心屋仁之助のレビュー一覧
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ダイエットの本、と言えば確かにダイエットについて書いてある。しかし実際はメンタル系の本になる。
よく目標達成などの実現の時に”ダイエット”への取り組み方法(目標設定や期限設定)が例としてあげられる。
これはそのダイエットを一例として、目標達成やそれを阻む禁止令についてわかりやすく説明してある。
そのため、通常のダイエット方法(炭水化物やインシュリン、地中海式、運動、体操…etc)には全く触れておらず、ひたすら自分の深層心理の変化、そしれそれによって起きる結果としてのダイエット行動について説明してあるので、方法論を期待していると外す。
まあ、共著が心屋仁之助氏だから、メンタル系の本であることは想像できると思うけどね。 -
Posted by ブクログ
・自力をやめると他力が入ってくる。がんばるのをやめると常識の外からの豊かさが入ってくる。
・お金を先に出す・使うと、なぜか入ってくる。
・お金がなくても、お金がある前提の行動をとってみると、お金があることに気づく。
・クタクタになるまで働くのをやめる。お金持ちほどよく遊んでいる。
・がんばってためてから使うのではなく、一番頼めないと思っている人にお金を出してくれるよう頼んでみる。
・やりたいことをやる、ほしいものを買うと先に決めるから、そのお金がやってくる。
・損をすれば、豊かさが返ってくる。お金も空気も愛情も、出せば回る。これが宇宙の法則。 -
Posted by ブクログ
会社で出世できない理由のいくつかが見えてきたような気がした。
私が親から植え付けられた価値観は、
「他人に迷惑をかけてはいけない。」
「一人で自立して生きていくべき。」
ということ。
さらに、親から植え付けられた価値観なのか、自分の生まれながらのパーソナリティなのか、良く分からないけれど、
「全部自分でやりたがる傾向」
「仕事を抱え込みすぎる」
「他人に頼ることができない」
「同僚や後輩に仕事を振ったり、頼むのは申し訳なく思ってできない」
他人を信用していないわけではないけれど、他人に依存したりお願いするのは、申し訳ない、嫌われるのが怖い、みたいな感覚があるのだと思う。ベビーカーを持ちましょうか?と申し出てくれた人にさえ、「いえ結構です。」と言ってしまった。手伝ってもらえればとても助かったのに…
さらに、自分をすごいということを恥ずかしいと思ってしまう。心の中では私って結構イケてると思っているのに、それを表に出したり、アピールしたりすることに躊躇する傾向がある。それに加えてあえて自分を低く見せるような態度も取る。私全然すごくありません、みたいな。内心では私はあいつらには負けてない、あなたとは違うんです、と思っているくせに、心の中で「あんたとはちがうんだよ、ばーか」と言いながら、外面はなんとなく同じように見せていたのかもしれない。自分のすごさはアピールするものではなく、周囲が気付いてくれるべきもの、というゆがんだ考えがある。私ってこんなにすごいのに、なぜ出世できないのよ、どうして誰も私を引き上げてくれないのよ、といじけていた。
さて、自分の偏った思考のクセに気付いたが、これを修正し、行動を変容させていくことができるか?それが問題だ。分かっちゃいるけどやめられない、その価値観を崩す、ということはできるのか? -
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・「他人から」認められることばかり考えている人は、「他人」の評価という視点があっても、「自分」という視点はない。自分の評価や価値を、すべて他人基準に委ねてしまっている。
・サラリーマン時代の僕は、がんばって、努力して「結果を出すこと」や「できる人になること」によって、自信をつけようとしてきたが、その自信のつけ方は間違っていた。「結果を出せば自信がつく」「できれば自信がつく」という「条件付き」「理由付き」の自信は理由がなくなったら、条件がなくなったら、自信もなくなる。つまり「折れる自信」。「折れない自信」とは、「自」分を「信」じること。素のままの自分を信じるために大切なのは「失敗してもいい」「間違ってもいい」「低い評価を受けてもいい」「嫌われてもいい」という勇気や覚悟。
・「自分には価値がある」という「肯定の前提」で生きている人と、「自分には価値がない」という「否定の前提」で生きている人では、とる行動が自然と違ってくる。本物の自信とは、「積み上げた実績」「残した結果」よりも「何もない自分」にOKを出せるかどうか。
・赤ちゃんは「おっぱいを飲む自信がない」なんて思わない。人は誰かと比べたり、誰かから否定されたりするなかで「自分はできる」「自分はいい」という自信が「もともとある」のに、「失ってしまう」のだと思う。
・「ダメと言われた」からといって「ダメな人間」ではない。「できなかった」出来事はあるにしても「できない人間」ではない。「ダメと言われた」経験はあるにしても「ダメな人間」ではない。出来事と自分の価値は関係がない。「事実」と「私の価値」を重ねあわせないでほしい。
・「どうせ出世する」と思っている人の行動から学ぶ。理由なんてなくていいから「自分は出世する人間」と思うこと。根拠なんてなくていいから、「自分は素晴らしい人間」と思ってみること。「俺は出世する人間」と思っている前提の人と、「俺は出世しない人間」と思っている前提の人では、とる行動が全然違う。「前提」の違いって大きい。
・「どうせ」「私なんか」という言葉をやめる。「できない」ことはあるにしても、「できない人間」と思い込んで、すねているのは「自分」。そうやってすね続けていると、人生で損し続けることになってしまう。だからもう「できない人間」と思い込むのはやめよう。だからもう「自分は素晴らしい」と認めてしまおう。「どうせ」や「なんか」という言葉を捨てて、さっさと「肯定の前提」で生きるスタートラインに立とう。
・自信をつけなくても、実績を残さなくても、何もできなくても、そのままで、「そのままの自分が素晴らしい」のだと、まずは自分が認める。「自分って最高だなあ」と自惚れちゃえばいい。「己惚れる」とは「自分に惚れる」と書く。さっさと自分で自分に惚れてしまえばいい。
・でも「いきなり思えって言われても簡単に認められない」のであれば「私は認められている、かも」と声に出してみる。「私は素晴らしい、かも」「私には価値がある、かも」「私は私が好き、かも」と、ちょっとつぶやくだけで十分効果がある。
・人からほめられたことは、たとえ自分はダメだと思っていることでも「う、んぐ」と飲み込んでとにかくもらっておく。とにかくその相手からはそう見えたんだから、素直にもらってみる。これはすごく大事。
・どうしようもない自分でも、ダメな自分でも最底辺の自分でも素晴らしい、大丈夫と思える。この「理由なき自信」は理由がないんだから折れようもないしなくならない。
・常識を変える勇気をもつ。「変わりたい」なら、「不安」で自信がない自分を卒業したいなら、古い常識は捨てて、新しい常識を受け容れてみる。今までの考え方を捨てる「勇気」、自分が変わるという「決断」、リスクをとる「覚悟」、ダメな自分を信じる「チャレンジ」がなければ、何も変わらない。あなたが「勇気」を出して、「決断」して、損してもいい「覚悟」で、「チャレンジ」すれば、人生なんて劇的に変わる。
・人生を変えたいと思っているのに変わらない人の共通点は「人生を変えるために一番いい方法を、最初に除外しているということ」。「それだけはやりたくない」ことをやる。
・人生にはいろいろな出来事がある。その出来事をきっかけに「自分はダメだ」と思うのか、「自分はダメではない、こんな日もある」「自分は素晴らしい。けど、こういうこともある」と思かでその後の人生は変わってくる。
・劣等感と仲良くする…人のなかで生きている限り、他人と比べることはなくならない。劣等感は「ある・なし」の問題ではなくて、「それをどうするのか」が問題。劣等感はあっていい。
・折れない自信をつくるために一番大切なことは、「今までは”ありえない”と思って避けて、やらなかったことをやってみる」。「ありえないことをやる」から「ありえない結果が生まれる」。誰かが言ったことではなく、誰かが決めたことではなく、自分で「ありえない」と感じたことをやってみる。やってみることで世界が変わる。 -
Posted by ブクログ
最もインパクトのあった言葉は、
「好きなことをして生きていくのは、ラクをして生きていくことではない。勇気を出して嫌なこと、怖いことを引き受けて生きていくこと」
はっと目覚めたかんじがする。大きな決断をしてアクションを起こした結果、あとで後悔したり、なるほどこういうことだったのか、と思うことがあっても、それでもよし、とすればいいのかなと、そこに覚悟が持てるかどうか、かな。
そして「他人に迷惑をかけてはいけない」ということを徹底して親に叩き込まれてきた私は、人に感謝ができない人間になりあがってしまった。そのゆがんだ価値観を少し矯正して、人に迷惑をかけてもいい、人を信頼して頼っていい、そして心から感謝する、自分を少しづつ変えていきたいと思う。そうしなければ、私のこどもも同じ大人に育ちあがってしまう危険性がある。 -
Posted by ブクログ
文中にあった「保身の空気を読むな」について。
人間関係って築くのは大変だけど、崩すのは一瞬だし、修復するのはもっと大変なのに。そして悪化した人間関係の針の筵をいい歳した大人が知らないはずはなかろうに。軽く言ってくれるぜと言い返したくなる。
ただし気を張ってる時は視野が狭くなるから、傍から見れば「そんなの大したこっちゃない、力を抜きなよ」と言いたくなる部分があるのも確か。でも仲間内の微妙~な点にひどく神経質になる限定ルールもあったりするし(触即死)。
著者は保身がいいとも悪いとも言ってない。要するに「気遣いが不必要か否かの場面を冷静に見極め、許される範囲で後を引かないよう、上手に泳ぎしながら言いたいことを言うべし」ってことかなあ。映画や小説みたいに痛快でエレガントでひざを打ちたくなる物言いなら、皆が「あの子はああだから」で甘く見てくれるかもしれない。それはそれで地道なポジション取りというか絶えざるブラッシュアップが必要な気もするが。
っていうかそもそもあまりに保身でガチガチにならざるを得ない環境に身を置くなっていうことなのかな。でもでも人間関係は選べる時と選べない時とあるし。何か口当たりはいいんだけどこの本、考え出すとモヤモヤしまくってリラックスできない。「気楽に、ゆっくり、素直に」と説かれてるのにいざ実行しようとすると「怯えず、素早く、狡猾に」方向に行くのは何でかな受け取り側の問題??