菊池光のレビュー一覧
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ディック・フランシスのエンタテインメント「競馬ミステリ・シリーズ」
後期の充実した一作といえるでしょう。
今回の主人公は、英国ジョッキー・クラブの保安員トー・ケルジイ。
まだ29歳のイギリス人だが、18で財産を継いだと同時に天涯孤独となった大金持ちで、世界中を放浪し、馬に関係のある仕事を転々としてきた後に、スカウトされた。
競馬界を管理する権威ある組織に属する諜報部員のような存在。
もともとあまり目立たない外見で、少し変装するだけでまったく人に気づかれない特技を持つ。
イギリスで大きな不正を行ったと思われる危険人物フィルマーが、裁判では無罪となった。
フィルマーがカナダの競馬界に食い込もうとしている様子で、企画旅行「大陸横断ミステリ競馬列車」に参加するとわかり、同じ列車に潜入することに。
豪華列車で馬主と競馬ファンがカナダを横断して、大きな競馬に参加しながら旅行を楽しむという企画なのだ。
雄大なカナダの風景が綺麗そうで、見てみたくなります。
この旅行はミステリ・ツアーでもあって、俳優が乗客に混じって乗り込み、みんなの前で事件を演じてみせるという催しも。
当初は馬主に混じっても違和感のない育ちのよさを見込まれたケルジイ。俳優の一員という触れ込みで、実際にはウェイターとして乗車することに。
慣れない仕事を手伝いつつ、仲間と打ち解け、運命の女性らしい相手ネルとも知り合う。
デートには誘えないけど、旅行中の業務の中で、少しずつ惹かれあっていくのを確かめるのが微笑ましい。
カナダでは有数の富豪一家ロリモア家も特別車両にいたが、何か問題を抱えている様子。
あちこちで手を貸しつつ、列車に仕掛けられる陰謀に立ち向かうケルジイ。
1988年の作品なので、携帯も今のようなネットもなし。
秘密の電話連絡を仲介する大事な役目に、保安部長の寝たきりの母親ミセス・ボードレアが登場。
若々しい声としっかりした存在感で、ケルジイとひととき心通わせます。
背景にある事件は深刻だけど、目の前にあるのは主にお金持ちが楽しむ旅行のシーンなので、比較的軽い読み心地。
いつもの一人称が生かされていて、誰にも気づかれないケルジイが平静そうでいて何をどう見ているか、面白い内容になっています。
イギリスの有名な競馬騎手だったディック・フランシスが引退後に作家となり、競馬界についての知識や騎手としての実感を交えた描写もさることながら、元騎手とは思えないほどの文才とセンスで魅了する作品群。
長編はすべて男性主人公の一人称で語られ、年齢や境遇はさまざま。
何らかの特別な経験や才能があるが謙虚で、観察力と思いやりがあり、意志強く事件に立ち向かう人間像は共通しています。
女性がそれぞれ存在感があり、ファッションも個性的なのも特徴。
フランシスの奥さんが執筆協力し清書しているので、奥さんの見る目も生かされているのでしょう。性格も男性主人公より変化に富んでいるし、実際にいそうで好感の持てるヒロインが多いですね。 -
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個人的には文句無し!
今の日本のミステリーは、8割型が女性の登場人物に「美しい」と描写して、何の変哲もない男性主人公とくっつき、肝心の謎もイマイチだったりして「何か薄っぺらい設定だな〜」って事が多いと感じてるのですが・・・この人の本は、人物の所作や言葉遣い、考えている事などから「素敵な女性なんだろうな」「カッコいい男の人なんだろうな」と想像できるのもすごいなと思った。菊池さんの翻訳の手柄(?)
もちろんミステリーとしても面白い。因みに、これはトリックが奇想天外で度肝を抜かれる系のマユツバ小説ではないよ。ハードボイルド的な行動を起こして謎を解いて行くものなので、ハラハラドキドキを堪能して下さい。 -
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フランシスの小説はすべて好きだけど、その中でも、この時期の作品とがもっともすばらしいと思う(初期の作品も傑作が多いが)。多少スランプ気味だったフランシスが「利腕」で再起を果たし、新たなテーマを明確にして書いている頃だ。
新たなテーマとは、「内なる敵」である。「利腕」や「証拠」において、それは「恐怖」だった。本当の敵は他人ではなく、与えられた恐怖に負けそうになる自分自身なのだ。犯人を見つける、という狭い意味での推理小説の枠組みを超えて、むしろ冒険小説的な展開を見せているのは確かだが、小説としての味わいは、主人公が自らの「内なる敵」を打ち負かすところにあると思う。
本作は、前作「侵入」の続編にあたる。これはフランシスにおいてはとても珍しいことで、複数の小説に登場する主人公は、外には1人しかいない(フランシス小説の代名詞ともいえるシッド・ハレーである)。連作として描かれたのには訳がある。主人公やその人間関係が「なじみのもの」であることが、この小説の「敵」を描き出すためには必要だからだ。
この小説における「内なる敵」は「恋」である。優秀な騎手であり、闘志あふれる戦士である主人公も、自らの心の中にある「恋」、嫉妬や弱さに勝つことが出来ない。ふらふらしているし、苦しんでいる。それが読んでいてとてもリアルに迫ってくる。恋をする男は、それだけでハンディを背負っているのだ。
前作で感動的なハッピーエンドを迎えた恋だからこそ、続編のスタートにびっくりする。つらくなる。だから、主人公の「戦い」が胸に迫ってくるのである。その戦い方が、別の小説で、たとえば「恐怖」や「苦痛」と戦う別の主人公とそっくりであるのも興味深い。「何事もないかのようにやせ我慢をする」という方法である。そんなことも、今回の「敵」の場合には、かえって厳しくなるようだ。
結局、ある意味で主人公はこの「敵」に対しては、負けて、そして勝つのだけど、ラスト少し前の「敵」との対決は、胸にじんと迫る名シーンだと思う。
あ、もちろん、人間の敵も存在するし、彼との戦いが表面的には小説のストーリィ。自分にとって大切な人や物を守ろうと戦う主人公の姿も、ナミの小説以上にステキである。 -
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フランシスの数ある傑作の中でも、個人的にはもっとも好きな作品のひとつ。もしかしたらベスト1かもしれない。
もちろんミステリなのだけど、それ以上に強く感じるのは、若者が戦い、挫折し、困難を乗り越え、そして栄光をつかむ物語としての魅力である。最初から最後まで、僕は主人公を応援しながら読んでいた。口の悪い人なら、ちょっとひねったサクセスストーリィに過ぎないと言うかもしれないけど、それでいいのだ。
恋愛の話や、主人公の置かれた境遇の話も、僕にはすとんと胸に落ちて興味深かった。そしてそれが単なる彩りの話ではなく、犯人と主人公の皮肉な共通点につながっていくあたりのプロットも心憎い。
思いの外早めに犯人も動機もわかるような物語だし、一点大きな疑問点が残ってしまう部分もあるので、ミステリとしては大傑作とは言えないかもしれない。でも、少なくともフーダットにしろホワィダットにしろ、十分に意外性があるし、最後の対決シーンを作るためにもあのタイミングで敵を明確にする必要があるのだろうと思う。少なくとも、ミステリとして水準以下とは思わない。
騎手の生活とそこに生きる者の誇りを生き生きと描き出しているという点において、こういう小説がかけるのはフランシスしかいないと思うし、実に魅力的な小説だと僕は思う。大好きな小説だ。 -
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名作ばかりを続けて読むのは案外疲れるものだ。疲れるほどに、引き込まれてしまう傑作のひとつである。
フランシスの作品の特徴のひとつは、主人公の持つ極めて硬い意志にある。この作品の主人公が時に率直に語る「曲げられないもの」は、なんというか、まぶしすぎる感じがする。
それでありながら、敵を打ち負かす為にその自尊心が傷つけられることを耐え忍ぶ。そうして得たものを、誰かを守る為に投げ捨てる。精神的にも肉体的にも堪え難いことに耐えてきたくせに、「私は記憶力が弱くて」なんてしゃあしゃあと言う。命がけで依頼を果たして報酬を返し、「では、なぜ引き受けたんだ」と訊かれて「スリルのためですよ」と答える。嫌味すれすれのかっこよさである。
物語は典型的な追跡物で、まさに猟犬のように追いかけていく主人公を見守るばかり。途中に起きる大事件が印象的で、そこで雰囲気がガラリと変わるあたりが読み応えがあるところだと思う。
シッド・ハレーではなく、本作の主人公が再登場していたらどんな物語になっていたのだろう。果たせないことだけど、ぜひ読んでみたかった。 -
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何度目かの読み直しを経て、そして作者の全長編を読み終えた目で見て思うのだが、この作品は非常にレベルの高い、この作者らしい傑作なのではないだろうか。
それは、犯人という名の敵と戦うと同時に(いや、それ以上に)、自分との戦いがテーマとなっているからだ。フランシスといえば「内なる敵との戦い」というイメージは、おそらく「利腕」以降のものだと思うけれど、この作品はそれの先駆けと言っていい。まさに主人公は、あるべき自分の姿を求めて歯を食いしばるのである。
貴族であるという主人公の設定は、ある意味わかりにくい。日本人であれば、たとえば天皇家の一員が、自分と同じ職場で肉体労働のようなことをやっているのをイメージすると、ある程度わかると思う。貴族であることで、ある種の逆差別を受けるのもわかるし、「貴族であることではなく、自分が自分であることで他者に認められたいのだ」という主人公の思いが伝わってくる。極端な設定のようにも思うけれど、そういうアイデンティティの問題を描き出すには、とても明確な設定だと思う。
対する敵の描き方も、実にはっきりと作為的で、でもそれが作品としての風通しをよくしている感じがする。主人公に共感できるし、心から声援を送ってしまう。例によって、やや都合よく進んでいく感がないわけではないのだけど、それでも大詰めの緊張感はすばらしいと思う。
恋の話も、ほほえましくて楽しくて好きだ。
今読むと冷戦を背景にした犯罪の有り様はやや古くなっているのかもしれないけれど、そんなことを差し引いてもあまりあるほど、主人公の「こだわり」と「めざめ」が身にしみてくる傑作だと思う。 -
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数あるディック・フランシスの作品の中で、5本の指に入る傑作だと思うのは、主人公の若さによるものが大きいのではないかと思う。20代前半の主人公は、若く、無鉄砲で、ロマンチックである。
だからこそ、自分の命を賭け物にしたようなことができるのだし、それをしたくなるような情熱のほとばしりが素直に納得できる。同じようなことをする中期以降のスペンサーがバカに見えるのとは対照的だ。
恋愛物としての共感度も個人的には素直に高い。特に、ミステリとして一応の解決を見てから後の展開は、かろうじてミステリ的な興味を残してはいるものの、恋と友情の物語であり、蛇足といえば蛇足なのだけど、独語のさわやかな後味には絶対必要なエピソードだ。けっこう胸がきゅんとする。
若さっていいな。
敵を一歩一歩追い詰めていく流れや、いきなり始まるこの小説最大の山場は見事だし、なんといっても元騎手という経歴だからこそ書けるような描写にあふれている傑作であると思う。シリーズ中再考の名馬も登場するし。
が、ちょっと覚めて見るなら、エリートVS成り上がり者って構図がちょっとだけ合って、作者の気の使い方はわかるのだけど、ちょっとイギリスくさく感じる要素がないわけではない。 -
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競馬シリーズっていう名前に腰が引けてしまう人もいるかもしれないけれど、競馬にまったく興味のない人も楽しめる。食わず嫌いは損だっていう代表みたいな本だ。
ミステリに分類されるから、事件があって探偵がいて、犯人を突き止めるって話なわけだけど、この本の魅力はそんなことにはない(もちろん推理小説としても水準以上の出来だけど)。作者が描き出す人物が、ただひたすらかっこいいのだ。ただかっこいいと言っても、スーパーマン的なものではない。自分の弱さに悩み、傷つきながらそれを克服していく姿が、圧倒的に感動なのだ。
事故で片腕を失った主人公が、ねばり強く犯人を追いつめていく物語だけど、特にラストシーン、最後の一行にうならされる。ミステリなんて好きじゃないっていう人にこそ、読んで欲しいと思う本だ。 -
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ディック・フランシスの小説にはかつては同じ主人公が出てこないことになっていたが、シッド・ハレーだけが例外だった。初期の作品『大穴』に出てきたあと、この『利腕』に登場した。
その後、キット・フィールディング君が二作続けて登場したが、そのあと『好敵手』でシッド君が三度目の登場となり、やはりフランシス作品のなかの存在感ナンバー1の座を印象付けた。で、このあと、最愛の妻を亡くして一度は引退したフランシスが息子の応援を得て書いた『再起』も、やはり一番人気のシッド君に登場してもらったので、シッド君は都合四回出てきたことになる。
さて、4回の登場中、もっとも好きなのがやっぱり『利腕』。
初回に登場したとき、すでに競馬の事故で右腕を怪我していたシッドだけどそれをものとせずにかっこいいところを見せつけた。
ところが、この作品では悪者に追い詰められて、その怪我した右腕をさらに痛めつけられてしまう。
さしもの好漢、シッド・ハレーも、右腕を失うかもしれない恐怖には勝てず、一度は悪者に屈してしまうのだ。
このへんの心理描写はじつに巧み。
読んでいるこちらのハートが試されているかのようだ。
フランシスの描く主人公はつねに冷静沈着、誇りを重んじ、それを貫く強さを持っている。
しかし、そんな主人公の心のなかで起きている葛藤を見事に描いて、彼らの本当の姿を浮かび上がらせることに成功したのがこの作品が頭ひとつ飛びぬけているポイントだ。
もうひとつ『度胸』という作品も同様のテーマで、「度胸とは何か?自尊心とは何か?」ということを描いている。
それでいつもどっちがどっちだったかわかんなくなっちゃう。 -
Posted by ブクログ
シッド・ハレー物第2作。
フランシスの作品は競馬シリーズといっても基本的には単発で、すべて一作ごとに完結しています。主人公の中で、3作描かれているのは彼だけ。
それだけ登場した時の印象が強く、意志の強さや勘の良さは典型的でもあります。性格は冷静なようでも内面は激しく、孤独がちなほうで、それだけにヒーローっぽいんですね。
元は競馬のトップ騎手で、落馬事故で手を痛め、深い心の傷を負っていました。前回の事件で精神的には立ち直ったものの、手の方はついに切断していますが、最先端の義手を試している時期ですね。
離婚した妻との葛藤とうらはらに、義父とは離婚後も親しく、最初は娘にふさわしくない相手と全く存在価値を認めなかった義父との関係が深まっていくのも面白いところ。
1981年、MWA最優秀長篇賞受賞作。 -
Posted by ブクログ
フランシスの作品の中でもお気に入りの一冊。
フランシスには珍しく、大家族の中の殺人という古典的ミステリを思わせる設定になっていて、円熟した味わい。
父のマルカムは大金持ちで5回も結婚したいう、エネルギッシュで人を惹きつけるオーラのある男性。
主人公のイアンはアマチュア騎手で、気楽な独身生活を楽しむ物静かな32歳。
5回目の結婚に反対したために、父と疎遠に。
3年後、5番目の妻が何者かに殺され、父も命を狙われて、唯一信頼出来ると感じたイアンに護衛を依頼してきます。
父親と大人になった息子が改めて向き合うという物語にもなっています。
財産を狙う容疑者は、別れた3人の妻、9人もの子供とその配偶者…
警察の捜査は実効が上がらず、度重なる危機にイアンがついに自分だからこそ出来ると家族の性格と心境を調べていくことを決意。
家族の窮境や妄執も鮮やかに描かれていますが、その後にだんだんとそれぞれの心境が変化していくところがとても良くて、何度読んでも心地良いのです。
命を狙われるぐらいなら金を使ってしまおうと考えた父マルカムと凱旋門賞をはじめとする世界の競馬場を回る旅行も、思いっ切り景気が良くて楽しいですよ。