藤沢数希のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ個人的に藤沢数希さんのTwitterやNOTEなどを興味深く拝読していたのと、株をはじめとする資産運用を行っていたことから、ノウハウを得るために通読。当初の目的だった資産の最大化に関する話から金融や株式会社の歴史まで、幅広く勉強になった。
(1)資産の最大化のために(結論)
・資産=①収入-②支出+③金利×貯蓄
→いかに①と③を上げて、②を抑えるかがカギ。
・確実に儲かる方法は存在しない。
・プロの投資家の運用成績は、インデックスよりも悪い
→LTCMというノーベル経済学者集団のファンドでさえ、破綻している。
→市場での主なプレイヤーはプロの投資家。彼らが売買を繰り広げていることで、株価が適正に保たれ、結果的に平均的な運用成績になる。
※プロがいなくなると、適正な株価が保たれなくなる。
→ファンダメンタルズやテクニカル要因もすぐに株価に反映される。
→株価が動くのは、誰も知らない新しいニュースのときだけ。それらはどうなるかわからないから、結局ギャンブルになる。(デイトレも意味ない)
・素人は、あれこれ考えず、なるべく安い手数料と信託報酬で購入して後は何もしないのが一番。
・アンテナを張って、常に何が伸びるかを考え、波が来た時にその波に乗る。
→本屋にノウハウ本が並んでいるころにはもう儲からない商売。
→能力開発する分野を見極め、自己啓発に勤しむこと。(ここが一番難しい)
(2)クレジットカードについて
・クレカの一括支払は1カ月分借金をしている状態。利子の分だけ確実に得をしている(現在価値)
・ゴールドカードの価値はシグナリング効果(異性からもてる)
(3)住宅ローンについて
・5%利子の35年ローンだと、6,000万のうち半分近くが利子
→投資などせずに一日でも早く返済したほうがよい。
(4)債権について
-ゼロクーポン債(割引債)…途中の利払いがないもの
-利付債…毎年利払いが発生するもの
(5)金融業の歴史
・ベニスの商人や時代劇の越後屋(三越の前身)など、金融業は悪役の歴史
・GS等の外資系投資銀行も被差別民族だったユダヤ人が創業したもの
(6)株式会社の歴史
・15~17世紀は大航海時代。
→ヨーロッパが新大陸を発見した愛とロマンの時代。
→先住民にとっては破壊と略奪、殺戮の時代
→航海する船は多大なコストを要することから、そのリスクヘッジのために「東インド会社」が設立された。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ一部抜粋
投資とはつまるところ、リスクと期待リターンを考えて、意志決定するプロセス
インデックスファンドに1年間投資して正規分布でリスクの形をかくと
期待リターンが5%、マイナス15%からプラス25%に約66%の確率でリターンが実現、15%以上の損失、25%以上の利益になる確率が1/6 といったイメージ。
このような実現リターンのブレをファイナンス用語でボラリティと呼ばれる。
株式の期待リターンは安全資産である国債利回りよりも3%から6%くらい高いといわれる。
株を買うということは、簡単にいうと、その会社の将来の利益の分け前をもらう権利を買うということ。株式投資のプロは、会社が将来上げる利益の総額を予測し、そこからさまざまなリスクを勘案して、理論株価を計算する。
金利というのは、今日のお金の価値と将来のお金の価値を結びつける定数。
金利は相手が信用できるほど下がり、信用できないほど上がる。
金利が10%だとすると、現在100万将来は110万でそれらは同じ価値。つまり、遠いしょうらいになるほど、お金の価値は小さくなる。(将来のほうが不確実性が高まるため)
金利を将来価値を現在価値に割り引くパラメタと考えると、このパラメタこそディスカウント・レートである。(DCFモデル)
売上高は実際に商品がどれだけ売れたか、そこから商品を作るのに要した原材料費などの原価を引くと粗利、その後従業員の給料など人件費をひいて営業利益、そこから債権者に払う利息を引いて税引き前利益、最後に国にピンハネ(税金)されて、最終的な利益(当期利益、純利益)となる。原則的には、この利益はすべて株主のもの。日本の企業では経営者が使う当てのないお金を企業内部にため込む傾向があるが、そのため込まれている現金ももちろん株主のもの。最終利益を配当として直接株主に返すか、会社のさらなる成長のために設備投資に回すか、M&Aによる他の会社の買収資金にするかは、本来株主の利益のために決定するべきこと。
外国株85日本株15外国国債50日本国債0 -
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1.経済学を実体経済に活かすためにはどのように世界を見ていけばいいのかを考える
2.既得権益を徹底し、資本主義に徹してフェアな市場を作りましょう、というのがこの本の言いたいことです。
日本は既得権益が特に強い国なので安定した経済成長ができません。そこで、解決策として資本主義が出てくるのですが、キーワードは、資本主義の徹底、雇用の流動化を促進、教育の更新です。今までと同じような生活ないし教育しか受けてないようだとこれからの時代に対応できません。実際に、大学の経済学は現実とかけ離れた部分が多かったり、海外の現場を知らない人が英語教師になったりしているため、間違えた教育を施しています。
このようなことが起きないよう、自分自身で経済学を身につけて、自分でグローバル社会を生きる力をつけることが大事です。そのための世界の見方として学ぶことができる1冊です。
3.資本主義が大切なのは理解してます。例えば、使えない社員をクビにして新しい社員を雇ったり、官僚の既得権益を徹底することも必須なのですが、日本では実施されないなと思ったのが感想です。人間が合理的に動かないのは行動経済学でも示されているので、中々難しい問題です。特に変化を嫌いやすく、効率をあまり重視しない日本ではなおさらです。
私自身、経済学を学びましたが、全てが適用できると思ってません。人は合理的に動かないということを常に考えているので、経済学って本当に使える学問なのか?と思うこともしばしばあります。また、行きすぎた資本主義は、韓国や中国のような結果をもたらします。富裕層に稼いでもらってそれを再分配するのが原則ですが、できてないのが現実です。
資本主義を取り入れて既得権益を徹底すること、現実に活かせる教育を施すことに関しては賛成でしたが、資本主義に任せましょうというのはいささか楽観的だと思いました。 -
Posted by ブクログ
むつかしい内容なのにとてもわかりやすい本です。
日本の銀行の簡単なお仕事について語られている内容(P88)、一方では当時の欧米の銀行では金融工学を駆使してマネーゲームにいそしんでいましたが、それに追いつこうとみずほ銀行が「投資銀行宣言」をして三顧の礼でカリヨンという証券会社からヘッドハンティングしたアレクサンダーとその仲間たちは、結局みずほに6720億円の損失を出して首になったというトホホな話も面白かった。(P93)
金融機関の最大のモラルハザードは、儲かった時には多額の報酬をとり、つぶれそうになると役員は既定の退職金をがっぽりもららって政府に救済される、それも何の恩恵も受けていない大部分の国民の金で。(P97)
日本の金融コングロマリットは、中央銀行と取引できる特権を享受しながら、証券機能という自ら持つ顧客と同じビジネスの土俵で競うという利益相反の温床となっている、(P101)
好調な米国のハイテク企業がいくらでかくなっても米国人の雇用に大きく貢献することはない。(アップルの全世界の従業員は6万人、グーグル3万人、フェイスブック2千人、ツイッター200人at2012)P175
金融商品はリスクの形を変えるだけで、それ自体から富が生み出されるわけではない。では金融工学の社会的意義とはなにか?それは、リスクを世界の投資家に最適配分することだ。(P183)あくまでもリスクの配分です!
こうした金融工学の分野が、高い報酬に目がくらんで世界の理数系の頭脳を浪費し続け、もしかしたら彼らが病気や宇宙の謎を解明できたかもしれないのに、いつのまにか世界を破滅のふちに追い込んでいく。(P186)
大きすぎるコングロマリット金融機関はその影響の大きさからつぶせない、これがモラルハザードの原因であるなら、問題をおこせばつぶせるように分割化すればいい。(P213)
その分割化には、インサイダー問題が起こりやすい同じ会社でのマーケット営業と投資部門などの分社化を優先的に行うべき。(P217)
結局は、ゼロサムでしかない金融工学はある意味カジノ経営のようなもの、そうした本質的な価値を生み出さない職種の人たちに現在の高報酬は異常ですよね。 -
Posted by ブクログ
ストーリー
『世紀の空売り』も『ウォールストリート投資銀行残酷日記―サルになれなかった僕たち』も超える、
金融業界をテーマとした快作が日本人の手によって誕生!
身も蓋もなく、苦笑せずにはいられない人気ブロガーの筆致が冴えわたる。
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僕は海外の大学院で数理科学の分野で博士号を取得し、その後、東京で外資系投資銀行のひとつに勤めはじめた。
何度か転職しながら、いくつかの外資系投資銀行でクオンツやトレーダーなどの仕事をしてきた。
そして、会社に勤務しながら、会社には秘密で、ブログ「金融日記」をかれこれ8年以上も書き続けてきた。
ファイナンス、経済学、そしてエネルギー政策に関する本もそれぞれ出版した。
外資系投資銀行に勤めながらも、ジャーナリスト的な視点や経済学的な視点で、この激動の金融業界を内部から眺めることができる、
という世界のなかでも大変稀有なポジションに、いつの間にか僕は立っていた。
じつは、いま、世界の資本主義経済が大きな岐路に立たされている。
それはリーマン・ショック以降に左翼のおかしな連中が言い出した「強欲な市場原理主義が世界を滅ぼす」というような話とは違う。
いや、まったく反対なのだ。
このグローバル資本主義経済に欠かすことができない金融システムを担う世界の金融機関が、市場原理が働かない組織に成り果てようとしているのだ。
本書では、世界同時金融危機、リーマン・ショック、ギリシャ・ショック、そしてユーロ危機に至る最近のマクロ経済の重要なトピックの解説を縦糸に、
そして、こうした経済環境のなかで激変する金融業界の赤裸々な内幕を横糸にして、これからの世界経済、そして日本経済の未来を考えていく。
また、良くも悪くも、日本社会に入り込んだ外資系企業というものの生々しい実態をお見せしようと思う。
外資系金融機関や、外資系コンサルティング会社などに多くの日本の学生が就職し、
日本の伝統的大企業や日本の官公庁もこうした外資系企業とさかんにビジネスをしている。
外資系企業の実力、人事制度、報酬やリストラ、そこで働く人々の人となりやキャリアなど、僕の知っていることを包み隠さず書いた。
実際のところ、有名な外資系企業も、欧米のちょっといい学校を卒業しただけのふつうの外国人のサラリーマンが働いているのであり、
日本のオフィスでは多くのふつうの日本人が朝から晩まで働いているのである。
欧米の有名なファームだからといって何か特別な権威を感じる必要はまったくない。
それどころか、本書でくわしく論じるように、外資系企業の実際の業績は、日本のダメな大企業と同様にダメダメであり、
世界に多大なコストを押し付けて、世界中からひんしゅくを買っているトホホな会社なのだ。
だから気後れする必要はまったくないし、逆に日本から排除する必要ももちろんない。
それでは、世界経済を牛耳っていた外資系金融の終わりのはじまりを、本書でいっしょに見ていこう。 -
Posted by ブクログ
「グローバル化」などと言われて分かっているようで分かっていなかった自分のような人間には大変学ぶことが多かった。現代の日本を取り巻く諸問題(景気・雇用・税金など)について、分かりやすく解説してくれた。
グローバル資本主義の本質は、国境を越えた自由競争にある。その競争の中から日本だけが部外者でいることは不可能である。その競争で生き残るためには、様々な規制や政府による不要な制限、既得権益を守るような法律をなくし、市場のメカニズムが機能するような方向に誘導してあげることである。
市場のメカニズムは決して万能ではないが、市場が健全に機能することで多くの場合企業を、国民を、そして貿易を行う関係国も含めて豊かにすることにつながるのである。
現在の日本ではそれが正常に機能しているとは言いがたい。例えば、会社における正社員の解雇規制である。正社員の解雇規制が厳しいせいで、企業は仕事のできない社員や働かない老人社員のクビをきることができない。そのせいで、若い人材を雇うことができず人材の流動性がなくなっている。技術革新や先進的な投資もできなくなっている。公務員も正社員も保護のされすぎで、競争原理が働かなくなっているのが問題である。
失業は経済発展の中で起こる自然発生的なプロセスであり、不必要に保護するものではない。失業や倒産は社会を効率的にしていく原動力となる。しかし、政治による保護や規制が入ることで腐敗していくのである。
GDP(=経済的豊かさの指標(所得・付加価値・購入と同等))を成長に向かわせるには、政府による財政出動ではダメである。政府による公共事業は税金を投入して行うわけであり、その財源は国債により賄われる。
つまり、公共事業は将来の税金を先取りしているに過ぎないとも言える。最終的には増税で跳ね返ってくるのだ。まさに目先の対策である。
農業、教育、医療にしても様々な保護や規制があるせいで、市場のメカニズムが機能せず消費者が不利益を被っている。これらの分野の規制を緩和し企業が参入できるようにするだけでイノベーションが起こり、生産性が向上していくことだろう。
経済学には比較優位の原理があり、それぞれの国がそれぞれの状況に適した生産活動を行うことで、世界全体で効率的な生産が可能になる。それを自由貿易によりやりとりすることでwin-winの関係を築くことができるのである。日本のような国で農業や単純労働をやるよりも、教育・医療サービスや、高度な知識と専門性を要求される産業に特化した方が良いのである。
大体、このようなことを学んだ。思えば、ホリエモン事件などは、旧体制の既得権益を持った人たちが、新規参入を認めないという日本社会の構図そのものだったように思う。不要な規制や保護によって、日本社会は非効率で元気の無い社会になってしまったということだろう。