菊池光のレビュー一覧
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主人公はパイロットのマット・ショア。
かってはエリートだったのが、妻のために忙しい国際線を辞めたところからケチがつきだし、現在は落ちぶれかけたデリイダウン社でチャーター仕事を始めたばかりで、離婚手当にも苦労する毎日。
イギリスで大人気の騎手コリン・ロスを含めた数人を競馬場へ運ぶ仕事を引き受けたところ、飛行機に不審なきしみを感じて乗客の抗議を押して臨時に着陸。降り立った途端、その機が爆発炎上…
競馬界を知らなかったマットがコリンとの友情とその妹との出会いによって、事件に巻き込まれると同時に、新たな人生を見つけていきます。
もとチャンピオン騎手で、パイロットとして従軍したフランシスの経歴が生かされた、臨場感溢れる展開になっています。
日本での発行当時は誰でも知っている超有名騎手というのは存在しなかったので〜王選手みたいなもの?って感じでしたが、今なら武豊でしょうね。
文庫では10冊目で、昭和52年の発行になっています。
原著は1970年! それほどの古さは感じられませんが〜決まり過ぎなぐらいカッコイイ文章に、作家として自信を持ってノリノリになっていくフランシスの初期の勢いが感じられますね。
ファッションは当時流行のものを想像した方が楽しいかな。 -
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とうとうディック・フランシスに手をつけてしまいました。絶対おもしろいはずだと判っていながら手を出し損ねていたシリーズ。初期作品でこの完成度。素晴しい。
あまり大きな声では言いにくいが、読み終えての第一の感想は、これって、天下御免のSM小説……?いや、シッドハーレーは確かにヒーローなんだけど、周囲は敵にしろ味方にしろ、全員「S」なんだもの。一番あなどれないのは一番味方のはずの義理の父上。たいがいハードボイルドのヒーローは酷い目にあうものだけど、味方にここまで虐げられるのも珍しいと思う。
あまたのミステリガイドで「滅法おもしろい競馬小説」と紹介しているオジサマ方に、そこんところを解説していただきたいものだ。 -
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4―2 シッド・ハレー初登場。
元チャンピオンジョッキー。左手を失っている。
義理の父親との交流がいい。
別居中の妻との会話がいい。
知り合った顔にやけどの跡のある女事務員との交流がいい。
「「おわかりになったの」
うなづいた。「家具の置きぐあいでね…きてくれますか…」
「これでもまだお誘いになるの?」
「もちろん。何時にしまうんですか?」
「今夜は、六時頃」
「戻ってきます。下の入り口で待っています」
「いいわ」彼女が言った。「本当にそうおっしゃるのなら、ありがたくお供しますわ。今夜は何も用がありませんから」
そのなんでもない言葉に、長年の希望のない淋しさがむきだしに感じられた。なにも用がない、今晩も、どの晩も。そんなにひどい顔ではなかった。私が予想していたようなひどさではなかった、片目がなく義眼を入れている。ひどい火傷と顔面の骨折の跡があるが、プラスティック整形で損傷が相当程度治してある。それに遠い以前のできごとであった。傷跡は古い。治っていないのは心の傷である。
そう、私自身も経験のあることだ。」
二人は賭けをします。シッドはポケットに隠す癖のある左手を出して行動すること、ザナは顔を隠すのをやめること。
ラストにザナは言います。
「さよなら、ミスタ・ハレー。私を生まれ変わらせてくれて、本当にありがたく思っています。一生忘れませんわ」
推理よりも横軸の人間関係がディック・フランシスの最大の魅力です。 -
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18
シッド・ハレー再登場
アメリカ探偵作家クラブ賞
英国推理作家協会賞受賞作
傑作です。
詐欺に巻き込まれた元妻を救うために頑張るシッドに、ジョッキイ倶楽部の保安部長からも依頼が入る。
襲われ、傷つけられたシッドとその傷に気がついた元妻の会話が白眉です。
「…あなたの自分本位な考え方、頑固さ。勝つための決意勝つためなら、あなたはどんなことでもするわ。あなたはつねに勝たなければ気がすまないのよ。すごく厳しいわ。自分に対して厳しい。自分に対して冷酷だわ。わたしはそれが我慢できなかったのよ。誰だって我慢できないわ。女は慰めを求めて自分のところのくる男が必要なのよ。お前が必要だ、助けてくれ、慰めてくれ、接吻で悩みをふりはらってくれ。でもあなたは……あなたにはそれができない。あなたはいつも壁を造って、今と同じように、無言のうちに自分のトラブルに対処する。それに、どこも痛くないといっても無駄よ。わたしはいやというほど見てるんだから。あなたは、自分の首の傾きを隠すことはできない、今回はとてもひどいことがわたしには一目で判るわ。でも、あなたは絶対にいわない、そうでしょう、ジェニィ、抱いてくれ、助けてくれ、おれは泣きたいんだ、と?」
言葉を切って、その後に続いた沈黙の中でわずかに手を動かして悲しそうな身振りをした。
「判った?あなたはいえない、そうでしょう?」
長い沈黙の後で、私がいった、「いえない」
―――
「さよなら、シッド」
「さよなら」私は、ジェニィ、抱いてくれ、助けてくれ、俺はなきたいんだ、といいたかった――しかし、いえなかった。」
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11−12
大好きです。
主人公は、精神発達障害の子どもを持つ、冒険映画主役の、映画俳優です。だから競馬メインじゃないんだって…。
監督と反発した主人公は、主人公が苦悩するシーンで、最高の演技を見せてやろうとします。
友人のコンラッドが言います。
「仕上がったフィルムは、君の気に入らないはずだ」
間をおいたが、彼が説明しないので、私が聞いた。「なぜ?」
「あの中に、演技とはべつの、演技を超えたものがある」
彼がまた間をおいて、言葉を選んでいた。「わしのようなひねくれた見方をする人間ですら、あの苦悩の質には、胸が裂けるような感銘を受けたよ」
私は黙っていた。彼が私のほうに目を向けた。
「たいがいの場合、きみは、自分をさらけ出すことをほとんどしない、そうだろう? ところが、今回は、きみ、今回は…」
私はグッと口を結んだ。――ある感情を、人が認識できるよう、また、多分はじめて理解できるよう、再現するためには、それが現実にどのような感じであるかをある程度知っていなければならない。知っていることを見せるのは、それを感じたことがあることを打ち明けるのに等しい。一個人にとって、自分をこの上なくあからさまに露呈することは容易ではなく、露呈しなければ偉大な俳優になれない。
…
「何を考えているのだ」
コンラッドが聞いた。
「今後も、これまでと同様に、非現実的冒険活劇に専心することに決めていたのだ」
「臆病者だな、きみは」
「そう」
…
「いーや」彼が首を振った、「本物が得られないことが判ったのに、張子で満足するものはいない」
3位は『黄金』かな『告解』かな…それとも!?
いっぱいありすぎて選べません。
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19
シリーズ中最愛の作品。
母親に捨てられ、父親は不明で、あちこちの家を転々として育ち、成り行きで騎手になった主人公の独白。
「長い年月、自分にとって生存とは、与えられたものを甘んじて受け、なにかの役に立つこと、物静かで好感を与え、問題を起こさないこと、抑圧的、内向的で自制すること、であった……差し出されないものは望まないよう長い間しつけてきたので、今では欲しいものはほとんどない……自分がこのような人間である理由は承知している。自分が流れのままに漂っている理由もわかっている。自分があくまで受動的で、状況を変え、肩を怒らせて歩き回り、自分の運命の支配者になる、といった要求を全く感じない理由もわかっている。」
不正騎乗を要求され、断ることの出来なかった主人公が徐々に変貌していきます。
ラスト間際、雇い主が言います。
「わたしは見て取った」彼が話を続けた、「もはやお前は不正騎乗をやらないことを。お前は大人になった。意志が強くなった。お前がわしのために乗り続けるのであれば、わしは二度と不正騎乗を要求しない」
ラスト間際の主人公の独白。
「未来は自分の内にあって、認められるのを待っている。間もないある日、自分はその未来に入り込んでいく。」
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2―5
音楽一家に生まれながら、音楽の才能をもたなかったロバート・フィンが選んだのは、別の道で自分の才能を示すことだった。
そしてもう一人、フィンと同じ立場ながら、失ったものを認められない男がいた。
そして事件はおきる。
ラストのフィンの独白が印象的でした。
「ある意味では、自分は彼を理解することができる、と思った。私自身が不肖の子であるからだ。しかし、父は愛情をもって私を別の世界に住ませてくれた。だから私は音楽家が苦しむのを見る必要を感じない。
…寛容か、と思った。それはまた別のことである。
許すのには長い時間がかかる。」
最高傑作のひとつ。 -
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読むのは何度目くらいになるだろうか。もう自分でも良く思い出せない。初めて読んだのはいつ頃か。大学生の頃か、社会人になった頃か。マクリーンから始まって、冒険小説を読みあさっていた頃に手にした。「深夜+1」を先に読んでいたのだと思う。
改めて読んでみて、こんなにサービス精神満載の作品だったんだなあとびっくりした。読み始めの展開、つまりノンフィクションとフィクションの境界を曖昧にしながらルポ的に始まるあたりから、作戦の進行をある意味淡々と書いていくあたりは、後のフォーサイスを読んでいるようである。中盤から後半にかけて、サスペンスにあふれる犯罪小説的であったり、アクション満載の戦争小説であったり、ラストのそこはかとなく皮肉な結末まで、実にいろいろな要素を盛りこみながらぐんぐんと読者を引き込んでいく物語の力は、名作と言うにふさわしいものだと感じる。
登場人物は誰も印象的。作者に愛されている立派な人物が多い中で、はっきり敵役・憎まれ役として描かれている人物が露骨にいて、それが少し残念な感じがする。第二次世界大戦を背景にしているのだがら、逆にこの程度は最小限として認めるべき(むしろドイツ側に素晴らしく魅力的な人物が多いことを考えるなら)なのかもしれない。
自分なりの正義と美学を貫く力強い軍人に魅力的な人物が多いが、出色なのはアイルランドのテロリストだろう。ただ彼の場合は評価が分かれるところがあるかもしれない。いろんな意味で興味を引かれる人物だし正直かっこいいと思うけれど、こういう作戦をするにはあまりにも雑な部分が多いような気がするし「おいおい、そんなことをやっている場合かよ」とツッコミを入れたくもなる。でもそこが魅力なのも間違いなく、作者自身もとても気に入っていることが読んでいてわかる(実際この後もいろんな作品に再登場したりする)。
とにかく読み応えがあり、とことん楽しませてもらえる作品である。作者の特色である(と僕は勝手に思っているが)男のロマン、哀愁、誇りといったものもたっぷりと盛りこまれて、さっくりとしたハイボールかと思って吞みはじめたら濃厚で香り高いストレート・ウイスキーだったような印象である。たくさんの人に読まれてほしいし、絶版になどなってほしくない作品である。 -
Posted by ブクログ
貴族の血を受け継いでいながら、ひとりスコットランドの山中で孤独な暮らしを続ける青年画家、アリグザンダー・キンロック。ある日、彼は自分の山小屋で待ちかまえていた四人の暴漢に襲われ、あやうく命を落としかける。闇雲に「あれはどこにある?」と脅されたあげく、わけのわからぬままに崖の上から突き落とされたのだ。事件が起きたのは、アリグザンダーが母の屋敷へ行こうとしていた矢先だった。ビールの醸造会社を経営している義理の父が、心臓発作に倒れたとの知らせを受けたのだ。全身の怪我をおして屋敷に赴いた彼は、義理の父の会社が倒産寸前であることを知る。経理部長が莫大な資産を横領して姿を消したらしい。しかも、会社が主催する障害レースの賞品である純金のカップも行方がわからない。会社の危機を救うべく奔走をはじめたアリグザンダーは、自分を襲った暴漢は横領事件に関係があるのではとの疑念を抱くが…。
23年ぶりに再読。シリーズ第35作。「不屈」という邦題は、ディック・フランシスのどの小説にも似合いそう。なかなかエグい展開もあるし。