山極寿一のレビュー一覧
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少し前の本ですが、学びある。
動物の世界は必然性の世界であり、
アルゴリズムが支配する世界であり、
強いつながりの世界である。
それは友達を作りたいなと思ったら自分と趣味の合う人たちを探してオフ会をやる世界です。
人間が人間らしいと思っているものの多くは誤作動の結果起きている。
だから人間らしい感情は根拠づけたり設計したりするものではない。
人間のコミュニケーションには誤作動がすごく多くて、その誤作動こそが我々の自由や生きているという事実を支えている。
だから、それをなるべく潰していくというのはまずいと思います。
そうした誤作動をどうこれからの社会に組み込んでいくかという話になると思いますね。
――『人間と機械のあいだ』で池上さんは、人間と機械の関係について「相互に影響を与え合って、人も機械も新たに生命化していくということはあると思う」とも述べていますね。
人間はスポーツの練習、たとえばスキーの練習をするとき、人は機械になりたがる。何度も機械的に同じ動きを繰り返すことによって上達していきますよね。逆に、これからの機械に人間が求めているものは多分、誤りの多い人間的なものです。生命は機械を志向して、機械には生命を志向させると考えると、人間も機械も「人工生命化」していくものなんだと思います。
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Posted by ブクログ
昔、立花隆の「サル学の現在」を読んで、人類の先祖がチンパンジーのように残忍ではなく、ゴリラのように穏やかな性格だったら我々はもっと平和な歴史を刻んだだろうなと思っていた。どうやら、僕の考え違いだったようだ。山際先生は集団間の暴力の理由を言葉、死者の利用、共感性としている。ユヴァル・ノア・ハラリ「サンオピエンス全史」言う処の認知革命が原因なんだな。
山際先生の近親相姦のタブーの起原説に納得した。育てる経験が性的な関心を抑制する。そのインセスト・タブーがあるからこそ娘を他の家に差し出すことができる。また、類人猿のメスは親元を離れて繁殖するとある。
ここでレヴィ・ストロースの云う「女の交換」が発生する。構造主義者は女の交換ありきで考えているけれど、親と子供が過ごす時間、またメスが独立して作る関係性があってのことだと思う。
橋本治「源氏供養」のことも思い出す。紫の上にとって光源氏は父親のような保護者だったはず。とんでもない裏切りだよね。
メスにとっての前のオスの子供を今のオスが殺す子殺しは立花隆の本で知っていた。ゴリラにも見られるという。人間の目から残酷だと考えるのは不遜かもしれない。メスは何故子供を殺したオスを受け入れるのかという見方もそういう風にゴリラは認識しているか判らないともある。しかし、知能の高いゴリラがそう認識しないなんてあるんだろうか。
最後は山際先生と小川さんの屋久島探索。小川さんが森の中を歩くようという作家感が語られる。変なサル、人類はどんどん変なことになっちゃっているなあ。
そんなことを考えさせられる読書だったと思う。 -
Posted by ブクログ
京大総長、国大協会長、日本学術会議会長という三足のわらじを履いた“ゴリラ学者”山極寿一先生の新書(2021年11月発行)
「国立大学法人化は失敗だった(p75)」
と有馬朗人元文科大臣と同様に断言しているほか、
・大学設置基準の大綱化…「疑わしい」
・大学評価システム…「疑わしい」
・大学院重点化…「教養・基礎教育がおろそかに」
・大学改革強化経費…「自律的な大学経営など望むべくもない」
・学校教育法と国立大学法人法の改正…「大学の力を削ぐ結果に」
・3つの重点支援の枠組み…「失敗だった」
・期限付きの補助金…「失策と言わざるを得ない」
など政府・文科省の施策を痛快に論断している。
他方、自身の教育・研究を大学改革とは違った明るい筆致で振り返り、「大学はジャングルと同じように多様性と総合知によって成り立つコモンズだ(p228)」と“ゴリラ学者”ならではの気づきも述べている。
「おわりに」のトドメとも言えるフレーズはイチ地方国立大学職員も全く同感である。
「日本政府はいったい何を考えているのか。学長の権限を強め、学長の任命権を振りかざし、補助金をちらつかせて大学を意のままに操れば、日本の研究力や産業力が高まるとでも考えているのだろうか(p234) -
Posted by ブクログ
次世代の人たちはぼくたちが滅びた後の世界を見る権利をもっていて、彼らが見る世界のためにぼくたちは義務を果たさなくてはいけない。そして若者たちも、自分たちの次の世代に対し、どういう責任をもって、どんな世界を渡したらいいのかを十分に考えなくてはいけません。(p169)
スマホを使って頭だけで友だちとつながるのではなく、面と向かって声で話し、相手の表情や態度をきちんと読んで付き合うことが必要です。相手ときちんと向き合うことは、人間が信頼関係をつくり、それを高めるためにかけがえのない行為だからです。人間の五感は人と会って身体で共感し合うためにつくられているのです。その最も原始的な行為が食事です。(p188)