読み終わって、しばらく目を閉じ、その余韻にうっとりと酔いしれた。
凄惨な事件が描かれた作品だというのに、あと味がよく、希望を感じた。最高のエンターテインメント作品だ。
昨年は<リンカーン・ライム・シリーズ>に翻弄された。脳細胞を懸命に働かさなければならない読書は、貴重な体験となった。今年は、その最
...続きを読む高のお気に入り作家となったジェフリー・ディーヴァー作品を、遡って読んでみようと思っている。
そこで、今回はこの『悪魔の涙』を手にした。世紀末の大晦日午前9時、ワシントンの地下鉄駅で乱射事件が発生する。正午までに2000万ドルを払わなければ、午後4時、8時、そして深夜0時に再び無差別殺人を行なうという脅迫状が、市長宛に届く。犯人、動機ともに不明。手掛りは手書きの脅迫状だけだ。そこで、元FBI文書検査士のパーカー・キンケイドに、FBIから出動要請がくる。証拠物件は「文書」。紙、筆記具の特定、筆跡、綴りのミス、文法の組み立てなどから、ありとあらゆる情報を導き出し、犯人に迫る。ここが本書のおいしいところ。本書では読者を、「文書鑑定」という新たな領域に誘い込む。
犯人とFBIの攻防に息を呑んで、読み進めた。緻密なプロット構成と魅力的な人物造形、そして現代社会の闇。それらをギュッと詰め込んだ、読者を手玉に取る物語の完成度には、度肝を抜かれる。読み応えがありながらも軽快。意表を突く、ひねりの効いたストーリー展開に唸らずにいられない。ストーリー・テリングの巧さに舌を巻かない人などいるのだろうか。ライム・シリーズに比肩する面白さだ。
途中、嬉しい再会があった。そのリンカーン・ライムの登場だ。キンケイドが電話で、微細証拠物件の分析をライムに依頼したのだ。ライムの分析結果から、犯人のアジトを突き止める展開は、もうお馴染みのことながらもワクワクしてしまった。
「さぁ犯人よ、大人しくしていろよ」ってな具合である。まあ、大人しくしているような犯人のわけはないのだが。
パーカー・キンケイドと、今回の事件を担当した、FBI女性捜査官のマーガレット・ルーカス。2人とも悩みを抱えている。事件捜査と併行して、2人のプライベート生活をつぶさに描写することにより、人物像がより鮮明に浮かび上がってくる。人物の裏表を丁寧に描き込む、ディーヴァーの小説作法にはいつもながら頭が下がる。主人公たちに愛着を抱かずにいられなくなるからだ。2人の恋の行方も気になる。
シリーズ化すると嬉しいのだが、どうだろう。
ちなみに、タイトルの「悪魔の涙」とは、アルファベットの小文字の「i」の、上に打たれた点のこと。人それぞれの癖が出るところだそうだ。