ヘミングウェイのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
大昔、まだ20代の頃旧訳を買ったが、どうしても一冊読み通せなかった。しかし今回、青山浩の新訳を古本で見つけて読んだら、あっさり読めた。
冒頭の章、パリのお気に入りのカフェで若き日のヘミングウェイが短編を書くところが好きで、そこだけは昔から、何十回も読んでいる。
昔読んだ時は、若き日のヘミングウェイに感情移入していたわけだが、今はこの本を書いた年代のヘミングウェイの視点で読む。悲しい。読み通せたのは、そのせいかもしれない。
スコット・フィッツジェラルドに関してはひどい書きぶりで気の毒になるが、確かに旅先で病まれた話を読むと、まあむべなるかなとも思う。
だけどリッツ・ホテルのバーで店員にフィッツジェラルドのことを尋ねられて「長編の傑作を二つ書いている、未完の長編も完成したら傑作になっていただろうと言われている」と答えている。その才能を認め、畏怖していたことは間違いないだろう。 -
Posted by ブクログ
彼の最後の作品。1961年自殺してしまう年に書き上げた。
最初の結婚(4回もしている!)相手ハドリーとのパリでの思い出をエッセイを越えた芸術論、創作論に表しているもの。
作品が売れ始める(認められる)までのみずみずしい感性があふれるように書かれてあり、引き込まれてしまう。いかにしてヘミングウエイになったか。
1921年から1927年までのパリにいる作家達とのやりとりが実名で出てくる。フィッツジェラルドの章など興味津々。
もちろん創作、誇張し過ぎ部分もあるという。
そうだろう。思い出は切なくも美しいのだ。
しかし、翻訳で読んでも文章がいい。やっぱり本当の作家だ。 -
Posted by ブクログ
« 幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこで過ごそうとも、パリはついてくる。パリはParis est une fête (移動祝祭日) だからだ。 »
彼の冒頭の言葉がすごく心にしっくりと来て読み始めた本。わたしにとっても、パリは移動祝祭日だなあ、と思う。偶然にも、わたしが今住んでいる場所が、彼がパリで始めて暮らした場所と同じ地域。通り、カフェ、全ての場所に馴染みがあってとても感慨深い気持ちで読んだ。
とにかく描写が鮮やかで、読みながら頭の中で、ひとつひとつのシーンをとても簡単に鮮明に描けた。
フィッツジェラルドとゼルダとの話が特に面白かった。 -
Posted by ブクログ
――いま考えられることってあるか。何もない。何も考えずに、次に襲ってくるやつを待つ。それしかない。
――自分から諦めちまうなど愚かなこった。
この作品には、老い、魚、自然、孤独、命との戦いが描かれている。老人の生き様は、この戦いに凝縮されている。
老人は戦いの中で、自分の左手、右手、背中、そして頭を、それぞれ別のものとみなして叱咤し、労る。心身二元論のようでありながら、その実、総体としての自分と戦い、コントロールしようとしている。
老いも同じ戦いの中にある。これまでの矜持が故に自分というものを持ちつつも、老いが押し寄せ、蝕み、そして穏やかに、そして気高くなっていく。
では矜持とは何か。自分は何者か? それは外から与えられたものではない一方で、自分で決めたものでもない。
一番印象に残ったのは、「考えるべきこと、備えること、やること、待つこと」。
何を考え、備え、やるのか? そして待つのか? コントロールできないことを受け入れつつ、コントロールできることに集中し、さらに運に委ねる。
自然は、食うか食われるか、というところからさらに進んで、いかにして生き延びるか、という世界として描かれている。
そして命。意味論のその先にある命は、有限ではあるものの、その中でのプロセスが輝いている。
頭にも心にも残り続ける作品だった。老いてから読み返すと、また違ったことを思うかもしれない。 -
Posted by ブクログ
長い不漁が続く老漁師サンチアゴが、少年マノーリンに見送られ、ひとり海へ出る。そこで大魚と出会い、何日にもわたる死闘を繰り広げる。ようやく仕留めるものの、帰る途中でサメに襲われ、少しずつ獲物を奪われていく――という物語。
特に印象に残ったのは、サンチアゴがどれだけ苦しい状況になっても、弱音を吐いて諦めるのではなく、目の前の困難に向き合い続ける姿だった。
何度も少年の存在を思い浮かべては「あの子がいてくれりゃ」というセリフからは、老人の孤独だけでなく、マノーリンが心の支えになっていることも感じた。
そして、大魚との戦いには単純な「勝ち負け」ではないものがあった。老人はカジキを敵として戦いながらも、その巨大さや強さに敬意を抱いている。だからこそ、ようやく仕留めた大魚がサメに襲われ、どんどん食べられていく場面は、とても悲しく、胸が苦しくなった。
あんなに頑張ったのに、最後には何も残らないのかという切なさがある一方で、老人自身はそこで完全に打ちのめされるわけではない。
その姿から感じたのは、
困難に直面しても、心を折らずに立ち向かうこと
起きてしまった出来事を、そのまま受け入れる冷静さ
状況に合わせて対応する柔軟さ
自然や相手への敬意
人間の孤独と、それでも誰かを思う愛情 だった。
特に、「老人と海」というタイトルだけれど、実際には「人間がどう生きるか」を描いた物語なのではないかと感じた。
また、老人とヘミングウェイ自身を重ねてしまい、少しセンチメンタルな気持ちにもなった。海や生命への愛情、老い、孤独、戦い、そして最後に残るもの――そういったものが重なって見えた。
文章は内面を細かく説明するというより、行動や会話を通して人物を見せていく。そのため、読者側が老人の気持ちを想像する余白が大きい。その余白があるからこそ、老人の孤独やカジキへの愛情、サメに奪われていく悲しさが、自分の中にじわじわ入ってくるように感じた。
勝ったか、負けたか」だけでは測れない物語。たとえ結果として多くを失っても、最後まで自分のやるべきことに向き合った姿そのものに意味がある。そんな作品だった。
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作家ヘミングウェイが若き頃、1920年代に過ごしたパリの様子を後年書き記したもの。
戦間期の当時のパリでは多方面の才能が集い、『ユリシーズ』のジョイスやピカソとも交流があったとか。
この本のストーリーはそれほど強い印象を受けず、
フィッツジェラルドとの旅の様子などは心地良く読んだが、
色々と思うところが生じたのは、読後にヘミングウェイの生涯について知ったことだった。
(以下、本著とは直接関係ない内容)
ヘミングウェイはパリ生活中から評価を受け、後年ノーベル平和賞を得た、名実ともなう大作家だ。
しかしながら、その生涯は猟銃自殺という非業の形で終えられている。
ネットで簡単に検索した限りの情報ではあるが、そこには同様に拳銃自殺した父親、さらにはその背後にある当時のアメリカ社会の変化が影響しているようだ。
20世紀前半のアメリカは、宗教や伝統に根ざしたコミュニティ的な価値観から、大規模な商業と工業の国へと変化を遂げていった。
近代化への違和感、と言うのは作家や思想家が常に当たるテーマだが、ヘミングウェイ親子もその変化の只中に生きていた。
そういえば、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』も、無垢な若者のギャッツビーが都市の闇へ巻き込まれる話だ。
本著によると、フィッツジェラルドの方が年長のようだが、気が合うところがあったのだろう。
また少し毛色は違うが、デトロイトの労働者の窮状を目の当たりにし、社会の不正義を議論した神学者のラインホールド・ニーバーも、同時代のアメリカの空気を捉えていたように思う。
アメリカと言うと、今も昔もつい両海岸の都市部の議論を思い浮かべてしまい、楽観的で、近代化に苦しむイメージはなかった。
しかし本著からヘミングウェイの生涯を覗き見る機会を得たところからふと、
アメリカも他国に漏れず、どの国とも互いに似た、それでいて固有の近代の葛藤を経て今にたどり着いているのではないか、と言うことが思われた。
ヘミングウェイは、晩年まで自然を愛し、釣りなどを楽しんだと言う。
今のアメリカの、大都市ではない地方の市民生活がどのようなものか、知ってみたいと興味が湧いた。