中上健次のレビュー一覧
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南紀の小都市(1970年頃か?)を舞台にした長編小説。南紀旅行に行く前に是非読んでおこうと手に取った。
複雑な出自を持つがゆえ、地縁と血縁について悩みながら、ところどころ情熱と暴力を爆発させてしまう主人公の物語。登場人物が非常に多く、また現在進行の場面と回想場面が頻繁に入れ替わるため、序盤では混乱してしまう。最終ページに関係図が載っているので、そちらを数ページごとに何度も見返しながら読み進めていく。また、地図帳で和歌山県新宮市や熊野川付近を見返したり、現地の写真を検索しながら、壮大なドラマの舞台を頭で描きながら読んだ。
中盤に入って、ある程度、現地のイメージと人物関係が頭に入ってしまうと、一気 -
Posted by ブクログ
歌手・友川かずきの著書「一人盆踊り」に中上健次にまつわるエッセイが収録していたので興味を持った。
そういえば、以前なぜ友川かずきが映画「十九歳の地図」に出演しているのか疑問に思ったことがあったが、当時親交があったからかと合点がいった。
この「十九歳の地図」は4本の短編が収録されているが、解説等々を読むに全て同じ主人公とのこと。しかも著者本人の体験が強く反映されているようだ。
上述の友川かずきも弟が列車で自殺しており、肉親の悲惨な死を経験しているもの同士何か理解うるところがあったのだろうか。
肝心の小説の方は、少年期の原体験、青年期の鬱屈した精神、成人後の堕落が描かれていて、読んでいて -
Posted by ブクログ
私たちの人格はどうやって作られたのか。先天的に与えられた部分と、後天的に獲得した部分がある、と言われるが、おそらくはそのいずれにも当てはまるのが、時代、そして地縁・血縁だろう。私という存在は、この時代に、この場所に、この親のもとに生まれるほかなかった。どんなに新しい未来を手にしようとも、出自から完全に逃れることは不可能だ。一般的に言われるように、文学というものが、何らかの意味で書き手にとって「やむを得ず」書かれるものだとすれば、自分という存在の根源に潜行し、そこから言葉を立ち上げてくる小説が、文学でないはずがない。そういう小説、そういう文学に、青年期にこそ出会いたい。
中上健次は、一九四六年、 -
Posted by ブクログ
(引用)
彼は、一人残っていた。腹立たしかった。外へ出た。いったい、どこからネジが逆にまわってしまったのだろう、と思った。夜、眠り、日と共に起きて、働きに行く。そのリズムが、いつのまにか、乱れてしまっていた。自分が乱したのではなく、人が乱したのだった。ことごとく、狂っていると思った。死んだ者は、死んだ者だった。生きている者は、生きている者だった。一体、死んだ父さんがなんだと言うのだ、死んだ兄がなんだと言うのだ。
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とことん下へ下へと潜っていくような気分。いろんなことが乱れたように事あるごとに思ってしまうのは、自分のせいであることを認める勇気がどこかのタイミングで必要だと思う。