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Posted by ブクログ
・面白かった〜。
・すごい昔(子供の頃、と言っても良いかも)に読んで、今イチピンと来ていなかったのだけど、読み返して、こんなに面白いとは…となった。
・とにかく「怒り」の総量が現代の作品ではちょっとお目にかかれないくらい、と思った。「怒り」が作品にベースにある作品は今でももちろんあるけれど、量や質が桁違い。イメージとしてはでかい岩がゴロンとしてあるのではなくて、濃厚な霧の様にあたりに立ち込めている。そんな「怒り」。
・この「怒り」は歴史とも接続している。それこそ室町、江戸時代ぐらいからの連続性も感じる様な土着としての「怒り」。そういう歴史との連続性を感じる様な「怒り」って(何故か)今の作品から感じる事はほとんど無い(良いか悪いかは、分からない)。
・何か、圧巻、って感じだったな。
Posted by ブクログ
私たちの人格はどうやって作られたのか。先天的に与えられた部分と、後天的に獲得した部分がある、と言われるが、おそらくはそのいずれにも当てはまるのが、時代、そして地縁・血縁だろう。私という存在は、この時代に、この場所に、この親のもとに生まれるほかなかった。どんなに新しい未来を手にしようとも、出自から完全に逃れることは不可能だ。一般的に言われるように、文学というものが、何らかの意味で書き手にとって「やむを得ず」書かれるものだとすれば、自分という存在の根源に潜行し、そこから言葉を立ち上げてくる小説が、文学でないはずがない。そういう小説、そういう文学に、青年期にこそ出会いたい。
中上健次は、一九四六年、和歌山県新宮市生まれ。一九九二年に四六歳で没するまで、故郷紀州の土地を舞台に、複雑な家族関係だった自らの出自を見つめる作品を書き続けた。それらの作品群は「紀州サーガ」と呼ばれている(「サーガ」とは、「一家一門の物語を壮大に描く長編の叙事小説」Wikipediaによる)。
『岬』は、一九七六年の芥川賞受賞作。翌年に出版された『枯木灘』はその続編。さらに後年出版される『地上の果て 至福の時』はさらにその続編。主人公ほか、登場人物も時間も連続している。螺旋的に繰り返し紹介されるその複雑な人間関係と、人間の根源が剥き出しの出来事を追いながら、これら三作読み進めていく作業は、文学と向き合うという行為が、生ぬるい娯楽ではないことを教えてくれる。中上文学にいつ入門するか。考えておいてほしい。(K)
紫雲国語塾通信〈紫のゆかり〉2016年5月号掲載
Posted by ブクログ
(引用)
彼は、一人残っていた。腹立たしかった。外へ出た。いったい、どこからネジが逆にまわってしまったのだろう、と思った。夜、眠り、日と共に起きて、働きに行く。そのリズムが、いつのまにか、乱れてしまっていた。自分が乱したのではなく、人が乱したのだった。ことごとく、狂っていると思った。死んだ者は、死んだ者だった。生きている者は、生きている者だった。一体、死んだ父さんがなんだと言うのだ、死んだ兄がなんだと言うのだ。
*
とことん下へ下へと潜っていくような気分。いろんなことが乱れたように事あるごとに思ってしまうのは、自分のせいであることを認める勇気がどこかのタイミングで必要だと思う。
Posted by ブクログ
「岬」には、James Joyceの短編集「ダブリナーズ(ダブリンの人々)」のなかの1作「死せる人々(The Dead)」との関係性を強く感じる。
例えば、一族の物故者の影や息使いが、普段は姿を見せないものの、今を生きる者の言葉や立ち居振る舞いその他の様々な所作において、それが姿を現し、なおかつそれが明確な映像や音声となって立ち現れる場面しかり。
そしてアイルランド人としてのアイデンティティからの逃避欲求があり、しかしそれに絡めとられ纏わりつかれも逃れられない宿命のようなものを改めて意識する場面しかり…
他の3作品の通俗的な完成度から比して、中上健次がある日ジョイスの作品に出会い、そしてダブリンから紀州へとの劇的な翻案と、中上のなかに眠る自己の地縁血縁に関する物語性の抽出と進化(深化)か突然変異的に起こったものと推測している。
Posted by ブクログ
ぐいっと引き込まれるものがあります。
リアリティ溢れる描写は、作者の育った境遇が目の前に浮かぶようです。
それ故に、なかなかに辛く、救いがない。
どうにも乱暴になってしまう人達の性は、境遇によるもなのか。乱暴を乱暴のままにして許してはいけないと思う。
先に、紀州という著者のルポ?を読みました。
作者の育った土地や、そこに住む人々が、作者が洞察し、描いた作品のとおりであるなら、あまりに悲しい。そういう事実や性質がそこにはあったのだと思いますが、その他のものもあると思います。良いところ、明るいところも。
文学として、あるいはその境遇を残すという意味で、価値あるものだと思いつつ、個人的にはもっと希望や救いを生きる上で持つべきだと思います…それは理想主義的?けど、出てくる人々があまりにも呪いのようなものに縛られ過ぎている。
岬は紀州サーガの第一作目で、枯木灘、千年の愉楽へと続くようで、作者が育った境遇、土地をどう昇華していったのか気になるところですが、ひとまずおやすみしたい。
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