土屋賢二のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
お茶の水女子大学の教授であり、哲学者である土屋賢二が
週刊文春に連載しているユーモアエッセイをまとめたもの。
こういったジャンルの本を読むこと、
しかも自分で購入してまで読むことは
自分にとっては極めてまれなことであるが、
最近読んだ森博嗣の日記本の中で土屋賢二の名が出てきたため
たまたま土屋賢二に対して比較的関心が高い状態だったことと、
そんな状態のときに、伊坂幸太郎の新刊を探しに行って
たまたま土屋賢二の新刊が出ていることを知ったこと、
などの偶然が重なって手にとることになった次第。
森博嗣との共著である「人間は考えるFになる」以外には
土屋賢二の文章を読んだことは今までなかったが、
まえがきを読んだだけでその魅力の虜となってしまった。
とにかく面白い、というかおかしいのだ。
つまり笑える、ということ。
本を読んでいて笑うことなど滅多にないのだが、
この本を読んでいると、思わずくすっと吹き出したり、
そうでなくてもニヤリとさせられたりすることが多かった。
さすがに哲学の教授なだけあって、
論理というものを巧みに使いこなしている。
たまに意味不明の理屈や、不可解な飛躍、
まったく無関係の事柄などを持ち出してきて、
それによっておかしさを生み出している。
なんだか簡単に書けそうなふざけた文章のように見えるが、
実はこんな文章はそう簡単には書けないはずだ。
凄いのに凄く見せない、というのも、実は凄いことだ。
周りが女性ばかり、という環境で生活されているせいか
女性に関しての洞察や描写は真に迫るものがあり、
特に「驚異の反撃法」でフィクションとして紹介されていた
妻の理不尽な反論にやり込められる夫の描写には
とてもフィクションとは思えない生々しさがあって
土屋先生の家庭での虐げられぶりの片鱗が窺え、涙を誘う
(とは思わず、思い切り笑わせてもらった)。
あと、いくつかのエッセイの最後についているイラストだが、
あれが意外に切れ味が鋭かったりするから要注意だ。
こんなに面白い文章は他ではあまり読めないので
これから過去の著作も遡って読んでいこうと思う。 -
Posted by ブクログ
哲学者である著者、タイトルで惹かれ手にした一冊であり、さぞ何やら型苦しいのでは?と読み始めたが、そうではなかった。
著者は、昔、哲学的な本を2,3ページ読んでも嫌になる そんな哲学が嫌いと言われるだけあり、無知な自分でも 凄く解りやすい本でした。
考え方で不幸になるのが『一面的なものの考え方』。
偏った先入観、誤った推論、能力や欲望の重大視とかが一面的な見ないという誤りに。
確かに、日常的に思う数々の事例が、フムフムと可笑しく納得させられました。
重大だと思ってることを、「大したことではない」と視点を変えて見るのは難しいけど、そんな時非常に大切なのは『ユーモア』だと。
難病を患っているから、解ることだが過度にそのことだけに囚われていると、痛さや辛さを深刻に感じるものである。
苦難や不幸に立ち向かう武器は、ユーモアであり、笑いであると思う。
そのようなユーモア精神こそが、不幸をやわらげるし、乗り越えることができると自分も思った。 -
Posted by ブクログ
ついついものごとの一面だけをみて良いとか悪いとかを判断してしまいがちだし、当たり前のことも正しいものだと先入観を持ってしまうけど、そもそも人間とは考える力が貧弱な生き物で、頭の良いデカルトだって間違える。だから、真理を徹底的に追求しようじゃないか。なぜ?なぜ?本当?(あ~、疲れる!)でも、まずは、そういう「綿密な思考力」が幸・不幸の分かれ道なのだと著者は言います(さすが哲学者)。
次に大切なのは、「ユーモア」だそうです。イギリス人は、非常にユーモアのセンスを大事にするけど、これはただ単に人を笑わせることだけではないんですね。つらいことに直面したり、深刻な事態に陥っても、つらいその一面ばかりを過度に重要視するのではなく、かえってそんな自分を客観的に見つめ、ユーモアをさらっと言う。特に、イギリス人の「自分を笑う」センスは、アメリカ人もかなわないようです。
生きるための武器としての「考えること+ユーモア」ということを言葉にしたことは、何かとても新鮮に感じました。 -
Posted by ブクログ
推薦理由:
思い違いで不幸にならない為に、「緻密な思考」で常識や先入観を見直すべきだという事と、不幸を乗り越える上で「ユーモア」が何より有効だという二つの事を中心に、哲学者である著者が、ユーモアを交えて語っている。
常識のように思っていたことが、ただの先入観だった事に気付かされ、人生観が少し変わるかもしれない。
内容の紹介、感想など:
哲学では、どんなに当たり前に見える事でも、本当にそれが正しいのかどうかを疑い、緻密に考える事で真理の探究をする学問であると述べ、我々が当たり前だと思っている多くの事の中には不幸の原因になっているものもあるので、「当たり前のことを疑う」という方法で不幸を軽減することができると語っている。
緻密に考えると、「自然に従う事が正しい」「価値観の異なる相手を批判することはできない」「能力を伸ばすべきだ」「自分の真の欲求を満たすことが幸福だ」「目的を持ち、それを追求するのが充実した人生だ」などの当たり前だと思われている事が実は疑わしいものだと断じ、その理由を説明している。また、「人生を一面的にしか見る事が出来ないと、不幸に感じる事が多い」と述べ、何事も多面的に捉える事の大切さを語っている。
そして、「ユーモアとは笑ったり笑わせたりすることが目的なのではなく、ユーモアの精神は不幸に襲われた時にそれを和らげるために必要なのである」という事を、イギリス滞在中のエピソードを紹介しながら説明している。
物事を多面的に捉え、緻密に考え、ユーモアの精神を持つことが人生を幸福だと思える秘訣らしい。
これからの人生を幸福に過ごしたい人は、参考にしてみては如何だろうか。 -
Posted by ブクログ
先日読んだ「希望を運ぶ人」のテーマが、ものの見方、だった。
いきづまったりした時に、ものの見方を変えると幸せへのヒントが見えるという。
この「幸・不幸の分かれ道」も、切り口は違えど、似たようなテーマだった。
著者の土屋賢二さんは、哲学者であるらしい。
後ろの著者紹介は自分で書いたものだろうか。とてもまじめにふざけている。(笑)
哲学と言えば、なんとなくロダンの考える人的なイメージがあるんだけど
(実際、学生のころの哲学の先生はクソまじめな先生だった)
この著者の本なら面白いに違いないと、手に取った。
哲学という「考えること」を研究対象としているだけあって、
本の構成とかがよく考えられていると思う。
文章は読みやすく、ちょいちょいっと自虐的なユーモアが差し込まれていて
すいすいっと読み進められるし、頭にも入ってくる。
この本自体は、「世の中で言われている、幸せになるための条件とは、
はたして本当にそうなのか」という問いかけをしており、普通の感覚で言えば
屁理屈だろう、という反論もしており、哲学の基本に沿っている。
でも最終的には、気持ちがとても軽くなる結論(推論?)で結ばれていて、
別に物語じゃないけど、読後がさわやかだ。
心がちょっと軽くなるっていうか。
学生の頃、哲学の授業を自ら進んで受けたのだけど、哲学って人間らしく幸せに
生きるために追及されるものなのに(そう教わった)、
そんなうんうん考えてるのは、全然幸せじゃないなぁと思ったりした。
屁理屈をこねくり回すのは嫌いじゃないので、面白い授業ではあったけど。
でも、この土屋先生は、笑う哲学者と自称しているそうで、興味深い。
幸せを感じるためには、ユーモアが必要だと主張しているが、本当にその通りだと思う。
ただ、ユーモアって言葉の定義が難しい。というか厳密には定義されていない気がする。
日本語になると、他人を笑わせる事や奇抜さと直結している気がするが、ユーモアの本場
イギリスでは、ちょっと違うような感じだ。
もともとは、体液という意味の言葉から派生したらしいけど、humanと言う言葉と
関係が深いらしい。らしいばかりで申し訳ないけど、そうらしいと習ったんだから仕方ない。
この本を読んで感じたのは、ユーモアってのは「心のゆとり」と何か関係がありそうだということ。
土屋賢二さんの他の著書もぜひ読んでみたい。