Posted by ブクログ
2011年07月22日
第2次世界大戦前のアメリカ、ニューヨークで殺し屋をしていたポール・シューマンは罠にはめられ拘束されるが、米国海軍情報部から意外な二者択一を迫られる。刑務所に送られるか、それとも国家的任務を果たし罪を帳消しにするか。やむなく引き受けた任務は、ドイツへ赴き、ヒトラーの元で再軍備を指導するラインハルト・エ...続きを読むルンスト大佐の暗殺だった。ベルリンで行わるオリンピックに参加する選手団とともにドイツへ渡り潜入するのだが…。どの作品に対しても事前のリサーチが入念なディーヴァーのこと、当時の米国側、ドイツ内に関わる官庁、警察の様子から住民の暮らしぶりに至るまで実に丹念で細かに描写されている。膨大な資料による調査に基づいた史実と、絶妙な話運びで読者を導く虚構の世界とが上手く組み合わされた上質な歴史小説に仕上がっている。【以下ネタバレ含むため未読の方はご注意】登場人物の位置づけやキャラも秀逸。まず主人公のポール・シューマン。ドイツ系アメリカ人で、ロシア人のようながっしりした風貌、戦歴、ボクシング経験もある一見無慈悲なだけの殺し屋と思えるが、頭の切れが良くドイツ語を話し読書を嗜むという知的な一面も持つ、タフで骨太な男だ。そして読み進めて行くうちに彼独自の倫理観、正義感(人殺しに正義もなにもないのだが)に共感を抱くようになってくる。密命を帯びたシューマンの痕跡を追って執拗に食らいついてくるのがドイツ刑事警察(クリポ)のヴィリ・コール警視。なかなかの切れ者で大きな体の割にはフットワークが軽く、直感的な洞察力で手がかりを見逃さず速やかに動く。しかも家族を愛し、人種差別的な不正義は許せない人情派。そして暗殺のターゲット、エルンスト大佐は人物像が掴みにくく初めは良悪区別がつかない。エルンストを狙うシューマンを軸に、シューマンを追うコール警視、エルンスト大佐の視点が加わり、バラバラに思えた事柄が終盤で繋がってくるあたりはさすがに上手い。しかもこれらが全てわずか4日の間の出来事だとは!潜入を手伝った人物の思わぬ裏切り、異国で出会った本物の恋愛、思いがけず熱い友情を交わすことになった友人の協力を経て、紡ぎ出される物語にいつしか夢中になってしまう。警視に追いつかれそうになるスリルにハラハラし、直面した危機への機転の利いた対処には感心した。そして、ヴァルタム大学での究極の選択、米国への帰国のチャンス、友人への義理…シューマンの下した決断はラストを締めくくるにふさわしく、ここまでこじれた事態に陥った割には読後感のよい納得のいくものだった。文句なし!(2010.1.23再読&感想更新)