井上智洋のレビュー一覧
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ネタバレ・ピケティ
ピケティは、R>Gになることを主張した。
これは、投資家の利益の上昇率が労働者の給与の上昇率を上回ること。今後は、労働者の賃金はむしろ機械に代替されて、減り、資本家の収入がふえる。
→大格差が生まれる。
→このような機会だけで生産する形態を「純粋機械化経済」と呼ぶ
・シニフィエ(言葉の意味そのもの)
言語学者のソシュール
テクノロジーの進化により、シニフィアン(言語を表現する文字や音声)を介さず、シニフィエ(言語の持つ意味そのもの)だけを伝えるようになる。
感覚を伝えることができる。
・モノからの解放
奴隷制度から解放された人編は、次は労働やお金から解放される、。そして、モノからも解放される。生活に必要なものを自分だけでつくれるようになると、モノに個室することもなくなる。
・ビットコインの先
ビットコインが発展すると、お金の高機能化が怒る。
お金を使う人、使う対象、使う状況、タイミングによって、お金の価値が変わるようにする。 -
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貨幣理論とベビーシッター組合の危機。クーポンを配ったら機能しはじめた=貨幣を配ったのと同じ。→貨幣はクーポンと違って将来のために貯めるという選択肢があるから、同様にはならないのではないか。
すでに国債の貨幣化=マネタイゼーションが始まっている。
ゼロ金利経済とプラス金利経済では異なった性質を持っている。借金を返すものという常識が国では間違っている。
日本には60年償還ルールがある。永久国債化したらどうか
ピグー効果=値段が下がると需要が増える(セイの法則と同じ?)しかし現実には需要不足。
貨幣の長期的中立性が影響しているか?
貨幣は短期的には、中立ではない。名目粘着性があるから。
技術的失業は、摩擦的失業だけでなく、短期的には需要不足の失業でもある。これが需要不足を生み出す。
不断の技術進歩によって、つねに摩擦的失業だけでなく需要不足の失業の危機にある。
技術的進歩に見合う貨幣成長がなければデフレになる。
失われた20年の原因は、貨幣成長率低下。
マネーストックとマネタリーベースを混同しないこと。ベースマネーは増やせるが、マネーストックは増やせない。
ゼロ金利では金利で信用創造を促せない=信用創造の罠。
期待インフレ率を上げるという政策=クルーグマンの提唱。
ベンハビブの論文=定位定常状態で需要不足が発生する=デフレの罠=自然利子率が正常でも、ゼロ金利とデフレが永続する。
信用創造の罠から抜けるためにはヘリコプターマネーしかない=貨幣発行益を使う
ベーシックインカムとして使う。
貨幣発行自由化論(ハイエク)。しかし発行の分権化は格差を助長する可能性がある。 -
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人の欲望が数式となり示せるということに驚く。
それらの数式で図が示せること、また、同じ数値でも図の描き方や読み解き方が違うことに改めて気づく。
ものの見方は一つではないし、方策も一つではない。絶対的な正しい方法なんてものはなく、それぞれが見る方策の利点や欠点を踏まえて進めていくしかない。
経済学の良いところは、ただのイメージや理想をベースとして語るのではく、あるデータを根拠としてグラフを見せ語ることができること。恣意的なデータを選ぶことや、極端に見えるグラフを描くことも可能なのだが、データを根拠とするという時点で同じ地平に立つことができることだと思った。 -
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相対的に良く書かれているが、AI/BI時代の教育に関しては何も書かれていない。AI/BIの時代に働かなくても良いと主張し、人間らしさを追求する幸せを論ずることは誰にでも出来るし、既に多々書かれている。
著者は、貨幣制度など著者独自の考え方を展開しているが、一方で、その時代に生まれてきて、生きて行く新しい世代(それが永続するとして)がどの様に育てば良いのか、逆に、その時代の大人はそういう新世代をどの様に育て、教育して行くべきなのかが全く分からない。
そこが解明されないと、人智は人のフィジカルを超えたAIが本当に世界をコントロールしてしまいかねない。そうならないための処方箋としての教育を論ずる人が出てきて欲しい。 -
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経済とお金の関係について総合的に説明されていました。
どれも基礎的な内容ですが、ちゃんと分かってなかったと思うことも多々あり、この基礎を知っておくことは国家の一員として大切だと感じました。
以下は印象に残った学びの部分です。
- 国の赤字、債務とは民間の黒字。増えてダメなものではない。国の債務は増えると大変なことになると誤解している人がいるが、これは日本円を税として払った人に自由、暴力を行使しないよう渡す義務なので問題ない。
- 「グリッジマン」:システムやサービスの穴(Glitch)を利用して稼ぐ人
- ハイパーインフレは通貨の発行のし過ぎでなく物資不足が原因だった
- 会社がお金を必要とするとき:銀行から借りる、社債を発行する、株を発行するという3つの方法がある
- 投機バブル:株式や不動産などの資産価格が、実体経済の成長や裏付けとなる価値(ファンダメンタルズ)を無視して、投機的な買いによって異常に高騰する現象
- 暗号資産に価値があるのは投機が原因
- 購買力平価説Purchasing Power Parity: PPP):為替レートは2国間の物価水準(購買力)の比率によって決定されるという経済理論
- 金利平価説(Interest Rate Parity):2国間の金利差が為替レート(将来の予想レートや先物レート)に反映され、どちらの通貨で資産を運用しても投資収益率が同じになるという理論
- 債務不履行(Default)とは:債務を返済できなくなる
- 歴史的に不平等を無くしてしてきたものは、革命、戦争、崩壊、疫病の4つだけである
- MMT(Modern Monetary Theory:現代貨幣理論):独自通貨を発行できる政府は自国通貨建ての借金で財政破綻しないとし、インフレ率が許容範囲内なら国債発行による財政支出を積極的に拡大すべきとする経済理論。自国通貨建ての財政破綻は起きないという考え。 -
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ホワイトカラーの自分への危機感からこの本を手に取りました。
結論としてAIに代替されづらい「判断」をする立場になっていかないといけないんだと思わされます。
もはやクリエイティブか否かに問わず簡単なものに関してはAIに代替される未来がすぐそこまで来ています。
だからこそAIを手足として使いつつ、意思決定をしたり、人をマネジメントするといったことがホワイトカラーの生き残る道なのかなとこの本を読んで思いました。
これが正しいのかはもう少し先にならないと分かりませんが、食いっぱぐれないようにちゃんと自分の方向性を定めながらキャリアを考えつつ、仕事一辺倒にならずに人生を大切にするという軸も持ち続けていきたいなと思います。 -
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極めて個人的な意見であるが、未来世界は、生活時間のほとんどがメタバース内で消費されると思っている。
もちろんデータで分析した訳ではないし、あくまでも個人の感想だ。
だから、実際にどうなるかは全く分からない未来の話である。
しかしながら、感覚として「こうなるのではないか」という確固たるものが自分の中に存在している。
これはもう本能的な感覚としか言いようがない。
それにも関わらず2016年頃にVRブームが訪れて、以後約10年が経過したのだが、メタバース世界がなかなか訪れないことに苛立ちすら感じている。
当時は「日常がメタバースになる世界は、相当に早いのではないか」と思っていたが、2025年の現代において、その状況にまでは至っていない。
(すでになっていて、私だけが認識していない可能性もある)
思ったよりも進みが遅かった理由は様々あると思うが、だからといって「メタバースは永遠に来ない」とは、やっぱり思えない。
自分でもメタバース世界を体感したり、様々な関連書籍を読んだりしているが、何をどう考えても、未来では、リアルとメタバースの割合が「50:50(半々)」位になっていくのではないかと感じてしまう。
着地点が、「60:40」だったり「70:30」だったりするかもしれない。
しかし、それは僅かな誤差であって、「メタバースは永遠に来ない」という話ではない。
30%でもメタバースが普及していれば、それは社会に十分浸透してると言ってよいだろう。
ほとんどの人の生活の一部になるのは間違いない。
今現代でも「スマホ」は日常的なツールだ。
何なら可処分時間のどれくらいをスマホに費やしているのか。
もしくは、可処分金額のどれくらいをスマホ関連に支払っているというのか。
そんな社会が来るなんて、約20年以上前は考えもしなかった。
当時はガラケーのiモードコンテンツに、月額380円などを支払っていた時代だったが、それはそれで異常な世界観だったのかもしれない。
2008年頃にスマホ(iPhone)が日本で発売された時でも、「こんなものは普及するはずがない」という人は存在していた。
それが、すでに日常的に無くてはならないツールになってしまっている。
メタバースだって、「そこにあるのが当たり前」という日が来ても、何ら不思議ではないのだ。
現実的に、便利な部分は多い。
仕事だけを考えても、ホワイトカラーの主な業務はメタバースで代替できるはずだ。
ホワイトカラー業務を担うビジネスパーソンの、ほとんどの仕事が、会議と会議のための資料作りだったりする。
(こう記載しただけで、自分の行っている仕事がつまらないものに思えてくる)
そう考えると、テレワークでも十分に可能だし、Zoom・Meetなどの無機質なタイル画面よりも、メタバース世界での会議の方が、ノンバーバル(非言語)な部分も感じられて、リアルに近い会議の質が保てるかもしれない。
常時メタバース上にいれば、仕事でスタックしても「ちょっといいですか?」と、リアル出社と同じような即時確認ができるだろう。
「これマズイかも」というヒヤリハットも、常時メタバースの世界なら防げるようになるのかもしれない。
益々リアル出社して「会議と会議のための資料作り」を行う意味が全くない。
今も自宅から一歩も出ずに、テレワークだけで完結している人も多いと思う。
それが益々便利になって、いずれメタバースに進化していくだけだ。
この方向性には異論がないと思われる。
それでも、メタバースが普及段階に至るには、まだまだ超えるべきハードルが多いのだろうと思う。
ヘッドマウントディスプレイ(HMD)がもっと小型化して使いやすくならないと、実際の普及は難しいだろう。
そのティッピングポイント(転換点)が、どのタイミングか。
メガネ型なのか、コンタクトレンズ型なのか。
そうなった際には、リアル世界とメタバース世界の差もほとんど感じられないだろうと思う。
自分にとっては、両方の世界が日常なのだから、「どっちもリアル(現実)」というだけかもしれない。
まさにシミュレーション仮説のような世界観になっていくが、その方向性も不可逆と言えるだろうと思う。
そんな世界で自分たちはどうやって生き残っていくか。
もしかするとあまり深く考えなくてよいのかもしれない。
それが日常世界になるのであれば、普通に生きていくだけだ。
今現在でも、この世界に生きている訳だから、人間は案外環境に適応できるものなのかもしれない。
メタバース世界が当たり前になると「国家の概念ってどうなるのだろう?」とか、「お金はメタバース内通貨だけで完結できちゃうのだろうか?」とか、色々と想像してしまう。
そういう中から新しいビジネスアイディアが生まれてきて、メタバース内での経済活動が活性化されていくのだろう。
本書内では「日本はどのポジションを狙っていくか」という方向性で展開しているが、実際にどうなるのかは私にも分からない。
元々はゲーム大国だったはずだが、その地位もだいぶ厳しい状況になっている。
ゲーム、メタバース、AIだったり、ロボットだったり。
世界が変化するのが不安でもあるが、楽しみでもある。
変化を楽しんで、メタバース世界で長生きしたいと思っている。
(2025/6/15日) -
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「AIの進化によって仕事を奪われ、我々は本当に失業してしまうのか?」
AI関連の話をしていると、必ず話題となる内容だ。
結論から言えば、奪われる仕事があるのは事実。
よく例に出されるが、弁護士事務所で働くパラリーガルなどは、ほとんどの仕事が「過去の判例を調べる」などの調査業務のため、そういう部分はAIに代替されてしまうと言われている。
医療行為として、画像診断する読影師なども、最近はAIの方が精度が高くなっているために、代替されていくだろうと言われている。
完全にAIに置き換わって、パラリーガルも読影師も一人もいなくなるということはなさそうだが、確実に仕事の中にAIが組み込まれて、今まで10人で行っていた仕事が、「3人+AI」で済むようになるかもしれない。
そういう意味では、差し引き7人が失業することになるが、おそらく様々な職場がこういう状況になっていくのだと思う。
作業内容によっては、AIに代替できないものも確実にある。
現状では、ほとんどの肉体労働はAIに代替できないと言えるし、特に介護の現場などは、まだまだ人間が相手の気持ちに寄り添って介助することが必要だろうとも思う。
基本的に「PCを使って完結する」ような仕事は、AIに置き換わりやすいと思う。
ほとんどのホワイトカラーの業務はPCを使っているのだが、それだけで完結している仕事であれば、代替の危険は高いと言っていい。
プログラミング業務は分かりやすいし、経理会計などの事務作業も当然その対象となりやすいだろう。
今もこの文章をPCで書いているが、例えクリエイティブ業務であっても、PC内だけで完結しているようなものは、きっとAIが自動生成する方が便利になってくる。
イラストであっても、動画編集であっても、生成AIの力を借りれば、ものの数分で作り上げてくれて、さらに手直しについても、嫌な顔一つせず、寝ずに対応してくれる。
本書内では、AIに代替されづらい仕事を、「クリエイティヴィティ」「マネジメント」「ホスピタリティ」の3種と位置づけている。
前述の通り、クリエイティブワークこそAIに代替されそうであるが、ここが非常に重要なところ。
作業としての「クリエイティブワーク」は、確かにAIに代替されていくのだろう。
しかし、全く何もない「無」から、何らかの価値を生み出すというクリエイティヴィティは、AIに代替されようがない。
プロンプトがあるから、AIもワークができるのであって、意志や情熱は持ちえない。
人間の特徴はまさにここであり、我々が目指すべきところである。
子供の発想力は素晴らしい。
想像力は無限大だし、友達同士で新しい遊びを考案して楽しめるなんて、まさに人間らしい特徴と言えるはずだ。
確かにクリエイティブは、ほとんどの部分が生成AIに代替されてしまうかもしれない。
しかし「発想の種」のような「ゼロイチ」のようなものは、人間から発想されていくはずだ。
だったらその力を磨いた方がいい。
ほんのひと工夫。
AIでは考えつかないような、裏をかくような発想で、創造力を磨くことが必要だ。
同じことが「マネジメント」にも言える。
単純なタスク管理業務は、AIが得意とする分野だ。
ここで戦おうとしても、全く意味がない。
それよりも、「起業家」の発想が必要ということだ。
社会課題に対して、「どうしても解決しなければいけない」という使命感で突き進む。
思うだけでなく、人を巻き込んで、実行に移していく。
まさに企業経営者と同じであるが、そういう意味での「マネジメント」は、AIに代替されづらい仕事と言える。
一方で、全員が企業経営に向く訳ではないし、メンバー側で社会課題解決に貢献する方法もあると思う。
そういう部分はAIとどう棲み分けていくのか。
経営部分の人間が一人だけいれば、後はAIが担えばよいのか、などはこれから徐々に最適解が見つかっていくのだろうと思う。
「ホスピタリティ」の部分は、AIに代替されづらいのは分かりやすい。
「この人と一緒にいると心地よい」という感覚は、究極の能力だと思う。
顔がいいとか、性格がいいとか、そういう単純な話でもない。
全体の雰囲気も非常に重要だし、利他の姿勢というか、自分よりも相手を思いやる気持ちというのも非常に大事なのだと思う。
言い換えれば「人間力」とも言えるかもしれない。
人間力が高ければ、マネジメント力もおのずと高くなるだろう。
そういう意味でも、各要素は連動しているとも言えなくもない。
自分で書いていてなんだが、「人間力」という言葉が、元々の問いに対して矛盾している答えだと言えなくもない。
「AIに代替されないために、人間力を磨け」とは、あまりにも回答が陳腐過ぎる。
しかしながら、極めて本質とも言える。
AIは人間でないのだから、人間力を磨きようがない。
人間は機械でないにも関わらず、機械であるAIと戦おうとしている。
これ自体が無駄であり、無理がある。
人間なのだから、人間らしく、人間力をひたすら磨けばよい。
世の中には、「ポンコツだけど、何となくチャーミングで、お世話したくなる」みたいな人間がいる。
「ポンコツだけど、何となくチャーミングで、お世話したくなるAI」には、どうにも魅力が湧かない。
そう考えると、歌も踊りも下手だけど、アイドル目指して頑張っている人と、彼らを応援する人たちとの関係性は、それで経済活動が成り立っている以上、立派な「仕事」と位置付けられるかもしれない。
こういう場面が今後増えていくのだろうと思う。
「それって仕事と言えるの?」というような、あんなこと、こんなことが、仕事として成り立っていくだろう。
そう考えると、既存の仕事はAIに代替されていくのだが、新しい仕事も発明されて、人間たちはそちらの方を一生懸命やるのかもしれない。
「AIに代替されないようになる」唯一の答えは、「人間らしく生きる」ということ以外にないような気がしている。
「ものすごくポジティブで、底抜けに明るい人」などは、意外と生き残っていけるのかもしれない。
そんなことを想像しながら、自分はどうやったら生き残っていけるかと夢想している。
色々な人と意見交換しながら、未来を模索してみたいと思っている。
(2025/5/31日) -
Posted by ブクログ
2023年末に出た、ChatGPTのこれからを論じた本。
1年経ってみると、日常的に使う人とほとんど使わない人に別れてしまったなと言う感じ。ハルシネーションや知識が不足している話については、1年経った今も状況はあまり変わらない。というかこの時点でGPT-4まで出ており、2024年末現在ではo1 Proなので想定できる範囲の進化だなあと感じる。
内容は、ベーシックインカムと絡めて論じている人が複数人いるのが今となっては懐かしい。初期は仕事が奪われるというところからこう考える人が多かったイメージ。初期の粗削りな議論を見て理解できる今にこそ読むのがおすすめです。