菊池光のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
以前読んだ時にはあまり印象に残らなかった作品。読み返してみるとなかなかの傑作でびっくりした。初読時を思い出してみると,サバイバルの専門家である作家が主人公ということなので,バグリイの「原生林の追撃」とか,フランシスなら「本命」のような,マンハントから逃げ回るような派手な設定を期待していたから,肩すかしをくらったような気持ちになったのではないかと思う。大間違いである。
主人公は作家である。今までパンフレットのようなものを書いていたので,小説家としては駆け出しで,極貧の生活をしている。ある人物の伝記を住み込みで書くことになるのだが,その人物の周辺で巻き起こる愛憎にあふれた人間模様と犯罪が,こ -
Posted by ブクログ
ずいぶん久し振りに読んだけれど、思った以上に充実した傑作で実は驚いてしまった。初読の時にあまり印象に残らなかったのはなぜだろう。
急死した兄の事業の整理(それだけではないのだけれど)を心ならずもすることになった騎手の物語である。騎手自身は仕事上の事故で足を骨折していて、それが物語としても大きな陰影を与える。行動上のハンディであったり肉体的な弱点になると同時に、精神的な面でも印象的である。
多くの謎が主人公の騎手の前に立ちふさがる。知っているはずのものが急に死んだことで結果的に謎になってしまったこともあれば(今僕が急死したら例えば僕のPCの起動はできなくなる)、犯罪に関係した謎もある。 -
Posted by ブクログ
名作揃いのフランシス作品の中で、ベストとは思わないけれどもかなり気に入っている作品であった。今回本当に久しぶりに読み直してみて、頭の中にあったイメージよりもずっとずっと「異色作」であったことに驚いた。
事件としては、そう珍しいものではない。主人公は清廉潔白とは言い難い新聞記者である。彼の友人が自殺し、その背景を主人公が探るうち深入りしてしまい、敵の執拗な攻撃に遭う、というプロットは、フランシスの場合むしろよくある話だ。敵の脅迫に屈しない主人公の闘志も、いかにもフランシスらしい。
例外的なことのひとつは、主人公の「家庭環境」である。前シリーズの中でももっとも印象的と言っていい。そして、そのこ -
Posted by ブクログ
久しぶりに読んで驚いたのだけど、なかなかの名作である。前作「利腕」があまりにも有名なので、その影に隠れていたきらいがある。
主人公のフィリップ・ノアはプロの騎手であり、アマチュアのカメラマンである。友人の父親でプロのカメラマンが車で立木に激突して命を落とし、そのことに関わり合う中で、奇妙な出来事に巻き込まれていく、という物語と、母親から半ば見捨てられて孤独に育った彼が、敵対している祖母の依頼でまだ見ぬ妹を捜すという物語が、平行して進行する。
家族環境とでたらめとしか思えない母親のおかげで、他人の間を転々としながら成長した主人公が、波風を立てぬように、他人と敵対しないように人の顔色ばかりをう -
Posted by ブクログ
互いに何世紀もにわたって対立し、時には殺し合ったふたつの家が背景にある。まるで「ロミオとジュリエット」そのままに、両家の男女が憎しみを超えて愛し合うようになり、やがて結婚する。主人公は、「ロミオ」でも「ジュリエット」でもなく、ジュリエットの兄で騎手である。
かなり成功した騎手だ。名誉も名声も手に入れている。なんといっても王女の持ち馬に乗っているのだ。このあたりは、自身も「女王陛下の騎手」であった作者の経験が生かされているのだろう。なにせ、主人公であるキットは、あのシッド・ハレーをのぞけば唯一、2作に登場した人物なのだから。お気に入りのはずである。
成功した騎手であるということは、失うものも -
Posted by ブクログ
障害レースで大穴が続くという波乱には、隠された意図と不正があるのではないか…
一連の不正について証拠すら出てこない疑惑の解明を、障害レースの理事より依頼されたのは、牧場経営者のダニエル・ローク。
ストイックに依頼を遂行するロークの所作と決して弱音を吐かずに困難に立ち向かう姿に、ハードボイルドな男の生き方を感じました。
本作は、ハードボイルドでありながらミステリとしても一級です。いかにして競走馬に興奮剤を与えたのか、しかも一切の証拠の残らぬように…。
思いもよらないトリックの着想と、不正を行う人間の残忍さと手強さを強烈なまでに印象づける描写が、本作の完成度の高さを物語っています。
本 -
Posted by ブクログ
主人公が映画俳優というのにはかなり意表をつかれた。相当売れっ子の俳優だけど、実に人間的で友達になりたいタイプの男である。スキャンダルを求めたり、広告塔として振る舞うことを求めたりする業界の人たちや、登場人物のキャラクターと俳優の人柄を混同する人たちのおかげで、主人公の魅力が引き立っている。わずかなシーンでしか登場しないのに存在感が大きな家族たちも、主人公人間像を魅力的なものにしていると思う。
犯罪捜査の話でいうなら、途中の微妙などんでん返しが印象的だった。それがあるから犯人の邪悪さがはっきりと見える。このあたりは、さすがにうまいなあと唸る。
主人公が俳優であることが大きく意味を持つのは、 -
Posted by ブクログ
今作を最初に読んだのは大学生の頃。この「大穴」と「利腕」に登場する主人公、シッド・ハレーの生き様に痺れたものだった。
20年近くディック・フランシス作品から離れていたが、気づくとシッド・ハレーは2008年までに4作品に登場しているとの事。これはイカンと読み返す。
やはり面白い。何というか、隙の無い面白さだ。
ストーリーや語り口に無駄が無く、登場人物も非常に魅力的だ。
養父・上司・同僚・敵や情報提供者までもが生き生きと描かれている。
そしてこの主人公。類まれな実力と、拭い切れない劣等感を同時に抱える男。彼が戦うのは、社会的な悪党だけではない。己の劣等感や恐怖心とも対決していく。
ディック・フ -
Posted by ブクログ
かなりファンの間では評価は高いのだけど、個人的にはもうひとつ気に入らなかった作品である。
強い自殺願望(鬱?)を持つ秘密調査員が、上司の個人的な依頼を受けて、休暇を使って名馬盗難事件を捜査する話である。もちろん、事件は解決するし、その過程で主人公は生きる意欲を取り戻す。暗い話だなあという印象を受けるかもしれないが、確かに暗い感じがする。でも、最後はハッピーエンドなんだなと安心されると、安心するなよ、と言いたい。
わりあいいろんな意味でセレブを主人公にすることが多い作者の作品の中で、この「自殺願望」は異色である。自身も成功者である作者がどういう気分でこういう設定をし、書き進んだのかはよ -
Posted by ブクログ
数あるフランシスの作品の中でも、もっとも設定に凝った作品ではないかと思う。
カナダを横断する鉄道の中で進行する、「オリエント急行殺人事件」を思わせるような、ある意味クラシックな舞台であること。
犯人は誰か、を操作するのではなく、犯人がなにをやろうとしているのかを探り、それを未然に防ぐことが探偵役の目的であること。
探偵役は自らの正体を隠していて、さらに列車の中ではイベントとして推理劇が行われていくという、トリッキーな仕掛けがあること。
その他にも、「ハムレット」を擬した逆トリックなど、目を見張る仕掛けに事欠かない。
正直、最初に読んだときにはその仕掛けに幻惑され、凝ってい -
Posted by ブクログ
再読シリーズである。
今ひとつ印象が強くないのは、フランシスにはまったばかりで1日1冊ペースで既刊本を読んでいた頃に読んだからだろう。飛行機の話、というくらいの印象しかなかった。
再読して、思いがけないほど派手な話であることにびっくりした。最初の爆破事件、中盤の山場である迷子の飛行機を探すエピソード、そしてラストの見せ場。すごい。
傷心から心の閉ざしてしまった主人公が再生する物語、というのは、まあ、王道パターンだ。そしてこの小説は、絵に描いたようにそのパターンをなぞっている。ただし、その傷心の原因がわりあい(客観的には)それほど大きなことに見えないので(僕だけだろうか)、なんだか