さだまさしのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
人の善い部分が起こす奇跡に接してきたさださんのの心映えに触れる
曲の精霊流しを小説にしたり、また風に立つライオンという歌が、俳優大沢たかおさんに請われて映画化されたり、
その世界観は様々な姿でわれわれの前に現れます。
そのさださんの世界の根源は、人の善い所を見ているという事。
作中
人は心で生きている
と書かれ、また
大介のことも咲子のことも、ちゃんと一所懸命に見つめていないのじゃないか?
と諭すシーンも見られます。
根は善い人たちによる、感動の出来事がいくつか現れます。
それはさだまさしという人間が、人の事を良く見て、さらにその人の善い部分、良い部分をみつけようという心映えでできているからこその世界観なんだろうと思います。
全国を歌い訪ね歩く中で、様々な人を見て、人の善い部分が起こす奇跡に接してきた人だから書ける話なのだと思いました。
文中仏教を底とする言葉や考え方が多く現れます。
これを読む私のような人間は「さだ教」と言ってもいいでしょう。
さださんの節々からこぼれる言葉を胸に受け止めてます。主に月一の深夜番組「生さだ」(今夜も生でさだまさし)で。
最近は知的好奇心の観点から欲する宗教・哲学への興味が湧いてきておりますので、
美しい長崎の風景に心惹かれながらも、神社仏閣を見に行くのに何も長崎や京都に行くまでもなく、先ずは関東圏の人間ですので鎌倉があるだろうと思い立ちました。
中学生の定期テスト、そして大学入試センター試験の際一度全て叩き込んだはずの鎌倉時代の仏教大きく6つ、教祖と教義の特色、有名な寺社。鎌倉の寺の格付け。
そういったものを改めて、歴史背景からほぐし接することをしてから鎌倉を訪いたいという欲望がむくりと私の中にもたげたので、またまた読みたい本が増えたなと言ったところです。
しかし解夏という作品、映画化されているわけですが、というか映画になっていたことでこの作品があるという事を知ったわけなのですが映画という表現でこの解夏のシーンはどう描かれているのでしょうね。隆之の視界をそのままカメラに投影し、乳白色なんて映したら野暮ですからねえ。
最近は映画を見ずに原作を見てどんな演出をするのか心を巡らすのが楽しかったり。
蛇足ですが解夏のなかで安吾の話が出てきます。
私が読んでいる「7SEEDS」というマンガに出てくる安吾というキャラクターが夏のチームに属しているのですが、安吾とはこういうことなのか、と合点がいきました。
こうやって、全然関係のない作品の中で自分のシナプスが連結する瞬間を感じる事が出来るのも、いろんな本を雑多に読むことの愉しみの一つでございますね。 -
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3時間のコンサートのうち2時間はしゃべる、という
しゃべりストさだまさしのステージをまるごと再現す
る活字のライブ。彼のおしゃべりの中から選んだ傑作
面白ばなしをまとめて90本!とにかく笑っちゃうア
ドリブに痛烈な楽屋落ち。文庫本はこれが一冊目でま
だまだつづきます。彼の歌を聞きながら読めば最高で
す。(親本は1982年、1986年文庫化)
Ⅰ コンサート・ライブ
Ⅱ ステージ・トーク・アラカルト
聞いたことがあるような話がちらほら。噺歌集Ⅴとか
ぶっているネタが。それでも楽しめるのは話芸に達し
ているからと言えます。TVではこの魅力が伝わらない
のが残念ですが、読んでいるとコンサートに行きたく
なります。おばあちゃんとの話は切なくて胸をつきま
す。 -
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解夏・・・大切な人と一緒に歩む
げげ・・・解夏・・・初めてみる言葉である。
結夏・・・旧暦の4月16日
雨期の始まる頃 生命が躍動するときに 外にでず、修業をはじめる。
解夏・・・旧暦の7月15日
修行生活で、それぞれの共同生活の中で気づいた、互いの欠点を指摘し、修行を終わりとする。
隆之は、ベーチェット病という難病にかかり、
次第に目が見えなくなる。
目が見えなくなるという行が始まり、
目がみななくなって、
初めて行が終わる・・それが解夏。
「光が見えないものには、暗闇が見えない。」
・・・すごい印象的な言葉。
隆之は、恋人 陽子がいたが、
失明するというおそれから、結婚することを破棄する。
陽子は、その隆之のそばに一緒にいようとする。
目が見えなくなるというおそれの中で、
陽子が、なぜ隆之のそばにいようとするのか?
「隆之さんの眼が見えなくなるまでの、この、1日1日、
大切な日々を、一緒に歩かせてもらうことで、
私、いまとっても充実しているのです。
隆之さんは、婚約を解消することで責任をとったのです。
今度は私が隆之さんへの責任をとるのです。」といって、
隆之に寄り添う陽子
竜舌蘭の花を見ようとしたとき、隆之は、失明した。
そして、白いサルスベリ(百日紅)の花が、
心の中に鮮やかによみがえった。
隆之と陽子の「解夏」である。
さだまさしは、詩人である。
埋もれた言葉をうまく発掘して、
私たちに大切な人と どういきていくかを教えてくれる。 -
Posted by ブクログ
さだまさしの自伝的作品。「大切な人たち」との「大切な記憶」の物語。数々のエピソードとレクイエムにいちいちキュンとします。
祖母のプレゼントを楽しみにしていた雅彦が目にした途端、意気消沈してしまうシーンは、あるある自分にもあったよと思わず遠い目になったし…。
貧乏な暮らしの中で、母が急に作り始めた花壇。やがて薔薇の花が根付いた頃、一家は引っ越すことになる。ミュージシャンとして成功した後に訪れていくシーンは情景が目に浮かぶし…。
砂丘の観光施設で、らくだの代わりに客を乗せる、元競走馬のルーツを調べていく話は、ヴァイオリンで成功を収めた旧友と自分自身を、サラブレッドと元競走馬になぞらえ、最後のくだりで交錯する構成はカッコイイし…。
第八話は、出勤前の電車の中で読んでいたら涙が溢れ参ったし…(この部分は、周りに人がいないところで読むことをお勧めします)。
大切な人とのお別れがテーマなので、気持ちが沈んだまま終わりを迎えるのかと思った。が、最後のエピローグは、「時として人は素敵なことをする」…そんな素敵な出来事でしめくくられています。
解説の朝山実さんがこれまた最後にニクいこと言うんだな。「シーンにどれだけ匂いや風を込められるかが作家の『個性』」とか「実につまらないひっかかりを掘り下げ、釣り上げていくのが『書く』という行為なのかもしれない」…だなんて。多くの説明を言葉にしなくても、何気ないごくふつうのことを目にしたことが自然と文章になり奥行を生み出していく…だからさだまさしの作品好きなんだよなぁ…とずっと言いたくて言い表せなかった敬意をよくぞ言ってくれたと思った。