ヘミングウェイのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
彼の最後の作品。1961年自殺してしまう年に書き上げた。
最初の結婚(4回もしている!)相手ハドリーとのパリでの思い出をエッセイを越えた芸術論、創作論に表しているもの。
作品が売れ始める(認められる)までのみずみずしい感性があふれるように書かれてあり、引き込まれてしまう。いかにしてヘミングウエイになったか。
1921年から1927年までのパリにいる作家達とのやりとりが実名で出てくる。フィッツジェラルドの章など興味津々。
もちろん創作、誇張し過ぎ部分もあるという。
そうだろう。思い出は切なくも美しいのだ。
しかし、翻訳で読んでも文章がいい。やっぱり本当の作家だ。 -
Posted by ブクログ
« 幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこで過ごそうとも、パリはついてくる。パリはParis est une fête (移動祝祭日) だからだ。 »
彼の冒頭の言葉がすごく心にしっくりと来て読み始めた本。わたしにとっても、パリは移動祝祭日だなあ、と思う。偶然にも、わたしが今住んでいる場所が、彼がパリで始めて暮らした場所と同じ地域。通り、カフェ、全ての場所に馴染みがあってとても感慨深い気持ちで読んだ。
とにかく描写が鮮やかで、読みながら頭の中で、ひとつひとつのシーンをとても簡単に鮮明に描けた。
フィッツジェラルドとゼルダとの話が特に面白かった。 -
Posted by ブクログ
ヨルシカの同タイトルの楽曲をきっかけに興味を持ち、読み終えた。会話文が少なくその点の読み進めづらさはあったが、その分情景描写が細かく、読んでいる時はいつも大海の景色が浮かんでいた。一人の老人が孤独な海の上でどんな困難にも全身で立ち向かう姿、そしてその姿は誰にも見られることがない、さらに気付いてももらえないかもしれないというような残念さも秘めながら、それでも乗り越えてきたところに、現代社会に生きる人間の姿が映っているようにも思えた。すべて読み終えてからヨルシカの“老人と海”を聴くと、よくわからなかった歌詞を自分なりに解釈できるようになり、曲の理解をさらに深めることができ面白かった。
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Posted by ブクログ
「毎日が新しい日だ。運が向けばいうことはない」という言葉が特に印象に残った。
とてもシンプルな言葉なのに、不思議と前向きな力を持っていて、読んでいて心にすっと入ってきた。未来を悲観しすぎず、その日その日を生きていくことの大切さを感じさせられる、素敵な言葉だと思った。
物語全体を通して、海の描写がとても美しかった。
静かに広がる海や、空一面に広がる星空の情景が丁寧に描かれていて、読んでいると心が少しずつほぐれていくような感覚があった。一つ一つの文章が詩のようで、派手な表現ではないのに深く心に残る。自分自身もその海の上にいて、同じ景色を眺めているような気持ちになれた。
終盤、老人がサメの群れと -
Posted by ブクログ
作家ヘミングウェイが若き頃、1920年代に過ごしたパリの様子を後年書き記したもの。
戦間期の当時のパリでは多方面の才能が集い、『ユリシーズ』のジョイスやピカソとも交流があったとか。
この本のストーリーはそれほど強い印象を受けず、
フィッツジェラルドとの旅の様子などは心地良く読んだが、
色々と思うところが生じたのは、読後にヘミングウェイの生涯について知ったことだった。
(以下、本著とは直接関係ない内容)
ヘミングウェイはパリ生活中から評価を受け、後年ノーベル平和賞を得た、名実ともなう大作家だ。
しかしながら、その生涯は猟銃自殺という非業の形で終えられている。
ネットで簡単に検索した限りの情 -
Posted by ブクログ
新潮の帯には「幻の長編」と書かれているがなんのことはない。出版当時、残念ながら好評を得られなかった作品で、このタイミングまで邦訳がなされていなかっただけである。
第二次大戦直後の敗戦国イタリア(ヴェネチア)を舞台に、戦勝国側でありながらもヴェネチアをこよなく愛する50すぎのアメリカ陸軍大佐キャントウェルと、彼の地の若く美しい伯爵令嬢レナータの恋物語を軸にして、大佐の戦争の傷跡ひいてはこの戦争の悲惨さそのものを語ろうとする。
大佐は心臓を患っており先がもう長くない中、ヴェネチアを訪れる。レナータも大佐の状態を承知しており、今回の逢瀬が最後になるという暗黙の了解のもとで愛を確かめ合う二人。
彼を忘