村上博基のレビュー一覧
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借りたもの。
祝・映画化記念の再販!
映画鑑賞後に読んだことで、映画との明確な違いを意識する。
映画では”ヴァニタス”――タワーマンションと階級社会に見る人間の傲慢とその儚さ――虚栄を強く意識させられたが、小説ではタワーマンションという空間での環境問題――近隣住民の心身に与える影響やテクノロジーは人間を幸せにせず暇を持て余した人間が刺激を求めて暴力的になってゆく様を強くしている。
世界の縮図、閉じた円環の中で機能する完璧な世界を構想しながら、ただ高みへと目指す一方的な構造は次第に住んでいる人間を不安定にさせる。
公共施設の不備や故障、次第に外界から孤立し、物資も滞ってゆく……
階級意識と不満、近隣の人間との距離の近さも災いして、自身の権利ばかりを強く打ち出す住民たちは次第に文化的・文明的な生き方を放棄する。
停電などの電気設備の故障は、需要と供給のバランスがとれなかった当時を反映しているのかもしれない。
それが脳神経の伝達とリンクし、タワーマンションが人間の身体に見立てられたり、階級社会制度そのままだったり、様々な変容をする。
どの様な解釈をされながらも、それらは閉塞し停滞し、崩壊してゆく。
それがまるで正しい事のように、3人の男たちの視点から描かれている、狂気に魅せられる。 -
Posted by ブクログ
映画「裏切りのサーカス」を観てから読みました。
ストーリーの大まかな流れは同じだけど、原作のこちらの方がかなり濃密で複雑。
冷戦の知識がないので苦労しながら読み進めました。
面白い!
頭脳戦でスリリングで、緻密な描写は風景が見えるよう。
自分も一緒に相手の眉の動きや目線の行方を見てるような気持になった。
お陰で読むと疲れたけど(笑)
冷戦下のスパイは本当にこんなことしてたの?
情報をめぐる攻防戦がすごすぎる。
そしてピースが集まったら怒涛の終盤への流れ、
読む手が止まりません。
レビューでは翻訳が分かりにくいとの評判でしたが、読み進めるうちに慣れました。
ちょっと古臭く?感じる表現もあるけれど、逆に時代背景に合っていたように思う。
話の流れも映画で予習済だったのでそこまで困らず。
とっても面白かったけどボリュームが大きいのでなかなか再読出来ない。
でもまた読みたい作品です。 -
購入済み
スパイ小説の金字塔
ル・カレの世界を堪能させていただきました!
荒木飛呂彦風にいうならば、男が泣ける、男の悲哀を感じさせるサスペンス、というところでしょうか。★5つでは足りません!
実は、紙の本で積ん読数年。その間に新訳が出て、電子化されて、やっと読みました!何でもっと早く読まなかったんだろう?
まあ、確かに本をパラパラっとめくった時に感じる重苦しいオーラに、つい本棚に戻してしまう、ということを繰り返していました。
電子書籍にはその拒絶感がありませんね(笑)。
内容に関しては随所で語り尽くされていますが、とにかく暗く,重く、緻密でスリリング。
組織に潜む2重スパイを捜し出すことを命じられた、老いた元諜報部員スマイリー。
彼とその仲間たちが、ひたすら資料と聞き込みで真実に迫っていく姿が、この長い小説を通じて全く緩むことのない緊張感を持続させます。
派手なアクションはほぼありませんが、なにより人物描写がすばらしい。特に、弱さも見せながらも冷徹なプロフェッショナルを貫くスマイリーの造形は完璧です。
そして縦横に張り巡らされた伏線。1回読んだだけでは、話のつながりを理解できない部分も多々あって、ちょっとモヤモヤしますけど。なんたって最大の伏線はタイトルですから。
ところで某所のレビューでは、新訳がヒドいと話題ですが....
新訳はとにかく読みやすいので、どうせ何度も読むなら入口としては良いのではないでしょうか?
最後の部分を旧訳と並べて読み比べましたが、確かに旧訳のほうが「雰囲気」はあります。次は旧訳を読んでみようと思います。
その前に映画!ですね。『裏切りのサーカス』という残念な邦題になっていますが、評判は素晴らしく高いので見ないわけにはいきません。トレイラーをみると、もうスーツなオヤジばかりで渋すぎます。
というわけで長い積ん読を後悔しながら、3部作の残り『スクールボーイ閣下』『スマイリーと仲間たち』もあせらず読んでいこうと思います。
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Posted by ブクログ
表面では立派な性格を持ったジーキル博士が、一方ではエドワード・ハイドという残虐な殺人鬼としての顔を持つ話は有名だが、改めてこの短編を読んでいてまるで小さな推理小説のようにも思えた。
しかし、私が最もそそられた点は「ジーキル博士の事件の全容」の告白である。
彼の苦悩はまさに宗教的なものであり、自分は二重人格であることを認めてさえいた。まるで「聖闘士星矢」のサガのようである。
薬を飲んで、著名な学者であるジーキル博士の肉体を脱ぎ捨てエドワード・ハイドの肉体を身につける。そしてそれが彼にとっては愉快であった反面、自分を苛んでいたのはもはや絞首台の恐怖ではなく、ハイドであることの恐怖であった。
これはこの小説のジーキル博士だけでなく私たちにもある種言えることだろう。私たちは顔を使い分け、一部では善人を演じ、一方ではとてつもない悪人になり、かつそのことを知り、良心に苛まれている。特に匿名であればあるほどそうだ。 -
Posted by ブクログ
ジョージ・スマイリーは、元英国情報部の現地指揮官。冷戦時には有能なスパイとして情報部を指揮していたが、世界情勢は緊張緩和(デタント)へと舵を切り、顔ぶれを一新したホワイト・ホールは情報戦も英米協調をうたい、かつてのような英国独自のスパイ網の必要性を認めなくなった。自前で情報をさぐるよりアメリカのいとこ(カズンズ)から聞けばいい。そのほうが安上がりだ。大幅な予算削減の結果、現地協力者は解雇。「首狩人」や「点燈屋」といった特殊な分野を受けもつ工作員グループも解散してしまっては、その指揮を執るスマイリーに出番はなかった。早い話がリストラである。
電話がかかってきたのは深夜だった。亡命エストニア人グループのリーダーだった「将軍」と呼ばれる元工作員が殺されたのだ。事件を穏便に処理したい政府は情報部監視役レイコンを使い「将軍」の工作指揮官であったスマイリーに調査を依頼する。現場に足を運んだスマイリーは、その残虐な手口からソ連情報部(カーラ)の仕業と判断を下す。殺害動機は「将軍」が手に入れた証拠物件の捜索とその隠滅である。調査の結果「将軍」が見つけたものとは、ソ連情報部チーフでスマイリ-の長年の宿敵カーラを失脚させるにたる二つの証拠と判明。カ-ラの弱みを見つけたスマイリーは、政府の暗黙の了解のもと散り散りになっていた工作員を再編成し、カーラの追い落としをはかるのだった。
スマイリー長篇三部作の完結編である。第一部『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』は、カーラが英国情報部(サーカス)内に送り込んだ「もぐら」と呼ばれる二重スパイをあばくスマイリーの推理がさえる推理劇。第二部『スクールボーイ閣下』は、スマイリーの推理に加え、現地工作員ジェリーが香港、インドシナを舞台に大活躍する冒険活劇だった。ただ、どちらも三部作の主人公たるスマイリー自身があまり前面に出ることなく、裏方に甘んじた憾みがのこる。しかし、さすがに完結編である第三部は主人公スマイリーが頭脳だけでなく足を使い、おまけに英国内はもとよりハンブルグに飛び、なんと苦手な自動車まで運転して、謎を追う本格的なスパイ小説になっている。
八月のパリ。黒服を着たマリア・オストラコーワが前髪をひょこひょこさせながらショッピングバッグを肩に街路を行く。冒頭の一見本筋に関係なさそうなシーンから読者は一気にル・カレの世界に引きこまれる。この亡命ロシア女性もそうだが、「将軍」ウラジーミルとその情報源オットー・ライプチヒといった主要人物にかぎらず、ちょっと顔を出すだけの傍役ひとりひとりにいたるまで、人物造形の巧みなことはどうだろう。主人公スマイリーその人にしたところが、度の強い丸眼鏡をかけた風采の上がらぬ小男ときている。そのスマイリーに向けて、側車つきオートバイに乗った長身のファーガソンがすれちがいざま敬礼してみせる場面など一幅の絵のようだ。
ひとつの時代が終わるとき、世界の枠組みもまた大きく変わる。盗聴、尾行、防諜室といった完成されたスパイの技術が古臭く滑稽なものとしてかたづけられるのはまだ許せる。しかし、その技術に習熟し、それをつかって情報をさぐり、受け渡ししていた人間もまたシステムの末端として切り捨てられる。新しいシステムにうまくのれる者は生き残り、そうでないものは葬り去られる。
スパイに限らず、どんな組織にもいえることだが、人と人が接触するとき、そこには人間的なファクターというものが生まれる。敵味方のスパイ同士でさえ監視している者は監視対象に好き嫌いの感情を抱くという。まして同じ仕事を共にした仲間となれば当然のことだ。上層部はシステムの切り替えと同時に不要となった人員を廃棄するが、スマイリーにはできない。どんなときでも冷静でいることはできるが、非情にはなりきれないのがスマイリーという男なのだ。
死んだ「将軍」の部屋を捜索しながらスマイリーは物思いにふける。「われわれ自炊をする男は半人間だなと思いながら、彼はソースパンとフライパンをひっぱりだし、トウガラシとパプリカのなかをかきまわした。家のなかの他のどこでも――ベッドのなかでも――人は自分を周囲から遮断し、好きな本を読んで、孤独が最高だと自分をだますことができる。だが、キッチンばかりは、未完のしるしがあまりに目に立って、それができない。黒パンのかたまり半分。粗悪なソーセージ半分。タマネギが半分。牛乳がびんに半分。レモンが半分。紅茶が袋に半分。生活の半分。」アンと別れてからのスマイリーは「半人間」なのだ。
風采こそ上がらぬものの、スパイとしての能力はとびぬけて高いスマイリーは、一種のスーパーマン。彼に会い彼と話をした者は誰もが彼を好きにならずにいられない。そのスマイリーをして落とすことができなかったただ一人の男がカーラである。何故か。それはカーラはユング心理学でいうスマイリーの「影」だからだ。コニーの喩えをかりるなら彼ら二人は「ひとつのリンゴの半分同士」なのだ。いかに完璧な職業的人格を構築しようと、スパイもまた人間である。スマイリーにとってアンは「幻想を捨てた男に残った最後の幻想」だった。カーラはヘイドンを使い、スマイリーからアンを奪った。友人と妻の裏切りはスマイリーを苦しめ、彼の力を奪うにちがいないと考えたからだ。
いっぽうスマイリーもまた「将軍」がさがしあてたカーラらしくもない不手際に、彼の弱点を発見する。そして、ホワイト・ホールが過去の遺物として葬り去ろうとした、尾行、張り込み、盗み撮りといった諜報技術を駆使し、カーラを落とす。雪が舞うベルリンの壁を背景にしたスマイリーとカーラの再会は三部作のハイライト。カーラの手からすべり落ちるスマイリーのライターが物語の終りを告げる。
ル・グウィンが『ゲド戦記』の主題とした自分の影との戦いを、ル・カレはリアルなスパイ小説に仕立ててみせる。ジグソウパズルのピースをひとつひとつ仮想の絵柄に当てはめながら、最後に残ったピースを追い求めるような理詰めの探索は上質のミステリのよう。登場人物のひとりがスマイリーをシャーロック・ホームズに、カーラをモリアーティ教授に喩えているが、「将軍」の足跡から時代がかった諜報活動であるモスクワ・ルールに則って隠された証拠の品を見つけるスマイリーの捜査は名探偵そのもの。どちらかといえば、アームチェア・ディテクティブ派と思っていたスマイリーがクロフツの刑事のように何度も現場に足を運ぶのが心に残る。老スパイが執拗にこだわったルールの遵守は、人を欺き、弱みに付け込むスパイの世界に残された最後の倫理だったのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
二度読んだ。結果から言えば、ここは、と思わせる部分がないこともないが、全体的にはさほど読みづらさは感じなかった。読みづらさを感じる原因は、フラッシュバックを駆使した回想視点の導入による時制の交錯や、複数の視点人物の瞬時の転換といった原作者の文章にあるのではないか。しかし、一度目は多少苦労しても再読時は、主人公スマイリーの独白の沈鬱さを紛らわそうとするかのように絶妙のタイミングで挿入される情景描写の巧みさや、込み入った伏線を多用した構成の妙味にうならされるはず。旧訳や原文とつき合わせていないので、訳の巧拙についてはひとまず置く。ただ、それを理由に読まないですますのはもったいない。そう思わせる作品である。
スパイ小説というジャンルには不案内で、ル・カレの作品も読むのはこれで二作目。だから全くの素人評だが、読後思ったのは、これは、一種の企業小説だな、ということ。業界紙の記者をやっていた藤沢周平が作家に転じ、「お家騒動」に材を採った時代小説を得意としたように、企業でも、江戸時代の藩でも、洋の東西を問わず、男が集まるところに権力争いはつきものだ。
主人公スマイリーは、サーカスと呼ばれるイギリス情報部の幹部だったが、チェコで起きた事件の巻き添えを食って職を失う。愛する妻にも去られ、今は孤独な年金生活者である。その元スパイのところに大臣の側近レイコンから呼び出しがかかる。どうやら、サーカス内部それも幹部の中にソ連に通じている「もぐら」と呼ばれる二重スパイがいるらしい。スマイリーの馘首も直属上司であったコントロールの失墜もサーカスを牛耳ろうとする「もぐら」による策謀だった。スマイリ-は、権力の中枢から排除されたかつての仲間と諮り、もぐらの正体を暴こうとする。
題名の「ティンカー、テイラー、ソルジャー…」は、マザー・グースにあるわらべ歌で、「鋳掛屋、仕立て屋、兵士、貧者、乞食」の意味。ここでは、それぞれサーカスの幹部、パーシー、ヘイドン、ブランド、トビー、スマイリーに見立てられている。「もぐら」の裏切りによってチェコに潜入したジム・プリドーは背中を撃たれ、現地の組織は壊滅した。いったい誰の仕業なのか。スマイリーは、その謎を解かねばならない。スパイ小説とは言い条、そのつくりはクインやクリスティ、横溝正史偏愛の童謡仕立てのフーダニット物ミステリに類する。
スマイリーの調査活動は、レイコンや側近のギラムがサーカスから持ち出した資料を読むことと、事件の当事者の尋問。ぶ厚い丸眼鏡をかけた風采の上がらぬ小男という外見に相違して、スマイリーは有能なスパイだった。得意とするのは厖大な情報を精査し、そこに存在する齟齬から重要な問題点を読み解くことと、警戒する相手から得たい情報を聴き出す力。どちらも地味ながら情報活動では必須とされる力で、考えようによっては、これは名探偵の資質でもある。
ル・カレの真骨頂は、一見無関係とも思える情景から物語の中に読者を導く手際にある。冒頭、喘息の発作で授業を見学していた少年の目を通して描かれるジム・プリドーの荒々しいまでの登場シーン。雨中、窪地に突っ込むトレーラー車の描写が、これから始まる物語の不穏で酷薄な世界を余すことなく予告する。尋常でない魅力を身にまとった新任教師が垣間見せる孤独な姿に、少年は自分が庇護者になろうと決意する。すべてが終わり、心配しつつ待つ少年のところに彼は戻ってくる。裏切りに傷ついた男に新しい友情の誕生を予感させ、物語は余韻を漂わせて終わる。少年の挿話が陰惨なスパイ小説に一抹の救いを与えているのだ。
かつて実際にあった二重スパイ事件をモデルに、東西冷戦を背景に権力闘争にうつつをぬかす男たちを冷静な視点から解析し、倫理的な判断を下す。男同士の友情と裏切りというテーマは、レイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』にも通じる、ほろ苦い読後感をもたらす。ル・カレの代表作であり、これに続く『スクールボーイ閣下』、『スマイリーと仲間たち』三部作は、スパイ小説の傑作とされている。
「そろそろ生命保険の広告のいう“人生の晩年”だから、彼は不労所得生活者の見本になろうと努めた。だれも、だれよりもアンは、その努力を買いはしないが、彼は本気だった。毎朝ベッドを出て、毎晩ベッドにはいる。たいていひとりきりのそんな日々を送るうち、いまも、これまでも、自分はなくてはならぬ存在ではなかったのだと、自分にいってきかせた。」
スマイリーの独白だ。人生のある段階にきた者にとって、この感慨を他人事と読みすごすことができるだろうか。自分はまだできる、できるはずだと思いながらも、一日はやってきては去ってゆく。その日の長さに耐えるため、自分に言い聞かせる。「いまも、これまでも、自分はなくてはならぬ存在ではなかったのだ」と。
生きる記憶装置のようなコニーをはじめとして、ル・カレの創り出した人物は、誰もみな実在の人物であるかのごとく生き生きしている。彼らがすぐそばにいても何の不思議もない。バリバリの現役だったころならピーター・ギラムに感情移入し、いらいらしながらスマイリーの思考を追うだろうが、年金生活者の身ともなれば、スマイリーの境遇に自分をかえりみてしまう。スパイ小説の傑作と紹介してもまちがいではないが、すぐれた文学の持つ香気のようなものが全編に漂う。時間に余裕があって、再読、三読を愉しむことのできる世代にこそお勧めしたい。 -
Posted by ブクログ
過去に一度会ったきりの仇敵カーラとの決着ついに!英国とソ連の情報部を背負い、暗躍し、追い詰めあった二人が互いの目に見るものは…
ここから先は激しくネタバレですね。でもきっと、わかったようでわかっていないんです。もうちょっと年を重ねたら、また読もうと思います。
後半からじわじわ情報を固めカーラに迫っていく辺りがゾクゾクです。
常に冷静な描写で淡々と書かれるため表面上はどこか調書を読むよう。でも行間から現場工作員の息遣いや緊張感、スマイリーの震えるくらいの慎重な気遣いがにじみ出てるようでした。
ラストシーンはスマイリーの内と外の描写が印象的。雪降る夜の痛いほどの緊張と静寂、内面で吹き荒れる衝動、祈り、矛盾する期待、絶望、回想とイメージ…
ライトに照らし出される人物を見つめるスマイリーのすぐ横で、この場面を眺めているようでした。
タイトルの通り、コニーやギラム、トビーなど、昔の仕事仲間が出てきます。配置配役もティンカー~のときと似ていて、でもだからこそ老い・年月が際立つ。それでも、もう一度第一線に戻り大仕掛けを成し遂げようとするスマイリーに協力する様子から、内向的でとろくさくずんぐりむっくりなスマイリーが実は本当に有能な工作指揮官なんだなぁとしみじみ再確認させられました。
特にトビーのハリキリが、かなり意外。そんなに仲良かったんだっけ…
あと、結局アンとはどうなったのか…1~3タイトル通してかなり破局な感じでしたが、映画から入ったものとしてはあのラストが忘れがたく。 -
Posted by ブクログ
ジーキル博士の見せる二面性が、今の世にも通じる人間の矛盾を描き出す。なぜ、高尚に見える人ほど、悪の道に魅力を感じてしまうのか。人間、良い面ばかりじゃ自分を保てないのか。善と悪、その混沌の中にいる事が人間の性なのか。永遠の問いですね。
文章が若干古風な味わいでしたが、ゴシック小説の重々しい雰囲気に合っていました。
これ初見で読んだら、最後に謎解きされるハラハラドキドキのゴシックミステリーだったんでしょうが、もう既にネタバレが独り歩きして、ジキルとハイドが二重人格の代名詞になってるもんでね(笑)。
ああ、これが正体のばれる伏線になるのねーと冷静に読んでしまいました。何も知らないまっさらな状態で読んでみたかったです。