哲学者 土屋 賢二と小説家兼某国立大学工学部助教授 森 博嗣の対談本
タイトルは、哲学の名言「人間は考える葦である」(パスカル)と、森博嗣の代表作(兼デビュー作)の「すべてがFになる」からきたものだろう。
土屋 賢二の自虐と森博嗣の冴えた常識はずれの対談で、瞑想した対談。土屋 賢二の一貫したダメっ
...続きを読むぷりはいつものエッセイ通りなのだけども、森博嗣の饒舌ぶりはエッセイとは違って興味深かった。
森博嗣が土屋 賢二に小説の書き方をレクチャして、ふたりでそれぞれ短編小説(ミステリィとミステリ)を描くという体になっている。
土屋 賢二も小説は見事にダメで、おそらくこれはダメなものの集大成/具現化という感じで、お見事というしかない。
狙ってても計算づくでもこんな表現はできないのではないか?
森博嗣の発言や短編も、見事に期待の斜め上をいくもので楽しかった。
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【内容(「BOOK」データベースより)】
文系教授(哲学)・土屋賢二と理系助教授(建築学)・森博嗣。発想も思考も思想も性質もまったく異なる2人が、6回にわたって行ったトークセッション。小説の書き方から大学の不思議、趣味の定義、友人は必要なのかという根源的な問いまでを軽妙かつ神妙に語りつくす。読むと学びたくなる絶妙「文理」対談!
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【目次】
絶妙「文理」対談
・教授・助教授「書く」語りき
・大学はやっぱりミステリィ
・趣味は工作、コンピュータ
・友達は必要か!?
・(売れる)ミステリの書き方)
短編小説
・消えたボールペンの謎(土屋賢二)
・そこに論点があるか、あるいは何もないか―Here is a talking point or nothing.(森博嗣)
文庫版あとがき
・対談の成果(土屋賢二)
・対談の思い出(森博嗣)
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