山本直樹のレビュー一覧
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購入済み
もう一度その時代その人達を
今は昔の物語である。ソ連が崩壊し中国の経済が共産主義とは言えなくなった今、なぜこの時代の若者が共産主義に憧れ、暴力革命を起こそうとしたのかまるでわからなくなってしまっている。この作品は、もう一度その時代その人達を掘り起こしてみようとする労作である。とは言うものの読んでいて楽しい作品ではない。
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購入済み
仕方無いか
漫画で表現するには限界があるし、また時系列的にも若干の矛盾もある。
当時、未成年の学生だった当事者の取材を基にしているので、連合赤軍側視点での観点としては興味深いが、細かい描写が出来ていないのが残念。
連合赤軍側·警察側双方の視点からと
報道側とを組み合わせて読むと違和感を覚えざるを得ない。 -
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「レッド 1969~1972」「レッド 最後の60日 そしてあさま山荘へ」に続く最終章。あさま山荘事件の顛末を描く。
前作までは永田洋子と植垣康博が物語の中心だったのだが、この二人はあさま山荘事件の直前に退場しているので、なんとなく主人公不在な感じ。坂口弘がかろうじて主人公的なポジションだが、キャラクターのせいもあって少々弱い。
ただ、シリーズ全体を通して見ると、この中途半端さが正しいように思う。たしかにビジュアル的には連合赤軍の一連の事件のクライマックスでもっとも派手ではある。でも内側からみれば、連合赤軍は壊滅寸前でピークはとっくに過ぎている。一連の出来事の中での最後のあがきに過ぎない。
そうした尻すぼみ感は、シリーズの締めくくりとしては悪くないように思う。 -
Posted by ブクログ
1〜3巻まで
普通の(とはさすがに言い切れないが)若者達の歯車が少しずつ狂っていく。空虚な言葉による自己規定、束縛。
「普通に考えたらおかしいと思うようなことに、なぜ人は、とくに集団になると突き進んでしまうのだろう?」ということにずっと興味があって新興宗教関連の本も読んだりしたけど、連合赤軍についてもずっと気になっていた。早く続きが読みたい。個よりも全体を重んじる集団の論理、ヒエラルキーの発生、目的の手段化、論理の飛躍、暴走。
このテーマを描くのにマンガという手段が適していると思う。映画だと2時間という制約があるし、小説では当時の時代背景や雰囲気をビジュアルで見せることができない。マンガだと絵を使いながら、言葉の空虚さみたいなものを文字で示すこともできるし、ひとつひとつの出来事の積み重ねがやがて全体を大きく狂わせていく過程もきちんと描ける。
3巻でとうとう山に入った。外界から隔絶された閉鎖的非日常空間としての山がさらに狂気を加速していくんだろう、きっと。 -
Posted by ブクログ
■学校
雨に降り込められた、シンメトリカルな構成。
不思議な世界観。
映画で見てみたい。
■渚にて
作中の白眉。
確かに「忘れられない肌」というものがある。
ただの助平心ではなく、何かしらの郷愁をたたえている。
この作者の描くセックスは、熱狂よりもむしろ退屈のがわに属している。
男も女も退屈な気持ちでセックスをし、それなりに満足したりしなかったり。
なぜかしらトリュフォーの「隣の女」や「柔らかい肌」を思い出す。
■ファンシー
ペンギン……。
何の寓話かはわからないが、インパクトは強い。
■青春劇場
■いいわけ
■素晴らしき新婚旅行
■鶏男
■プノンペンの秋 -
Posted by ブクログ
ネタバレ連合赤軍の誕生と瓦解を主題に書かれた群像劇。
物語の中半くらいまでは繰り広げられる日常が丹念に描かれるが、そんな日常の合間に彼らは猟銃店襲撃や銀行強盗を行い、交番で拳銃奪取を目論んで射殺され、山に籠もり、同士を殺害していく。
狂った歯車の軋みがどんどん酷くなって、しまいには巻き込んだ周囲を挽き潰していくようなイメージがあるが、何より救われないのは潰されていく『生贄』の絵には既に消えていくまでの日数と順番の記されていて、読者は黙ってそれを見届ける以外に術がない事。
ちなみに本格的な『総括』は7巻辺りでじわじわ始まるのだが、それまでに3まで番号が消えている。 -
Posted by ブクログ
「共産趣味」、という言葉がある。左翼思想を本気で訴えるのではなく、左翼思想を距離を置いて、観察し楽しむ、わかりやすく言えば、そんな感じだろうか。あまり、一般的な言葉ではないが、ウィキペディアには、項目がある。
かく言う俺も、ペーペーながら、共産趣味者である。年々、読書量は減っているが、ここ2年は左翼本が、ほとんどだ。小説だと学生運動に影響を受けたであろう、野坂昭如の「騒動師たち」、大江健三郎の「万延元年のフットボール」、新書だと浅羽通明の「アナーキズム」、三田誠広の「マルクスの逆襲」、荒岱介の「新左翼とは何だったのか」、後は、別冊宝島が出してる本、読書ではないが映画だと、若松孝二の「実録・連合赤軍」や、ゲバラを扱った作品などを鑑賞した。
で、そんな共産趣味者になったきっかけ、それが山本直樹の「レッド」である。
浅間山荘に閉じこもった連合赤軍をモデルにしたこの作品、現在4巻まで出ている。
ようやく粛正が始まった。この事件の陰惨な結果をおおまかに知っているが、淡々と進む不穏な空気を怖いもの見たさに、読んでしまう。
最初は、連合赤軍の言い分を知りたいぐらいの気持ちが、あったのだが、そんなのは忘れ、組織内の人間関係に興味が移った。この作品、登場人物の何人かには登場する時に①とか、番号がふってある。番号が命を落とす順番なのだ。最初から、読者に人物の結末を予告してあるのだ。
それが、この作品に恐ろしさを与えている。例えば、今回出た四巻で、②、③がふられた人物が粛正されるのだが、粛正する側のメンバーにも⑥、⑬などと番号がふってある。その時点では、組織の為と信じ、粛正を進言・実行していくメンバーが、後に粛正される側になってしまう事がわかってしまうのだ。しかし、(勿論だが)当人には、明日は、我が身とは、わかっていない。なんとも言えない。新選組やオウム真理教にも、組織内で観念が大きくなり過ぎ、陰惨な粛正が始まる。傍観者には、なんだか極端な人に見えてしまうかもしれない。
しかし、どこの組織にも、これらを薄めたような人間関係があるのではないだろうか?ある時は、組織内の誰か一人を複数で批判するも、その批判した複数が、僅かな期間で仲間割れし、何人かがはじかれ、批判される。大人、子供は関係ない、複数の人間が集まると生まれてしまう人間の浅ましさ、それが俺は、この作品内で繰り広げられる残酷な粛正の描写より、痛々しさを覚える。
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