稲村文吾のレビュー一覧
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中国語で書かれた未発表の本格ミステリー長編を募る文学賞で2009年に創設された、文学賞の「第4回島田荘司推理小説賞」受賞作。
中国の孤児院で育ち、富裕なドイツ人夫婦の養子となった盲目の青年、阿大(アーダイ)ことベンヤミン。
中国で六歳の少年が木の枝で両目をくり抜かれる凄惨な”男児眼球摘出事件”が発生。
ベンヤミンは被害者の少年を力づけ、同時に事件の真相を暴くべく、お目付け役のインターポール捜査員・温幼蝶(ウエンヨウデイユ)とともに中華文明発祥の地・黄土高原へと旅立った。(以上、裏すじより)
この小説には一つ叙述トリックが含まれています。
タイトルである『黄』がキーポイントです。
そして引用されている一編の詩もキーポイント。
遥か東方に一條の江あり、その名を長江という
遥か東方に一條の河あり、その名は黄河という
いにしえの東方に一條の龍あり、その名を中国という
いにしえの東方に人々あり、彼らは龍の末裔なり
巨大な龍に守られて我らは成長し、やがて龍の末裔となりし
その黒い瞳、黒い髪、そして黄色い肌、永遠、それは龍なり
以下ネタバレですが、
そのトリックは、とてつもなく大掛かりで大胆でしたが、悪人が登場せず、周囲の善意がかんじられる、前向きな話で、読後感は悪くなかったです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ漢詩、漢籍の教養を試されるという意味では衒学的だ。このポイントで熱狂するひとは少なからずいるだろう。
だが私が最も評価するのは、
「その時代ならではの人間心理に基づいて展開された本格ミステリ」
という点である。文句なしに星5をつけたい。
本格ミステリと言って、アガサ・クリスティの作品を挙げれば、たいていの人の異議は無いだろう。
では彼女が描き愛したビクトリア朝の世界において、本当にものを考え、煩悶し、結果として殺人という罪にすら手を染めるのは、誰か?
ほぼほぼ決まって支配階級の人間である。
執事や料理人、他の使用人階級は、現代人の我々が論理をもって考えるといかようにも怪しめるのに、犯人とはならないことが大半である。
挑発的な言い方をすれば、
「クリスティ的時代の価値観、人間観においては、使用人とは作中に人生の舞台を持たない生き物」
と定義づけることも可能であろう。
その一方、本作は前漢の時代。四書五経が当然の教養として引かれて論じられ、人々の精神的バックボーンのひとつは経。そしてもう一つは、信仰である。
この二つを損なっては、人は単にモノ言う獣も同然、形こそ人であれど、とみなされるような世界。
『この時代のひとに相応しい世界観、倫理観、そしてその年齢のひとに相応しい限界も備えた』
各キャラクターを造形し、物語を動かしていったら、チェスにおける詰みが現れてくるように、鮮やかに真相があらわれ得る。全ての論理を組み立てる素材は、まことに序盤のうちから読者に提供されており、また考えることが可能であった。
本格ミステリと言うにふさわしい、と評する理由はまさにこの点にある。
評者はエラリー・クイーンのよくやる『読者への挑戦』を、一考はしてみても、話の続きを読むこと優先で、決して正解したことがない。推理ファンとしてはまあ落第生なのだが、作者の手により明かされる真相を楽しむ、という点では、及第をもらえよう。
本作は、自身の生まれもった性別と才覚の齟齬に悩んだことのある女性には、心のささくれを撫でられる思いで読める。
実に味わい深い時代小説でもあるので、漢文は苦手と思っている人には、
「そこはすっとばして読んでも大丈夫」
とオススメしたい。
アニメ的な少女の描写について言及するレビューもある。「そういうのに慣れてる」ひとからすれば、特段の意を向けるレベルではない。
「こういう描写を多用する作者が見てたアニメ作品って……?」
そこは気になるといえば、なる。だが大陸におけるジャパニメーションの受容は、また別の文脈であろう。
『前漢時代の少女がどういう情動を覚え、どんな行動をとったと描写されるか』なんて、80-90年代のジャパニメーションのノリと同じくらい『現実感がない』。もう「そういうノリで生きてただろうキャラ」として納得するほうがいい。
『三国志演義』のたいへん豊かなバリエーション展開(注:表現を婉曲にしています)をもつ日本の漫画・アニメ・ゲーム文化を楽しめるひとが、アニメ的な少女の描写ごときで作品評価を左右するのも、理の通らない話ではないだろうか? -
Posted by ブクログ
北京生まれの作家、陸 秋槎(りく しゅうさ)の短篇集。一応ミステリ作家だがこれはSF短篇集
なお日本SF作家クラブの会員でもある
各短編◎◯□△☓の5段階評価で
1「サンクチュアリ」△
書籍が700部しか売れず、作家として次は無い主人公に大作家のシリーズ作のゴーストライターの依頼が舞い込む
このあらすじからは明後日の方向に向かう。まるで漁網を投げてからすくい、捕れたものを書いたような。あとがきにグレッグイーガンのような物を書きたかったがそうならなかった、とあり成る程そういう動機なのかと納得した。一応、脳科学SF…なのか?
小さくて綺麗なので簡単に掴めそうなボールと思っていたが小さすぎて潰してしまったので感慨はない、そんな印象
2「物語の歌い手」◯
貴族の娘である主人公がお忍びで抜け出した酒場で物語を歌っていた吟遊詩人に魅せられる。彼女は歌うこと、そしてもう一度吟遊詩人に会いたいと侍女のステファネットと旅に出る
驚くほど台詞がない。地の文で9割構成されており題材も手伝いファンタジー昔話を読んでいる気分になる。何よりその台詞の数の少なさは恐らく最後の展開との対比に利用、効果を発揮しており明らかにワザと。巧みな一作と思う。ミンストレルサガがお好きな方はこれだけでも読んでみては如何だろうか?40ページの量と思えないほど1人の貴族の娘の旅を読める。これは普通にファンタジーでした。リュートという楽器の音色を知っておくと脳内で広がる光景は本当に美しい。が、台詞がとにかく少ないのでドラクエのような問いかけにも思える
3「三つの演奏会用練習曲」△
三つの掌編で構成された、詩とは、文学とは
前編の物語の歌い手と根底のテーマが似通っていて、そして物語ベースにしないで書いた版というか。続けて揚げ物出てこられても胃もたれますし、既視感ありますし
4「開かれた世界から有限宇宙へ」◯
スマホゲーム会社で働く主人公が会社の偉大なプロデューサー宮沼(爆笑)に新しいオープンワールドゲームの開発で手伝ってほしいことがあると呼ばれる。それはズバリ昼夜、影を完全にリアルタイムで表現することで没入感を高める天体をシステム化して欲しいというトンデモ依頼だった
宮沼。爆笑です。ゼルダの伝説のトップ2名の名前からだと思います多分。ついでに白崎社長(笑)も出て来る。業界お仕事小説、と見せかけて理系バリバリの宇宙話の味わいも。とっても楽しい。中国人作家が「中華系クソゲー」なんてワード使う所も茶目っ気たっぷり
5「インディアン・ロープ・トリックとヴァジュラナーガ」□
たった8枚の嘘八百論文。
これが許されるのがSFの良い所と思う
6「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」□
架空の作家、ハインリヒバナールの伝記。
後半の加速っぷりは実に哀しい、世に何も残せなかったらあなたの伝記を作った所でこういうものだよ、と言われたような気もして。嫌われ松子の一生である
7「ガーンズバック変換」◯
ネットへの視覚的アクセスの規制条例が敷かれた香川県から女子高生がやってきた(帯より)
表題作。発想元が「香川県ネットゲーム依存症対策条例」、アニメ「電脳コイル」とのこと。女子高生が主役なので大変読みやすく、そして広範囲にSFオマージュが散りばめられていて楽しかった。SF入門的な作品ではあるけれどその分まさに電脳コイル的な範囲で収まっていて分かりやすく楽しい。にしても日本書くのうめえな
8「色のない緑」◎
ノーム・チョムスキーの有名な無意味文「Colorless green ideas sleep furiously.(緑色のない縁は激しく眠る)」をモチーフに百合感情物語が広がる
巻末に相応しいと思う。まさか色という単語から感情を呼び起こしSF的な叙情を広げるとは。本当に美しい。何か今後も似通ったテーマの際アンソロジーなどに編まれても何も不思議ではないほど抜けているので内容には触れないでおく。百合なのかどうなのかは分かれそうだけれど芯のある作品で文字から派生する受け手の余韻にも余白があると感じた。
全体的にライトなSFで肩に力入れず読める上、中国出身にも関わらず中国が舞台の作品は1つもあらず。また読んだ方は3つ目あたりで感じると思うがあらゆる方向の知識、国、描写が素直に描かれており器用な作家と受けると思う。あとがきにもある通りSF初心者とあるが、SF的なガジェットがあるだけで彼の視点は不思議なお話いかがです?といった印象。枠に囚われず描き続けて欲しいと感じた。良本でした -
Posted by ブクログ
ネタバレ数学と推理小説は似ているか、の証明。
推理小説を書く陸秋槎は、ルームメイトの陳姝琳に言われて天才数学少女の韓采蘆と知り合い、自作の犯人当てを読んでもらうことになる。数学の用語を散りばめて話す采蘆に戸惑っていた秋槎だが、次第にこの風変わりな少女の面倒を見るのは自分だと思い始める。
解説に書かれているが、後期クイーン問題に取り組んだ作品。それがどんな問題か知らなくても、要は手がかりが犯人の罠なのか信用してよいのかどうやって作中の探偵は判断するのか。作中に示されていない情報がある場合、それを使うのはアンフェアか。四つの短編では数学の証明と比較しながら推理について秋槎と采蘆が語り合う。推理小説を疑っていく推理小説というのが新鮮な感じで面白かった。
「フェルマー最後の事件」フェルマーの最終定理のあのメモを殺人事件に仕立てるまさかの展開。フェルマーってそんなに昔の人だったのか、というか数学ってそれでもいいのか、という驚き。
「グランディ級数」大学進学を目前にした秋槎。先輩に頼まれて書いた犯人当てを持っていく際に、久しぶりの采蘆との再会も計画。ところが会場の喫茶店で殺人事件が起きてしまう。遅れて合流した姝琳が言ったことは——。ここに来てとても百合。それにしても可能性が複数ある推理というのは他の作品でも見たことあるけど、まさかそうくるとはという幕引き。でも現実はそんなものかとも。