなヴァレンタイン農園でランダー氏がおこなう演説はキング牧師を思わせる。そしてその最期はマルコムXのようだ。アメリカとアフリカン・アメリカンの近現代史がコーラの道程に濃縮されて再現されている。
白人のキャラクターももちろん重要な役割を果たす。地下鉄道の駅を守るのは白人でなければできないからだ。ときには駅と地下鉄道の秘密を守るため、彼らも奴隷制支持者のようにふるまわなくてはならない。ノース・カロライナの駅長マーティンとその妻エセル、そしてマーティンの父で元駅長の故・ドナルドのエピソードでは、矛盾を抱えた弱い人間が、それでも誰かを救おうとするギリギリの尊厳のようなものを描いている。私は特にエセルのどうしようもない人間味にリアリティを感じて、彼女の章の“正しくなさ”に涙が出そうにもなった。
また、コーラが女性だということも大きな意味のあることだろう。初潮が来るなり農園の奴隷仲間からレイプされたこと、手術で出産できない体にさせられそうになること。奴隷狩り人の仲間に体を狙われて、逃亡する隙ができたと考えること。かつてレイプされた経験があることをロイヤルに謝ってしまうこと。差別を受ける人種の少女であるがために幾重にも搾取される苦しみ、痛みが描かれている。コーラはとても強いが、深く傷ついてもいる。甲高い叫び声ではなく、闇を直視して深く掘り進む地下鉄道そのもののような低く声で、尊重されるべきものが尊重されない世界の異様さを訴えかけるのだ。
終わり方もシンプルながら現代に接続させていて上手いと思った。アメリカはいつになったらアフリカン・アメリカンの“故郷”になれるのだろう。 -
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アメリカの黒人差別を描いた名作といわれる小説は、描かれる物語の過酷さに加えて、人間の暗部、そしてアメリカという国の暗部まで切り込むような、凄まじい作品が多いと感じます。
この『地下鉄道』も、そうした作品の系譜を継ぐ凄まじさが伝わってくる。自由を求めたコーラが行き着いた土地の数々から、差別の根の深さ、アメリカという国の抱えた矛盾までも透けて見えてくるようです。
19世紀のアメリカ。南部の農園で奴隷として暮らしていた黒人の少女・コーラは、新入りの奴隷の少年・シーザーから、黒人奴隷を逃す“地下鉄道”を利用した、逃亡計画に誘われる。二人は逃亡を決意するが、奴隷狩り人のリッジウェイが二人の後を追い……。そして、コーラは各地で黒人の現実を知っていく。
地下鉄道というのは、史実的には黒人の逃亡を支援した組織の隠語のこと。しかしこの小説では、文字通り地下鉄道は鉄道として登場し、コーラたちは列車に乗り込み、黒人差別が厳しいアメリカの南部から、奴隷制が一足早く撤廃された北部へ向かいます。
物語の序盤で描かれた農園での過酷な生活と逃亡劇。そこから協力者の助けの元、地下鉄道で文字通り自由へ向かって走り出す姿は、自由の象徴としてとても分かりやすい。
作品の文章や話の雰囲気も硬質なのですが、この場面は映像として鮮やかに浮かんでくるよう。このイマジネーションだけでも、とてもユニークで、どこかロマンチックな予感を感じさせる。
北部に至るまでにコーラが訪れることになる、アメリカの各州。初めにたどり着いたサウスカロライナでは、コーラたちの農園があったジョージアとは違い、黒人に対しても先駆的な考えを持っているようで、コーラたちもここで仕事を見つけ、徐々に生活の場を築いていきます。このままここに居つくべきか迷うコーラたちですが……
州を超えるごとに形を変えていく物語。しかし、その根底にあるものは変わらない。一見ユートピアに見えた場所も、一歩足を深く踏み入ればそこには強烈な差別意識が息づいている。そして、新しい生活を築こうとするコーラの後を追うリッジウェイの存在は、現実的な脅威として、そして奴隷時代の過去として、コーラにまとわりつき安息を壊していく。そして地下鉄道自体の存在にも危機が迫り……
舞台が変わってのノースカロライナの章はかなり過酷。匿ってくれる人は見つけたものの、黒人は見つかり次第処刑され、匿った人物も無事で済まないということから、コーラはほぼ一日中屋根裏に隠れることに。そこから覗くことができる公園では、夜な夜な、黒人の処刑が行われ……
奴隷を逃すため、全米に張り巡らされた地下鉄道、という、寓話的でロマンチックなアイディアが中核にありながらも、物語自体はなかなかに希望が見えない。ようやく見えた希望や、穏やかな平穏も、裏切られ、崩壊する。そして地下鉄道自体も危機に陥る。これもまた、今の象徴なのかもしれない。
映画だったか報道だったかは忘れたけど、黒人男性が白人警官の前を歩くとき、どうしても緊張してしまう、みたいな話を見た覚えがあります。当時は若干オーバーに思ったものの、最近の情勢なんかを見ていると、それはもはや冗談に受け取れない。平穏に暮らしていても、運が悪ければその平穏が一瞬に崩れる。それは現実としてあるのだろうし、その現実の象徴としてこの『地下鉄道』という小説もあるような気がしてなりません。
一方で単に白人批判に終わらないのも、この小説の力だと思います。白人、黒人以外にも、移民やインディアンなどの先住民族のパワーバランスや歴史も、物語の中に織り込み、そうした歴史を描くことでアメリカという国が誕生時から持ち合わせる、闇を描き、また別の場面では黒人間の意見の対立も描く。
国家の暗部、あらゆる人間の持ち得る闇と対立。それも描くから、物語は単に白人は悪、黒人は被害者、という図式ではなくより重層的になっていく。
コーラ以外の人間にも幕間ごとに焦点を当て、その人物が抱える様々なかたちの差別意識を露わにしたり、あるいは自由を求める人、愛を求めた人の輝きや哀しさを表したりと、そういう点でも素晴らしいと思いました。特にコーラの母の真実が分かるシーンは印象的。
アメリカでピューリッツア賞をはじめ7冠を受賞し、ニューヨークタイムズやウォールストリートジャーナルなど様々な有力紙誌で年間ベストブックに選出された作品だそうですが、その輝かしい実績もうなずける。それだけ迫力に満ち溢れた小説です。
一見天国に見えるところでも、地獄は地続きで存在していて、地獄に見えるところですら、より深い闇がある。それは今のアメリカの人種間の状況も表しているのかもしれないし、人間すべてが抱える、敵や他人と判断した人に対する残酷さ。判断されてしまった人たちの過酷さと絶望までも、表しているのかもしれません。
『地下鉄道』は世界に対し、おぞましいけれど忘れてはならない過去と、そして本来あるべき今の姿、未来に作らなければならない世界の姿を思いだせるような、そんな作品だと感じます。 -
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ネタバレ初出 2016年「文藝」
「徳田は何者なのだ?」 みんなそう思うだろう。
1(章)では新聞記者の由良が盲目の調律師徳田と出会って惹かれ、月夜に舟で島へ行く(女が舟で島に来る)という昔から見ていた互いの夢が繋がっていたことを知る。由良は養蚕の取材を進めていたが、徳田は部屋で蚕を飼っていた。
2(章)は由良川沿いの蚕都と呼ばれた村(綾部?)での養蚕の盛衰が描かれ、河口沖の神島の社に妊婦が舟で「お許し参り」に行く習慣があり、村の養蚕を廃業する時には、一番の飼い手みすずの幼女すずなが神(洪水を防ぐために社に閉じ込められた盲目の男の子)への供え物として送り込まれた。
3(章)で1(章)と2(章)が繋がる。
由良は失踪して徳田の部屋に住み、徳田はいなくなる。盲目となった由良の意識は、彼女から抜け出し時空を越えてすずなが自分で、蚕に体を食われるという奇怪な真相にたどり着く。
十分怖い物語だが、緑内障のために薬で遅らせても徐々に視野が欠けつつある私には、見えなくなる恐怖も味わった。 -
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本書はフィクションである。その認識は読む前に持っておいたほうが良い。私は全く情報を入れずに本を取り、ノンフィクションとして読み始めた。読みながら「こんな地下鉄道を秘密裏に運用できるのか」とか「展開がドラマティックすぎる」とか思いながら読み終えて、解説を見るとやはりフィクションとのことだった。作者が子ども時代に地下鉄道が比喩と知って落胆したというエピソードが紹介してあったが、多少似たような気持になった。しかし、実際に列車が走る地下鉄道を物語に組み込んだことによって、エンターテインメント性が上がったことも確かだ。「このような内容をエンターテインメントとして消化して良いのか」という後ろめたい気持ちもあるが、エンターテインメントだからこそ読者層のすそ野を広げて問題を共有する一助になるという主張も理解できる。そういう意味でもアメリカ的な小説である。アメリカに詳しくない私は、かの国の州地図を見ながら主人公の逃避行を思い描いた。苛烈な暴力による絶望と束の間の希望を繰り返しながらも、あきらめない主人公の姿はフィクションと知っても心を揺さぶる。作中のヴァレンタイン氏は”偏見とその友である暴力”というが、作者は偏見だけでなく、人口数で上回るようになった黒人への恐怖心が白人を暴力へ駆り立てるのだという。人それぞれが大切にしているものを守ろうとする心が正義だとするならば、それも正義かもしれない。リッジウェイやスティーブンスの章で語られる彼らの人生、サウス・カロライナで行われる避妊手術、ノース・カロライナの金曜祭などもそれぞれの正義の下で遂行される。これらはフィクションであろうと、現実の黒人問題が同等の複雑さを抱えていることを認識不足な私にも伝えてくれた。同時に、正義の名のもとに行われる暴力の恐ろしさも痛感させてくれたのである。
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作品紹介・あらすじ
仰げば彼方は鏡のようにある。記憶になかったことばかり思われる。――「ラサンドーハ手稿」
蜃気楼のように現れる塔。ざぶんざぶんと波の音。へそから出てくるうなぎたち。母がクリーニング店に預けたもの。画家が描く瓜二つの妹たち。ある日、人類に備わった特殊能力……
九人の実力派作家が紡ぐ幻想アンソロジー。
【目次】
ラサンドーハ手稿 高原英理
串 マーサ・ナカムラ
うなぎ 大木芙沙子
マルギット・Kの鏡像 石沢麻依
茶会 沼田真佑
いぬ 坂崎かおる
開花 大濱普美子
ニトロシンドローム 吉村萬壱
天の岩戸ごっこ 谷崎由依
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全9編からなる短編集。タイトルの通り幻想的な内容の作品を集めている。
本書の刊行が2023年9月25日。本書の元となった雑誌「文學界」の発売が2023年4月7日。この「文學界」には12編の短編が掲載されており、そのうちの9編が本書に収録された。ただし坂崎かおるの「いぬ」は「文學界」では「母の散歩」となっていた。
本書に収録されなかった残りの3編は山尾悠子「メランコリア」、諏訪哲史「昏色の都」、川野芽生「奇病庭園(抄)」。なぜこの3編が除外されたのかは分からないけれど、内容的なものなのかもしれないと推測される。
幻想的な内容を集めたとされているけれど、僕の考える“幻想的”とは少し違う方向性の作品が多かった。ただしそれでつまらなかったかというと、そんなことはなく、かなり面白く読み進めることができた。「うなぎ」や「いぬ」などは幻想的な内容、というよりもかなり現実的な主題に傾いているように思えるし、「天の岩戸ごっこ」などは可愛らしくもある。「茶会」や「開花」は少し分かりづらい印象もあったけれど、それでも作品の持つ雰囲気に十分に没入することができた。「ラサンドーハ手稿」や「マルギット・Kの鏡像」は映像が目に浮かんでくるようだし、「ニトロシンドローム」はちょっとスラップスティック的な要素も感じられた。
そんな中にあってマーサ・ナカムラの「串」は僕にとって出色の作品。僕がイメージしていた幻想的なものに最もマッチしており、此岸と彼岸の行き来に無理がなく、不気味な中に暖かみや優しさ、そして哀愁すら感じることができた。この作品を機に彼女の詩集を読み始めることとなった。