ヘミングウェイのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレこれは面白かった。想像していたより読みやすかった。
若き頃のヘミングウェイの目線をそのまま体感できたようだった。
個人的には、パルムの僧院に対する感想が自分と似ていて面白かったし、ヘミングウェイがそう感じたなら、自分の感性は正しいんだと少し自信にもなった。
ヘミングウェイという人物や作品をもっと知った上でこれを読んだら面白いと思う。まだ老人と海しか読んだことのない自分は、この作品を満足に楽しめはしなかったと思うが、それでもお酒を呑んでどこか自由に暮らす姿は痛快さもあった。
もっと本を読んで、色々なところに旅をしないといけないな。それで何かを得るとかではなく、本気で楽しく幸福を感じる事が大切なんだ。ヘミングウェイの作品を読んでから、またこの本を読んでみたい -
Posted by ブクログ
ネタバレいや、面白かった。名作と呼ばれるものは食わず嫌いぜすに読んでみるべきだなと思った。
サンティアーゴが魚を見つけることができるのか、仕留めることができるのか、無事に帰ることができるのか、はらはらしながら読み進めた。
途中の自分への問いかけが哲学的でとても考えさせられた。
特に、印象に残っているのは魚を仕留めた終盤の内省である。
“だが老人は、自分のかかわるあらゆることを考える性分で、いまは読むものもラジオもないので、あれこれと思いをめぐらし、罪について考えつづけた。あの魚を殺したのは、自分が生き長らえるためと食い物として売るためだけだったのではない、と思った。殺したのは自尊心のためであり、それは漁師だからだ。やつが生きていたときには愛していたし、死んだあとも愛していた。愛しているなら、殺しても罪にならない。それとも、むしろ重い罪なのか。”
人は時に(というか常に)、自尊心のために大きなものを得ようとしている。海でひとりで戦っている中で、こんなにも孤独で自分のアイデンティティがゆらぐ問いを考え続けられたなと、サンティアーゴに対して思いを巡らせてしまった。
人生は無常だけれど、芯を貫く生き方がかっこいいと思う。
また、自分は逆に音を常に聞くことで考えすぎてしまい、人生の孤独な問いにたどり着くことから身を守っているのではないかと思った。
今回、たまたま宿に角川文庫、そして自分が買った新潮文庫両方の訳があったので途中から角川文庫の方を読んだ。そしてそれぞれの解説を読んだ。
少年の年齢など人それぞれで正解はなくていいじゃないかと思う。しかし、しっかり熱い思いで持論を主張しているのを読むと、ここまで議論を引き起こすことができる本だからこそ名作と言われるのだろうと思った。
哲学的な問いと余白によって読者が色々と深読みできる面白さがある。
もう何冊かヘミングウェイを読んでみたいと思った。次はアフリカの緑の丘を読んでみたい。そしてこの本は年を重ねたのち、また読みたいと思う。
新潮文庫の後書きには、ヘミングウェイの年表とともに同時代の映画や本の名作が記載されていてすごい時代だったんと感じた。 -
Posted by ブクログ
1921-26年、ヘミングウェイ22-27歳。21年暮に、新妻ハドリーとともに、パリに移住。最初は記者の仕事をもっていたが、その後はフリー。カフェやホテルで小説を書く毎日。
ガートルード・スタイン、ジェイムズ・ジョイス、エズラ・パウンド、スコット&ゼルダ・フィッツジェラルドとの交遊も詳しく描かれている。ジョイスとパウンドには敬愛の念をもって、スタインとフィッツジェラルドについては感謝しながらも、幻滅の出来事も記している。
印象的だったのは、シルヴィア・ビーチが経営するシェイクスピア書店。英文の書籍をあつかっていたため、作家たちの交流の場だった。この書店がパリになければ、ヘミングウェイの未来も、英語圏の文学の現在も、いまとはかなり違ったものになっていたかもしれない。ヘミングウェイが借り出して読んでいたのは、チェーホフ、ドストエフスキー、ツルゲーネフ、トルストイ。ヘミングウェイの作品にロシア文学がどう影響しているのか、考えてみるのもおもしろい。パリの幸福な生活は1925年で終わりを迎える。その経緯にも触れている。
本書は亡くなる数年前の1957年から60年にかけて執筆され、没後3年後に刊行された。書名 “A moveable feast”は本人がつけたものではない。英語版と同時刊行されたフランス語版は“Paris est une fête(パリは祭り)“、こちらのほうが適題かもしれない。
(ウッディ・アレンは、本書にインスパイアされて、映画『ミッドナイト・イン・パリ』を制作した。あのなかの主人公、駆け出しの作家の視点はヘミングウェイのそれである。) -
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330P
ヘミングウェイ
(1899-1961)シカゴ近郊生れ。1918年第1次大戦に赤十字要員として参加、負傷する。1921年より1928年までパリに住み、『われらの時代』『日はまた昇る』『男だけの世界』などを刊行。その後『武器よさらば』、短編「キリマンジャロの雪」などを発表。スペイン内戦、第2次大戦にも従軍記者として参加。1952年『老人と海』を発表、ピューリッツア賞を受賞。1954年、ノーベル文学賞を受賞。1961年、猟銃で自裁。
移動祝祭日――回想のパリ
by アーネスト・ヘミングウェイ、福田陸太郎
「わかってる。ぼくも、コンスタンス・ガーネットの訳を手に入れるまでは、何度も何度も『戦争と平和』を読みかけて、うまく行かなかったことを覚えているよ」 「その訳もまだ改良の余地があるそうだね」とエヴァンは言った。「ぼくは、ロシア語は知らないが、たしかにそうだと思う。でも、ぼくたちは二人とも、翻訳というものを知っている。それにしても、これはまったく途方もない小説になってるね。一番偉大な小説だと思う。何度もくり返して読むといい」
「きみは国籍喪失者だ。きみは土地とのむすびつきをなくしている。きみはつまらぬ奴になった。いかさまなヨーロッパの考え方が、きみを破滅させたんだ。きみは酒を飲んだあげく死んでしまうだろう。きみはセックスにとりつかれている。きみは働きもせず、むだ話をしてすべての時間を過ごしている。きみは国籍喪失者だ。わかるかね? きみはカフェーに入りびたっている」 -
Posted by ブクログ
ヘミングウェイの集大成ともいえる作品。2冊目にこの本を選んだのは順序的におかしいかもなと思ったけど、多分これから著書を読むにあたって理解の補助になるだろうと思い、むしろプラスになるのではないかと思ってみたりする。
やはりヘミングウェイの書く文章は明快で生き生きとしていて、さも自分自身がその世界に入り込んでいるかのように感じられて好きだ。もしかしたらリラでのエヴァン・シップマンのトルストイのくだりにあるように、翻訳者の手腕も一因としてあるのかもしれないが...。
この本を通じてエズラ・パウンドやスコット・フィッツジェラルドなどの著書も読んでみたいなと思ったし、リラにも行ってみたいと思った。私のやりたいことが増えたことが読んで得たものの中で1番大きいことだろう。
私にとってのa moveable feastは多分熱海だと思う。ただ、訪れた場所が少ないこともあり、比較対象が少ないため、これから色んな場所に行って、真のa moveable feast見つけたいな。 -
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「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らす事ができたなら、その後の人生をどこですごそうと、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ」
という冒頭のエピグラフで有名なヘミングウェイの遺作。以前から気になる本であったのだが、品切れ状態となっていた。新訳で、文庫で出たので早速、読んでみる。
20年代のパリという伝説的な都市と伝説的な芸術家たち。そして、貧しくも、芸術を志す青年と新婚の夫婦の美しい愛。カフェ、レストラン、リゾートなどなどの風俗の記述。様々な芸術家達の姿の辛口の描写。
もう、絵に描いたような「修業時代の芸術家の貧しいけど、幸せな日々」の話である。そして、その美しい日々は、作家としての成功とともに、やってきた「リッチな連中」の侵入によって終わる。
「若くて幸せな日々」を描きながら、61才で自殺した作家の胸中には、どのような思いがよぎっていたのだろうか?
という作品の背景から必然的にやってくるセンチメンタリズムは抜きにしても、なんだか、とても切ない気持ちにさせる作品である。 -
Posted by ブクログ
老人サンチアゴの生き様、漁や海洋の描写、カジキマグロとの対決、サメどもとの死闘……。淡々とした語り口が自然の中に生きる「人間」を実に活き活きと捉えている。
本文からの印象、また作品全体の漠然としたイメージから、サンチアゴを慕う少年マノーリンは日本の小学校低学年以下と思っていた。しかし野球選手シスラーについての台詞や、サンチアゴと共にビールを飲む場面から考えるに彼はティーンエイジャーぐらいなのだろうか? ……あれ、未成年のくせに飲んでるの?
全体的に福田恆存訳よりも読みやすかったが、解らない箇所が一つ。——「魚を炊き込んだ黄色いめし」って何(福田訳では「魚のまぜ御飯」)?!