齋藤孝のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
まず教える立場にある人間は"常に学ぶ努力が必要だ"とあり、その通りだと思い共感する。
自分が今、仕事に対する姿勢として取り組んでいるやり方に間違いは無いのだと再認識することができた。
新しい発見として学んだ事は、コミュニケーションによる会話とはダラダラとおしゃべりをすることではなく、何か1つでもいいから具体的なアイディアを出すこと。つまり、新しい意味を生み出すことだと知り「なるほど〜」と唸ってしまった。
自分の中にはなかった新しい考え方だった。
互いに交わす言葉は相手を良い意味で刺激すること。
インスピレーションがわきやすい人を見つけることも大事だなと思った。
他人に対する関心が低い人間はうなずきが下手。つまり、自己中心な人間てことにすごく納得がいった。自分の周りにもよくいるなと感じていた。
コミュニケーションと言うものは情報に、意味と感情が加わって初めて言えることと読んで改めて自分の中で再認識できた。
ただ話すだけでは情報を伝えるだけであって、何の感動も生まれない。
情報を自分の中で処理して料理すること(感情を情報に含めて、話す、伝える)が、コミュニケーションとしては大事なのだと心から認識できた。
今後は自分の中でコミュニケーションの教科書として愛用書としていきたい一冊となった。 -
Posted by ブクログ
ニンゲンは100%死ぬ。誰も逃れることができない。そして、生物の中で、ニンゲンだけが死ぬことを理解している。生は星の瞬きの時間であり、一瞬で死に至る。だから、命どぅ宝だ。
齋藤孝が、死生観について描いている。齋藤孝は「死生観とは、生と死に対する個人の考え方であり、生の意味を問い続けて死の不安に打ち克つことだ。自分なりの死生観を持つことによって、死をただ恐るのではなく、死を受け入れられるようになる」という。
人間は、死に対して「来世」を発明した。現在の生が失われても、次があるということで不安を解消した。
ハイデカー「いつか死ぬということを自覚的に受け入れるのが本来のことである」
孔子「曰、未知生、焉知死」未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん。
まだ生きているのがどういうことかもまだわかっていないのに、どうして死がどんなものかわかるはずがあろうか。この孔子の言葉は、うまい、孔子って、意外とおもしろい。
孔子「曰、朝聞道、夕死可矣」朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり」
朝に正しく生きる道を聞けたなら、その日の晩に死んでもかなわない。
北斎は、90歳で亡くなった。その時「あと 5年生きていられたなら、真の絵描きになれる」といった。それは、途上の死である。常に挑戦し、前向きに生きる姿勢が浮き彫りになる。
『夜と霧』を書いたフランクルは、アウシュビッツのホローコーストのなかで、「生きるか死ぬかは自分の未来を信じられるかどうか」で左右されると気がついた。フランクルはいう「われわれが人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われたものとして体験される」つまり、人生に期待するのではなく、人生の期待に応える必要があるのだ。そして、今できること、自分のできることに集中せよというのだ。
吉田松陰はいう「吾が生を善くするものは、すなわち吾が死を善くする所以なり」
荘子はいう「生は死の仲間であって、死は生の始まりだ。もし生と死が仲間なのなら、我々は何も悩むことはないはずだ。かくて万物は元々一つのものだ」
ドーキンスはいう「人間を含めた生物は遺伝子を残すための乗り物にすぎない」自分が死んだ後に遺伝子が受け継がれるとしたら、自分の命が限られていても、命が続くことになる。
老子はいう「死してしかも亡びざる者はいのちながし」「生にいでて死に入る」
ニーチェはいう「愛する対象の死に出会った場合は、この死の必然と和解し、死を受け入れることである」対象の喪失は現実の喪失につながり、失ったものは戻らないという断念が求められる。
死生観を持つことによって、平然と死を受け入れられる境地になり、不安に打ち克ち、自分の人生を作り出していくことだ。
柳田國男は「どうして東洋人は死を恐れないか」に対して、特に日本的なものとして、死んでも霊は遠くに行かず、身近にいる。そして盆にはその霊を迎え入れたりする。この世とあの世があり、霊は行ったり来たりする。「他界する」という言葉は、別の世界で生きていると考える。生きていた時の念願は、死後は必ず達成できると考えていた。そして、亡くなった人の孫が生まれると「生まれ変わりではないか」と感じたりする。死と霊は常に身近にある。死がなければ、誕生はない。すべての世代は、次の世代の到来を可能にするために死ぬ。
キャンベルはいう「私たちは死を理解できません。死を静かに受容することを学ぶだけです。キリストの十字架上の死は、死の受容ということの根本的な教えである」
市原悦子はいう「無用になって死んでいくわけじゃない。生きるだけ生きて死ぬ」
樹木希林はいう「私ね、自分の身体は自分のものだと考えていたんですよ。とんでもない。これ、借りものなんだっていうふうに思えるようになりました。親から生んでもらったこの身体をお借りしているんだ」「これだけたくさんのがんをもっていると、いつかは死ぬじゃなくて、いつでも死ぬという感覚なんですよ。ごくろうさま。お借りしていたものをお返しします」
イエスはいう「一粒の麦、地に落ちて死なずば、ただ一つにて在らん。もし死なば、多くの実を結ぶべし」
ブッダは死の間際にいう「悲しむな。わたしは、あらかじめこのように説いたではないか。すべての愛するもの、好むものから別れ、離れ、異なるに至るということを。およそ生じ、存在し、つくられ、破壊されるべきものである」自分の死を悲しむなということだけでなく、存在したもの全ては終わりがある。それは当然のことわりである。
江戸時代の佐藤一斎はいう「少にして学べば、すなわち壮にして為すことあり。壮にして学べば、すなわち老いて衰えず。老いて学べば、すなわち死して朽ちず」
石川啄木はいう「こころよく 我にはたらく仕事あれ それをし遂げて 死なむと思ふ」
自分の心に素直に生きるということは、死を受け入れながら、生きるだけ生き抜くことだ。
なぜか、先人たちの残した言葉は、心を豊かにするものだ。生きていることが楽しい。 -
Posted by ブクログ
子ども向けの本だけど、大人の心にも効くことばがたくさん。
歴史上の偉人だけでなく、存命の方だけのことばは選ばれただけあって、すごくいいなと思った。
特に気に入ったものは、
「劣等感は、人間の努力と成功の基礎である。」
「自分の弱さを心から知り得た時、人は真から強くなる。」
「人のために明かりを灯せば、自分の前も明るくなります。人のためにしたことは、自分に返ってくるということです。」
「人生はつくるものだ。」
「100点を出そうと思うんじゃなくて、100%最初から最後までエネルギーを出しつづける。」
これらのことばを選んだ私は、自分のだめな部分に振り回されず、そこも含めた自分を自分で「いいよ」って言いたいんだなと思った。
そういう意味では、100点満点じゃなく、今の自分を出し切ればいいっていう、最後のことばで自分にOKを出したいな。
弱さも認め、自分のいい部分で人も照らせたら・・・
できることから、少しずつ。 -
Posted by ブクログ
本書では思想哲学、科学、数学、文学など、各分野で実際にどの本から読み始めるべきかを記していたが、大体の流れとしては、
①入門書等で学問の歴史や系統を把握
②平易な本から読み始め、最終的に原典に当たる
といったものだったと思う。
また、最初に読む1冊を選ぶときに、新書を頼りにしたり、詳しい知人に聞いたり、ネットのレビューを読んだりといったことも参考になる。
特に、新書は一般向けに平易に書かれているので、「1時間で新書3冊の要旨を掴む」のような訓練をすると、読書の時の理解力や要約力が高まるとのこと。
また、アウトプットすることを前提に読むことも、理解力を高めるための効果的な手段とのこと。
今後の読書でより意識していきたい。 -
Posted by ブクログ
子ども向き、と思うと侮れない四字熟語が出てくる!言葉の総復習に大人にもオススメ。
意気粗相/やる気、気力がなくなること。⇄意気揚々
切歯扼腕セッシヤクワン/ 怒りや悔しさのために歯軋りし、自分の腕を握りしめる事。中国、史記より
敬天愛人/ 世界全てを敬い、人を愛すること
不倶戴天/ 同じ世界に生きたくないという気持ちを抱かせること
放縦懦弱ホウショウダジャク/ 思いのままふるまって、無気力なさま。
脱俗超凡/ 一般的な範囲や能力をはるかに超えている様子
羽化登仙/ 天にも昇るような、心地いい気分になることのたとえ
冷汗三斗レイカンサント/ 冷や汗をたくさんかくほど非常にはずかしいこと。
ポジティブ変換
誰も発言しない時
誰か何かいい意見はありませんか
↓
思いついた事があればなんでもいいので出し合おう
どっちがいい?お願い時
本読んでるから話しかけないで!
↓
本読んでるから静かにしてほしいなぁ
日本の仏教一派、左前を通し悟り開く
臨済宗/ 栄西
曹洞宗/ 道元
黄檗宗オウバク/ 隠元
居丈高/ 凄まじい勢いで起こる様子
星霜/ 年月、星は1年で天を一周し、霜は毎年降るこもから
恬然テンゼン/ 何事も気にすることなく平気でいる様子
馥郁フクイク/ 良い香りが漂う様子 -
Posted by ブクログ
本物の知性とはどんなものなのだろう。私の場合、生きていく上での悩み、苦しみ、劣等感や卑屈さといったマイナスの側面を克服し、常に自分の中で確固とした安心と自信を持っているような、精神が成熟した大人になりたいと思っている。
それが日頃の読書習慣によって叶えられるのであれば、非常に手っ取り早い。この本では、日本において高い知性を持った人々の生きざまを紹介しながら、5つの知性のタイプについて解説している。それぞれ自分に気に入ったところを見つけて、知性のロールモデルとして参考にすれば良い。
もともと知性の高い民族であった日本人が、生活習慣の欧米化・近代化によって、知性を鍛える訓練を怠り、周囲からの評価ばかりを気にするような環境の中で、心の余裕を無くしていることは残念である。今や「マインドフルネス」を海外から取り入れるにまで、逆転してしまったのである。
私もわずかながら、心身が充足した状態を経験したことがある。本書でも弓道が取り上げられていたが、丹田呼吸の中で心身充足した瞬間である「会~離れ~残心」のような状態だろうか。もう弓道は長年やっていないが、あの「一定の呼吸テンポを維持しながら、高い集中力の中で自我を忘れるような感覚」を思い出した。
私の場合、弓道部時代の呼吸方法を思い出して、イライラした心を静め、1冊1冊書物に向き合えば、少しは知性を鍛えることができそうな気がした。 -
Posted by ブクログ
うちの本棚で発見。
今すぐ役立ちそうなのは
雑談で、心にスペースを空けるようにガス抜きする。ちょっと嫌になってることが話題になったら
「わかるわかる」「えっそうなんですか!」
すると、思いが肯定された気がする。
アドバイス不要!
家庭内でも。
思いが肯定される感覚は、子どもも大人も必要だけど、子供にはしても、大人相手だとそう上手く行かないことあるから、気をつけよう…
雑談の目的は場を和ませること。
とりあえず見た目を褒める、取っ掛かりにする。服でも、玄関にある絵や花でも。
一つの質問に、2つ以上の答えを返して相手にボールを渡す
悪口は、笑い話にもっていくか、芸能人の話にすり替えてしまう、など
なるほどー
こっちから話しかけちゃうのが早道だな